ロロノア家の人々〜外伝 “月と太陽”

    “月は東に、陽は西に…” D
 

 

          




 後半はちょっぴり考え込みつつも、何とかお昼ご飯を片付けて。あんな話題に向かい合ったせいか、ちょっとは真面目にこれからの先行きを考えることとなった坊やたち…かと思いきや。
『………ま・何とかなるか。』
 海賊になるという心意気というか決意というかは、ちゃんと固めてたつもりでいたのだが。今の今、こんな風に迷ってるってことは、自分でも口惜しいがそういう覚悟がまだないってことだ。頭数が少ないとか、女の子がいるからとかいうのは関係ない筈で、でもその点が気になるのなら、それはきっと…まだ早いとか思うほどに自分の覚悟とか自信がまだまだ不完全だからだろう。自分の剣の腕には自信もあるが、それはあくまでも自分の身だけだったら十分に守れるという範疇の話だと思う。
『それが女の子じゃなくたって誰かを守ってやろうなんて思うのは、今の俺にはまだまだ滸
おこがましいことなんだろうしさ。』
 だから。極論を言えば、今すぐ旗揚げしたいのならば彼女は船から降ろすしかないということであり、自分が未熟だという“力足らず”から起こるやもしれぬ悲劇への巻き添えにしたくはないという論から言えば…。

   『………俺は守って要らんからな。』

 ついついチロリと見やった先で、黒髪の幼なじみがそりゃあ怖いお顔になって…いつもは涼やかな目許を判りやすくも きゅいっと眇めた。俺は“女子供”じゃねぇぞ、馬鹿にしてんじゃねぇっての。何言ってんだ、十分“子供”だよ、子供。だったらお前だって子供じゃねぇかよ。うっさいな、覚悟決めたら そっからは一人前なんだよ、多分。多分ってのは何だ一体
(まったくだ)…と。相変わらずのごちゃごちゃを並べつつ、それでもお顔には“しししっ”という笑顔が戻っており。溌剌と駆け出してのそのまんま、丘の上へと向かう二人であった。




 鍛冶屋のおじさんへ預けた剣が急に気になったのも、そんな話題を持ち出したからだろうか。今朝方訪ねた庵に近づけば、小気味のいい槌の音が響いており、ただ研ぎ出すだけでは収まらぬ歪みでもあったのか、気になるところへの手も入っている模様。それが作業着なのだろう、真っ白な作務服姿のガリガリに痩せた頭領と向かい合い、こちらさんは筋骨隆々、そりゃあ大柄な青年が、柄の長い槌を軽快に打ち降ろしている。刀身への向きや当てどころは、大きくて使い慣らされたやっとこを金床の上で操る頭領が決めているらしいが、息の合いようは見事なもの。それが一通り済むと、別の刀の打ち出しをお弟子さんが続けるのを眺めつつ、お師匠さんの方は一休み。まだ熱を帯びている鋼をいきなり研ぎ出しは出来ないからで、刀が落ち着くまでの息抜きだと言う。坊やたちにまで付き合わせるのも何だと思ったか、海を見下ろせる濡れ縁に座を移すと、茶など淹れて下さって。二人が持ち出す…ここまで通って来た島や海域の話なぞを、そりゃあ楽しげに聞き入っていたのだが、

  「…ありゃあ何の騒ぎだろうな。」

 高台にあった庵だから見晴らしはよく。鍛冶屋の頭領はお年に似ず、よほどのこと視力も良いらしくって。ひょいと首を伸ばすと、壊れた桶だの空き瓶だのが雑然と散らかった小ぶりな庭を縁取る錦木の垣根の向こう、眼下の果てとも言えようほど遠い埠頭の方を眺めやる。言われて倣うように、こちらも同じ方角を見やった坊やたちが、
「…あれ?」
「お?」
 同じ辺りを見やって…そのまま、ほとんど同時に立ち上がったのは、同じことを感じたからだろう。曰く、

