ロロノア家の人々
     
サクラ、サク A  “Tea time”より


          




 いつ見ても仰々しい大門をくぐると、前庭で母御と何かしらお喋りしていたちよちゃんに真っ先に気がついた。向こうでも気づいたらしくて、
「あ、お姉ちゃんvv」
「ただいま〜♪」
 手を振ってパタパタと傍まで駆け寄った。二人とも普段着姿であり、ルフィはお気に入りの浅い緋色のセーターを生成りのシャツの上へと重ねた、いつものGパン姿だ。
「もう出掛けられるの?」
 肩からすべって来た髪を背後へ追いやりながら訊くと、母上が大きく頷いて見せる。
「さっきあの子も帰って来たしな。お弟子さんたちやツタさんは、もう先に準備に出向いてるんだ。急いで着替えて、あ、それから、ゾロを呼んで来てくれないかな。支度してる間、部屋で待っててって言ってあったから。」
「は〜い。」
 いかにも古風な作りの広々とした玄関へと飛び込むと、三和土
たたきとの段差も高い上がり框へと上がって、一番奥まった辺りまで続く長い長い廊下を急ぎ足で進めば、ガラスのはまった建具の向こう、中庭からの暖かな陽射しが部屋側の障子を弾けるほど真っ白に照らしていて眩しいばかり。自分と兄が使っている辺りは襖で隔てられた続き部屋で、今は境の襖が開いていて兄の脱いだものらしい制服が無造作に畳の上へ投げ出されてある。もうっと唇を曲げてちゃんとハンガーへ掛けてやり、自分も手早くお気に入りのブラウスと渋紅のフレアスカート、玉子色で薄手の裾の長いカーディガンに着替えて、さて。
「…お父さん?」
 一番奥まった場所の、両親の部屋。縁側の板張りに正座して、開け放たれた障子の隅っこから、そぉっと声を掛ければ、
「帰ったか。」
 大卓の定位置に座して新聞を読んでいたらしい父が、こちらを見やってほこりと微笑った。
「うん。もうお支度も出来たから出掛けますよって、お母さんが。」
「そうか。」
 立ち上がった和服姿が相変わらずにシャープで、だのにやさしい眼差しは暖かくて奥深く、
"えと…。"
 お友達からさんざんからかわれて、あの時は怒って見せたものの、
"やっぱり、らみるちゃんたちの言う通りなのかな?"
 知らず、頬がぽうっと熱くなって来たところを見ると"やっぱりそうなのかな"と、愛らしい娘御はちょっぴり肩を窄
すぼめてうつむいてしまう。いつまでも凛々しくて男らしくて、頼もしくてやさしくて、そしてそして…大好きなお父さん。傍まで寄ったその時だ。
「………。」
「え?」
 すっとこちらへ伸ばされた手が、おとがいへとかすかに触れ、ブラウスの襟を直してくれる。ぼんやりしていたせいもあったが、さすがは剣の達人で
(?)、気づいた時にはもう何事もなかったかのように、胸元へ組まれた腕が互いの袖の中へときちんと収まっているばかり。
「あ、えっと。」
 ますます赤くなった娘に、くつくつと小さく微笑いつつ、目顔で先へと促した、たまにはちょっとお茶目なこともする父上だった。


