追憶はプロローグ

        〜ロロノア家の人々・外伝“月と太陽”より
 


        4


 いつまでも途方に暮れていたって始まらないし、まさかにあんな場所におっ放り出してく訳にもいかない。二人の赤ん坊たちを慣れない手つきで抱きかかえ、港の外れ、岩陰にこっそりと停泊させておいたゴーイングメリー号へと戻ったところ、その甲板に小さなランプの明かりが見えた。
「お、帰って来やがったな。」
 縄ばしごを降ろしてくれて、
「宿になかなか姿を見せないからこんなことじゃないかと思っ…。」
と、彼らに声をかけかけたのは、気を利かせて夜食を持って来てくれていたサンジだったのだが、
「………。」
 二人がそれぞれに抱えていた赤ん坊を見て…、
「………。」
 そこはやっぱり絶句した彼である。固まったまま幾刻か。
「お前、こんな島に女がいたのかっ!」
「あほうっ! 初めて来た土地だわいっ!」
 真っ先に元海賊狩りへ疑いをかけるところなんざ、妙に大人の会話で、
「???」
 とはいえ、相変わらずな船長はついて来れてない様子だったが。
あはは



『とりあえず、ミルクがいるよな』
と、粉ミルクと哺乳瓶を買いに走ったり、(いくら子授けの島だとはいえ、夜中に叩き起こされた雑貨屋の主人にはいい迷惑だったろう。)
『わわっ。おむつだ、おむつっ!』
『そんなもん、あるかいっ』
と、シーツをかき集めて急造で即席オムツを準備したり。最も不慣れなクチしかいない中、大変な夜がばたばたと明けた。…で。
「…で。どういうことなの、これ。」
 まさかどっかから攫って来たんじゃないでしょうねと、いやにドライな顔つきのまま、平生の様子を保っていた航海士殿は、
「だからさ…。」
 忙しすぎる徹夜を過ごし、げんなりした様子の男たち3人から話を聞いて、さっそくチョッパーに走ってもらったが、問題の泉とやらには、どんなに真っ直ぐ海岸線を辿ってもぶつからないとのこと。
「岩場ってのがないんだ、そもそも。砂浜と人造の堤防。もぉっと向こう側の海岸じゃないのか?」
「そんな遠くからたった一晩もかからず歩いて帰ってはこれないわ。」
 地図で確かめつつナミが小首を傾げて見せる。
「…ホントにあんたがだれかに孕ませた子じゃないのね?」
「しつっこいぞっっ!」
「だって…。」
 どこかルフィに似た女の子の方はともかく、生まれついての緑の髪というのはあまりに珍しい特徴だから。こちらは間違いなく血がつながってるに違いないと疑ってかかられてもしようがない。
「でも、違うとなると何でまた二人にこうまで似てる子が…。」
 それも、生まれたてではなく半月ほどは経っている育ち方だと船医殿は言う。
「…まさか。」
 それまで黙っていた狙撃手が、皆が薄々気づいていながらも口にはしたがらなかったことを言ってしまった。
「まさか、伝説の泉だったんじゃねぇだろな。赤ん坊が授かったっていう。」
「やめてよ、ウソップ。あれはただのお話じゃないの。」
「そうだぞ。それに授かったのは信心深い夫婦だ。こんな、神様なんて屁とも思っとらんような、罰当たりな男同士じゃあない。」
 皆さん、錯乱気味でございます。
「捨て子かもよ?」
「そうですね。こういうリゾート地には先のことなんか考えないで盛り上がるだけ盛り上がっちまう恋なんて掃いて捨てるほど…。」
「こらこら、子供の聞いてるトコでそういう話はするなよな。」
「まだ言葉すら判ってないと思うぞ。」
「俺が言ってる子供ってのはあっちだ。」
「何をーっ、俺はもう大人だっ!」
 やっぱりまだまだ錯乱は続いていて。
「どうすんだよ、どっかに貼り紙でもするか? 迷子預かってますって。」
「こんな赤ん坊が迷子なワケないでしょうがっ!」
「じゃあ施設に預けんのか?」
「それは………。」
 身に覚えのない子供。もしかしてもしかしたら伝説が彼らに授けた奇跡の子かもしれないが、いやいや、物事は現実的に考える癖をつけなきゃねと落ち着いて。剣豪殿に覚えがないのなら、
「…しつこいぞ、こらぁっ!
(怒)
「まあまあ、まあまあ。
(苦笑)
 ホントの親が…お腹を痛めたお母さんがきっとどこかいる筈だろう。加えて言えば、自分たちは海賊だ。これまでの功績や揺るがぬポリシー、誇り高き心意気、その他色々を全て引っくるめて、誰にも何にも恥じるところはないが、あまり褒められはしない環境に、何の罪もない無垢な子らを勝手に引き取っても良いものか。
「俺らがその筋へ預けに行くってのもなぁ。」
「色々と正確を帰すために聞かれるわよね。どこで見つけたかとか、あんたたちは何者かとか。」
「う〜〜〜ん。」
 これはまた途轍もない大問題に直面してしまった彼らである様子。そんな中、
「やっぱ、この子ら、授かりもんだと思う。」
 大人たちの"あーでもない、こーでもない"に加わらず、赤ん坊を二人とも、少し伸ばした両腕と膝に抱えて寝顔をじっと見やっていたルフィの、どこか穏やかな声がした。
「ルフィ?」
「だってよ。こんなやかましいのにぴくりとも起きやしねぇ。さっきゾロが怒鳴ったのへも、眉ひとつ動かさねぇ。」
 すりすりと、両の頬へ引き寄せた赤ん坊へやわい頬擦りをし、
「これって絶対、神様が授けて下さった俺たちの子なんだ。うん、そうに違いねぇ。」
 いやに自信がありそうな良いようで断言するものだから、
「…ちょっと待って。ルフィ、一つ訊いて良い?」
 ナミからすかさずの挙手が上がった。
「そういえば、あんた、この島の例の教会をわざわざ観に行ったって言ってたわよね?」
「? うん。」
 昨日の行動を全て、最初から説明した彼らだ。素直にこくんと頷いたルフィへ、
「…もしかして、それって。」
 何かを断じるような内容の話をする時の癖で、ついついルフィを指差しかけたその右手の人差し指を"ぐりん"と、先程ちょろっとからかった
やっぱし… ゾロの方へと向け直したナミは、
「こいつの子供が欲しいなとか、ちょっとでも考えたんじゃあ…………っ。」
「人を指差すな。失礼だぞ、このアマっ。」
「ナミさんを"アマ"って言うなっ!」
 おいおい、話が逸れとるぞ、の双璧たちが、ついついいつもの習慣で反射的に突っ掛かり合ったものの、


