ロロノア家の人々〜外伝 “月と太陽”

    “月は東に、陽は西に…” B
 

 

          




 町の武具屋さんを何件かあたってお店の人に話しかければ、評判の鍛冶屋さんというのは案外とすぐに見つかって。海賊の奇襲だのが頻繁だったりするような、いかにも殺伐とした海域…ではないにも関わらず、工芸や芸術方面にばかり突っ走ってるような種のではなく、正真正銘の一線級。業物クラスどころか、歴史に名を残す良業物や、世界に21本しかない“大業物”に並ぶほどの銘刀だって生み出せそうな、名人級の職人さんがいるという。そこで、彼がお住まいだという、泉の近くの庵までの道を教えていただき、さっそくそちらへと足を運べば。渋ウチワのようにガリガリに痩せた、なのに異様に威勢のいいお爺さんが直々に出迎えて下さって。
「飾りもんでいいんなら、町の土産物屋で買いなっ。」
 冷やかしなら帰れと、いきなり竹ボウキを頭上へ振りかざして下さった強者
つわもので。それでもって追われつつ、庵の周囲をぐるぐると駆け回りながらも、実戦で使って切らした小柄の補充がしたいんだと告げると、やっとのことで話を聞く態勢を取って下さり。言葉を交わせば、何のことはない、竹を割ったような気性の好々爺。冒険旅行の途中だと胸を張って語る坊やたちはあっと言う間に気に入られ、衣音くんの小柄も使い勝手の善さそうな逸品のセットが揃えられたし、船長さんの大太刀も、なんと半日で研いでもらえるとのこと。
「こりゃあ変わった太刀だなぁ。作りも凝ってるし、刃がまた素晴らしいぞ。」
 あまりに大きくて、セオリーからは随分と外れた代物ながら、デタラメに作られたもんじゃあない。使い手の足を引っ張らない、ちゃんとしたバランスが取れている逸品であるとあっさり見抜き、
「まま、そこらの“しろと”が下手に弄
いじれば、大怪我すること請け合いだろうがな。」
 さぞかし名のある、けれど、自分に良く似たひねくれもんの刀鍛冶の作品なんだろうなと、やたら感心していただいて。こりゃあその職人に負けないように腕を振るわにゃあと、妙に気張って下さってる模様。旅の途中なんだと話すと、判った、他の注文を後回しにして今日中に仕上げてやるよという嬉しいお返事も下さった。こんな若いのだから さして“お足”も持ってはおるまい、そんな身ではそうそう簡単に“泊りがけ”ということにも運べまいと考えて下さったらしくって、

