大いなる航路・グランドラインを制覇した『麦ワラ海賊団』の面子たちは、皆それぞれの目標をも成就させ、新しい伝説の勇者たちとなった。無邪気で無敵な破天荒船長は、数々の冒険と戦いの末に念願の"ワン・ピース"を手に入れて海賊王の座に上り詰め、その頼もしき片腕は歴史的にも例がなかろうほど記録的な若さで世界一の大剣豪となった。男勝りだった女航海士は謎の海域とされて来たグランドラインを含んだ世界地図を書き上げ、金髪碧眼の戦うシェフ殿は長年の夢だった漁場"オールブルー"を発見。二人はその後、その近海にて巨大な海上レストランを"夫婦"で経営している。偉大なる海の勇者を目指していた発明家狙撃手は、馬が合ったトナカイドクターと共に生まれ故郷の小さな島へと錦を飾り、医学を修めながら彼を待っていた心優しき少女とトナカイは総合診療所を開設。後にはどんな難病でも治してしまう"奇跡の診療所"と噂されるまでの大病院に発展するのだが、それはあくまでも後日譚。
 そういう後日談を述べる上での"これからの落ち着き先"を考慮するに、一番問題なのが、何と言っても船長殿だった。何しろ海賊たちの世界でのナンバーワンである。彼を打倒して名を上げようと構える向こう見ずやあまたの海賊たちから狙われてもいる立場であり、また、世界政府からも一応、形式的には"お尋ね者"とされたままだ。略奪行為や暴力行為など、不法にして非道な所業をその生業
なりわいとするのが海賊稼業。一抜けたと言うだけで懸賞金を外してもらえるほど甘くはない。とはいえ、彼らのちょっと男前な性質やら功績やらを知っている者が海軍内部に少なからずいるせいか、現実にはさほど厳しい手配は取られぬような小細工が、秘密裏にあれこれなされてあるらしいのだが。友情だの侠気おとこぎだのという感情的な理由からではなく、陰謀をうかうかと見過ごしていたことだとか、彼らの手を借りねば解決出来なかった悪事糾弾だとか、何やってんだ海軍な事実を明るみにせねばならなくなるからで、これを専門用語で"痛し痒し"と言う。おいおい "相身互い"だったかな?こらこら
『そんなもの、そやつらごと消去
デリートしてしまえばいい』
という声も古株の幹部たちから当然出たが、そんな政治的な賢
さかしい手管、背中に掲げた"正義"に恥じるとばかりに猛反対する勢力があり、こういう現状に落ち着いている次第。
『まあ、当然っちゃ当然よね。』
 そう言ったのはナミで、
『何せ、王国転覆を狙う一大クーデターの陰謀まで、この頭数で引っ繰り返したあたしたちなんだし。』
 どうやって聞き付けたのか、アラバスタ王国のビビ皇女からも"特別待遇でお迎えしますから"というお誘いがあるにはあったのだが、堅苦しいのはごめんだからと丁重にお断りをし、さて…と彼らが永住の隠れ里として選んだのは、ゾロの生まれ故郷である。ハネムーンという訳でもないが
おいおい、最初はルフィの生まれ故郷へ向かったものの、海の間近い村だというのがどうにも不安だった。新しい伝説の勇者である彼をつけ狙う海賊たちは後を絶たないからで、本人たちはその並々ならぬ腕前で軽く切り抜けられるとしても、周囲の住人の皆様にまで多大なご迷惑を掛け続けるのも剣呑だし、何より彼らには守らねばならない対象が出来た。経緯は伏せるがあはは、可愛い乳飲み子を抱える身となった以上、そうそう無謀ばかりを続ける訳にも行かない。人生で初めての"守りの生活"に入ることを決意した彼らでもあり、となれば…かなりの内地であるゾロの故郷の方が比較的安全だろうからと、そうと運んだのが十数年前。静かな田舎であることが子育ての環境としても打ってつけだろうと選ばれた土地だったが、約束を果たして帰って来たことへは師匠も喜んでくれて、生活の足しになるよう、剣術指南の道場でも開きなさいと、その助けになるよう、門弟たちを多数寄越してくれた。最初は小さな規模の剣術道場だったが、こちらもやはり"世界一の大剣豪"であり、その名声は数多あまたの挑戦者たちを引き寄せて、ついでに弟子も山ほど集め、指南や指導の依頼も引きも切らずの繁盛振り。あの、かつての世界一の剣豪のような風来坊的剣士として孤高の存在になるのだろうと、なんとなく考えていた未来図からは大きく異なる現状へ、
『剣の腕が、まさかこういう形で食ってくアテになってくれようとはな。』
 そう言って苦笑したゾロだった。

