ロロノア家の人々〜外伝 “月と太陽”

    “月は東に、陽は西に…” A
 

 

          




 真っ青な海に負けないくらい、ぱきーっと鮮やかに晴れ渡った上天気の中で。彼らの小さなキャラベルが着岸したのは、航路の主幹中継地といったところだろうか、観光より交易中心の来訪者たちがにぎわいを見せている、中規模クラスの商いの町だ。
「食料に燃料に、えと、板状の平たい資材を少し、か。」
 長い航海に必要なものにも色々とあって、淡水化装置というものが発明されたお陰様で、一番に必要だったその上、重くて嵩張る“飲料水”は除外出来るようになったとはいえ。日々の生活に使うものとしては…生鮮&乾物 色々ある食料や調味料に、キッチン用の燃料、洗剤にセッケンといった消耗品の他に、壊れた箇所の修繕に使う木材やクギ、ロープや帆布の予備に耐水性のペンキ。常に補充しておかねばならないものとしては、常備薬に衣服、包帯や晒し布、壊してしまった備品の替え等々と、たとえ3人こっきりの小さな船でもそれなりの備蓄は必要で。それらを買い出しに出るにあたって、
「まずは“換金所”だな。」
 海上に突き出してた埠頭の“税関”で上陸手続きを終えた二人の少年たちが、軽やかな足取りながら町へと続く桟橋に出て来て、歩きながらこれからの行動を簡単に打ち合わせする。
「渡された資金の中でもやり繰りは出来そうなんだけど。」
「けど?」
 並んで歩く幼なじみの言葉尻を繰り返した船長さんへ、
「俺の小柄
こづかの補充をね、したいんだ。この島には腕のいい鍛冶屋さんが多いらしいから、いい品もあると思うし。」
 そうと言って小さく笑ったお友達の黒髪が潮風に揺れる。船長さんの得物がその背に負った大太刀なら、こちらの彼の得意とする武器は手裏剣のように投擲して的を射止める“小柄”だ。必ずしもそうということもないが、原則としては相手に当たればそのまま持っていかれる武器でもあって。ある意味、立派な“消耗品”なものだから、機会のあるごとに補充が必要。特に決まった形のものを愛用している訳ではなく、結構ポピュラーな代物なのでどこの島であれ補給は出来るが、どうせ買うなら自分の癖や動線に馴染む、扱いやすいものの方がいいに決まっており、
「じゃあ、俺もこの刀の調子を見てもらおっかな。」
 布でぐるぐる巻きにして背負った大きな和刀。刃が大きいのを支えるためにと、柄の部分も標準のそれの1.5倍という大振りなものだが、そんな奇抜な形なその上、持ち主があまりにあっけらかんとした“子供”であるがため、武器のチェックに過敏な土地では“大道芸の道具です”と申請して誤魔化して来たほどだが、これでも実は名のある銘刀。しかも、自分の身の丈と変わらぬ大物だというのに、軽々と扱えてしまうとんでもない坊やでもあって、
「見てもらうのは構わないけど、研ぐことになったならちょっと考えなきゃな。」
 日にちを跨ぐほどにも時間が掛かるのであれば、船に居残っているベルにその旨を伝えに行かねばならず。そういった段取りを手際よく数え上げながら、桟橋の終点から港へぴょいっと飛び渡っての上陸を果たしたお二人さん。
「いいな、あんまり離れるなよ? お前ってば、ここんトコ、どういう加減か方向音痴になりつつあるからな。」
「…判ったって。」
 子供の頃にさんざん腐した罰でも当たりつつあるのか、剣士としては大尊敬する父上の
その最大の欠点を、どういう訳だか最近の坊やもまた発揮し始めており、
「グランドラインの地場嵐が影響してのことなのかな。」
「…人を人間じゃないみたいに言うなっての。」
 そういうのが影響するといえばの、機械や磁石じゃないんだからよと、むむうと膨れた船長さんだが、わざわざ くるりと振り返っての後ろ歩きという態勢になったその直後、

