ロロノア家の人々
     
お父さんのお誕生日  “Tea time”より


 
          



 秋も深まり、重ね着の上へ上着がなければ少々辛いほど、朝晩が随分と冷え込むようになった。わずかなシミほどの斑
ムラもない青空はどこまでも透き通り、山は様々な色合いの紅葉の錦を着飾って。夕映えの茜が何とも言えぬ郷愁を誘う、そんな感傷的な…ものに気を取られていると、
「あっ、ゾロ、危ないっ!」
「…っ☆」
 真後ろから風を切って飛んで来た、大きくて堅い松ぼっくり。それをひょいっと…まずは首を横に傾け、そこへ会釈のように軽く上げて見せた大きな手で"パシッ"とばかり上へと跳ね上げ、後は落ちて来たところを同じ手で難無くキャッチ。これら一連の動作を、振り返りもせずにこなしてしまえる、相変わらずとんでもない師範殿である。
「ゾロって頭の後ろにも目があんのか?」
 ひょえ〜〜っといかにも感心したような声を上げてから、前庭の門の外から敷居をまたいでぱたぱたっと駆け寄って来たのは、シャツの上へフードのついたトレーナーを重ね着て、ボトムはGパンというラフな恰好をした小柄な人物。実は実はこの武家屋敷に住まう一家の"奥方"であるところの、モンキィ=D=ルフィという青年で、ここだけの話、ほんの数年前までは大海原を制覇した"海賊王"でもあったりしたりする。そして、
「そんなに難しいことじゃないだろう。」
 そちらへと振り返って、何事もなく受け止めた松ぼっくりを奥方の手へと返しながら、それは男臭く口許をほころばせて笑って見せたのは、この屋敷の家長で道場の主でもある、ロロノア=ゾロ氏。威風堂々、なかなか風格ある姿や立ち居振る舞いを見せる男性だが、実は…ルフィとは二歳しか違わないというから…どっちもどっちでえらいもんだと筆者は思うの、うん。
おいおい
「お前だって、チビたちとの"缶蹴り"でオニの時、缶を蹴られたことは一度もないって聞いてるぞ?」
 実は筆者はこの"缶蹴り"という遊びをしたことがない。ダルマさんが転んだ、とか、隠れんぼに かごめかごめ、はないちもんめ。縄跳び、ゴム跳び、泥棒と探偵、靴隠しに色オニ(オニが言った色のものを探して触る。なかなか見つからなくてその前にタッチされたらオニ役を交替)などなどと。結構色々とお外で遊んだ覚えのあるおババだのに、馬乗りと缶蹴りだけは記憶のどこにもない。禁止されるほど危ない遊びだったのかなぁ。まあ、それはともかく。
「そろそろって寄ってくる子供たちの気配が、じぃっと見てなくても何となく判るんだろ?」
「おう、判るぞ。皆とは付き合いも長いしな。」
 ちなみに、近所のお子たちは全員、この、男なのに"お母さん"とか"奥様"とか呼ばれているルフィが"ゴムゴム"の技を使えることも既
とうに知っている。だからして、その技を遊びには使ってはいけないと、年長さんの子にきつく申し渡されてもいて、決して"ズル"はしていない。(笑)
「それと似たようなもんだよ。」
 自分への突然の飛来物へとどうやって気がつくのか、その理屈を説いた師範殿だったのだが、
「ゾロはこの松ぼっくりと友達だったのか。」
「………あ?」
 神妙な顔になってそんなことを言い出す奥方で。
「三角ベースの球にって使ってたんだけど、悪いことしたな。返すよ。」
「…え〜っと。」


   さて、ここで問題です。
   この場合、誰の何をどう窘
たしなめるべきなのか。
   30字以内で簡潔に述べなさい。
(笑)