 ―――そうして時は流れて。



 看板へ名前を掲げている訳ではないのだが、それでも大剣豪・ロロノア=ゾロの名を目指して訪ね来る挑戦者はまだまだ絶えず、勿論、師範でもある道場主は大剣豪のまま健在。愛妻
おおうも相変わらずお元気で、時々子供じみた騒動を引き起こしては門弟たちを冷や冷やさせ、その度ごとに…若い頃の無頼ぶりはどこへやら、ここいらでは威厳のある寡黙な旦那様で通っている筈な夫を、腹を抱えさせるほどの全開で笑わせてもいる。無邪気だった子供たちは、それぞれに十代後半の多感な年頃へと成長。殊に娘の方は、それは愛らしくしとやかな少女として育ち、近在一円でも何かと噂に上るほど。顔立ちはあの母親に瓜二つなのだが、男に据えると無邪気なベビーフェイスどまりだったものが、女の子の顔として馴染むと不思議なことに…どこか涼やかな色香をはらんだ凛然とした趣きに落ち着いて。大きめに張った吊り上がり気味の瞳とつややかな黒髪に撓やかな姿態をした、それはそれは美しく大人しげな娘は、どこで何をしていても噂話として扱われてしまうほど、周囲の人々から注目を受けつつ愛されていた。曰く、今日はモスグリーンのブラウスを着てらして、それがまたよく似合っておいでだとか、母上様う〜んとのお散歩先で突然現れた蛇に怯えられてお可哀想だったが、そこはあの母上様があっさり退治してしまわれただとか。
「必ずお前の噂もくっついて来るところが俺としては助かるよ。」
「どういう意味だよ、それ。」
 あまり遠出はしないに越したことはない筈だのに、どの辺が"守りの生活"なのやら、退屈を持て余してはひょいひょいとそこいらへ出掛ける可愛い妻へ、大剣豪は苦笑混じりにそう言ったとか言わないとか。
「二人して歩いてると、まるで双子の兄弟みたいだって言われるんだぜ♪」
「…それって"姉妹"の間違いじゃないのか?」
 幾らなんでも、もう…当時のノースリーブシャツに膝丈ジーンズという着たきりスズメではいない彼であり、最近では娘からの助言に基づいて、相変わらずの童顔が映えるような格好をするようになったものだから、これがまた可愛らしさ炸裂の奥様である。
おいおい 頼もしき旦那様の存在が控えているから、奥様にも娘御にもそうそう手を出す馬鹿者はいないのだが………彼女の側からの想いとなれば話は別だ。

 性格が父御に似たのは、幼い頃、それは懐いてトコトコといつも後をついて歩いたから。決してあからさまに"いい子だ"とあやしたり"可愛い"とか言ってくれる人ではなかったが、無言のままやわらかに微笑ってそっと髪を撫でてくれる、その静かなやさしい温かさが大好きで。そんな父君の影響を多々受けた彼女は、姿こそお元気な母上に似ているのを大きく裏切って、清楚で一途な我慢強い娘に育った。そして、先にも述べたように近在の皆々様から、
『ロロノアさんトコのお嬢様だ』
『ほほう、今日もまた別嬪さんだこと』
と、誉めそやされる"小町"ぶり。そうまでの注目を浴びている身、なまじな言動をすればそれもまたあっと言う間に広まってしまう辺り、本人にしてみればありがた迷惑な話であろうに、お行儀のいい彼女にあっては何の窮屈もなかった。…これまでは。その切っ掛けは後にさまざまなシチュエーションを語られ、難儀をしていた彼女を来合わせた偶然から助けただの、いやいや、それは逆だ、おやさしいお嬢様が彼の難儀を見かねて助けたのだだとか、それはもう様々な恋の馴れ初めが取り沙汰されたが、真相は…今のところは本人たちの胸の中。そう。可愛いお嬢ちゃんに、どうやら恋人らしき存在が出来たらしいという噂は、それでも彼女にまつわるものとしては例がないほどひそやかにゆっくりと広まった。とはいえ、かつては朴念仁で通っていた父君も、事があの愛娘の問題となると話は別なのであるらしく、結構早い目に情報を得、
『だからって"叱る"のは話が訝
おかしいぞ。』
 選りに選って…昔は自分とおっつかっつな朴念仁だった筈の無邪気な妻からそう窘められて、少々鬱屈していた今日この頃だったのである。そんなところへ、隠し事は嫌いだし、大好きなお父さんにこそ認めてほしいからと、意を決した娘が"彼"を父御に引き会わせるべく、自宅まで連れて来たのがつい一昨日。これまでは可愛い娘の紡ぐ何もかもを享受して来た心の広い親バカだったが、こればっかりはどうしても飲み下せず。こわばった態度のままだったことが、そのまま、認めてないぞという意思表示につながってしまい、最愛の娘にこれまで一度も見たことがないくらい悲しそうな顔をさせてしまったことへも、がぁっくりと傷心している大剣豪殿なのであったりするのだ。