 「……………………え?」「はい?」


 俎上に上っていたやりとりの内容を、遅ればせながら咀嚼し直したらしくて。
「………どうなの? ルフィ。」
 背後に向けた指差し姿勢はそのまま
こらこら船長を問い詰めるナミに、二人も、そしてウソップとチョッパーも、緊張を示す息を飲み、問い詰められている側を注視する。
「えと…。」
 すっぱり問われた船長はと言えば、ちらっと剣豪殿の方を見やって、


 「少しは…思った、かも知れないかな…っと。」


 おどおどと白状して、そのまま真っ赤になってしまうから、
「…ってことは何か? 御利益かも知れないってか?」
「何なに何? ホントに神様がくれた赤ん坊なのか??」
「本当に信心深い善男善女に悪いぞ、それって。」
 まったくである。
"あんたが言うかいっっ
(怒)"×4 あっはっはっはっは



 そして…破天荒が売りだった我らが船長殿は、空いた口が塞がらないでいるクルーたちを前に、この子たちは自分が育てると高らかに宣言してしまったのだった。




        5


「…おう。どした。」
「なんか泣きやまなくってさ。けど、夜風に当たると泣き止むんだ。」
 夜の甲板には降りそそぐ月光の蒼が満ちていて。だのに、何故だか…小さな船長を包む光はやさしい真珠の色にも見えた。夜泣きを静めるためだろう、夜更けの甲板に出ていたルフィであり、
「奴は? どうしたよ。」
 サンジはそっと、持って来ていた毛布を肩に羽織らせてやり、まさかルフィにだけ押し付けてぐうすか寝てるんじゃなかろうなと訊く。すると、
「ゾロは後ろだ。この子ら、一緒にいると共鳴起こしていつまでも泣き止まないんだ。」
 小さく笑う、新米の母御である。抱っこも慣れたもので、危なげなく腕の中に収まっているのは、ぽやぽやの淡い緑の髪をした男の子。赤ん坊らしいふっくらした面差しではあるが、目鼻立ちの配置や面影は、どの角度からどう見てもあの剣豪に瓜二つ。
「ほら。」
 差し出されたのは仄かに湯気の立つミルクの注がれたマグカップ。だが、ルフィが手を伸ばしかけると、すいっと引っ込む。
「???」
「赤ん坊にかかるかもしれない。先に貸しな。」
 カップは船端の上へ乗せ、ルフィの腕から赤ん坊を引き取ったサンジである。何だかんだと乱暴なことを言いつつも、子供達への気遣いを一番に払ってくれているのもこの男だ。傍にいる時は絶対煙草を吸おうとしないのも、ナミを始めとする女性相手にでさえ示さない気遣いだし。受け取った赤ん坊の寝顔を覗き込み、
「…ったく、見れば見るほどあのクソ剣士にそっくりだよな。」
 いまいましげに呟くのへ、ルフィはクスクスと笑う。
「きっと二枚目になるぞ。」
「おいおい。」
 今からノロケかい。
「………。」
 毛布にくるまり、カップを両手で抱えて、ふうふうと時々吐息で冷ましつつ、蜂蜜入りのミルクを飲む無邪気な顔を見やって、
「…本気か?」
 つい、声に出して訊いていた。
「んん? 何がだ?」
 顔を上げた船長へ、ホントは訊くつもりじゃあなかったシェフ殿が、心の中で舌打ちしながら視線を逸らす。
「だから…奴と一緒んなって陸
おかへ上がるってのが、だ。」