            ◇



 相変わらずの穏やかさと温かい幸せとに満ちた、されど…よくよく注意して見ていると、あちこちに充分"規格外っぽい"あれやこれやを散りばめた、そんなご一家がこの"ロロノア"さんチである。山野辺のちょっと鄙びた田舎の村外れに剣術の道場を構え、通いの生徒さんとは別の、十人少々に増えた門弟さんたちと二人のお手伝いさんたちと共に、家族四人で暮らすお若いご夫婦が、この家の言わば"核"にあたり。奥方は先に紹介した通り、実は"海賊王"というとんでもない肩書きを持つ、そのくせ天真爛漫な青年で。はたまたそのご亭主は、こちらもまた"大剣豪"という、世界中の剣士たちの頂点に立つ、実は実は物凄いお方。奥方の方が屈託ない幼い見かけや無邪気な性格、とてもではないがそんな大層な人物には見えないのと違い、旦那様の方は…眼窩や口許の彫り深く、龍眼と呼ばれる力の籠もった眼差しをした鋭角的な容貌に、衣紋を重ねていると気がつかないが相当に鍛え抜かれたがっちりとした体躯をしていて。今でも何百キロという重し付きの鉄棒を振るう鍛練は欠かさないとかで、隆々とうねって力強い筋肉の束は、赤銅色の肌の下、頑丈そうな骨格にぴたりと吸いつき、惚れ惚れと無駄がない。あくまでも自在に底力を発動させられるようにと鍛練を積んでいるその体は、途轍もない膂力や脚力という馬力筋力を蓄えた"剛"と、爆発的な瞬発力やどこまでも折れない撓やかさを備えた柔軟な"豪"の性質、両方を合わせ持ち、そのような素晴らしき肉体と研ぎ澄まされた"気"の制御により、なんと鉄で鋼を断つという究極の剣技まで習得している、もはや"神憑り"と言ってもいいほどの凄腕である。
 そんな二人ははっきり言って、男同士の恋仲同士。それが倫理や道徳、はたまた宗教的何やかやに触れるとかどうとか、そういうお堅いことやら偏見を口に上らせるご近所さんも…こんな田舎にも関わらず誰一人としていらっしゃらないのは、彼らの分かり易すぎる人柄のせいだろうと思われて。楽しくも頼もしい彼らは、どこか停滞気味になりがちな山村の空気を一気に活性化してくれたことから、ある意味"救世主"のような把握さえされているらしい。

 さて、そして。この二人にはもう二人ほど"家族"がいる。同い年の男の子と女の子という、それは可愛らしい双子の兄妹で。兄の方は、珍しい淡い緑色の髪に少々鋭い眸も灰がかった碧色という、父上そっくりの面差しをしたやんちゃ坊主。妹御の方はというと、つややかな黒髪に射干玉(ぬばたま)のような潤みの強い漆黒の瞳。母上によく似たベビーフェイスの、それはそれは愛らしい少女である。それぞれの外見が父と母に酷似している彼らは、だが、同性同士の夫婦には生むことが叶わぬ存在。よって周囲からはお互いに連れ子があっての再婚(同居?)なのだろうと解釈されているようだが…まま、その辺りはこのシリーズにお馴染みな方々には、ね?
おいおい



 干
ひるを過ぎてどれほどか。秋の陽は短くて、少しでも西の空への傾きが始まると、おやつの頃合いにはもう、その陽光がどこか赤みを帯びた金の色への兆しを見せ始める。きっちり機密型の家屋という訳でなし、そんなせいか今時ほど暑さ寒さに脆弱でもない家人たちなせいか、陽当たりの良い庭に向いた縁側廊下を挟む二つの引き戸が、潔いほどすっぱりと開け放たれた居間に座して、藍の香も瑞々しい紬姿の父御がのんびりと新聞を読んでいる。のんびりと…とは言っても、きちんと四角く座っていて背条もピンと伸ばしている辺りが只者ではない。どこから見ても一分の隙もない、いかにも厳格そうな父上だが…知ってるぞぉvv 奥方やお嬢さんに、ど〜んだけ甘いお父さんかvv(笑) ………と、
「…お父さん。」
 おずおずと掛けられた声に顔を上げ、縁側廊下の端っこに、お膝を揃えてちょこんと座ったお嬢ちゃんの姿を見やったものの、
「?」
 小さく小首を傾げて見せる。昔はそうでもなかったし、今でも奥方には結構言葉を尽くすのだが、それでも口が重いというのか。気難しいというのではないのだが、所謂"寡黙"であまり多くの言葉を口に上らせない性分の師範殿。そんな父御と、こちらも他では結構お口が立つにもかかわらず、どうしてだか大好きなお父さんにだけは、このところ羞恥
はにかみが先に立って言葉が出にくいらしい娘御と。それでもいつもなら"以心伝心"で会話している節のある父と娘であるものが、
「どうした?」
「えと…。」
 今日は少々珍しく、噛み合っていない様子。何か話しかけたい、何かを訊きたいお嬢ちゃんであるらしいのに、その"何か"を具体的に言うのに抵抗があるのか、言葉が出て来ず。片や、思い当たることならともかくも、今のところは何も覚えがない父御にしてみれば、推測するにも限度があって。
「???」
 何だかもじもじと恥じらうばかりで少しもヒントをくれないお嬢ちゃんには、世界一の凄腕を称賛されて幾年月…の父御であれ、ただただ困ったような視線を注ぐばかりであったりした。


