ロロノア家の人々
     
兄、来たる  “Tea time”より


        




 吹き寄せる風にさわさわと揺れる竹林の葉の波。独特の真っ直ぐな幹が撓うように揺れさざめき、天蓋のように頭上の高みに集まった青々とした葉が、ざわざわと音を立てながら大きく波打って。遠目に見るとそれはさながら空中で揉まれる、緑色の海の波頭のようでもある。

「イチジク、ニンジン、サンショにシイタケ。ゴボウ、ムカゴ、ナツメに、ヤ…っ、あっ。」
 どこか儚げな、か細い数え唄の手から逸れて、てんてんてん…と転がった手鞠。それを追いかけた少女の目の先で、ふわっと浮かぶように拾い上げられたマリを、
「はい、どうぞ。」
 わざわざ屈み込んで差し出した人がいる。荒めの矢来垣が縁取る竹林わきの細い小道。竹林へ用向きがある人以外は通らない、人通りが少ない道だが、ちょうど自宅の真裏なので庭の延長という感覚でついついそこで遊んでしまう子らであり、
「お嬢ちゃん、おウチは何処なのかな。」
 声をかけて来たのは、この村の住民ではないとすぐに判る、全く見知らない男だった。よくよく鍛えられたものだろう、かっちりとした体格だが、それにしては…たいそう自然なものとして顔に馴染んだ笑顔が実に朗らかだ。しかも懐っこくはっきりした声音と来て、一見すると恐持てはしない、子供にも害の無さそうな人物に…見えなくもない。だが、裸の上半身へ直に羽織ったチャコール系のカンガルー革のジャケットに、首回りには大粒の珊瑚だろうか、赤い宝珠を連ねた首飾り。ばさばさの黒い髪の頭にはテンガロン・ハットを載せていて、胸まで下がった紐の先には髑髏の飾り付き。膝丈のサファリパンツにごっついワークブーツ…と、ここいらの田園風景には一向にそぐわない、結構怪しい格好である。にっこりと笑って細められた眸に、
「あ、えっと…。」
 そっと手の中へ戻された手鞠を抱いて、少女は少ぉし戸惑った。そこへ、
「ダメだぞ、教えちゃ。」
 邪魔をするように割り込んで来たのは、これもまた子供の声だ。つやのある髪を小さな肩の先で散らすようにして振り向いた少女が、
「お兄ちゃん。」
 どこかホッとしたような声をかけると、
「ツタさんがゆってただろ? 知らない人と口利いちゃいけないって。」
 声だけでなく、自分の体も二人の間に割り込ませて来て、ぎっ、と男を睨み上げて来る。おかっぱにした艶やかな黒い髪に赤いリボンのカチューシャをした、それは愛らしく大人しげな少女と打って変わって、こちらは淡い緑というそうそうはなさそうな色の髪を短く刈った少年で。怖々と隠れた少女を背中に庇った様子も一丁前なら、その見知らぬ男を胸を張って睨み上げる顔付きもまた、一端
いっぱしの覚悟がしっかり感じられて大した面構えだ。ゆっくりと立ち上がった自分の腰の高さよりも背丈の小さな子供から、一人前の"ガンつけ"を向けられて、謎の男は苦笑しながらも、
「うんうん。それは正しいな。」
 正論だと頷いて見せる。少年の言いように納得したのと、それとは別に…この二人の構図に、こういう構図になっている二人それぞれの面差しに、察しがいったものがあったらしい。男はしきりとうんうんと頷いて、
「そうか。やはり噂はホントだったらしいな。」
 何だかとっても愉快そうに、その口許をほころばせたのだった。


 妹を先を行かせて駆けて駆けて辿り着いた先。竹林に沿って続いていたのと同じ矢来垣に囲まれた裏庭。
「? どうしたんだ? 二人とも。」
 子らのどこか切羽詰まったような様子を嗅ぎ取って、庭先で薪を割っていたらしいそのまま、彼らの"母"が妹を抱き上げた。それへまずはホッとし、
「お母さん、この人、誰ぁれ?」
 続いて到着した格好で、長男坊が膝あたりにしがみつきながら、後方を指差して母へと尋ねる。その様子を見やって、
「こらこら、人を指差しちゃあ、いけないよ? ボク。」
 彼らの後をのんびりとした歩調で追って来た男が苦笑を見せる。鷹揚そうにそんなことを言うだけの余裕を見せる彼だったが、
「ああ。この人は母ちゃんの兄ちゃんだ。」
「…だから、お前まで指差してどうすんだ。」
 あはは、確かになぁ。教育上よくないってばという"窘
たしなめ"にもてんで動じず、
「こんくらいが寒いのか? エース。上着なんか着て珍しい。」
 まるでしょっちゅう逢っている相手のような、気さくな声を掛けるルフィであり、
「いつもの格好じゃあ目立つからだよ。困るだろう? 得体の知れない人間が接触して来たなんて噂になっちゃあ。」
「そっか、気ィ遣わせたみたいだな。」
 やや恐縮したような言葉を返しつつも、顔はあっけらかんと笑っている奥様のやや後方。何かあれば金切り声を上げて旦那様を呼ぶぞと構えていた若い方のお手伝いさんが、
"…その格好でも十分目立ってますが"
と、ついつい胸の中でツッコミを入れたようだったが、それはともかく。
(笑)
「で、こりゃあ一体どういうことだ? ルフィ。」
 彼にまとわりつく二人の幼子を視線で示しつつ、あらためてそうと訊いたのは、誰あろう。白髭海賊団・二番隊隊長、ポートガス=D=エース殿で、
「んん? 薪割ってんだ。見て判んないんか?」
「…誰がそんなことを訊いとるか。」
 は、話が進まないぞ、奥さん。

