ロロノア家の人々〜外伝 “月と太陽”

    “月は東に、陽は西に…” C
 

 

          




 観光よりも交易が盛んな土地と来れば、市場にも相場にも“裏”なんてものが存在したり、お勘定に文句があるのなら まずはウチの腕っ節自慢のガードマンを倒してから申し立ててくれ…なんて言い出すような、無茶苦茶なルールを押しつける無法な店だってあるのかもしれないし。そういうことを本来ならば取り締まる立場にある役人にしても、それなりの給料をもらっているような、身も心も豊かな階級の者ならいざ知らず、実際に商人たちとの接触が多い下層階級の者の中には、忙しいばかりな職務の中に潜む甘い罠に倫理を溶かされ、こっそりと賄賂
まいないを取り、特別クラスの融通として…取りこぼしや見て見ぬ振りなんて格好で、盛んに気を利かせてやってたりもする者も少なからずいるのかもしれない。

  ――― とはいえ。

 何事においても“度を超す”というのは考えもので。お金を使ってくれる遠来のお客様を山ほど集めたければ、どんな目玉商品を掲げるよりも治安が良いに越したことはなく。さして目覚ましくも大きな島ではないのだという自覚もちゃんとあったそのせいで、わざわざ大勝負を打ちたがって向こうから飛び込んででも来ない限り、一見さんを無理から怪しいところへ誘い込むような真似まではしないような、至って健全寄りの穏便な土地であったらしいのだ。…………… この島自体は。





 何かにどこかを揺すられたような気がして、

  「………はにゃ。」

 ふっと。目が覚めたことで、今の今まで転寝をしていたんだと気がついた。顔にかかってたオレンジに似た色味の髪の隙間から辺りを見回す。キッチンキャビンの大テーブルへと腕を投げ出し、それを枕に顔を伏せ、長椅子に座ったまんまで“くうくう…”と寝てしまっていたらしい。見回した周囲はとっても静かで、自分がどこにいるのかが一瞬だけ判らなくって。少しずつ…遠い潮騒の音や、潮風がたたまれた帆や旗を叩く音、船腹を叩く波の音などがしてくるのを拾いつつ、
“えっと…。”
 あたしってば何で中にいるのかな。まだ明るいな、あいつらは帰って来てないのね。えとえと、洗濯物は取り込んだんだよね。そうだ、お腹が膨れて眠くなったんで部屋の中に入ったのよ。いいお天気過ぎて、こんな真下で寝ちゃったら陽灼けしちゃうじゃないって思ったから。
「〜〜〜〜〜。」
 むっくりと身を起こし、しょぼつく眸のまま しばらくぼんやり座ってたものの。このまま また寝るんなら寝室へ、起きるのなら顔を洗わなきゃと、そこまでの判断力が頭へ滲み出して来つつあって。壁に掛けた時計に目をやれば、そろそろ夕方間近い時間帯。男の子たちが戻って来るまで、あと1、2時間というところか………と。現状を頭の中の覚え書きと照らし合わせる確認作業がこなせるまで、やっと何とか目が覚めて来た、そんなタイミングへ、

  ――― ………っ☆

 がったんと、妙に輪郭のはっきりした物音がした。それも、同じ船内だろうというほどの間近さで。その身のすぐ間際に唐突に物を落とされたような、そんな衝撃のように思えたものだから。思わず細っこい肩を撥ね上げさせてしまったベルちゃんは、
“〜〜〜っ、なになになに?”
 日頃の闊達な気丈さもどこへやら。壁の向こうの音だと判っていつつも、ついつい辺りをキョロキョロと見回してしまう。あの子たちが戻って来たなら、はしごを上がって来ると同時にこっちの名前を呼ばわる筈だ。面白いことがあったんだぜとか、声高に喋りながら、そりゃあもうもうご陽気に。
“補給品を配達してくれた商店の人?”
 彼らが買いつけた荷をサービスで積み上げてくれてるとこだとか? だがだが、それならもっと怪しくはないか? 見ず知らずの人間が、家や財産も同然の他人の船へ勝手に上がり込んでどうするかってことくらい、そういう商売をしている者なら常識として心得ている筈。まずは大声で“船の人〜っ”と呼ばわって確認を取るものだし、返事がないならないで誰かが戻って来るまで待つか、埠頭の管理関係者に品物を預けて行くか。支払いがまだなのでとか、どうしてもとっとと引き渡したいからとかいうなら、立ち会い人としての係官さんと連れ立って、船上へまで上がって来ることもあるとして…やっぱり声を掛けながら様子を伺うものではなかろうか。ガタゴトという足音はするが、乗ってる人間へと呼びかけるような人声は一切しない。時々こそこそと仲間同士で交わしている声の輪郭が届くだけという怪しさで。これってこれって、


   “………もしかして?”