  「…おっと。」
  「え…?」

 真後ろからの声がしたと同時、何かにとんっと当たったらしくて、そこから進めなくなる坊やであり。こちらは真正面を向いたままだった衣音くんが、
「あ、すみませんっ。」
 はっとすると慌てたように相棒の二の腕を掴んで自分の側へと引っ張り寄せる。そんなに幅のなかった桟橋ではともかく、そこから急に幅の開ける港町への入り口は。一応はちょっとした広場になっているものの、それでも…自分たち同様、お初の上陸を果たした旅人たちがついつい立ち止まってしまうため、結構な人だかりになっており。そんな場所で背中に負っている大物をぶん回せば、周囲へもご迷惑になること請け合いというもの。丁度、船長さんの真後ろにいた…つまりは先客だった誰かへと、刀のどこかが当たったかどうかしたらしく、
「痛くはなかったですか?」
 背負ってるものの大きさくらい、日頃はちゃんと把握してもいる筈な船長さんだが、今は少々はしゃいでもいた。それで注意が疎かになったらしいと素早く状況を把握して、そのままなめらかに迅速に対応しちゃえる辺り。衣音くんの面倒見のよさもここに極まれりという感があるものの、
「ああ、大丈夫だよ。」
 腰に回したサッシュベルトと、鞘の鯉口近くに結んだ綾紐とでという二ケ所で固定されてるその上の方、坊やの肩の上辺りから少し飛び出している柄のところに軽く手をかけて、にっこりと笑っているのは…自分たちより少しほど年上だろう男性だった。
「こっちも真後ろを向いてた訳じゃない。桟橋の方を向いていたから、こうやって受け止められて…当たってはいないんだ。」
 柔らかな表情でにこりと笑って見せた、結構 背丈のあるそのお兄さんは、
「急に掴まれてびっくりしたろうね、ごめんよ?」
 むしろ自分が彼らを驚かせたのではないかと気遣って下さり、
「あ…えと。」
 何がどうしたのかがまだ判らないのか、キョトンとしている少年船長さんが呆気に取られたままでいるのを、微笑ましげに見下ろしてくれており。片や、
“???”
 肩が当たっただの目付きが気に入らないだのと、関わり合うことイコール喧嘩を売られるというパターンが多すぎて、こんな風な穏やかな言葉の応酬というものに馴染めてない彼なのか。いやいや、屈託のない彼はそういった相手であれ友達扱いのタメグチですぐにもお喋り出来るほどの強心臓の持ち主なのにねと、いつまでもポカンとしている船長さんなのを少々不審に思った衣音であったものの、
「これからちゃんと気をつけるように、重々言い置いときますね?」
 子供ばかりという陣営の自分たちだから、ある意味、あんまり誰にも彼にも関心を持たれるのはよろしくなかろうと思っての機転。ぼんやりしている相棒の後ろ頭に手を添えて、無理から頭を下げさせると、彼自身も丁寧にお辞儀をし、それではとの会釈を残してその場からそそくさと離れることにした。
「…ほら、行くぞ。」
「あ、うん。」
 手を引かれても依然としてぼんやりしていた船長さんだというのがますます奇妙ではあったけれど、今は撤退を優先にと。行く手にも広がってた人波を手際よく掻き分けながら、足早に立ち去った坊やたちであり。

  “おやおや、嫌われちゃったかな?”

 光の加減で銀色にも見えなくはない、柔らかそうな濃灰色の髪を、帽子をかぶり直すことで掻き上げたお兄さん。そそくさと駆け去った二人連れの背中を、人込みの中に紛れてしまうまで、どこか名残り惜しげに見送っていた。


   ……………そうして、そして。


 そんなお兄さんの視線の先にて。石畳の街路をただただ突き進み、港からの人やものを行き来させるための道が町並みに馴染んだ大通りになった辺りで、やっとのこと歩調を緩めた二人だったが、
「…衣音。」
「何だよ。」
 すぐ傍らから掛けられた声へと反応し、立ち止まっても支障はない、さっきほど人があふれてはいない通りだったので…それでも道の傍へと寄って、洋品店だろうショーウィンドウに背中を預る格好で、ここまで手を引いて来てやった相手と向かい合えば、

  「あいつ、只者じゃねぇかも。」

 船長さんが妙に考え込むようなお顔になっている。
「只者じゃない?」
「うん。だって、俺、この刀の幅くらい、いつだってちゃんと把握してるもん。」
 余程のこと、いきなりという勢いで思わぬ人混みへと押し込められでもしない限り、自分の動作の延長上のどこまで この太刀の先が及ぶのかくらい、ちゃんと心得ていると言いたい彼であるらしく、
「あの兄ちゃん、寸前まで気配がなかった。」
「…ホントか?」
 いやお前、さっきは はしゃいでたしサと、そんなまさかと一笑に伏せない衣音なのは、彼もまた…船長さんがそのくらいは心得ていてもおかしくはないと、彼の技能の方へこそ理解が深いからこそのこと。………とはいえ、

  「海の上には色んな人がいるからなぁ。」
  「うん。あんな優しそうな兄ちゃんだのに、凄腕そうだったりもすんだもんな。」

 さすがはグランドラインだなと、面白くって興味深い人に出逢っちゃったなと、顔を見合わせ“しししっ”と笑い合う辺りが、やっぱり屈託がないお二人さん。
「さあ、早いトコ鍛冶屋を探そうぜ。」
「武具屋を探した方が早くないか? いいものを揃えてるトコなら、手入れの伝手として腕のいい鍛冶屋とも縁があるかも。」
 仲のいい仔犬たちがはしゃいでじゃれ合うように、まろぶような軽やかさで駆け出す二人であり、通りかかった町の人たちも微笑ましげに見送って下さったのだった。