  「あれって…。」
  「ウチの船ンとこじゃねぇか?」

 此処からではさすがに…何が起こっているのかという仔細までは、くっきりはっきり確認出来はしないけれど。人だかりがしつつある場所が何本かあった埠頭の内のどれかという位置に、どうにも何だか覚えがあって。見通しはよくとも手も声も到底届きはしない、たいそうな距離のあるその向こうでのこと。歯痒く思ってか、勢いよく がばっと立ち上がった彼らを見やって頭領さんが声を掛けてくれる。
「とっとと行ってやんな。留守番しているお仲間がいるんだろうが。」
 さっきまでの気の良いおじさんとしての溌剌としていたにぎやかな声音ではなく、決意の背中をぽんと押してやるような、静かだが力のある声であり、
「刀の方は、どうせ もうちっとばっか かかるしな、カタぁついたら改めて引き取りに来りゃいい。何だったら仕上がり次第、ウチのに届けさしても良いんだしな。」
 そうと言いつつ自分も立ち上がり、その濡れ縁が連なっていた広間へと入ると、奥向きに至ってから戻って来て、
「その間の差し料
さしりょうの代わりにしな。」
 鯉口に程近い鞘を骨張った手で握って、船長さんへと無造作に差し出したのが。深い朱鞘に糸巻きの柄という拵えをきちんと施されている、和刀タイプの大太刀だった。
「銘を“炎獄”といってな、一応は良業物だ。」
 坊主が振るってた大物に比べれば ちと軽いかも知れないが、クセのない素直な刀だから、扱いやすいことへは太鼓判を押すと笑って見せて、ほれと促すように小さく手を揺すった。それを見て、そぉっと手を伸ばした船長さんが両手で受け取った刀は、軽いとは言え鋼の和刀としての重量は勿論あったし、自分の懐ろの間近へと引き寄せてから鯉口を切って抜いてみた刃は、

  「………凄げぇ。」

 短く開いた鯉口から溢れ出た光の冷たさの…何とも奥深いこと。練鋼を研ぎ出すことで出来る刃の刃紋は“直刃(すぐは)”という真っ直ぐなもので、青く濡れた光を呑んだその深みのある表情には、見た目の大きさや刃幅、重さ以上の存在感がある。だが、刀の反り方は浅いし、握った柄も手のひらへの馴染みがよくて、頭領が言うように、扱えるようになるまで時間が掛かるというような、特殊なクセのある代物ではないらしい。
「これ、借りてって良いのか?」
「ああ。」
 持ってきなと、ニヤリと笑った頭領さん。後の問答もくだくだとは要らないなと、そのまま作業場の方へと去って行ったのを見送ると、こちらも顔を見合わせて、
「行こうっ。」
「ああっ!」
 庭から勢いよく飛び出して、港へ…海へと向かって、なだらかな坂を駆け出した二人であった。






            ◇



 どがんがつんと壁や扉を殴りつける音は、最初のうちこそ時折止まっては周囲を伺うという、どこか こそこそとした呼吸になっていたものが。びくともしないし穴さえ開かぬ頑丈さに、とうとう業を煮やしたせいだろう。
「開けねぇか、ごらぁっ!」
「酷い目に遭わせんぞっ、開けろっつってんだろがっ!」
 怒号混じりの連打という、なりふり構わないそれに変わっており、
“海賊なんだから仕方がないんでしょうけれど…。”
 気丈が売りだったベルちゃんではあったが、あまりの荒々しさにはついつい…自分で自分を抱きしめるようにして、その身をぎゅううと縮めている。全員でかかってきっちり手直ししている“砦”の、その頑丈さは信頼していたものの、それでも…こうまで集中して延々と攻撃を受け続けることでどれほど保つものかは、実はまだ未知数。いつもだったら十数分もかからずに、あの二人が敵勢をあっさりと平らげてくれてたからで。そんな彼らの存在さえない中、女の子がたった一人でこんな怒声と相対するのはさすがに少々厳しいこと。
“うう〜〜〜。”
 最初のうちこそ、がつがつと殴られ続ける扉の見えるところで気丈に頑張っていた彼女だったが、今は…キッチンキャビンの奥の扉のそのまた奥、日頃は男の子たちが使っている方の船室まで撤退し、身を縮めて堪(こら)えている模様。
“何よ何よ。女の子一人に何人がかりなのよっ!”
 ただただ耐えているのは、これでなかなかに辛い。この場にたった一人だということもあって、さすがに段々と心細くなって来たのだろう。だが、

