*このお話は、
   SAMI様の書かれた息子篇『Family』の後にお読み下さい。


        




「お母さん、お母さん。」
「んん? どうした?」
「お兄ちゃんにお手紙出すってホント? どこにいるのか、分かるの?」
「あ"? …ああ、あれか。違うんだ。あの子に出すんじゃなくって、あの子が通りそうな所にいる奴らへ"どうにかよろしく"って挨拶をな、しておくだけだ。」
「くれぐれもどうぞよろしく、よ? お母さん。」
「うん、そうだった。」
「通りそうな…って、それが分かるの? お母さんたちがいた頃と比べたら、少しは変わっているんじゃないの?」
「最近の様子だって知ってるぞ。この辺の港からならグランドラインに入るまでの大体中間地点の、まずは通らにゃならない位置にある補給地と、グランドラインの中にある、そりゃあでっかいレストランとに知り合いがいるからな。」
「グランドラインの中にお手紙が届くの?」
「そういうの専門の、鳥を使った通信手段が色々あるんだと。だから毎日の新聞だって読めるんだぞ?」
「ふ〜ん。」
「それがどうかしたのか?」
「えと…私もお手紙出したかったから。」
「じゃあ、ゾロに言いな。手紙を書いたのも出すのもゾロだから、同封してもらえばいいじゃないか。」
「………でも。」
「まぁだ怒ってんのか? 俺とはこうして口利くのに、ゾロとは口利かないなんて不公平だぞ? 平気そうな顔してっけど、あれで相当堪
こたえてんだから、そろそろ許してやれよ。」
「…う…ん。」
「ゾロはお前のこと大好きなんだ。それは間違いのないことだ。お前だって、ゾロのことが嫌いになった訳じゃないんだろ?」
「うん、大好きよ。」
「じゃあ、お手紙同封させてって自分で言っといで。」
「はい♪」


        ***

 たいそう静かな農村の奥まった一角に、少々場違いな存在として建つ武家屋敷風の家屋がある。武術の道場を営む剣豪を主人に据えて、家族は妻と一男一女の子供たち。それから、通いのお手伝いさんが二人ほどに、住み込みの門弟たちが幾人かいて、あとは道場に通う生徒が多数出入りをしているというところか。古くから当地に居続く家ではなく、はっきり言ってこの十数年ほどの歴史しかまだないが、ここに住まう人々は、主人の家族もその門弟たちも、近在の人々からはたいそう親しまれ、また頼もしがられており、お天気の話題が上がらない日はあっても、この家のことが話題にならない日はないというから…それってどういう把握のされ方なんだろうか。
おいおい
 そんな一家ではあったが、この冬から春にかけては、これまでの安穏さから一転して、本当にあれやこれやと様々な出来事が怒涛の勢いで押し寄せたからさあ大変。…と、こういう言い方をすると、不運なことに運気がいきなり傾きでもしたかのように聞こえるかもしれないが、傍から見る分には…どうだろう。
こらこら 騒動を生み出す要素は元から多々あった家だし、これまでだって結構ばたばたした騒ぎは起こっている。世界一の剣豪である父君と果たし合いをしたいという挑戦状は、今でも引きも切らずというノリで毎日のように届くし、そういうちゃんとした申し込みアポのない"刺客"めいた輩の襲撃だって、この十数年の間には幾度となくあった。同じく『海賊王』の称号を持つ母御を狙う海賊がわざわざこんな内地にまでやって来たことも何度かあったし、それを取り締まりがてら、海軍将校の恐持てのするおじさんがお茶を飲みにと遊びに来たこともあって。だが、そうとは知らなかった門弟たちや付近住民の皆さんは、もしも彼らにお縄をかけようというのならこっちにだって覚悟はあるんだからねとばかり、妙に緊迫していた…というような笑えるドタバタもあった。あと、お転婆でお侠きゃんな母上が、畑を荒らした大猪を追い回して山へ入って行ったきり一昼夜戻って来なかったというような事件も有りの、瓜二つな娘御と人違いされて近在のぼんくら息子から執拗に言い寄られ、堪忍袋の緒が割とあっさりぶち切れた父御が久々に三刀流を披露して縮み上がらせたというような騒ぎも有りのというから(笑)、それらを指して"安穏で何事も起きなかった"と思っている家人たちの方が見上げた感覚をしているだけなのかもしれない。

