ジレンマと地団太

        ~ロロノア家の人々・外伝“月と太陽”より
 


          



 寡黙で威厳のある大剣豪。だが、ホントの父は…ロロノア=ゾロという男は、もっとざっかけなくて、もしかしたらお行儀だってかなり悪い、無頼の男であった筈で。それがこうまで"物静かで人格者な大師範"だとか"口数は少ないが何でも見通せる旦那様"になってしまったのは…といえば。
『考えてみたら、お前も悪いんだぞ、ルフィ。』
『んん? 何がだ?』
『あの子たちやお弟子さんの前で、大剣豪らしくない挙動はやめろってさんざ言ってただろうがよ。』
『うう…。』
 そう指摘されて口ごもったところを、すかさず押さえ込みにかかったとかどうとかいう"それから"は、ご夫婦の間のこととて触れずにおくが。
(笑) 急に変わることも適わないのでと、そのままに父は相変わらず、どこか寡黙な人であり続け、だが、


  『お前みたいな息子はもう知らん!
   出て行け! 海へでもどこなりと行けば良い』

  『ああ! 出て行くよ!
   大剣豪だからって威張るな! クソ親父! オレは海に出るんだ!』


 何とも豪気な啖呵の切り合いで袂を分かつた彼らである。激しいまでの罵り合い、喧嘩腰に聞こえたがために、事情の判らぬ妹などは間に立っておろおろとしていたものの、互いの腹の中では…頼もしさに憧れていた父を越えたい息子とそんな彼の巣立ちを認めた父のエール交換にすぎなくて。その直後に、
『お父さんとお母さんのバカっ!!! だいっ嫌い!!!』
 愛する娘から思い切り詰
なじられて激しく落ち込んだ父だったという例の顛末が、もしも息子の耳に入ったら…。

  「そりゃあ腹を抱えて大笑いすんじゃないのかな?」
  「………ルフィ。」

 奥方、それはちょっとあんまりなのでは…。(笑)