 この村では他のご家庭でもそうなのだが、桜祭りの間は普通の"お花見"はやらない。神社への神事である奉納の舞踊を披露したり、御神輿を引いたり、子供たちや田畑に御払いをしてもらったり。それらの行事や、見事な桜の咲きぶりを見物に来る遠来のお客様たちをもてなしたり…と、やることが一杯あって、桜を愛でている暇がないからだ。三日がかりのお祭りがお開きとなってから、田起こしや田植え用の苗の籾蒔きまでの僅か数日の間に、満開の桜花の間近に寄り集い、飲んだり食べたり浮かれたりしながら、春の訪れを堪能する機会を得る"お花見"を楽しむのである。川沿いに並んで咲き競っているものと、山麓に連なる北とは逆の南側、村への入り口近くにそれは見事な桜の園とがあり、どちらもそれぞれなりの風情があって見ごたえがあるが、お花見といえばやはり腰を落ち着けて眺められる桜花園の方だろう。という訳で、お昼ご飯をかねての宴をと構えていた家族は他にもあって、鄙びた穏やかな風情はそのままながらも、珍しいくらいの人々が集まっている園内は結構なにぎわいになっている。この花園、元は領主様の地所であったものを、風流なことが大好きだった領主様が道楽半分にこのような桜花の園にしたその後で、領民にも自由に入って良しと門戸を開いてくれたもの。その領主様というのが、神社に祠
まつられた例の剣豪の神様の元となった人だと…と前に話してくれた『Erde.』の女将のサミさんも、お店がお休みで仕込みもないからとお重箱を抱えて来てくれていて、
「さあさ、どうぞこっちも食べてみて下さいな。」
「わあ〜っvv」
 薄焼き玉子で包まれた茶巾寿司やいかなごの釘煮、あっさり炙った焼き鳥の串ものやハマグリの佃煮などを開いてくれる。取り皿やお箸を銘々へ回しながら、
「ちかちゃんのところも、今日のお祝いのおまんじゅうのお仕事でやっと一区切りついて、今日からお休みなんですって。向こうにご家族でいらしてたの。」
 ちよちゃんと二人、くるりと見て来たらしい娘御がそんな風に報告し、
「お祭りでお忙しかったでしょうからね、あちらさんも。」
 サミさんがにこにこと笑って言う。そんな女将さんのお店も、お祭りの間はそりゃあもう忙しかったそうで、ご主人は朝一番から"今日一日寝て過ごすぞ"と宣言なさっているとかどうとか。
「あ、このふきのとう、美味しい。ツタさんの味つけって好きだな、私。」
「そんな。お商売なさってる方に褒められるほどのものではありませんよ。」
「でもでも、俺もツタさんの煮付け大好きだぞ。あと、サミさんの作る佃煮も、ご飯が一杯食べれるから大好きだ。」
 いかにも"女性陣たち"という会話が弾むグループから少し離れて、別の敷物の上に座を設けた、そちらも賑やかな会話の弾んでいるらしい一団。門弟さんたちの方の車座に混ざっている兄を見やって、
「衣音くん、大町に帰ったんだね。」
 ふと、みおが呟いた。ルフィもそれには小さく微笑って、
「春休み中はずっと来てくれてたけどね。」
 やっと物心ついたくらいの頃から、いつもいつも当たり前のように一緒だった、長男坊にとっては恐らく一番のお友達。とはいえ、男の子の友情は結構ドライで、時として正しい自分本位をきっぱりと貫く強靭さが特長でもある。娘の傍ら、丁度お向かいに座ったちよちゃんの方を見やると、
「大町の学校に戻ったんだろ? お兄ちゃん。」
「んと、はい。今年は研究レポートとかやることが一杯増えたらしくて、夏休みまで帰れないって言ってました。」
 何を専門に勉強しているのかは、この場にいる誰も詳しくは知らない。ちよちゃんも事細かには教えてもらっていないのだそうで、長男坊は本人から聞いているやもしれないが、これまた家族たちにはわざわざ話してくれないでいる。
「昔からどこかしっかりしてたもんな。もう先々のこと考えてるなんて、衣音くんらしいよな。」
 まるでたいそう間近な身内のことのように、感慨深げに"うんうん"と頷くルフィであり、何が話題になっているのか不意にどっと笑い声が沸き起こった男衆たちの座の方へ目をやって、
"ま、人それぞれではあるけれど。"
 珍しくも、思ったことを胸の裡
うちでだけ呟く彼である。背丈も体格も面差しも声も、大好きな夫にどんどん似て来る長男坊は、一体どんな将来へと踏み出すのだろうかと、ふと、そんなことを思ってしまった。いつまでも傍に…という訳には行かない。ましてや男の子は、強靭な翼を持っているから。夢とか希望とか、甘い言葉で語るだけでは終わらせないで、ちゃんと将来という"現実"につないでしまうから。
"………。"
 もう十四歳になろうかという子供たち。来年はこの子らも、衣音くんのように"進路"というものを考える年令になる。
「…どした?」
 つと、黙り込んでしまった奥方に、すぐ傍らにいた夫が白磁のぐい飲みを片手に声を掛ける。ほこほこと明るく温かな陽射しと、風もないのに時折はらりと、我慢しきれずその白い欠片
かけらがこぼれ落ちる桜花の天蓋と。皆それぞれに箸を進めながら語らい合っていて、彼の様子には気づいていなかったらしいのに。こんな時にばかり目ざとい夫へ小さく微笑って、
「二人とも大きくなったよね。」
 ぽつりと呟く。誰がとは言わずともそこは通じて、
「ああ、そうだな。」
 ゾロも低い静かな声で応じてくれた。
「去年はバタバタしちゃったけどね。」
 まだ思い出すとちょっぴりほろ苦い、長男坊の反抗期騒動。あれからやっと一年が経つのだねと、それもまたルフィには感慨深い。どんな些細なことでも、何でも話して、何でも報告してくれていたものが、いつの間にやら…自分の意志というものを立ち上げていて、ある意味で"自立への道"を模索していた子供たち。
「静かになったが…」
「なったが?」
「何か考えてるみたいだぞ、ありゃあ。」
「え? そうなのか?」
 意外そうに眸を見張る奥方へ、自分にだけ分かっている"何か"だというくすぐったさへか、それとも…ビックリしている奥方の様子の可愛らしさにか
おいおい"くつくつ"と小さく笑って見せながら、
「坊主も男の子だからな。そのうち、またとんでもないことを言い出すやもしれん。」
 何をどこまで感づいているのやら。ぐい飲みをその大きな手の中でもてあそびながら、余裕からだろう、薄く笑ってそんな思わせ振りを言う夫へ、
「それなら、みおの方だって。」
「んん?」
「今はまだ"お父さんが大好き"な子だけれど、例えば、BFが出来たりとか。そういうのがあるかも知んないよ?」
 つんと澄まして言い返す辺り、本人に自覚があるのかどうかは不明ながら、しっかりと…愛娘に間近い有利な立場をひけらかす"母親"っぽい態度を取っているルフィだ。途端に、
「…そんなもの、まだ早いぞ。」
 あっさり引っ掛かってどこかムキになるゾロだったが、
「何言ってる。もう十四になるんだぞ? それに、夕方の5時より少しでも遅くなったら、必ず誰かを迎えにやってるのはなんでだ? お年頃で危ないからってのも理由の一つだろうが。」
「…うう"。」
 おおお、珍しい。話の内容までは聞こえなかったが、そこは商売柄もあり、顔色で何となく流れのようなものは分かるらしくて、
「奥方がご主人を言い負かすこともあるのねぇ。」
「ええ、たまに。」
 女将さんが眸を丸くし、ツタさんが苦笑して見せた。


