ロロノア家の人々〜外伝 “月と太陽”

    “月は東に、陽は西に…”
 

 

          




 広い広いこの世界で一番、凄烈で苛酷な航路。荒くれ揃いの海の男たちから“魔海”とまで呼ばれているのが、此処“偉大なる航路
グランドライン”だ。ずんと幅の広い“凪の海域カームベルト”にその両端を挟まれており、侵入するのは唯一の大陸“レッドライン”にある“リヴァース・マウンテン”からでしか不可能。そこでまずは操船技術を問われるほどに、生半可な腕や覚悟では入ることさえ許されない場所であり、のっけから“命と信念を秤にかけてみな”という厳しさと否応無く向き合わされるような、そんなとんでもない航路。入れば入ったで磁石が利かない地場嵐の中に放り込まれ、気候も海流もアトランダムな、常識さえ置いて来なけりゃならないような環境に慣れねばならず。しかもしかも、そんな世界で生き延びるためには、余程のことに強かでなければならないのも道理とあって。海千山千、一癖も二癖もありそうな輩ばかりがゴロゴロしており、

  「ま、昔っから“勝てば官軍”なんて言うしな。」

 勝ち残った者の言い分の方が正道になってしまうというのは、群雄割拠状態にある混乱期にはありがちな理屈。それを理不尽だというのなら…認めたくないならば、相手より上回って完膚無きまでに凌駕するしかなく、それを言いたくてと持ち出された少々乱暴な言い回しへ、

  「あら、
   それは“正しいか間違っているか”っていう諍いへの言葉じゃないわよ?」

 どっちもが同じ方向を向いてるようなものへ、どっちかだけを選ぶよう迫られた場合に使う言い回しであって、
「勝った方がいつだって正しいなら、騙される方が悪いなんて言い分だって正しいってことになっちゃうわ。」
 ただ強ければ良いってもんじゃあないし、認めるのもムカツクことながら…正しい者ばかりが勝つとも限らない。腕っ節ばかりが強い者とか財力があるからって武力を無尽蔵に集められた我欲の塊りみたいな輩が、正しいけど弱い立場の人たちを蹂躙して踏ん反り返ってるってケースはザラでしょう? 微に入り細に入りという勢いで丁寧に訂正を加えて差し上げ、

  「そんな奴らが“正しい”の?」
  「う………。」

 口籠もったことにより“それは違うと思う”と素直に認めた相手へ、大仰にも うんうんと頷いて見せ、
「正しいことは正しいこと、悪いことは悪いこと。そんな基本的な常識はそうそう覆りはしないわよ」
 綺麗な指を宙にて振り振り、お暢気な少年船長さんへお姉さんぶってのお説教っぽいご意見をしているのは。溌剌とした面差しには才気があふれ、若木のようなすらりとした肢体をした、水色の瞳のチャーミングな女の子。潮風になぶられる手入れのいい髪を指先で払いつつ、明るい甲板にての“朝食会議”に参加中の彼女は、この小さなキャラベルにて航行中の海賊団(になる予定)のクルーたちの紅一点。その名をベルといって、なかなかに才気煥発なお嬢様。大陸とグランドラインとで東西南北の4つに仕切られた格好になっている海。そのそれぞれの海域の環境に合わせて個性豊かに発展した魚たちが、何故だかそこには一堂に会しているという、コックにとっては正に夢の海域、その名を“オールブルー”という場所を、執念で見つけた伝説の名シェフの一人娘であり。世界中の海を渡り歩いたほどの伊達男が“この人をおいて他にはいない”と射止めたマドモアゼルとの間にできた子だから。そりゃあもうもう…眸の中に入れたって痛くないからやってみなという勢いで“箱入り娘”として慈しんで来たお嬢さん。そんな人物なだけに、我儘三昧、言いたい放題の、ただただ鼻持ちならない小娘かと思いきや、