 まさかと思った。彼らが好き合っているのはもはや公認、お互いに自分の意志や判断で選んだ相手なのだから、どんなに無粋で不器用な野郎であれ、部外者がそこへと口を挟むなんてそれこそ野暮の骨頂だろう。気に食わないと思わないでもなかったが、あんまり幸せそうに笑う彼だから、あんまり切なげな顔になるルフィだから、邪魔するつもりは毛頭ないと、そうと決めてもう随分になる。…だが、子育てとなると話は別だ。天からの授かり物なら尚のこと、皆で育てりゃ良いじゃねぇかと思っていたし。ただでさえ男同士、支え合うことは出来ても子育てまでこなせるものだろうか。この船のクルーたちの中で、不器用さでは一、二を争う二人だというのに。ゾロからのプロポーズ?を受けて、そりゃあ大声で泣いてたルフィだというのも知っている。それだけ不安で一杯だったのだろうに、もう大丈夫なのか? あんな…腕っ節はともかく家庭的なことへはとことん頼りない奴が、ちゃんと支えになれるのだろうか? あれからずっと、ついついそればかりを考え、思い詰めていたサンジだったのだ。だが、
「大丈夫だって。」
 心配が顔に滲み出てでもいたのだろうか。ルフィはにこにこと笑って見せる。あの、剣豪からの告白のあった晩まで何とか保っていた"無理から笑い"ではなく、元の、自信たっぷりの穏やかそうな笑顔だった。
「…そっか。」
 今の彼を支えているのは、間違いなく、あの野暮で惚けた剣豪への信頼であるらしく。だが、それをそうと判ることの出来る自分の機転さえ、今は何だか恨めしい。
「あ〜あ、先に会ってりゃなぁ。」
「…え?」
「俺だったら、何にも心配させないで…それこそあんな風に泣かすこともなかったと思うぜ?」
 にっかと笑って冗談めかした言い方でついつい洩らしたのは…実を言えば長年抱えていた本心で。破天荒な夢を真顔で語り、他人の一生懸命には深い理解を寄せる懐ろの広さも、決して諦めない粘り強さも、それに相反して日頃はとことん拙いところも。彼の全てが愛惜しかった。いつの間にそう思うようになったのかは、もはや判然としない過去の蓄積。毎日のあれやこれやの中から、そして、ここ一番の修羅場の最中に。ささやかに、もしくは鮮やかに、胸に刻まれ、いつの間にかうずたかく積もった想いの丈という奴であろう。だからだから、いつまでも傍に居て守りたかったし、その特別な存在を…舌っ足らずな声やつい手を出したくなる不器用さや、強情っぱりな不機嫌顔や、幸せそうにケーキを頬張る笑顔を、いつもいつまでも間近に感じていたかったのに。出会った時にはもう既に、あの無骨な剣豪にすっかり惹き寄せられつつあった彼だったらしくて。それに何となく気づいたその時、自分の抱えた想いを果たすより、それは拙い彼の想いの方を大切にしてやりたくなった。そうと思った時点で、自分から敗退を選んだことになり、こうなる結果は見えてもいたのだが。
「…でも、サンジは海軍に捕まるようなことはしてなかったんだろ?」
「? 何だ、そりゃ?」
 またそういう判りにくいことを言う。恐らくは単純に、あの海軍基地で捕らわれていた海賊狩りの姿というゾロの設定に、サンジを置き換えてみたルフィであったのだろうが、だからそういう事を言ってるシェフ殿じゃないっての。何を言い出すやらと困ったように眉を下げるサンジの顔を見て、
「何も今日明日にいきなり船を降りるっていうんじゃないんだ。その間に色々慣れてもいくさ。」
とは、ゾロが頼りにならないんじゃないかと訊かれたのへの答えらしい。人の気も知らず、幸せそうにくすくすと笑うルフィがやはり愛しいが、今はもう"あいつ"の…他人のものなのだなという実感がありありと込み上げて来た。ミルクを飲み干したカップを船端へと戻し、はいっと屈託なく手を伸ばす。そこへと赤ん坊をゆだねて、