            ◇

 居間に通された兄殿は、異様にエキゾチックないで立ちにもかかわらず…和風な部屋に妙に馴染んでいる様子。ほら、どんなに奇天烈なお土産の置物でも、床の間とか玄関の靴箱の上とか、テレビの上とかサイドボードとかに置くと、不思議に結構馴染むでましょ?(おいおい、ちょっと問題の次元が違うぞ。)
「なるほど、話は判った。つまり"出来ちゃった結婚"なんだな?」
 実に真面目そうなお顔できっぱり言われて、
「そういう言われ方はちょっと…。」
 結果というのか格好というのか。事の運び、順序は確かにそうではあるが、だとすれば"出来ちゃったこと"へかなりの責任で加担したことになってしまう夫が
(ぷくく☆) 少々言葉に詰まってしまう。丁度、通いの生徒たちが来るまで少し間が空いていた時間帯だったため、道着姿のままながらもわざわざ居間までご挨拶にと戻って来た旦那様である。ゾロもこの兄上にはかつてアラバスタで一度だけ会っていて、面識だけはある人物なのだが、相変わらずに…ルフィの兄とは思えないまともな人なのか、やっぱりルフィの兄だけのことはあって少々おかしいのか、掴みどころのない、よく判らない人である。こらこら
「式が挙げられなかったのは残念だったね。きっとこの子が我儘を言って、白無垢もウェディングドレスも窮屈だからって着たがらなかったからなんだろう?」
「いや、そういう訳では…。」
 やっぱり変な人だよな。
あはは
「何だよー、さっきから。ゾロんこと、苛めに来たのか?」
 話の内容が半分くらい判らないらしいが、どう見ても夫が窮しているらしいと察して、横からルフィが口を挟んでくると、
「苛めてなんかないって。」
 エースはにっぱり笑って見せ、
「大体だ。海賊王が突然いなくなって海がどれほどの噂に沸いてるか。この様子じゃあ、お前ら全然知らんのだろうが。」
 どこかおどけ半分な言い方だが、
「…っ!」
 内容は聞き捨てならないかも知れないこと。当の本人はそれほどでもなかったが、夫である大剣豪はたちまち眉を寄せて見せる。
「噂…ってのは?」
「ああ。偉大なる航路を征した覇王、新しい"海賊王"が誕生したんだって噂が広まった途端に、今度はその当人が失踪しちまった。海軍に捕らえられたならすぐにも処刑公開予定なんていう触れ書きが出回る筈だし、何たって隠す必要はないのだからこれは違うだろう。じゃあ他の海賊が仕留めたのか? いいや、それだとて功名心からやったなら黙っているのは訝
おかしい。病死か? それとも、悪魔の実の能力者だそうだから海に食われたか? …ってなもんで。そりゃあもう、諸説紛々飛び交うトトカルチョ状態さね。」
 おいおい。
「俺が此処へ辿り着けたのは、お前さんたちの仲間の顔触れをきっちり知っていたからで、彼ら一人一人に直に逢って情報をまとめたればこそのことでね。コックくん辺りは、そりゃあもう口が堅くて難儀したよ。それでさえ、こんだけ…数年もかかってるんだ。だからまあ、他の奴らには突き止めようがなかろうけどな。」
 だから安心してなさいとクスクス笑った彼は、実はもう一つのニュースソースがあることを隠してもいた。
"あのおっさんも可愛いことしてくれるじゃないかよな。"
 ある意味で"防御壁"として、この二人にそうそう怪しい輩が辿り着けないようにと、巧妙な煙幕を張っている人物が海軍側にも何人かいる。その中の一番の実力者である、某大佐を思い出した彼である。………兄上様とはどういうご関係なんでしょうか、一体。
(笑)


「兄、来たる」Aへ⇒**



戻る