  「そうは言うけどサ。」

 まだ湯気が出ているほど焼きたての蜂蜜パンの表面へ、ちょっぴりとろみを薄くした飴を塗り、はいと差し出した黒髪の航海士くんが、
「そういうご立派な“正道”とか“常識”が、必ずしも正しいまんまで通用している方が珍しいのが、この海での実際だっていうの、ベルちゃんにだってそろそろ判って来てはいるんだろ?」
「………まぁね。」
 勿論、そういう清らかで真っ直ぐな言い分は僕らも大好きだよと、棘のない付け足しも忘れずに。そりゃあ柔らかくもはんなりと微笑む、端正なお顔のこちらの少年は。久世衣音といって、航海士 兼 名コック 兼 航海記録係 兼 船内での常識の天秤係まで請け負っている、なかなかの働き者。そして最後に控えしは、

  「だからサ、そろそろ海賊団としての“旗揚げ”をしようよ♪」

 しししっとそりゃあ嬉しそうに笑って、もう幾つ目なのだかな大きめのパンをむさりと齧り千切った緑の髪の男の子。少し力んだ印象の、切れ長の瞳は翡翠の緑に綺麗に染まり。気性の鋭さを表して、形のきりりと立った口許は、意外なくらいによく笑っては伸びやかな声で仲間を呼ぶ。まだまだ十代半ばだからか、屈強と呼ぶには重厚感がちょいと足りない肢体だが、柔軟なバネによる機敏さはともかく、自分の総身と変わらないほど馬鹿でかい太刀を難無く扱える膂力の凄まじさは、こちらもまた意外なほどに突拍子もなくて。この、荒ぶる魔海をたったこれだけの頭数にて航海し続けていられる原動力は、間違いなくこの彼の存在感によるところが大きい、バイタリティにあふれたお元気坊や。…の割に、一番最初に乱暴な物言いをしてベルちゃんに窘められていたけれど。
(笑) それでもこの船の“船長さん”であるこの坊やこそ、このシリーズの主人公にして………そういえば名前はまだ無かったりするのである。(う〜ん) さすがにそろそろ考えた方が良いのかなぁ? 不便は感じたことはないけれど。
「そだな。」
「頭数が少ないからね♪」
 そっち向いて“おい”とか何とか話しかければ、それでもう支障はなく会話だって出来るのだしねと、大雑把極まりないご本人のみならず、聡明そうな衣音くんまでがケロリとしているもんだから、
「…なんであんたたちって、そうやって何から何までお気楽なのかしらね。」
 先程、理想と現実のギャップってものへの即妙なご意見をくださった衣音くんまでもがこの調子。いきなりト書きへお付き合いくださった能天気なところへ、まったくもうと呆れたベルちゃんですが、まま、今回も“坊やのお名前”ってトコへは眸を瞑っていただくとして…話を戻そう。
「海賊団って、そんなに良いものなのかしら。」
 別に“冒険団”とか“物見遊山部隊”でもいいじゃないのよと、この話が出るたびにベルは少々口許を尖らせる。海賊だってだけで毛嫌いして否定している訳ではない。目の前にいるこの船の少年船長さんのご両親も、そして…あまり詳細までは話してもらえなかったけれど、どうやら自分の両親もまた、海賊であったらしいと聞いている。それをして、海賊と言えば人品怪しい者ばかり…って訳でもないということは重々承知しているし、自分が強引に乗り込む前から、目の前にいる彼らは“機が満ちれば海賊の名乗りを上げるぞ”と決めての航海をしているのだからして、途中から強引に割り込んだ身の自分には、とやかく言う権利はないも同然ではある。彼らの方針に文句があるなら、もしくは彼らのお荷物になったりするのであれば、力づくでも通りすがりの港に降ろすというのがこの航海への同行に於ける前提条件であり、それをもってあのお父様も彼女の船出に何とか納得したらしいという順番。…とはいえど、
「自分たちの心意気はどうあれ、問答無用でお尋ね者になってしまうのに。」
 だのになんで そんなにこだわるの? そこがベルには今一つ理解出来ないでいるらしい。そして、この話をそうと展開させようとするベルのご意見に対しては、

