追憶はプロローグ

        〜ロロノア家の人々・外伝“月と太陽”より
 


        1


 偉大なる航路"グランドライン"を制覇し、ゴール=D=ロジャーが遺したとされる伝説の宝"一つなぎの秘宝・ワンピース"を手中に収め、海賊たちの頂点に立った者。それを人は"海賊王"と呼ぶ。幾多の海賊たちが挑みながらも、その大半が…入ることすら容易ではなく、入れば入ったで様々な困難に遭遇し、あっさりと葬り去られ続けた苛酷な航路、グランドライン。そして、この世の全ての富とも言われている伝説の秘宝"ワンピース"。確かに、これらを制することは、イコール、この広大な海の覇者たる資格を得たと言っても決して過言ではないのかも知れない。


 そして、ある一人の男がとうとうそれを成した。一体どんな屈強偉大な猛者
もさが制したのか、世間では様々な噂が取り沙汰されたが、その真の姿を知る者は少ない。どこの誰が、どうやって成し得たのか、ワンピースとは一体何だったのか。全てに厳重な封がほどこされ、伝説は再び謎に包まれてしまったのである。


 ………………………………だって、ねぇ?(笑)



            ◇



 濃厚でそれでいて透明感のある青。正に"音が降ってきそうな"極上の晴天である。こちらもやはり深みのある青を敷き詰めた感のある海原の、遥か彼方に遠い水平線の辺りには、ちらちらと金粉をまぶしたような細やかな光がその海面で瞬いている。穏やかないい日和だ。だが、この広大な海域を取り囲むのは、凄まじいまでの嵐の帯と、同じ方向や温度であることがまずはない破天荒な海流。そんな自然の防御壁の恩恵なのか、この界隈は逆にあまり荒れない。そして…本来なら大陸レッドラインと踏破の困難なグランドラインによって分割された、決して交わることはない東西南北4つのあらゆる海域の魚介類が、何故だか一挙に集まっている奇跡の海。そう、こここそが、海のコックたちが憧れて語り継いで来た伝説の海"オールブルー"である。
"………。"
 本当なら…それまでのもしかして、ここに辿り着いて居ながらも手をつけなかった先人たちと同様に、そっと手付かずのまま置いておいた方が良い場所だったのかも知れない。誰の手もつかぬまま、大小様々な魚たちが自由に行き交う、天然の海の楽園。だが、自己満足で済むほどの老成にはまだ縁がなかったし、ここへ至ることのみが"目的
ゴール"ではないつもりだったから、敢えてこの場所に錨を降ろし、大きなレストランをおっ建てて、広くその存在を知らしめることに尽力した。それを機にと求婚した美しいマドンナは、繊細で寂しがり屋な彼の本質を早くから見抜いていて、
『ルフィの代理、なんてのは、イヤよ?』
 鋭いクギを刺した上で、
『でも、それって他人に言えた義理じゃないかもね。』
 そんな複雑な"独り言"を付け足してから、快くOKしてくれたのだ。そして………それから、もう十数年が経つ。
「オーナー、シメサバ1号がありあせんぜ?」
 陽当たりの良いテラスデッキで手摺りに凭れ、青空へと紫煙を立ちのぼらせながら、のんびり一服つけていた若いオーナー・シェフ殿へ、コックの一人が声をかけて来た。それへと口の端だけ上げるように笑って見せて、
「ああ、良いんだよ。ハニーがクラレンスと釣りに出てるんだ。」
 愛娘ももう十五になる。どんどん最愛の妻に似て来る彼女で、今なぞ、初めて出会った頃の妻にそっくりだ。容姿ばかりでなく性格まで似て来るところが、父親には痛し痒しだったりする。才気煥発、元気で怖いものなしの跳ねっ返り。あまり厳しくガミガミとは躾けなかったからというのもあるが、何につけ女性に甘いフェミニストな父から宝物のように扱われていれば自然とこうもなろうというもの。
"…あっちのお嬢ちゃんはどんな娘になっているやらだな。"
 つい先日届いた一通の書簡をふと思い出した。最後の最後まで憎たらしいばかりだった緑頭の剣豪と、その愛娘であるお嬢ちゃんから託されたもの。女性全てに等しく優しい筈が、この年齢層に限ってはよそのお嬢ちゃんなぞ鼻先でついつい笑ってしまう失礼なお父様だのに、唯一、まだ見ぬ存在ながらもきっと美人に育っているのだろうとの評価を寄せてやまないお嬢ちゃん。赤ん坊の頃の顔しか知らないが、
"ルフィにそっくりだったからな。奴のことだ、きっとだらしないくらい大甘に育てているに違いない。"
 自分のことは棚に上げ、そんな風に想像してはくつくつと笑う、金髪に長身痩躯のオーナー殿である。