"………。"
 常の和服姿で茶の間の卓袱台前に端然と正座をし、小春日和に誘われて開け放たれた障子の向こう、見るともなく庭に目をやれば、ほころび始めた寒椿にふと視線が止まる。幼い頃は髪に花を飾ってはわざわざ見せに来たあの子が、大きくなったらお父さんのお嫁さんになるねと言っていたあの子が、いつの間にやら"恋人"なるものをこさえていたとは…。
"俺も年を取ったものだな。"
 感慨深げに吐息をついていると、
「…ゾロ?」
 妻がお茶を運んできた。夫が営む道場の門弟たちが掃除や洗濯、料理までもを"修業の一環ですから"とやってくれるので、その反動で一向に家事は上手くならないが、お茶を入れるのだけは上手になった。厚手の湯飲みを手にし、ほんのりと芳しい、熱い煎茶で身体がほっこりと温まったところで、
「まだ怒ってるのか?」
 すぐ脇のいつもの位置に腰を降ろし、彼にはいまだ慣れがないせいで砂糖をたっぷり入れたお茶を一気に飲み干した
おいおい相変わらず無邪気な妻が、全然婉曲でもなければ遠慮もしない訊き方をする。直接“気に入らない”と口にした彼ではなかったが、ルフィには懐かしい、久々に見た眉間の深いしわが彼の心中を明らかにしていて。門弟たちもこわごわと腫れ物にでも触るような接し方をするわ、当の娘に至っては…怖くてというよりも悲しくてだろう、一昨日から口を利いてくれないくらいだ。そんなこんなで、
「………。」
 微妙にまだ燻っているところを突々かれたようで、黙って応えないでいると、
「いい子じゃないか。なんかゾロに似てるし。娘が父親に似た人を好きになるって、ホントだったんだな。けど、よっぽど父親のことが好きじゃないと無理なんだろけどさ。」
 屈託のない妻の言いように、一瞬動揺の気配を隠しきれなかった夫だが、
「俺に似ているようではやはりダメだな。」
「? どうして?」
 意味が判らずきょとんとすると、
「一緒になれば苦労させるような男だからだ。」
 そう言って、真摯な眼差しを妻へと向けて来る彼だったから。
「あ、えっと…。」
 それこそ不意打ち、まさか自分にお鉢が回ってこようとは思わなかった妻が、頬を真っ赤に染めてどぎまぎと慌てて見せる。
「な、何言ってんだよ。俺、凄いシヤワセだぞ?」
「ホントか?」
「おう。きっと世界一シヤワセだぞvv」
 いつの間にか話題がずれている、いつまでも甘くてお熱い二人であった。

 …って、お嬢ちゃんの恋人の件は、どうなったんでしょうか。あの、もしもし?


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     〜Fine〜  01.12.7.



 *なんででしょうか。
  凄っごいノリで筆が…キーが進みました。
  健全アルバトロスなんて、日に数行ずつしか進まないというのに。
  このまま書けない身体になったらどうしようかと、
  ノリの悪さへひそかに心配してもいたのに…。
  こういうおバカな話ってもともと好きだしねぇ♪
  展開させていることは、何のけれん味もない単なるホームドラマなんですが、
  出て来る人々が"彼ら"だという可笑しさがもう最高でして、
  ルフィ似の男の子が男の恋人連れて来るよかずっとマシじゃんと思ったMorlin.は、
  もう戻って来れない感覚になっているのかも知れない。


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