  「馬っ鹿だなぁ。」

 お暢気で日頃からベルちゃんに良いくるめられてばかりの船長さんが、ここぞとばかりに珍しくも胸を張る。
「純粋な探検や冒険を思いっきりやってみたけりゃ、海賊になるのが一番手っ取り早いんだぜ?」
 ふふんと笑ってお鼻を高く差し上げ、一気に偉そうになる彼であり。とはいえ、相変わらずに言葉は足りないもんだから、
「真っ当な手順で、世間を騒がさないでやろうとするとね。届け出るものが沢山必要になったりするし、入っちゃいけない海域だの守らなきゃいけない規則だのにぎゅうぎゅうに縛られてしまうだろう?」
 これまた“いつものこと”として、衣音くんが判りやすくと補足説明。
「そんなのただの観光じゃんか。」
 そういうのがしたいんなら、次の島で降りるか? 厳重な海軍の護衛が付いてる観光客船はたいがいの港で出てるぜと、そこまで言い出す船長さんに、
「…それはいや。」
 ベルとて、彼らの言い分もまた判ってはいる。海軍の言い分が必ずしも全部正しいものなのかというと…それもまた微妙なんだよってこと、これまでの航海の中で少しずつ知った。ごくごく一部だとはいえ、本部の目が届かないのを良いことに、私腹を肥やすような不正をやらかしているような軍人だっているし、討伐すべき対象である海賊と持ちつ持たれつして甘い汁を吸っている尉官だっている。海賊の襲撃を取り締まらないどころか、そんなシステムはないぞという護衛費用を出させたりし、無理難題を押し付けては、抵抗出来ない非力な人たちを困らせるばかりでなく。そんな悪事を世間から隠すためにと、何の落ち度もないような、気の良い“ピースメイン”な海賊たちへ悪行を押しつけた上で成敗し、成績を上げたように報告しているような巧妙狡猾な奴もいるとあって、
“そういう奴らを思い切り叩きのめした時は、あたしだって気分爽快だったしね。”
 ………旗揚げ前ですのにねぇ。
(苦笑) 既にそういう活躍も結構積んでいる恐ろしいお子様たちであり、
「でも。旗揚げはまだ早いでしょうよ。」
 何と言ってもこの人数じゃあねと、肩をすくめたベルちゃんの言いようへは、実は衣音くんも異存はないらしくって、
「だよなぁ。」
 こっちからは奇襲をかけないにしても、何十人もの頭数を相手にするとなると少なすぎるのは手痛いことだよねと、そこへは理解が追いつく彼であり。
「…何でだよ。」
 今度は…キョトンとしている幼なじみの船長さんへの補足説明をする彼だったりもするのだが、
「もしも俺かお前か、どっちかが熱でも出してる時に襲われたらどうするよ。」
「何言ってんだ。俺もお前も、これまで…少なくとも海に出てからは一度だって病気になったことはないだろうよ。」
 からからと笑った船長さん、

  「何言ってんだは、そっちの方よッ。」

 ベルちゃんから三節棍で思い切り殴られていたりする。
(苦笑) そんなご愛嬌はともかくとして、
「せめて船医さんとお料理上手な仲間がほしいよなぁ。」
 切実そうに溜息をつく衣音くんであり、しみじみと呟く切なそうな横顔を見るにつけ、
「船医はともかく、料理人なんて要るか?」
 俺、お前の作るご飯が一番好きだぞなんて、余計なことを訊いて&言ったりしたもんだから。今度は心優しき相棒さんからまで きっちり殴られた坊やだったりするのであった。考えなしに物を言うところは、相変わらずお母さんにそっくりな坊っちゃんである。
(笑)