  「じゃあ、その間に換金所へ行って。必要な買い物も済ませとこうか。」
  「そうだな。」

 受け取りまでの時間潰し。港の周辺に店々が集まった、市場の賑わいの中へと逆戻りした二人の坊や。まずは資金を作らねばと換金所へ足を運んだところが、
「インゴットに宝石か。こっちのエメラルドには疵があるから大した値はつかないぞ?」
 彼らと向き合ってくれた まるまる太った店員から、鑑定用のグラスを掛ける前からそうと言われたものの、
「それは理屈がおかしいな。エメラルドには傷が付きもの、疵のないのは天然ものじゃない“人造物”だって思えって言われてるんだろ?」
 無論、無傷な天然ものが絶対にないって訳ではない。ただ、
「箸おきほどにも大きいので無傷だったなら、国が買えるほどの値がつくって話は聞いたことがあるけれど。」
 ふふんと笑って一気に並べた衣音くんの流暢なお言いように、ううと唸った店員のお兄さん。とはいえ、
「…ああ、そうだ。よく知ってたな、坊主。」
 大きな肩をゆさりと振るい、
「色も大きさも色々と使い回せそうな、なかなかの品だよ。それに、こっちのスタールビーは星線の入りが深い、やっぱり上物だ。」
 一体どこの坊っちゃんのお使いだい? 騙そうとしたお詫びも含めて大サービスしとくから、後になって“ママの宝石箱からくすねて来ただけ”なんて、お巡りさんを連れて来ないでおくれよなと苦笑する。平和な島だが、だからといってどんな商売人も客には甘いと思っていたら大間違い。銀行以上に様々に融通が利く“換金所”では、それなりのテクを利かせてこその“融通”というものもあるらしい。
“カモられるような客が多いなら特に、ネ。”
 いくら交易の方が中心になっている島だとはいえ、観光客がまったく来ない訳ではなく、長距離航路を航海途中の大きな船なら、息抜きにという上陸をするクチの客だって少なからず町へと繰り出してくる。となれば、隙の多い、若しくは商売人ではない素人も来ることだろう。カジノで負けがこんだとか、予想以上にお買い物をしちゃったとか。そういった手合いが“その場しのぎ”をするためにと、相場を良く知りもしないで高価なものを持ち出すというのも良くある話であるらしく。だがだが坊やたちには、世界政府仕様の相場をきっちりと頭に叩き込んだ上で鑑定眼も抜群という、最強にして鮮度ピッチピチの“お宝鑑定士”がついているからねぇ。
(苦笑) 本当におまけしてくれたおかげだろう、結果的にはベルちゃんが前以て弾き出しててくれた“予想額”より随分と多めに換金出来て。それを元手にしての補給用のお買い物の方も、これまた彼らには手慣れたもので。愛想のいい、気の善さそうなおじさんやおばさんに人懐っこく話しかけては、
「へぇ〜、そんな美味しい料理なんだ。」
「そうだよ。何なら作り方を教えてあげよう。ああ、香辛料はオマケしたげるからねvv
 ご機嫌を擽って色々サービスしていただいたり、はたまた、
「これって凄っごい掘り出し物だよね? しかもお手頃価格になってるし。」
「おや、そうかい? あ、ええはい、いらっしゃいませ。こちらさんもですね、はいどうぞ。………おやおや、坊やのお陰で売り切れちゃったよ。お礼に好きなもの、持ってって良いからねvv
 勝手に“サクラ”を演じてのお手伝いをし、やっぱりオマケしてもらったり。今時の子供らしい世渡り上手ぶりや“ちゃっかりさん”ぶりを存分に発揮して、
「食料も燃料も、港まで運んでくれるってサ。」
「じゃあ、後は好きに過ごしていいって訳だな♪」
 上陸目的の“お買い物の部”の方も、そんな調子で手際良く片付けてしまい、やっとのことでのお昼ご飯と相なった。すっきりと晴れ渡った青空の下、遮るものは地平線だけという、やたらと見晴らしの良いデッキカフェにて、クラムチャウダーとクロワッサンがお代わり自由の食べ放題になっている、白身魚のフライかムニエルと、シーフードのマリネサラダがメインのランチセットを堪能することにしたのだが。
「………やっぱ、お前のポタージュの方が美味いよな。」
「まだ言うか。」
 俺にも此処のコックさんにも失礼だぞと、まだ使ってなかったスプーンで、衣音くんがこつんと相棒のおでこをこづいたそのタイミング。風向きの加減が変わってか、どこからともなく、ぼそぼそとした声が聞こえて来た。一応は低めているらしき男たちの声だったが、ビーチに張り出した格好のウッドデッキのフロアには、女性グループの客が2組と、あとは家族連れしか見当たらない。…とゆことは?
“…この下か?”
“そうみたいだ。”
 足元へと視線を流してから頷き合う。デッキの下の空洞になってる部分は、日陰になってることもあって。ここいらの商売人の…大方、下っ端のボーイやらゲストハウスの番をしているクチの臨時の管理人あたりだろうお兄さんたちが、涼みがてらのサボタージュをする溜まりにでもしているらしい。波の音や観光客のにぎわいで、ぼそぼそと話すくらいなら聞こえないと思っているのだろうが、
“今日はなかなかの上天気だからな。”
 あまりに上天気過ぎたせいか、一応はパラソルが立てられてあるとはいえ、陽の下でのお食事は嫌われたらしく。店内のテーブルは一杯だが、こっちのデッキはガラガラだ。そんなせいで、彼らのお喋りも…真上の至近というテーブルにたまたま居合わせた坊やたちには筒抜けという状況。特に喧しいとも思わなかったし、お堅いことはこっちも嫌いな坊やたち。むしろ、何を話しているのやらと好奇心が擽られ、食事を続けながら聞き耳を立ててみる。どこそこの店の看板娘が今日はおニューの過激な水着を着ていただの、いつもお高くとまってる○○○ホテルの副支配人が、実は実は風俗上がりの愛人を囲ってるって知ってるか?だの。誰それの酒場のカジノで何某とかいう仲間が大当たりしたんで昨夜は奢ってもらっただのと、他愛のない与太話が続いてから、

  「聞いたか? 秘石の噂。」

  “………おや。”

 こちらの方こそ“クスクス…”と笑っていた声を拾われないようにと、出来るだけ声をひそめて聞いていた坊やたちが、意外なところに飛び出したフレーズへ再びお顔を見合わせる。現在のグランドラインのあちこちで、表向きには“単なる伝説”としてだったりしもしながらも、海賊たちの間では…結構 実
まことしやかに囁かれている噂。彼らの親の代での“ワンピース”に取って代わって、現今の最大級の秘宝とされている“秘石”の話。
「何か途轍もない力の鍵になってるっていうあれだろ?」
「アラバスタの古代遺跡にも、事細かな記述があったそうだっていうじゃないか。」
「そんなものが広まったらまたぞろ世の中が乱れるだろからってのを建前に、海軍までもが探してるって話じゃないか。」
 そこまでだったら坊やたちも知っている。宝石でも金むくでもない。そのもの自体には何の価値もない石ころらしいという話であり、
「でも、どんなものかも知られちゃあいねぇんだろ?」
 その割には…宝石じゃないってのは知れ渡ってるなんて、そっちの方だって妙な話には違いない。くすすと苦笑した坊やたちだったが、