   見上げたもんだよ、風呂屋の煙突

 …すいません。座布団取って下さい。


            ◇

 濃紺の作務服姿で、奥の座敷にきちんと、だがそれほど四角くはない余裕のある座り方のまま。書見台に開いた、棋譜だろうか、何かしらの書物なぞを眺めている。傍には丸く切られた小窓があって。障子越しににじみ入る春陽の中、仄かに陰を含んで浮かび上がっている横顔は、厳然とした男臭さの中にひっそり息づく端正さを何とも言えないバランスで馴染ませている。そんな姿を見ていると、まだ若い父の筈がもう随分と年齢を重ねた人のような、過ぎるほどの落ち着きに満ちていて。利かん気な兄はそれを差して"年寄り臭い"だの"生きてんだか死んでんだか判らない"だのと、えらく乱暴な悪態をついてもいたが、娘の目には…そんな静謐さもまた、父の重厚な温かさには似つかわしい、好もしいものにしか見えなくて。
「…あの。」
 庭に向けて開け放たれた障子の端っこ。縁側になっている廊下の、飴色の光沢につやつやと磨かれた板張りへチョコンと正座し、おずおずとした声をかける。すると、ついと上げられた視線が、
「?」
 やわらかに"どうした?"と訊いてくれる。
 
  『お父さんとお母さんの馬鹿っ!! だいっ嫌いっっ!!!』
 
 恐らくは生まれて初めて、そんな罵倒句を彼に浴びせたのは数日前。大好きな兄の突然の出奔に、それを止めず、それどころか煽るような言いようをした父であったことへ、何が何だか判らなくなって混乱したままそんな風に叫んでしまった彼女だったが、
『あいつは自分の意志から飛び出してったんだぞ?』
 あとから母にそうと諭され、自分の中での誤解は既
とうに氷解している。けれど、その前にも…この何週間かにかけて、あれやこれやと気まずい行き違いのような、気持ちの上での不一致のようなことが立て続いていたこともあって、なかなかこちらからは口を利けずにいたのである。とはいえ、相手は自分よりもずっとずっと口が重い人物で、
『ゾロも不器用な奴だしな。このままでいると…もしかして一生口を利き合えないかも知れないぞ?』
なぞと、母が脅かしたものだから、勇気を出して自分から仲直りをしようと思った娘である。
「あのね? えと…お父さん、お兄ちゃんのこと宜しくってお願いするお手紙を出すのでしょう?」
 普段はもっとしっかりした話し方をする子なのだが、そういえばもう数週間ほども口を利いていなかったせいだろう。気後れのせいか、それとも怖いのか、おずおずとした態度になってしまって、口調もどこかたどたどしい。
「ああ、そのつもりだが。」
 それが?と、もう察しはついているのだろうに訊くような視線を見せる父へ、
「あの、私もお手紙書くから、同封させてほしいのだけれど…構わない?」
 長く伸ばしたつややかな黒髪を揺らして、こくんと息を飲んで上げられた顔が何とも愛らしく、自然な反応のように口許をほころばせた父は、そのまま判りやすく頷いてやる。途端、娘の顔がぱぁっと、まるで音がしそうなくらいに華やいだ明るさを帯びた笑みに満たされて。こんなに明るく笑ったところを間近にするのが久方ぶりだった父には、何よりの春の訪れであった。