            ◇



 そんな訳で、彼らの航海は今のところは“冒険旅行”が主体となっている。時々鉢合わせる海賊たちが乱暴な襲撃を仕掛けて来たのを“健気にも”懸命必死に追い払うこともあるが。寄港した島の人々を苦しめている木っ端役人を“無理難題を言われた抵抗として”散々に打ちのめし、あんまり船の行き来もなかろう遠い島へと連れ出して差し上げ、赴任先で一体どんな悪さをしていたのかという自白をさせた録音型伝電虫を海軍の出張所へ届けておいてあげることもあるが。そういうのはあくまでも出合い頭の不可抗力というか、かかる火の粉を振り払ってみただけだというか。
「物凄い言い訳だわよ、それ。」
 もっと率直に言やあ、結構な乱暴ぶりだってのにと、非難するよな言いようをするお嬢さんへは、
「自分だってバトン捌きの腕前をめきめき上げといて、他人事みたいに言うなよな。」
 へへんと言い返すやんちゃな船長。むむうっと睨み合ってから“い〜だっ”“こっちこそ あっかんべ〜っ”と、もっと幼い子供同士のような、性懲りのないごちゃごちゃを繰り広げたりすることの絶えない彼らだが、

  “ホントは凄んごい仲良しなくせにネvv

 どっちかばかりを庇う訳にも行かなくて、勢い“保護者”のような立場におかれることの多い衣音くんとしては、微笑ましいなと思うことしきり。だってね、いざ乱闘だって時には、自分の身よりもまずはとベルちゃんを庇う自分たちなんだし。他所の誰ぞに“口ばっかりで生意気な小僧だ”とか“行儀の悪いガキだ”とかって船長さんが腐されるのを聞くと、そりゃあムキになって…やっぱり庇ってしまうベルちゃんだしね。
(苦笑)
「…で、次の島では補給だけで良いのかな?」
「そうねぇ。」
 日誌と海図とを広げたテーブル。明日にもその陰が見えてくる筈な次の島を前にして、ログが溜まるまでの間、上陸するのかどうかという行動を検討中の彼らであり、
「そろそろ宝石を換金しておきましょうよ。」
「じゃあ、ベルも降りるか?」
 くどいようだが“旗揚げ前”なので、積極的な海賊行為はまだな彼らではあるのだけれど、かかる火の粉を払った折には、受けた損害分の賠償を求めるところがちゃっかりしている現代っ子。金貨や宝石、骨董に高価そうな工芸品や絹などを、手持ちから半分くらいは巻き上げる。それを“換金しやすい”収入源にしているのだが、そういったものへの“目利き”が一番確かなのが、さすがはお嬢様だったベルちゃんなので、港で換金する時は、子供が相手だからと足元を見られぬように、必ず彼女がついてくのが習わし…だったのだが。
「う〜ん、なんか今回はパスしたいな。」
 だって次の島って、ブティックとかスィーツのお店とか、そういう洒落た観光スポットはなさそうなトコなんだもの…と。いかにも女の子らしいお言いよう。時代も下がったせいですか、かつての“魔海”にも結構メスが入っており、主な航路上にある大きな島に関しての詳細が記載された“グランドラインの歩き方”なんてなガイドブックもあったりするほど。(おいおい)なので、あんまり観るべきところもないらしいと関心を無くしたお嬢さん、
「持ってく宝石の相場値っていうのをメモしといてあげるから、今回はあんたたちだけで行って来てよ。」
 お使いくらい もう出来るわよねと、またぞろからかうような言いようをしたもんだから、またまたしょむない言い合いが始まりそうになったけれど、
「判ーかった。」
 何とかそれを引き分けて、
「じゃあベルちゃんはお留守番だ。良いね? いくら港へ着けるたって、油断は禁物だからね。」
「ええ、判ってる。」
 どこに不心得者がいるか判ったもんじゃないのは相変わらずの、油断も隙もない世界だからね。重々用心することを確認し合って、坊やたちの思いは久々の陸地へ既に向かっていたのでありました。


  「…久々なんだからさ、一晩泊まるか?」
  「何言ってんだかな。///////


   ――― ホンマにな。
(苦笑)







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     あき様 『ロロノア家・外伝 新海賊王伝説ものを』