            ◇




 町からは少しばかり離れた小高い丘の上に、今は放り出されている牧草地があって。土地の人なら知っているが、ここから実は港が一望の下に見下ろせる。夏になるにつれ勢いを増す牧草を放っておけなくなるのでと、今では人を雇っての作業だが、昔は自分たちで刈り取っていて。疲れた腰を伸ばしつつ、自然とその視線が素晴らしい絶景へと向いたから。先週の始めに芝生並みの短さまで揃えて刈ったばかりのその草が、もう結構なクッションになるほど伸びているのを踏みしだき、額の上へ小手をかざして海を見下ろしていた人影がある。よく晴れた空を天蓋にした広大な海という絶景は、藍から青へのグラディエーションがそりゃあ見事で、いつまでだって見飽きない絶品なのだが、

  「あ〜、こりゃあヤバイなあ。」

 彼が眺めているのは港の埠頭の一角であり、
「確かまだ、あの子らは戻ってないんじゃなかったかな?」
 穏健な土地だってのが仇になった。相手がさして大物ではないのもまた、侵入を許す油断になった。きっとここいらの海域を守る海軍の支部の巡回船にしても、港の埠頭に詰めてる係官も、ここ十数年ほど続いて来た安穏を勝手に当然のものと確信して、気を緩めていたに違いない。ここの草ほどの勢いではないものの、少しずつだが海の世界の底力が再び盛り返そうとしているとも知らないで。
“いやまあ。海軍の上層部の中には、ちゃんと理解して動いているクチもいるらしいんだけれどもね。”
 そんなの途方もない夢や幻想だって言ってるのは、軍人にせよ海賊にせよ、得てして末端の人間ばかり。彼らは現実的なことの方を見据えてなきゃいけないから、どうしたって足元やすぐ鼻の先っていう“近間なところ”のことで手一杯になっているからね、それもまたしようがないことなのだけど。
“ま、今はそっちの“大きな話”は置いといて。”
 それに比すればいかにもな瑣事だが、だからって…見過ごす訳にも行かないなと肩をすくめて、

  “こんなカッコで近づく予定じゃなかったんだけどもな。”

 とはいえ、あんなのの来訪の後で近づいたのでは、要らぬ警戒をされるのは必定だろうから。これはのほほんと構えている訳にも行かなくなったかも。なかなか思う通りに運ばないのが“現実”だと噛みしめてか、やれやれと肩をすくめて額にかざしていた手を下げたのは。港の近くで坊やたちと言葉を交わしたあの青年だ。海から吹き上げる潮風にあおられて、縁がはためく帽子の天辺を、手のひらを伏せる格好で押さえつつ、一旦 海から視線を外すと街道へと戻るため、草原を縁取る柵の方へと足早になる。

  “間に合ってくれれば良いんだがな。”

 胸元ほどの高さがあった丸太の柵を、片手をかけただけでひょいと飛び越え、さして速度も落とさぬままに丘を駆け降りてゆく軽快な身ごなしに、通りすがりの荷馬車を御していたおじさんが、ちょっぴり目を丸くしていたが、あっと言う間に見えなくなったのを幻だと思い直したらしい。それほどまでになめらかな所作動作をこなせた青年であり、船長さんが見抜いたように、やっぱり“只者ではない”人物であるらしいが、さて。






            ◇



 場面は戻って、再びキャラベルの船上では。無遠慮にもだかだかと。人の目さえ気にしてはいないような、ともすれば堂々とした野放図さで甲板を蹂躙していた足音の群れがある。これでも彼らには“隠密行動”ならしくって、中央の主甲板へと集まると何やら報告を突き合わせあっており。
「…か?」
「いや。倉庫らしい〜〜には〜〜しかなかった。」
「くっそぉ、どこに隠してやがんだっ。」
 間近ではないのでところどころがよく聞こえないが、逆に言えば、結構距離がある上に潮騒の音や何やがあるのに、キャビンの壁越しでもこうまで届くほどの声で喋ってる連中なのであり、
“誰もいないって思っているのかしら?”
 そりゃあさあ、頭数の少ない小さな船だし、ここは港の埠頭だし。さして管理も要らないよなもんだから、見張りも置かずに放っぽり出して、全員が上陸してるんじゃないかって勝手に判断されたってしょうがないのかもしれないけれど。それってちょこっとムッとする。でもでも、
“勝手に上がり込むなんて、ここの係官とかじゃないわよね。”
 役人がそんな不法行為をしてどうするか…という、穏当な順番でおかしいと思ったのではなく。
“係官だったら人が残ってるって知ってる筈だから。”
 接岸してあの二人が手続きをした時に、乗組員はと問われてベルは甲板から顔を出す格好で会釈をし、全部で3人だけだと届けておいたのだし。そこからそのまま、船長さんたちは上陸審査を受けにと、税関のある方へ向かって桟橋を駆けてったのだし。その一部始終をすぐ傍らで見ていた係官が、居残り組のベルちゃんに目撃される危険を冒してまで、こんな小さな船へちょっかい出しに上がって来たとは到底思えない。

  “……あっ!”