        2


 それは今を逆上ること十数年ほどちょこっと前。


「ここはね、子供が授かる泉のある島なの。」
「子供が授かる泉?」
 彼らの愛船ゴーイングメリー号が補給のためにと寄港したのは、小さな、だけれど、どこか華やかなにぎわいのある島であった。沖合い寄りの岩陰に停泊し、上甲板の船端から望遠鏡で眺め渡した港の埠頭には、何故だかやたらと女性の姿が目立ち、警備の港湾官たちにも屈強な体格の女性たちが多い。
「単なる伝説なんだけどね。昔、子供のなかったある夫婦が、この島のどこかにある泉の水を飲んだらあら不思議、二人にそっくりの子供が授かりましたっていうお話で、それにあやかって、いい子が授かりますように、安産で済みますようにって、近くの島々の新婚夫婦や若い母親が、ここの教会とその庭にある泉とへお祈りしに来るので有名なのよ。」
「へぇ〜。だからサンジの奴、きれいな女の人ばっかなのに、どっか興味なさそうな顔してたんだな。」
「…言うようになったわねぇ、あんたも。」
「おうっ、何たって"海賊王"だからな。」
 堂々と胸を張って見せるが、関係ないって、それ。
「けど、赤ん坊ってそんなして授かるんか? ここって誰もがそうそう入って来れるとこじゃねぇぞ? それとも此処の水を誰かが持ち出して、外の世界で売ってんのか?」
 すかさずのように、どこかトンチンカンなことを言い出すのも相変わらず。子供のような言いように、だが、そこは付き合いの長さから来る慣れのせいですぐさま言いたいことの主旨を察し、
「だーかーらー。」
 この奇天烈な誤解ぶりは、本人よりも保護者に問題のあることよねと、ナミは少し離れた船端の陽溜まりにて、頭の後ろに組んだ手枕に頭を乗せてうとうと居眠りしている剣豪殿に、ご自慢の鋭い流し目をくれて見せる。そのきつい一瞥には"性教育くらいしといてよね"という気配が滲んでいて、だが、目を瞑っている彼には果たして届いているのやら。届いていたとしても、性教育って…う〜〜〜ん。
(笑)それはさておき。この屈強な男もまた、海賊王の称号を得たルフィのその傍らで世界一の剣豪"大剣豪"の称号を得たばかりだ。そして、そういった彼らの身の上の変化は…まだ知る者の少ないことだからこそ、こうしてのんびりとこれまでの続きのような航海も続けていられるところだが、
"それもいつまで保つやら、よね。"
 それでなくても…世界政府管轄の海軍から懸けられた懸賞金の額は、今や中規模先進国の国家予算並みの金額と化しており、暗殺者や刺客たちの襲来も引きも切らないノリである。ただでさえ、見映えの幼さとあっけらかんとした笑顔の手配書のお陰様で、それが実は悪魔の微笑みだとも気づかぬ間抜けた賞金稼ぎたちを多数招き寄せてもいるというのに、そこへ…伝説の秘宝を手に入れた海賊王などというカモネギな情報が添加されたらどうなるか。財宝目当て、もしくは功名心からの襲撃者が倍増するだろうことは想像に難くない。何しろ彼らが籍を置くここは"海賊"の世界だ。板子一枚下は地獄とはよく言ったもので、荒らぶる海原はただそれだけで幾人もの命を易々と呑み込む魔物である。よって、そこに闊歩する人種というと、どうしたってずば抜けた生命力が伴われる者たちであり、その大部分は他者を押しのけ、他者の生気や尊厳を食らって生き延びた輩たちでもあって。ぶっちゃけた話、海賊や賞金稼ぎといった"勝てば官軍"を高らかに掲げて暴虐非道を繰り広げる、下種
げすや人非人たちの坩堝るつぼでもある。どんな手を使おうが勝ち残り生き残った者が正しくて、勝者の理論こそが正義とされる世界。女子供は近寄るな。腰抜け共は陸おかに居ろ。命が惜しくない大馬鹿者だけ漕ぎ出すが良い。明日をも知れぬ大海原へ。辿るは希望の冒険か、悪夢立ち込める死の淵か。力と運だけがそれを知っている………にも関わらず、こんなおとぼけた連中が制覇してしまったのであるから、
"何が起こるか判らない世界だってコトだけは揺るぎない訳やね。"
 おいおい。ナミさん、さりげに大阪弁だぞ。
あはは この海賊団の最もとぼけたところはというと、掲げる旗がどこか目映い『正道主義』に輝いているという点だ。よって、彼らがこうまで生き延び、尚且つ、揺るぎない姿勢のままに頂点に立てているのは、傍からすれば成程"奇跡"にも見えることなのかもしれない。そんな子供ガキの見る夢のような、甘ちゃんな言いようで渡れる世界じゃあないと、誰もが鼻先で嘲笑い、あっさり捻り潰そうとしたのである。………が。
彼らはこうして健在なままに呵々
かかと笑っているのである。馬鹿ほど怖いものはない。いや、おちょくっているのではなくって。自分にだけ良い目が回って来ますようにという小細工さえ出来ない馬鹿正直で、むかつく奴には黙ってられず、人の懸命さを嘲笑するような外道にはついつい拳を叩き込みたくなる正攻法しか知らない人情家。ややこしい策謀や権謀術数、巧みに積み重ねての悪事などには、頭が追いつかないから縁がなく、卑怯卑劣なやりようもまた、胃に悪いからと手をつけない。めげない図太さと納得するまで諦めない意志の強さを武器にした、頑迷なまでにお馬鹿な彼らは、海賊たちの世界から見れば立派な"はぐれもの、アウトロー"なのである。そんな彼らには、アウトロー仲間であるホントの海賊、気っ風きっぷのいい、男の中の男たちという面子たちから、数多くの友好の絆を結ばれてもいて。更には…ここだけの話、海軍内部にも理解者がいたりするのだから、勘ぐりようによってはある意味で侮れない彼らではあるのだが。
「なあなあ、じゃあ女じゃないと入れないのか?」
 話が随分と逸れた。念願の海賊王となったにも関わらず、この少年は相も変わらぬ暢気なおとぼけ者であり、
「そんな訳ないわよ。」
 ナミはクスクスと微笑って、
「新婚夫婦だって訪れる島だし、気候が良い土地だからリゾート客も多いの。観光だけの島だから、それなりの勢力が縄張りにして利権を独占してもいるんだろうけど、それほど悪どい組織じゃないらしいわね。持ちつ持たれつが穏当だって判ってて、用心棒に徹してるみたい。」
「ふ〜ん。」
 後半部分の専門的な解説はどこまで理解出来たやら。さして表情も動かさぬままに、そんな返事を寄越したものだから、
「…判ったの?」
 一応確認のために訊いてみると、
「んと。夫婦なら男でも入れるんだろ? だから、ナミとサンジで夫婦もんに化けて紛れ込むのか?」
「あのね…。」
 大変だねぇ、相変わらず。