  「ところが、だ。
   その秘石を探してる一団の中によ、
   どこら辺りにあるのかを感じ取って割り出せる奴がいるんだと。」

 おやおや?
「何だ? そりゃ。」
 ホントだねぇ。正体不明の存在じゃあなかったの? 怪訝に感じた少年たちに代わって、お仲間が話の先をとつついたらしく、妙なネタを繰り出した男が、自分の手柄のような勢いにて語り始める。
「何でもな、そいつはその秘石のパワーを知ってるんだと。だから、嗅ぎ分けることが出来るとかどうとか。」
「でも、今まで誰にも発見されてねぇって話じゃあ…。」
「その筈なんだがな。そいつはグランドラインの奇妙な島の奇妙な生まれで、秘石の守護ってのを任じてた神主の家で育ったらしくてな。ずっとその傍にいて育った身だから、近くにあれば自分の肌合いで判るんだと。」
「じゃあ、元はそいつのいた島にあったってことかよ。」
「誰かが盗んでったのか?」
「さあ、そこまでの詳細は俺にも判らねぇ。」
 何だよそれ、お前の話はいつだって中途半端なんだからよと、お仲間たちからぶうぶう非難されたところで、そんな談笑の声がとうとう此処のマスターにでも届いたか。何をサボってるっという叱咤の声に追い立てられて、わっと出て行く気配が素早き勢いにて遠ざかってゆく。別に聞いてたからって自分たちまでが疚しいってことはないながら、それでも一応の礼儀で、黙ったまま。静かな潮騒の音だけがBGMになるのを待つこと、十数分後。


  「…なあ、衣音。」
  「んん?」


 聞くともなく耳に入った話、それを胸中にて転がしていたらしい、緑頭の船長さん。
「海賊王になるにはさ、やっぱその“秘石”っての、探さなきゃなんねぇのかな?」
「う〜〜〜ん。」
 これでも、彼らが目指しているのは、一応“世界一の剣豪”と“海賊王”だったりするのではあるが。じゃあ、

  ――― 何をもって“海賊王”とするのか。

 世間の誰もがそうと認めたことをもって、なのか? 別に…誰かに判定されたくてという船出や冒険ではないのだから、自分の裡
うちへと掲げた心意気さえ満たされれば、それだけで十分だろうとは思うのだが、それでもね。例えば、古い伝説の“海賊王”で、この“グランドライン”という魔海を、まだまだ謎だらけだった時に制覇してしまったというゴール=D=ロジャーは、その“初制覇”という偉業をもっての偉大な覇王の名を冠されたのであり、
「母ちゃんの場合は…やっぱりグランドラインを制したことと、そのゴール=D=ロジャーが遺した“ワンピース”へと辿り着いたから、海賊王になれたって話だったしさ。」
 坊やの“母ちゃん”こと、モンキィ=D=ルフィが率いた“麦ワラ海賊団”の面々にしたところで、世間に認められたくての行動行為ではなかったのだろうけれど。一応の目標というか野望のゴールというか。目指すものとしての名目は…やっぱり必要なのだろうか。しかも、その“秘石”の噂は、今やグランドラインのどこででも通用するほどの代物と化している。
「海賊ってのはやっぱ、世にその名を轟かさなきゃいけないのかな?」
「どうだろな。」
 名乗らないままで冒険だけしてるってのは、ベルの言いようじゃあないけれど…それってただの“冒険団”なだけだろか? 世に残るような“異名”ってのは、自分から名乗って回らなくとも、後から追っかけてくるもんなんじゃないのかな?

  「でもなぁ、やっぱり海賊旗は掲げといた方が良いんじゃないのかな。」
  「そうかなぁ。」
  「だって、これじゃあまるで、謎の世直し旅みたいになってないか?」

 彼らの通った航路には、無法な略奪を繰り返す“モーガニア”と呼ばれる凶悪な海賊を狩ってみたり、島の人々を悩ませていた凶暴な海王類を退治したりと、それなりに活躍した結果としての“伝説”…はオーバーだが、胸のすく思いをした人々に語り継がれるだろう冒険譚には事欠かない。所謂“善行”が大半なので、差し詰め………、


  ――― 先の副将軍、水戸光圀公にあらせられる…って扱いかもですか?



    「それって誰?」
    「さあ?」


  ………筆者の気の迷いですんで、どうか忘れてくだしゃいです。
(苦笑)











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  *ええ、はい。忘れてる訳ではないんですよ、あの布石のこと。
   たまには触れとかないとと思いましてねvv