 春うらら、春爛漫。次の波乱はそう遠くはないけれど、今はまだ、嵐は遠い。まるで後から後から止めどなく降りしきる雪のように、儚くも凄艶に舞い散る桜の姿も、今はまだ眺めるだけの嵐にすぎない。あとあと懐かしくも鮮やかに思い出せるように、皆で愛でて過ごしましょうよ…。


  〜Fine〜 02.3.18.〜3.19.

  *カウンター19451(行くよ、来い)HIT ゴロ番リクエスト
       らみるサマ『"蜜月〜"でお花見でラブラブvv』


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  *蜜月シリーズではありますが、
   そのまた中の"ロロノア家"でと運ばせていただきました。
   時期的には、例の"息子の反抗期勃発"の翌年ということになります。
   (この2年後に、彼は家を飛び出して海へと漕ぎ出す訳ですね。)
   ほのぼのを目指しましたが…あんまり"ラブラブ"ではないですね。
   うう"、色々と欲張り過ぎたのかなぁ。
   別のお花見の話でラブラブさせてたから、
   意欲が、煩悩が、半減していたのかも。
おいおい
   こんな出来でいかがでしょうか? らみるサマ。

  *えと、唐突ですが妹の名前が決まりました。
   というか、独断で決めました。
   みおちゃんといいます。
   水脈とか澪とかって書いて、航路、水路という意味です、どぞよろしくvv
   (SAMI様も、よろしくね♪/業務連絡vv)
   彼女はルフィからもたまに"姫"なんて呼ばれておりますが、
   海に出ちゃったお兄ちゃんが話題にする時とか、
   まさかそういう呼び方は出来ませんし、
   彼女には必要かもなと思っておりまして。
   前に言ってた"みう"でも良かったのですが、
   なんか某ポケモンみたいだと気がつきまして
   (ミュウというのがいますよね?確か。)
   いつぞやのよしこさんの書き込みから頂戴することとなりました。
   よしこさん、ありがとうございましたvv
   お兄ちゃんの方は、
   こうなったらどこまで呼ばないで行けるかの挑戦です。
おいおい