        3


 ナミが説明した組織とやらが目を配っているせいでか、治安は異常に良い。ただの観光や骨休めの滞在にやって来た客には極めて愛想のいい良心的な土地であり、逆に、悶着の一つも起こそうものなら、半殺しの目に遭って海王類の餌にされかねない扱いを受けるらしい。海賊や賞金首へのチェックも厳しいらしく、だが、
「情報は遅いわね。ほら、あんたのポスター。1億ベリーのままだもの。」
「あ、ほんとだ。凄げぇ古いやつだ。」
 ひょいと覗いた裏路地などに貼られた賞金首の告知ポスターは、かなり古いものしか貼られてはいないし、
「変だな。他の町ではまだ貼られてたクチのが見当たらねぇぞ。」
 こちらもやはり6000万ベリー時代の手配書が貼られていた元・海賊狩りが、大ぶりな拳を顎に当てて小首を傾げて見せる。どうも偏りがあるような貼られ方であるらしく、
「…ははぁ〜ん。」
 機転の利く航海士が、いち早く何かに気づいたらしい声を出した。
「ここに貼られてないのって、暴れ者として有名な連中じゃない?」
 訊かれた大剣豪がその頼もしい肩を竦めて見せ、
「ああ、そうだな。結構悪辣な連中のが一枚も貼られてないぜ。」
「やっぱりね。そういう連中は頑として上陸させないか、もしくはお金を出してでもお引き取り願ってんじゃないのかしら。」
「………成程。」
 治安の良さを売りにしている土地だ。その評判を保つためなら何だってするのだろうから、例えば…法に照らして正義の名の下に駆逐するばかりが方法ではなく、相手にいくらかは甘い汁を舐めさせるという手だって使うのかも。蛇の道はへび、かと、納得した剣豪の傍ら、
「なあなあ、どういう意味だ? それ。」
「お前な…。」
 こういう融通にはとことん疎いままだから、まったくもって困った海賊王サマであることよ。まあ、そういう瑣事には他の面子が気を回してやれば良いのではあるが。
「さてと。補給は済んだし、宿も決まった。明日の朝の出港まで、自由時間といこうじゃないの。」
 航海士さんのお言葉に、皆して了解と頷いて………。