  “………泣かないんだもん。”

 それだけは絶対に貫き通すんだからと決めていること。この船に乗り続けて冒険がしたいのなら、我儘になりかねない“我”を押し通すのなら、絶対にあの二人のお荷物になってはいけない。力量の点ではまだまだ一人前じゃあないのも仕方がないけど、せめて気持ちの上でだけでも。可哀想にと思われたり、庇ってやらなきゃなんて気遣われるようでは、いつまでも“仲間”じゃなくって“お客様”だってことくらいは、判っているから…だから。
“泣くもんかっ。”
 本当は…野蛮な輩の上げる怒号とか、扉を何かで壊そうとしている音の激しさが、そのまま自分が殴られてるみたいに痛くって、今にも胸が潰れそうに辛いし苦しいけれど。こんな場に独りぼっちなのが…あの子たちが此処に今いないのが、ひどく心細いけれど。引き留めようとしたパパやママに胸を張り、大丈夫だからと大威張りで旅立った以上、何にも…自分にも負けてなんかいられないって思うから。だから、唇を噛み締めてただじっと、頑張っているベルちゃんなのである。………とはいえ、
“う〜〜〜〜。”
 胸の鼓動が大きくなって、耳元でドキドキと煩くて。外の騒ぎがよく聞き取れない。ああもう、時間の問題なのかな。何だかもう、人目も気にしてないって勢いになってるしなぁ。こっちの部屋へのドアも結構補強してはあるし、全員が向こうの扉にかかっているなら、此処から外へ出る船倉への通路には誰もいないかな? 万が一にもあっちが開いたら、すかさずこっちから船倉へ出て、適当な船腹の窓から海へ飛び込むって手があるか。もしかしたら奴らが乗って来た船が、すぐ傍に接舷してるかも知れないけれど。いかにもな海賊船では港自体に近づけやしなかろうし、素性を誤魔化したとしても、大きな船が水先案内船に従わないような動向を取れば、接舷する以前に駆逐艦に追い回されている筈だから、せいぜいボート程度に違いない。だったらそっちに誰かを残すほど余裕もなかろうから、そうね、とにかく外へと飛び出せれば逃げ切れる………と。胸のドキドキに負けるもんかと頑張って、自分の行動をシュミレーションしていた彼女だったが、

  ――― ばきっっ!! …と。

 恐れていた瞬間が…砦の扉をとうとう粉砕されたという非常事態が本当にやって来たその一瞬だけは、さすがに総身が凍りそうになって。次には全身の血が一気に泡立ちそうな、激しい焦燥感にも襲われたけど。
「やいこらっ!」
「出て来やがれっ!」
 どかどかとキャビンへ踏み込んで来る荒々しい足音にハッとして、自分の顔や体のあちこちをぺしぱしと平手で叩きつつも立ち上がると、キャビンのある側とは対面の壁にある、小さなドアへと足を運ぶ。閂錠をがたりと開き、扉を外へ通し開けたその時だ。

  「………っ☆」

 まるでこの一瞬を待っていたかのように、向かい合ってたドアが外からも思い切り引っ張られた。その勢いに引き摺り出されるみたいに外へと出たベルの細っこい肢体が、廊下の壁へとぶつかりそうになったほど。あまりに思わぬ事態だったから、こんな場合だというのも忘れての悲鳴を上げかけたところが、