        ***


 翌日。二人の少年を従えて、元"麦ワラ海賊団"の狙撃手と船医殿は診療所の裏手に広がる緑の木立ちを下り、岩場に挟まれた坂を下って海岸線へと向かった。港のある海岸とは反対側の北の入り江。ここはかつて、この狙撃手が、少年の両親と女航海士という頼もしい助っ人を得て、村を襲撃しようと企んでいた悪辣な海賊団の上陸を決死の思いで喰い止める死闘を繰り広げた場所でもある。両側の崖が少々崩れかかっているのが危険だからと、あまり人の出入りはないままに捨て置かれ、そんな中で南側の入り江にあった港がきれいに整備されてしまったせいで、村人たちからさえ殆ど忘れられた場所でもあった。朝の爽やかな陽射しの中、
「さあ、どうだっ!」
 これがドラマやアニメなら、じゃじゃ~んっという効果音が鳴り響いたであろうフレームの中。青い青い空と海の狭間に浮かぶは、目映いまでの真白い存在。ウソップが言っていた"見せたいもの"とは、北の入り江に浮かんでいた、それはかわいらしい"キャラベル"という種類の帆船だった。白を基調にした船体に、船首の砲台の真上の舳先には真ん丸にデフォルメされた、どこか惚けた羊の頭のフィギュアヘッド。少年の母御がこれを見たなら、ひとしきり懐かしがって"まずは…"とばかり、ぴょいっと飛び乗ったに違いない。
「うわあぁ~っ!」
 愛らしい愛嬌に満ちた、だが、乗り心地の良さそうなかわいい船に、感嘆の声を上げて見とれる子らへ、
「どうだ、気に入ったか?」
 狙撃手殿は胸を張ったままそんな声をかけ、そうと訊かれて少年たちは"え?"と顔を見合わせる。
「…え、まさか。」
「そのまさかだ。これはお前らにやる。」
 ウソップは敢然と言い放ち、
「お前らが必ず此処へ来ると、俺は予感していた。その旅立ちを祝ってやろうと思って、こつこつと作っておいたんだ。」
 後ろへ引っ繰り返るんじゃなかろうかというくらい、それは大きく胸を張ったウソップであり、
「…でも、俺たち二人でこれって。」
 いくら操船術に覚えがあったとしても、船を動かすにはその船の大きさに比例する、最低限に必要な人員数というものがあって。舵を取る者、主帆・舵帆の角度や張り方を調節する者、場合によってはオールを出して手漕ぎという事態にだって襲われるやも知れないその人手が、今の"二人きり"な彼らには見るからに"無い"というのに。ありがたい贈り物ではあるが、動かせなくては意味がない。そんなような、残念だという顔をしかかる少年たちへ、
「そこへの抜かりがあるもんか。」
 ウソップはにっかり笑うと、相変わらずの自信満々な面持ちのまま、親指をピッと立てて見せた。
「この船は"誇り高き海の勇者・ウソップの知恵袋号スペシャル"と言ってだな。」
「あの…その名前、引き継がなきゃいけないのかな?」
「何だ? 不満か?」
「だって…。」
 長いし。
(笑)この反応へ、まだまだ未熟な若者には、この奥の深いセンス、高尚すぎてついて来れなかったかと、少々がっかりしつつ、
「まあ、まだ進水式はやってないからな。改名はまだ間に合うぞ。」
 それはともかく。
「この船は、だ。たとえ人手が一人ででも充分に航行が可能なような、特別・特殊な操船機器を山ほど装備していてな。工夫が一杯のそりゃあ優れた船なんだよ。」
「おおぉ~。」
 よくは判らないが凄いことらしいと、素直に感心・感動する少年の傍ら、
"それって…故障したら普通の船以上に複雑な修理が必要で、それだけメンテナンスに手がかかるって事じゃないのかなぁ。"
 衣音がその胸中でこっそりと、無難な心配をまず1つ、それは冷静に数えていたようだったが。
(笑)
「これを使って大海原に出るがいい、若者たちよっ!」
 ウソップがびしっと指さした大海原は、沖の方できらきらと波間が光り煌いていて、気持ちがいいほど晴れ渡っている。それを真っ直ぐ見やった少年が、
「おおっ、俺たち旅立つぞっ! おじさんっ!」
 おいおい。何だか異様に燃えてるハイテンションが、これまた妙にシンクロしているらしい二人を傍目に…放っぽっといて。
「食料や燃料、ロープや木材や釘や何やの修理用の資材に、医薬品や防寒具や海図や書籍なんかの備品が色々。あと、柑橘類の鉢植え…ライムの樹を2本と、航海に要り用な物は積められるだけ積んどいた。淡水化装置やその他の装備の取扱説明書はこれで…。ああそれから、どっちか料理は出来るのか?」
「あ、ええ。俺が少しは。」
 下宿生活の経験がある衣音なので、簡単なもの、基本のご飯くらいなら作れるらしく、
「じゃあ要らないかな。一応、キッチンに"7日分ずつの基本メニュー"っていう、レシピのノートも置いてあるから。ちゃんと好き嫌いなく、バランス良く食べないといけないぞ? 特に野菜は取れる時に取っておかないと、どんなに肉や魚を食ってても貧血になって倒れるぞ?」
 こちらではチョッパーと衣音が堅実な内容の引き継ぎに余念がない。何だか面白いバランスのコンビであることよ。
「この"東の海
イーストブルー"での主要な補給基地は、リビングの壁の海図に一応マーキングしてある。換金出来るものがないなら、その土地その土地でちょっとした日雇いの仕事だとかこなせば良いんだし、その辺りはまあ…経験もあるみたいだから大丈夫だろうけど。」
 小型トナカイという格好のチョッパーが見上げると、黒髪の航海士くんはにっこりと微笑う。
「ええ、任せといて下さいな。」
 その視線を…いつの間にやら肩まで組んでの意気投合ぶりを見せている、ウソップと少年の方へと向けて、
「あれで、あいつも働くの嫌いじゃない奴ですし。」
「そか。そういうトコはオレたちの時と随分違うよな。」
 海への関わり合い方が、どこか逼迫していた自分たちの時とはカラーも気合いも相当違っているようで、今のところはまだどこか"ボーイスカウトの冒険"のようでもあるというところか。
「でも舐めてかかるんじゃないぞ? でないと、えらい目に遭うからな?」
「はい。」
 怖いのは海や天候、海王類といった"大いなる自然"に属するものばかりではない。海賊のような判りやすい悪党以外にも、言葉が通じるからこそ、色々な顔を取り繕えるからこそ、それと気づかぬうちに手玉に取られて、ややこしい深みまで引き込まれ、気がつけば抜け出せなくなるよな"悪い人間"も沢山いるから、もっとずっと怖いんだぞとの警戒は忘れずに。
「…大変だろけどな、あの子についてくってのは。」
 全開で笑顔を見せている少年へ、かつての船長の、破天荒なまでの能天気さをついつい思い出して、苦笑して見せるドクターで、
「グランドラインへ入ったら、まずは"オール・ブルー"を目指すといい。」
「"オール・ブルー"?」
 やっとこちらの会話に入って来た少年へ、
「ああ。そこへ行けば、大いなるヒントが与えられるだろう。」
 うんうんと大きく頷いて鹿爪らしい様子で言い放つウソップだったが、その後ろでチョッパーが、何とも言えない…吹き出したそうな、それを懸命に我慢してますというような顔をしたところを見ると、神憑りな予言などではなく、
"…何か、確証があっての言葉ってことかな?"
 若しくは、昨夜こっそりチョッパーが明かしてくれた"父からの手紙"が、そちらへもまた何かしら働きかけていて、少年たちを待ってくれてでもいるのだろうか。
「さあ、朝の風と波が変わらぬうちに、出発の準備に取り掛かるんだ。」
「あ、はいっ!」