  ……………………で。


  「迷った。」


 やっぱりかっ。
おいおい ナミからもらった小遣いで食事を済ませて、リゾート地らしいあれやこれやを見物し、噂の教会や泉とやらにも…剣豪はまるきり関心がなさそうな顔をしていたが物見高い船長に引っ張られる格好で足を運んで。さて、じゃあ港に戻って夕飯の待っているだろう宿へ向かうかと、小高い丘の上にあった教会からずんずんと下って来たは良かったが、どこでどう間違えたのか、段々と家並みが減ってゆき、やたらと手つかずの自然が辺りを包むような風景へ突入し、気がつけば…すっかり森の中へ入り込んでいたりして。
「変だなぁ。」
「真っ直ぐ降りて来たんだのにな。」
 特に"あっちかな、こっちじゃないか"と迷うこともなく、二人ともが自信たっぷりに歩き続けたこの結果だけに、一体どこが怪しかったのかさえ判っていない彼ららしい。
「ま、いっか。」
 いつものお気楽な一言を洩らした船長は、頭上を見上げると、よっと腕を伸ばした。残像にしてははっきり見えるよなと感じるのは、長く延ばした腕が一瞬で勢い良く縮むからで、樹上に跳ね上がったルフィは、
「あっちが海だぞ。」
 とりあえずの方向を指し示す。いつもの事なので慣れたもの。
こらこら 海を目指せば、海辺に出さえすれば船へは戻れると、長年の積み重ねからさすがに覚えた二人であるらしい。それでも…道なき道を強引に進んだりもしたせいでか、海岸線にやっと出たのは夕方近く。陽はまだ何とか高いが、空の色や空気の加減がほんのりと黄昏の気配をまとい始めている頃合いだ。
「あ〜あ、腹減ったぁ。」
「我慢しな。騒いだって何にもねぇぞ。」
「だぁってよぉ。」
 遅めの昼食をとって、もう大分経つ。しかもずっと歩いてばかりいたから、既(とう)にすっかり消化され切ってもいる。
「腹減ったなぁ。」
 辺りはゴツゴツとした岩場が間近い浜辺で、彼らが突っ切った森は海からの潮風を防ぐ防風林であったらしい。店屋どころか家も人の気配もない寂しい場所で、
「ほら、行くぞ。船に戻りゃあ、缶詰か何かあるかもしれん。」
「うう"。」
 ゾロの言う理屈は判るのだが、いつもいつも根気よく駄々の相手になってくれる彼だから、ついつい"甘え"がなかなか引かず。すぐには歩き出せずにむうっとむくれていたルフィの眸が、
「…あや?」
 岩陰にちらちらと揺れる何かを見つけた。
「ルフィ?」
 いくら何でもそっちではなかろう岩場へと向かった船長に気づいて、立ち止まった場所から肩越しにゾロが声をかける。だが、ルフィの赤いシャツは戻っては来ず、しょうがねぇなぁと後戻りして彼の向かった方へと足を運んだ。一人にすると…目を離すと何をしでかすか判ったもんじゃない。
「どした。」
「ほら、ゾロ。水が涌いてるんだ。」
 ルフィが覗き込んでいたのは、岩場に涌いた小さな泉だ。いかつい岩々の磯岸の陰になっていて、良くある洗面台くらいの大きさに穿たれた、見様によってはただの水たまりのような粗末極まりない代物だったが、
「海の水じゃねぇのか?」
「ううん、今舐めてみたけど、冷たい真水だぞ?」
 ぺろんと出した舌で唇を舐めて見せるから、不用心にも味見をしたらしい。相変わらずの無茶へ"おいおい"と何とも言えない顔をする剣豪へ、こんなところに珍しいよなと、笑ったルフィであり、
「まだ少し歩かなきゃなんねぇんだろ? これ、飲んでから行こうぜ。」
 確かに歩き詰めで喉も渇いていた。ルフィが飲んだものならば、安全であれ危険であれ、自分も行動を共にするのが筋かもなと…聞きようによっては妙な理屈の解釈を持って来たゾロであり、まずはとその大きな手のひらで清水をすくって自分が一口。それから、
「ほら。」
 そのままの手柄杓を小さな船長殿の口許へ当てがってやる。そうしてくれると判っていたのか、ルフィは"待ってました♪"とばかり、柔らかな唇を指先側へ軽く触れさせて、こくこくと美味しそうに飲み下した。
「旨めぇーっ。」
 まるで、二人で作り出した何かしらの完成品を誇らしげに味わっているかのような。いかにも嬉しそうな顔をするルフィだったものだから、
「水筒か何かあれば良かったな。」
 食べ物や飲み物には執着やこだわりのないゾロが、ついついそんなことを言ったほど。さあ、今度こそ港の方へ帰ろうと、岩場から身軽にとんとんと降り立ったその時だ。