  「しっ。」

 するりと大きめの手が口許を塞ぎ、それのみならず…誰かがそりゃあ手際よく、ベルの上体を腕ごとくるりと抱きすくめてしまっている。声を立てるなという短い合図の後、
「別口の狼だと思われても仕方がないけど、後生だから大人しくしていてくれないか?」
 間近のすぐ頭上から降って来たのは、さっきまで自分を苛
さいなんでいたがらがらとした海賊たちの声とは程遠い、やわらかな伸びのある優しい声音であり、
「ね?」
 念を押すように続いた“ね?”が、あんまりにも。幼稚園のセンセーのそれみたいに、優しいながらも“頼もしさ”をも滲ませたお声だったもんだから。この…のっぴきならない現状をすっかり忘れてしまい、そりゃあ素直にこくりと頷いてしまってたベルちゃんだったりしたそうな。






            ◇



 海の男としての図太さや根気はそれなりに持っていたのかもしれないが、元来それほど我慢強い顔触れではなかったか。途中から辺りへの注意なんてどこへやらという勢いになり、どかだがと扉を破ることにのみ集中しての作業になってしまってた連中が、何時間かかったやら やっとのことで打ち破ったキャビンへの扉。蝶番も牢屋に使うようながっつりした代物だったし、扉もまた何百キロあったんだというほどの重いものであり、それを支えていた差し渡しの閂棒(鋼のカバーつき)を受けていた大金具が、片方ばっきりと折れたことで開いた戸口。肩でぜいぜいと息をつきつつ、室内を見回した賊たちだったが、
「誰もいねぇぞ。」
「いや、確かに物音はした。」
「それに、だ。この扉の鍵が中から掛かってた以上、中に誰かいなきゃあ辻褄が合わねぇだろうが。」
 まったくだ。がらんとしていて人の気配のないキッチンを見回し、腹立ち紛れからか、隅に置かれた樽を蹴飛ばし。その重さに舌打ちをした奴が、だが、壁の板目に上手に紛れていた扉の継ぎ目を発見した。
「何だ、こんなとこにも扉があるぜ。」
 こんなからくり船だから、あんなガキ共でも航海出来たんだろうよ。何なら船ごと奪ってってやろうか。馬鹿野郎、荷物になるにも程があるだろが、せいぜい叩き壊してってやりゃあいい…などと。勝ち誇ったかのような威勢で好き勝手を言いつつ、奥への扉を開いたものの、
「…何だよ、こっちにも誰もいねぇぞ。」
「まあいい。お宝が先だ。」
 それが先だという優先順位を思い出したらしく、棚やタンスをガサガサと探り始める。だがだが、衣類や備品、いかにも少年たちが喜んで集めたらしきガラクタ以外の、例えば貴金属だとか金貨というようなものは一切見当たらないものだから。
「兄貴ィ。もしかして奴ら、この島の銀行で一切合切換金してるんじゃ…。」
「く〜〜〜〜っ。」
 さんざんっぱらあちこちを捜し回ってた時に、薄々にでもそうと考えてた奴はいなかったのだろうか。それを予見して町の方へも人を回しているのなら、
“今頃そんなことを言い出すのは訝
おかしいってもんでしょうしね。”
 さっきよりもずんと落ち着いての見解を思いつけるのも、直接の危機が去ったからに他ならず、
「連中の狙いは“換金出来るお宝”らしいね。」
「…ええ。」
 救世主さんからもそうと言われたが、でも…と、どこか浮かないお顔でいるベルちゃんなのは。連中がこの船に手を掛けるというようなことを口走っていたから。自分たちへの仕返しというのではなく、何かを探しにと乗り込んで来たらしい連中だってのは最初から何となく気づいていたのだけれど。それがはっきりしてもなお、此処から退避しがたいと思うのは、船が心配な彼女だったから。留守番というのは、ただ単に此処で待ってりゃいいってもんじゃあなかろう。船を守るという任も含まれている筈だ。でも、
「君が心配になっちゃう気持ちは判るけど、果たして太刀打ち出来そうかな?」
 優しい声で、だが すっぱりと問われて、
「………。」
 うつむいたままでかぶりを振った。悔しいけれど、こうまでの無勢では我が身さえ守れない自分だってことくらいよくよく判っている。追い詰められたところを救ってくれたこの人に、そこまで頼るのも…当然のことながらお門違いだって判ってる。ここはこの人に任せるしかないと思いつつ、それでも口惜しいという気持ちの発露、唇をきゅっと咬んだベルちゃんで。そんな一方、
「くっそぉ〜、どこ行きやがったんだっ!」
 どうあっても立てこもってた誰かを捜し当てたいらしきクチだろう、どかどかと床を鳴らす遠慮のない荒っぽい足音が切れ目なく続いていたが。そのうちの一つがひたりと止まると、
「あ…。」
 船の横っ腹、砲台を据えて打つための射出口にもなる、明かり取りの小窓から外を見やり、そこにいた“人物”にやっと気がついた。何でまたこんなにも…船内を制覇してから小半時ほども時間が掛かったのかと言えば、まずは誰も注意を払わない場所だったから。
「な…。」
 そこは“海側”の小窓の外。海面からだって結構高さのある“中空”だったからに他ならず。地面の上でもなければ桟橋や埠頭という足場もない“空間”へ、どう見ても…宙ぶらりんと浮いている人物が二人ほど、こっちをと見やってそこにいる。こちらから気がついた者がいると、さすがに向こうでも気がついたのか、
「おやおや。」
 オレンジ色という明るい色合いの髪をした少女の細腰を、余裕でその腕へと抱えてた青年が。お遊びの鬼ごっこででも見つかってしまったというような、危機感の何とも薄いレベルの戸惑いを乗せた声を出したと同時、帽子をかぶった頭上へと上げていた腕をくいっと軽い動作で引いて見せる。すると、