            ◇


 どんな急患があるか判らないため、皆が皆ここから離れる訳にもいかず。見送りに行けなかったカヤは、朝寝からご機嫌な様子で目を覚ましたルーイを腕に抱いて、彼らのいる北の方を、窓を開け放ったテラスから何となく眺めやっていた。荒ぶる海原へと出て行きたく思うのは、男の人の性
さがのようなものなのだろうか。昔、あの子らと同じくらいにまだ少年だった夫を送り出した時、それはそれは心配でとっても寂しかったように。あの少年たちもまた、少なくはない知己の人々を心配させていることを、どうか忘れずにいてほしいものだがと、どこか母親のような想いを胸に転がしていて。
「あら?」
 窓からそよぎ込んだ風にあおられて、机の上、資料の本を重ねていたところから、ふわっとすべり落ちたものがある。ルーイを抱えたまま、屈み込んで拾い上げると、
「あら、これって。」
 先日からチョッパーが気に入ってか読み耽っていた、海にまつわる伝承を集めた本の途中のページだと気がついた。どうやら…抜けていたのを別の本へと間違えて挟み込んでしまい、気づかぬままになっていたのだろう。古めかしい古代文字と、それを翻訳した活字とが交互に並ぶ、何かしら古代文明か伝承の解析を綴ったものらしい論文の1節で、


   《………。
    海の女神の祝福によって、同じ器にて聖なる清水を含みし者ら。
    銘々のカラダと、相手を想うココロから、分身が生まれ出づるものなり。
    奇蹟の御子、祝福の証しに、
    その額に希有な光の緑柱石
(アクアマリン)の御印を持つ…。》



  ~Fine~  02.3.2.~3.10.



  *父とちょこっと衝突があった少年の反抗期と、
   船出の始まり&ウソチョとの出会い編でございます。
   以上の経緯により、船の名前もまたまた決めておりません
(笑)
   こっちは公募しようかな? どんな名前が良いでしょうねぇ。
   ゴムゴムⅡ世号とか、ゾロル丸とかウソチョ丸とか
(笑)
   海賊旗より大漁旗を掲げたくなる名前ですかね?

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