            ◇


 秋の短い陽が落ちると、家人たちは灯火の元へ自然と寄り集う。お風呂に入って夕餉も取って、温かい居間で今日あったことなぞ皆で話して。それからそれから…はしゃぎ声に欠伸をまといつけ始めたお子たちを、床を延べられた子供部屋まで寝かしつけにと連れ出した奥方が、雨戸を降ろした縁側をパタパタと戻って来たのを見計らい、
「みおの様子がなんだか妙なんだ。」
 こちらも冬物布団が延べられた居室にて、有明の淡い光に照らされた布団の上へと座った夜着姿のご亭主が訊いてくる。どうにも訝
おかしいというのはさすがに判るのだが、肝心かなめ、その核心にあたるものがどうにも判らない。そこで、ここは…自分よりはお子たちに近い奥方に助けを求めてみた訳なのだが、
「ゾロって鈍いからなぁ。」
「………。」
 そういうことをこのお呑気な奥方に言われては終しまいなような気が…。
(笑) 初見の人が見たならば、物凄い逆鱗に触れたのではなかろうかと震え上がるような勢いで、その鋭い目許をなおキツく尖らせたのへ、
「へへへぇ〜。」
 パジャマに半纏というなかなか可愛らしい恰好のまま、師範殿の真ん前にぽそんと座ってにこにこと笑って、
「実はサ、俺もツタさんから教えてもらって判ったんだな、うん。」
 ルフィは正直に白状した。何だ、お母さんも気がついてなかったのね。
「じゃあ…。」
「ダメだよ。」
 だったら教えておくれよとのお声だと判っているのだろうに、そこは"ピシャリ"と言い切って、
「俺はともかく、ゾロはさ、自分で気づかなきゃダメなんだ。」
「何だよ、それ。」
「みおに怒られちゃうから、これ以上はホントに内緒だよん。」
 優越感からかそれは嬉しそうに"にまにま"と笑っている奥方で。
「う"…。」
 腕組み姿勢で"こいつはぁ〜〜〜"とばかり、世界に冠たる"大剣豪"が睨んで来るのにも当然動じない。
「ほら、もう寝ちゃおうよ。」
「ルフィイ。」
「ダメったらダメなの。あんましつこいと、俺も向こうで子供たちと寝るからね。」
「………う"。」
 形無しですな、大剣豪。
(笑)










          2


 ロロノアさんチのみおちゃんが、その小さなお胸の奥底でじりじりと困ったように考えあぐねていたのは…もうお判りですねのお約束。秋が深まり、景色が美しく色づき出すこの時期に、ご本人以外の皆が揃ってそわそわと意識を始める大事な記念日。この一家のお子たちは去年最後のを済ませたお祝いである"七五三"のすぐ直前の、十一月十一日。そう、父上様のお誕生日が近いからだ。殊に…日頃から母を始めとするライバルたちのその誰にも負けないほどの"お父さん好き好きvv"ぶりを発揮している みおちゃんにしてみれば、お盆やお正月、お雛祭りよりも、どうかすれば自分のお誕生日よりも大事な日なのに。その日までにどうしても訊いておかねばならぬこと、

   《あのね、お父さん。お誕生日に何か欲しいものはありますか?》

 そうと一言、それだけのことが…どうしても訊けない。お父さんが道場に行ってる間に、居間でお母さんに聞いたら、
『う〜ん。ゾロは昔から、あんまり"あれが欲しい、これが欲しい"って思う奴じゃなかったからなぁ。』
 難しそうに眉を寄せて、一応は考えてくれてからそう言って、
『食べるものや着るものにしてもサ、ちゃんとしてなくっても、間に合わせっぽいもんでも、有りゃあそれで良いってトコがあるし。それに…。』
『それに?』
 何なになに?と身を乗り出すと、お母さんはにっこりと笑って、
『一番欲しいものはもう持ってるからな。』
『それって何?』
 判らないらしくて急くように訊く娘御へ、髪を撫でてやりながらくすくすと笑って、

   『世界一強い剣豪さんなことと、
    みおやお兄ちゃん、それに俺とかツタさんとか、皆がサ、
    病気もせず、毎日ちょっとしたことで笑っては シヤワセでいること。』