「………判りやすいぞ、ゾロ。」
 書見台に載っかっていた和綴じの本は、実は子供たちの幼い頃の育児日記のようなもので。それを久々に引っ張り出して眺めていたところへ、本人である娘がやって来て、何週間ぶりかという久方ぶりに、それはそれは愛らしく笑ってくれたものだから、それ以降、ついつい浮かび上がってくるクスクス笑いが止まらないらしい。…お手軽な親父である。愛娘の機嫌一つでこれなのだから、道場の鴨居に掛けられた額の"質実剛健"という書も怪しいものだ。
あはは 呆れたように天井に投げられた妻の視線が、欄間の飾り彫りの竹の葉を撫でてから再び夫の顔へと戻り、
「で? 仲直りは出来たのか?」
「あ?」
「だから、あの子の彼氏の………。」
 言いかけて、夫の眉間に再び深いしわが刻まれかかったのを見て、慌てて中途で口を噤んだ妻ではあるが、
「ったくもうっ! ま〜た口利いてもらえなくなっても良いのか?」
 拳をとんと卓の天板に打ちつける。娘の方にばかり働きかけていた訳ではない。むしろ、頑固で不器用者な夫の方にこそ、やわらかく構えるようにとアプローチし続けて来た妻だというのに、
"これじゃあ、ポリシー通り越して固執だもんな。"
 昔は…少なくとも"お子様"だったルフィよりは、色恋方面の機微にも理解や柔軟性が割とあった彼な筈だのに。やはり"娘"というのは随分と別格なのであるらしいとの認識も新たに、
「いい加減にしないと、俺にだって考えがあるからな。」
 むうと曲げて結ばれた唇は、不機嫌さの現れで。
「考え?」
 意外な言いように眉間のしわも元へと均されたらしい、夫のキョトンとした顔へ、
「おう。そんなにあの子の"人を見る目"が信じられないって言うんなら、この俺が文句の出ないような立派な男を探してくる。何ならグランドラインまで出てでもな。」
「…はあ?」
 いきなり何を言い出すやらと眸を見開いたゾロに構わず、
「ぐうの音も出ないほど条件バリバリに揃った男を連れて来て、そいつと添わせりゃあ文句はないんだろう?」
「いや、それは…。」
「そうそう、だったら俺も手紙書くぞ。候補者を見繕っといてくれってサンジとナミに言っておけば、あいつらのメガネに適った"海の男"ってのを何十人と揃えてもらえるだろからな。二人に久し振りに会えるのも楽しみだよなぁ。」
 それは愉しげにかなり具体的な事まで言い出すものだから、
「判った、判ったって。」
 慌てて制した夫である。
「ちゃんと前向きに考えるから、それだけは勘弁してくれ。」
 脅しに屈した彼を"情けない"と思わないであげてほしい。問題なのは、行動力という点で全然のまるきり衰えを見せてはいない妻であること、なのだから。大猪を追い回してたった一人で仕留めた辺りは、かの伊達政宗の母のごとし。
おいおい 未だに夫との力比べでは互角だというから、そこはさすが、まだ看板は下ろしていないのよんと言って憚らない『海賊王』たる人物である。これで一件落着だと微笑って見せて、傍らの盆から取り上げた急須を自分の湯呑みへと傾ける妻であり、
「けど、お前、こないだは、そういう押し付け婿は良くないって言ってなかったか?」
 持ち重りのする自分の湯呑みへ口をつけかけ、中身がぬるくなっていることに気づいて戻すゾロへ、
「言ったけどな。」
 手を伸ばして湯呑みを取り上げ、鉄瓶を確かめてから新しくお茶を淹れ直しながら、何げに続いた台詞がこうである。


「何せ、俺はお前を選んだ男だからな。間違いようはないってもんだろ?」
「……………まあ、そうかもな。」



  ………お後が宜しいようで。



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   〜Fine〜  01.12.17.〜01.12.20.


  *順調に?続いてますねぇ。
   おかしな一家ですが、皆様には可愛がられておりますようで、
   書いてる側も何だか嬉しいですvv

  *ところで、筆者は実は和室の様式には疎いものですから、
   もしかしてこの描写では
   "書院造り"と"数奇屋造り"がごっちゃになっているのかも知れません。
   ですので、くれぐれもまんま信じないように。
おいおい


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