 「…あれ?」


 含んだ口の中や喉へと、爽やかな潤いが染みとおるかのようにふわりと広がる、それはそれはとっても美味しい水だったのに。こくんと嚥下してそんなに間をおかず、不意に瞼が重くなった。何故だか立っていられなくなって、浜辺の砂っぽい地面へ膝をつくルフィであり、
「…ルフィ? どした…?」
 そんな彼の様子にいち早く気づいて、怪訝そうに声をかけたゾロもまた、ふっと気が遠くなって………。





 どのくらいの時間が経ったのか。何となく肌寒くて目が覚めた。辺りにはすっかり陽も落ちた淡い夜陰が広がり、遠くを見やれば、うっすらと夕暮れの残光が水平線の近くにだけ滲んでいるばかり。
「あれぇ?」
 何が何だか、自分の居場所さえ判らなかったぼんやりとした目覚めから、
「…あ、そうだ。ゾロ?」
 むくっと上体を起こすと、一緒にいた筈の相棒の名を呼ぶ。そうだった。また迷子になって、やっと海岸まで出て来れて。そいで傍に涌いてた泉の水を掬って飲んでから………の記憶がない。
「ゾロ?」
 返事がなかなか返って来ないものだから。キョロキョロと周囲を見回した。いつもいつも、目を覚ました一番最初に視野に入る頼もしい姿。間近に引き寄せられていれば良い匂いのする胸元に守られていて。そうでない時も、最初に顔を見つけられるようにと、出来得る限りのいつも、傍に居るようにしていてくれるのに。目覚めた時から薄暗かったせいか、眸は慣れたもの。手元の小石の色まで判るルフィの眸が、
「………?」
 起き上がった自分のすぐ傍ら、浜辺に置かれた"何か"に気がついた。何だか白っぽい…赤ん坊くらいの塊りで。赤ん坊くらいの…赤ん坊くらい、赤ん坊?
「………。」
 それはどう見ても。


 「ゾロが縮んでるっっ!」
 「俺はここだ、こら。」


 すかさずの声がかかって、
「…え?」
 振り返ると、ちょうど歩み寄って来ていたゾロが傍らへ座り込むところだった。その腕の中には、
「…それは?」
「見た通りだ。」
 白いおくるみはゾロが着ていたシャツなのだろう。そちらは黒い髪のやはり小さな赤ん坊で、剣豪の頼もしい腕の中ですやすやと安らかに眠っている。その子を、
「ほれ。」
「わっ。」
 いきなり腕へと抱えさせられてびっくりしているルフィには構わず、もう一人の方の赤ん坊を抱え上げたゾロは、
「ルフィ、シャツを貸せ。」
「え? あ、うん。判った。」
 裸ん坊な赤ちゃんへ着せるのだろうと気がついて、慌てて…それでも自分が任された赤ちゃんはそっと扱って、脱いだシャツをそのまま手渡す。くるくると巻きつけるように着せかけたシャツの赤に映える、淡い緑のぽわぽわとした髪。ルフィが"ゾロが縮んだっ"と誤解したのもこの髪の色のせいだ。こんな小さな赤ん坊が、まさか染めてはいなかろう。だとすれば随分と珍しい髪だから、てっきりと。その同じ色の髪をした剣豪殿は、
「どういうこったろな。」
 割と落ち着いた声を出す。こんな時にもさすがは沈着冷静な剣豪殿だ…というのではなくって、一人で先に目が覚めた時にひとしきり驚いた彼なのだろうことが重々偲ばれた。何故ならば…倒れた時に俯伏せる格好になったのだろうその顔の、片方の頬に砂がついたままである。
(笑)だが、そんな細かいことに気づくほど、ルフィの方とて余裕はないらしくて。
「さあ…。」
 ただただ小首を傾げるばかり。キツネにつままれたとは正にこのこと。何が何やら、訳が判らず。だが、それぞれの腕の中、赤ん坊の温もりは紛れもない存在感を示していて。


 「………。」「………。」


 はてさて、どうしたもんだろうか。



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