 おおお。ルフィさんたらお母さんになったねぇ。そういう観念的なことを言うようになったのね。立派な大人だ、うんうん。
(ほろり/笑)だがだが、
『そんなの変。』
 まだ幼いみおちゃんにしてみれば、それは当たり前の大前提。確かに"大切なことだ"という理屈のようなものは判るのだけれど、そこがまだ子供だ。目に見えないけれど大切な、空気や温度、湿り気の存在と同様で、そうであって当たり前という感覚なので、わざわざ"大事だ"と構えるものではないらしい。
『変かなぁ。』
 う〜むと首をひねって見せる母ルフィへと、
『だって。お母さんだったら、何が欲しいの?って訊かれたら同じこと言う?』
『…う〜ん、難しいな。今だったら、シマさんが送ってくれたお芋で作ったお焼きとか、腹いっぱい食べたいしさ。』
 こらこら、正直すぎるぞ。
(笑)
『でしょう? そいで、そんなだって判ったら みおだって頑張って作れるもん。』
『ふぅ〜ん。』

 ………で、勢いがついて、昼下がりを目一杯使って、母とツタさんと三人がかりで、大きなお皿に山盛りのお焼きを作るのに費やしてしまったりして。
『今日のはみおが作ったんだぞ?』
『へえ、そりゃあ格別に美味しいだろうな。』
 おやつ時に父上は喜んでくれたけれど、ちょっと違うんだってばと、
"…どっから間違えたんだろう?"
 小さなお手々で頭を抱えて"う〜んう〜ん"と唸ってみたりする愛らしさよ。
(笑)







 そんなまで考え込んでいた健気なお嬢ちゃんが。やんちゃなお転婆さんだったものが少しずつ、お行儀のいい、大人しやかな娘さんらしくなってとお褒めいただいてもいた みおちゃんが。夕暮れ間近い村外れの高い高い崖の中ほど、腰にロープを結ばれて宙ぶらりんになって見つかったものだから、そおりゃあもう。たまたま通りすがったご近所の若奥様は驚いたのなんの。
「………ふえぇ、こあいよぉ。」
 細い細いお声で怯えているのが聞こえて来るのへ、
「い、いい子だから、動いちゃダメよ? 今、お父さんたち呼んで来て…。」
 あげるからねと続けかけた奥様に、
「ダ、ダメなの。」
「え? なに?」
「お父さんは呼んだらダメなの。」
 泣き出しそうな、けれど必死なお声で本人がそんな風に言うものだから、
「………判った。じゃあ、お母さん呼んで来るからね、動いちゃだめよ? いい?」
 言い置いてから細い道を村へと駆け戻ったサミさんは、小半時もせず、猛ダッシュで駆けて来たルフィお母さんの背中に背負われて戻って来た。
「みおっ!」
 何でとか どうしてだとか、そんな意味のないことは今は訊かない。
「ゴムゴムの…っ!」
 大事なお嬢ちゃんが宙ぶらりんになったその近くの。手掛かりになりそうな出っ張りを目がけて腕を伸ばそうとしたところが、
「お母さん、こっちっ!」
 そんな声が降って来て。見上げれば、も少し上の崖の縁、小さなお顔がそこにも二つほど見える。
「?」
 小首を傾げて目を凝らすと、そこにいたのは長男坊とそのお友達。どうやら…お嬢ちゃんを吊り下げているロープを、上で必死に掴んで支えているらしい。だが、何をやっているのやらと問いただすのはやっぱり後回しだ。
「判ったっ!」
 坊やたちがいるその背後。木立ちに向かって一気にゴムゴムの腕を伸ばして、
「ゴムゴムの、バンジーっ!」
 …なんていう技はなかったですかしら?
(笑) いや、笑ってる場合ではない。がっしと掴んだ木の感触、手ごたえをぐんぐんと引いて確かめてから、
「行くぞっ!」
 反動をつけて"ばびゅーん"と飛んでく、ちょっとビックリな得意技を繰り出すお母さん。真っ直ぐ上空へと一直線に跳ね上がったそのまま、まずは途中で
「よしっ。」
 お嬢ちゃんを腕に掻い込み、それからそれから一気に崖の上へと到着。勢い余って木立ちに少ぉし突っ込んでしまったお母さんと、重かったロープがいきなり軽くなったせいで後ろに尻餅をついた坊やたちと、それから勿論みおちゃんの4人が崖の上から降りて来たのは、ほんの少し経ったすぐのこと。やっぱり"ゴムゴム"の技を使ってだったのだが、
「みおちゃんっ、皆っ!」
 母上の奇天烈な体質には今更驚くサミさんではなく、駆け寄ってきゅうって抱っこしてくれて。それでやっと、地面に戻れたんだという実感が涌いたのだろう。いつもはきちんと梳いて整えられている黒髪が木枯らしに晒されてばさばさになったまま、
「ふぇ…〜んっ。」
 大粒の涙を瞳の縁に盛り上げて、大声を上げて泣き出してしまったお嬢ちゃんだった。


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