  ――― しゅん………っとばかり。

 彼らは幻だったのだよと言わんばかりの素早さで、姿が一瞬でかき消えてしまったものだから。

  「あ、あ…。」

 無頼のならず者ほど超自然現象には弱いらしい。へたりとその場に尻を落として座り込み、ひぇえぇぇっと何とも情けない声を上げることで、仲間たちを至近まで呼び招く。
「どうしたよ、妙な声 出しやがって。」
「何かいたのか?」
「お宝はどこなんだ。」
 口々に聞かれはしても、自分が見たもの、本人が一番判っていないので、説明のしようがないらしく、小窓の外を指さしては“あわあわ”と唸るしかない始末。そんな様子に気がついた一人が外を見やって、
「何にもいねぇよ。」
 忌ま忌ましげに言ってから、
「しまったな、埠頭にやじ馬が集まってやがる。係官が海軍だかお巡りだか、呼んで来ちまうのも時間の問題だぜ。」
 船の周囲の騒ぎにもようやく気がついたらしい。いっそこの船で外海へ出ちまうか? けどなあ、何か妙な仕掛けが多い船みたいだしよ。何だ?そりゃ。だから、
「気づいてねぇのか? 例えば…舵がどこにもねぇぞ。」
「…何だって?」
 甲板はおろか、さっき押し込んだ主船室らしきキャビンにも、舵関係の装置やらグランドラインじゃあ使えないながら一応はついてる筈の羅針盤やらがどこにもない。船を乗っ取られても持ってかれないようにっていう“隠しからくり”になってるらしいと報告されて、
「ふぬぬぬぬ〜〜〜っ!」
 この奇襲のリーダーらしき、やたら尖った顎の男が顔を憤怒で真っ赤にしてしまう。
「俺がいない間だったとはいえ、海での戦闘で負けたって事実も忌ま忌ましいのに、そんなオマケまであんのか、この船はよっ!」
 おやおや、それって。
「お前らもお前らだっ! 聞きゃあ、まだガッコに行ってそうなガキが相手だったっていうじゃねぇかっ!」
 そんなガキどもに何を掻き回されてたんだよと、身内だってのに容赦なくこき下ろすものだから…はは〜ん、さては彼らと現場で直接当たってないのね、あんた。もうもうどうしてくれようかと、侭ならぬ現状へカッカと怒り猛っていたところへ、