「………え?」

 抱え方を落ち着かせようとしかかった隙をつき、相変わらずに小さな体を軽く引き寄せ、額髪の隙間から覗く丸い額へついばむような口づけをひとつ。………と、
「…何をしている。」
 持って出てたのか、それ…とルフィも呆れた和道一文字の鯉口を切ったゾロが、すぐ背後へへばりついて脅したが、
「こらこら。そんな殺気立ってると赤ん坊が起きるぞ?」
 くつくつと笑いながら余裕で身を躱したサンジは、
「俺はもう少し涼んでく。とっとと部屋へ戻んな。」
 ジャケットの懐ろへ手を入れて、煙草とマッチを取り出して見せる。それでなくとも子供にかこつけてからかわれ倒している日々なせいでか、何事か言い返したそうな顔を隠せずにいた剣豪殿だったが、
「ほら、ゾロ。部屋へ帰ろう。俺も眠い。」
「…ああ、判ったよ。」
 ルフィに促されると逆らえず、そのまま…赤ん坊を抱えてはいない方の腕を伴侶の小さな背へと回し、夜風から守るようにしてキャビンの方へと歩み去る。何事か囁いたルフィに笑い返した横顔の穏やかさが、サンジの悪戯へムカッとしたことなぞもうすっかり忘れたと示唆していて。
「幸せもんにはやっかみを甘んじて受ける義務があんだよ。」
 そんな呟きが、マッチを擦る擦過音に炙られる。咥えた煙草の先を囲った手の中に、ぽうと灯った小さな炎は、シェフ殿の無表情な顔をほんの数瞬照らし出し、それから…海へと無造作に弾かれて音もなく消えた。
"幾らマッチに如才がなくても、黙って浮かんでるだけの月に敵わねぇんだよな、これが。"
 船縁の手摺りに腕を乗せ、ぼんやりと暗い海を見やる。どこか神経質で他人の痛みに敏感で。そんなせいでか、良く気がついて卒がない。こういうタイプになってしまった自分を悔いた覚えはなかったが、切れ者と見せて本質は大雑把で朴訥な"月"が今夜ほど羨ましかったことはないシェフ殿であった。




        ***


『サンジ、どうしよう〜〜〜。ミルク飲まねぇよう。』
『だ〜〜〜っ! 馬鹿野郎っ! 哺乳瓶を揺らすんじゃねぇ。空気ばっか飲むことになっちまうだろが。げっぷで腹いっぱいになっちまってるんだよ。』
 慣れない子育てにさんざん手を焼いて、だが、絶対に投げ出さず、頑張っていた小さな船長。この海上レストランが完成するまでの短い間だけ、サンジやナミも一緒に世話をしたその息子の方が、なんとグランドラインを目指して海へ出たというから、
"これも血は争えないって言っても良いんかね。"
 くすくすと笑うシェフ殿だ。
「サンジく〜ん、ちょっと来てっ。」
 愛する妻の声がして、
「はぁ〜い、ナミっさん。」
 煙草を消すと船室へと足を運ぶ。女性へは一際弾む声と態度が、男衆たちへはがらりと変わって凶悪なオーナーなのがこれまた奇天烈な、海上レストラン"バラティエU"の昼下がり。先程、愛娘が常連客の坊やと釣りに出たプレジャーボートの"シメサバ1号"も戻って来たらしい様子である。そして………。



  〜Fine〜  02.2.13.〜2.15.


  *カウンター15500HIT リクエスト
    葉サマ『"ロロノア家〜"設定で、
          子持ちになってしまったルフィを心配するサンジ』


  *…すいません、葉サマ。
     ウチの奥方、妊娠はしてないんですよ、ええ。
   子供が授かる泉。
   このフレーズだけで、もうもう先は読めた方々ばかりだったと思います。
   なんて話運びが下手なんだ自分。
(泣)
   これは『はじまりのこと』を立ち上げた時に考えてたことでして。
   聞くところによれば、
   陣痛というのは男の人には到底耐えられないとかで。
   いくら強靭な精神力とかゴムゴムの体とか
(笑)であれ、
   ルフィに"妊娠&出産"は無理なんじゃなかろうかとですね。
   (シュワちゃんの『ジュニア』、あれって陣痛が起きる理屈がちょっと変。
    だって産道から生まれた訳じゃない筈ですもんね。)
って、一体何の話を…。

  *それと…葉サマ凄いと思ってしまったのは、
   実は誰かさんのお誕生日企画にと考えてたことに
   ぴったり重なってたんですね、これ。
   ですんで、ちょこっと…そっちと合体させていただくことにしました。
   (こちらは"前編"というか、プロローグとでもいうか。)
   単独でも大丈夫なようにと心掛けましたが、
   ただら長くなってしまったのはそのせいです、すみません。
   来月初めに、続きというか後編というか、何かがあるよということで。


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