 中央の主船室、キッチンがあるキャビンの壁は特別仕様になっており、耐水性の塗料だけじゃあない、船にはまず使わないだろう漆喰や何や、陸の家に使うような重たい建材でもってその壁が作られていて、しかもその中には鋼板や板状のセラミック、釘やら石やらがぎっしりと塗り込められてある。頭数の少ない陣営では場合によって敵の勢いに押されることだってあろうし、何よりベルという“女の子”も加わったもんだからと、退避して籠城も出来るようにという“守り”の工夫。船窓に嵌められたガラスも、実は樹脂を特殊な方法で挟んである強化ガラスだから、金づちで叩いたって砕けはしない優れもので。その加工だけはウソップさんに貰った最初からしてあったものだけれど、他のは全部、力自慢に鉄の槌や大斧を振るわれても半日は保つぞという頑丈な砦に、坊やたちの手で補強した。だから、
「ここにいんのは判ってんだぞ、ごらぁっ!」
「おとなしく出て来やがれっ!」
 心当たりはないながら、それで身を守る安全策を講じましょうと、ドアに閂
かんぬきをかけたり、窓に鎧戸を降ろしたりという、厳重な戸締まりをした物音で逆に“此処に居る”と気づかれたらしく。船内をうろうろしていた数人が、たちまちの内にドアの向こうへと一気に殺到してしまったが。その隙にと頭を切り替え、男の子たちの部屋の方から侵入されないようにという戸締まりも出来、身をすくめつつもじっと我慢の籠城を続けることにしたベルちゃんで。

  “大丈夫。二人とも今日中には帰ってくるんだし。”

 それに。こいつらだってそうそう派手に暴れる訳にも行かないらしい。がんがんとドアや壁を叩いている手が…ボルテージがある程度まで上がってはピタッと止まって、し〜〜っなどという仲間たちを静めているらしき声までする。
「馬鹿ヤロがっ、見回りが来たらどうすんだよっ。」
「すいやせん、兄貴。」
 少しくらいの騒ぎなら、乗ってた子供らのやんちゃだと思ってもらえるかも…だなんて、勝手に断じているらしく、だが、それにしたって、
「あんまり騒げば、他の船に迷惑だからって注意しに飛んで来かねねぇからな。」
 節度ってのを守れよと、無法者が今更なことを打ち合わせてるあたり。間近いからこそこっちへは筒抜けのそんな打ち合わせに、ベルちゃん、うむむと口許を歪めた。
“やっぱ海賊か。でも…こいつらってば小物だな。”
 まま、子供しか乗ってないような船へちょっかい出してくる連中が“大物”である筈はなく、これまでに叩きのめしたどれかの海賊らしいなと大まかな目星はついた。この船をとわざわざ狙ってのことだというのもだ。
“周りにはもっと大きな商船とか客船とかあるんだのにね。”
 大きなお船は喫水も高い。よって、こっちの騒ぎもそっちの甲板からは丸見えなんじゃあありませんか? …って話じゃあなくって。(通報されるのも時間の問題だね、やっぱ。/笑)そういう船は警備が厳しい? でも、実入りだって大きかろう。欲をかかなきゃ…客に成り済まして入り込み、貯蔵庫や船倉、無人の客室を荒らして回るという手で結構稼げるのではなかろうか。
“何か探してるみたいだしな。あたしらが持ってった何かに用があるからなんだろな。”
 この愛らしいキャラベルが、その筋ではこっそりと“海賊キラー”と呼ばれているのには理由があって。向こうからの奇襲を仕掛けられた時に、相手へ“ファイトマネー”というものを要求するから。船が傷んだり備品を壊されたりしたのだからという“正当なる賠償請求”であり、払ってくれないなら…こんなお子様陣営にやられましたというのを世に知らしめるため、

  『海賊旗を貰うことになるよ?』

 替えがあるからいいという問題じゃあないと、さしたる誇りのない海賊でも判ること。海賊旗は船の顔、看板だから、それをよそで見せびらかされるのは、負けた海賊という汚名の方を広められ、海の世界での笑い者にされてしまうことに通じていて、しかも…そういう“醜聞”の方があっと言う間に広まりやすい。こっちの正体に気づくと同時、そればっかりはご勘弁をと、已なく“お宝”を差し出すケースが当然のことのように増えて来ていたが、
“こうまでして取り返したくなるような、特別なお宝なんて…貰ったっけ?”
 ベルちゃんという目利きがいるので、相手の持ち物の中、結構値打ちがあるものから順に貰ってく彼らであるのは事実だが、そうまで大層なお宝を頂戴した覚えはないのよねと、一応のヘルメット代わりにかぶった大ナベの陰で小首を傾げる鑑定士さん。

  “………っ☆”

 ああ、でもでも。ほら、あたしったら可憐でキュートで、箱入りのお嬢様だったしじゃない。もしかして…意識しない気品とか清楚なところとかが彼らの関心を引いてしまって、それでそれで、


  “あたしを攫いに来たのかもしれないとか?”


 ……………ベルちゃん、こんな時にご乱心でしょうか?
(こらこら) 白昼夢を見ている余裕があるのか、キミってば。









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  *ちょっぴり錯綜してまいりましたです。
   はてさてvv