  「ベル〜〜〜っ!」
  「ベルちゃん、どこだ!」

 船外の埠頭の方から、いかにも若々しい伸びやかな声がして。それを聞いた…不法侵入組の賊たちが、ハッとして我先にと甲板まで上がると船端へと飛びついたのも無理はなく。彼らが見下ろした埠頭には結構な数の野次馬たちが“何ごとか”と集まっており、そんな人垣の中から飛び出すように身を乗り出している、一際腕白そうなお顔が二つほど。
「あっ。」
「兄貴、あいつらですぜっ!」
 こちらは先日海の上で会った時に叩きのめされて覚えていたクチの賊たちが、指差してまで示して見せたが、そんな彼らの頭越し、

  「こっちだよ〜vv」

 覚えのある声が返って来たのは見張り台から。そこを見上げたのは坊やたちだけではなく、そこにいたのもベルだけではなく。
「…あ。」
「あれ?」
 坊やたちが思わず…意外そうな声を上げたのは、ベルちゃんのお隣りに、誰かは知らないが見覚えだけはあるお顔がいたから。
「あれって確か。」
「うん。」
 此処に着いた時に係官の他で最初に逢った人。只者じゃあないらしいと、その存在感に船長さんが注意を引かれたお兄さんではなかろうか。彼もまた、妙にこの場の空気に馴染んでおり、にこやかにこっちへと手を振って見せてくれていて。しかも、
「…おっと。」
 そんなお暢気なご挨拶を交わしてる、こちらの隙を衝くように。賊の一人がこそこそと、身軽さを活かして…主帆桁から船端へ網のように広げて降ろされてあった縄ばしごを登って来ていたが。それへと気づいたお兄さんの、ぶんっと振られた腕の先から伸びたのは。宙を力強く切り裂いた、撓やかな鞭の鋭い一閃。
「あぎゃっ!」
 軽やかなあしらいにしか見えなかったが、それにしては…結構な長さがあったらしく。まだ距離があったのに、賊はあっさり払い飛ばされ、そのまま甲板まで転げ落ちていて、
「こっちは無事だからー。」
 そのお兄さんからの、どこか間延びしたあっけらかんというトーンのお声が降って来たのへ、
「な…っ!」
 焦ったのが賊たちならば、
「じゃあ遠慮は要らないか。」
「そだね。」
 一番に心配だったベルちゃんがとりあえずは無事であるらしいと判ったので。うんうんと頷き合った坊やたち、

  「さぁてと…。」
  「どんなご挨拶をしましょうかねぇ。」

 それまでの無邪気さが払拭されて、猛禽類の舌なめずりを思わせる、ちょいと不穏な笑い方をしたような。
『そんな感触がしたけれど、それってもしかして…あたしだけの気のせいかしらねぇ。』
 後日になって“あっはっはっ”と豪快に笑いつつ語ってくれたのは、埠頭で生ジュースを売っていたおばさんだったが…どうなんでしょね、実際のところ。
(苦笑) まずは衣音くんが新調したばかりの小柄をひゅんっと投げて主帆桁の端へと突き立てれば、そこからぱらりと長いロープが降りて来る。その端っこをはっしと受け止め、手に何回か巻き付けてからぐんと引けば…どういう仕掛けか反動か、ロープは収まっていた桁木へと戻ってゆこうとし、掴まった二人ごと船の上まで一気という勢いで引っ張り上げてしまったから、
「ははぁ。」
「大したからくりだねぇ。」
 埠頭を回ってた売り子さんや他の船のお留守番の人々が、一斉に“ほほぉ〜〜っ”という感嘆の声を上げた。今まさに幕を開けんとしている大乱闘への、それはまるで喝采のようでもあって。

  ……… そしてそして、小一時間も経った後には。

 船1艘をまるごと使っての大仕掛けの剣撃舞台。いかにも下衆な海賊たちを相手に、見るからに幼い少年二人、太刀を鮮やかに振るっては右へ左へ薙ぎ倒すやら、俊敏な身ごなしで逃げ回っては鼻面を引き回して振り回し、誘い出した船端から海へと突き落とすやら。お見事なまでの小気味のよさにて演じ切った彼らだったものだから。冗談抜きに本物の、やんやという拍手喝采を受ける運びとなったのでありました。








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  *さあさ、次の章にて、
   お話の方のからくりをばご説明と相成りますですよvv