            ◇



 さてとて、お船に居残った側のベルちゃんはといえば。乗組員の一部が見張りや管理の関係で上陸しないで船に居残るケースは珍しい話でもなく、ここのように外からの船で潤っているような土地では、そういった事情へのケアもなかなか行き届いている。埠頭や停泊中の船の周囲を、煩わしくはない程度の頻度で物売りの船やら荷車やらが行き来しており、ファストフード系のちょっとした食事やここの名産だと謡った土産物、新鮮なフルーツに退屈しのぎの雑誌などを売り歩いているので。気さくそうなおばさんの荷車でもぎたてフルーツのジュースとやらを買って、衣音くんが作りおいて行ってくれたサンドイッチでの昼食中。出港は明日にする予定だが、食事を作りに晩になるまでには戻って来るからと言われており、
“そういえば、余程のことでもない限り、このところは外では食べたことないなぁ。”
 この航海に加わったばかりの頃はネ、彼らと一緒に降りては適当な屋台なんかで間に合わせの食事を食べないこともなかったのだけれど。そのどれへも、ことごとく文句をつけた彼女だったような。
“だって美味しくなかったんだもん。”
 さすがは“世界一の名コック”をお父さんに持つお嬢様で、ただの水さえ細かい目利きが出来るほどの鋭敏な舌を持っている反面、あまりに不味いものは喉が拒否して飲み込めないという困った体質にもなっているらしくって。一度美味しいものを覚えた食味ってのは、なかなかそのランクを下ろせないとか言いますしね。とはいえ、冒険旅行にそんな贅沢がそうそう通る筈はない。あんまり我儘を言うようなら船から降りてもらうぞと常々言われているし、さりとて…この勢いだと店の人に届くほどの不満をぶちまけかねないと自分で危ぶんだか。この頃では、あんまりパッとしない町では降りないようになっていたような。
“…それに。”
 衣音くんのお料理の腕前がまた、絶妙にお上手なのである。そんなに手の込んだものはさすがに作れないらしいのだが、それでもね。和国の東洋風なご飯をメインに、ショウガを利かせて骨まで食べられるほど煮込まれた小魚の飴煮や、ミンチを丁寧に炒り煮た“そぼろもの”とか。旬のお野菜をたくさん入れた炊き込みご飯に、ほこほことジューシィなアジの焼きもの、辛味醤を隠し味にタケノコとパプリカの歯触りが抜群な青淑肉絲、なめらかに伸ばされたホワイトソースがとろりとあふれ出るクリーミィコロッケまで作れちゃう芸達者な彼であり。

  『料理人なんて要るか?』

 船長さんが本心から不思議そうに そうと訊いたのが、実は…よ〜く判るベルちゃんだったりもして。
“でも、本来のポジションは航海士さんなんだし、それに…。”
 時々甲板にて手合わせしてる二人を見るが、大剣を振るう腕前は…どっちかが明らかに上回っているというよな感じはしない。日頃から大太刀を振り回している船長さんの、力強い太刀捌きの軽快な鮮やかさもさることながら、いつもは飛び道具である“投げ小柄”を使っているとは思えないほどの、やっぱり力強い太刀筋を見せる衣音くんの腕前のほどだって大したもの。真っ向からの対峙は、いつだってぎりぎりで拮抗し合っているそれであり。だというのに…本人がそれをと目指して頑張っている訳では無さそうな、ただの“料理係”みたいな扱われ方は、成程あんまり面白くはないだろう。
“でもねぇ…。”
 サラダ菜とトマト、炒り玉子にハムという、配色バランスも絶妙なら、ふっくらとしたパンの保存状態も抜群で、齧りついた歯ごたえも絶品なサンドイッチをまじまじと眺め回し、
“こうまで美味しいのを作られてはねぇ。”
 料理の腕前だけでなく、海賊に襲われても敢然と立ち向かって見事追い払ってしまった腕っ節をも誇った父親を見て育った彼女としては、料理人を“ただそれだけの存在だ”なんて馬鹿にされるのは、それこそ冗談じゃないと感じるというもので。

  “あらやだ、おやつの分まで食べちゃったじゃないのよっ。”

 太ったらどうしてくれるのようと、甲板に引っ張り出してたデッキチェアの上、ぴょこりと跳ね起きて“美味しいものって罪よね”なんて思いつつ、自分の口許に手をやって苦笑しちゃったお嬢さんであり。



  ……… こういう環境にいるってのが、
       衣音くんのそもそもの不幸なのかも知れませんね。
おいおい








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  *ちょっとくらいは何かしら、
   シリーズとしての進展も欲しいところですよね?
   とゆことで、ちょこっと遊んでしまうかもですvv