ロロノア家の人々
     
サクラ、サク  “Tea time”より


          




 時折強く吹きすぎる東風にまかれて、ほろほろと雨のように雪のように花びらが宙を舞う。盛春といえば桜。満開の花が空間を塗り潰して埋める花の闇も見事だが、時期が過ぎ、ほのかな風のそよぎにさえ負けて、はらはらと散る様もまた切なくて。これが春の嵐に煽られようものなら、その情景は潔いばかりに凄艶ですさまじくさえある。


 春である。この小さな村の名物で、外からの見物客も多い"桜のお祭り"も一昨日には終わり、村はいわゆる"平常モード"に立ち戻っている。農耕用の牛や馬が次々に仔を産んで、畑の秋蒔き小麦がそろそろ収穫期で。菜の花とレンゲの絨毯がお目見えしていて、正に"春爛漫"といった日々の来訪。そんな中、今日は中学校の入学式が催される日だ。といっても、村には小学校が一つしかなく、生徒は全員、そこからの持ち上がりなのだが、まま、一ランク上の学生になるというだけでも、それなりに気分も違ってくるというもので。真新しくて格式張った型が少し窮屈な制服を、慣れない様子で着てか着られてか、親御さんと共に門をくぐってやって来るどの顔も、背丈や体格は大きくてもどこか仄かに初々しい。
「本日はご入学おめでとうございます。式の方は10時からとなっております。ご父兄の方には、一階中央の教室に休憩室を設けておりますので…。」
 古びた門の傍らには、枝々の隅々まで見事なまでに花手鞠がほころんでいる桜の木。その下に長テーブルを出して、新入生と保護者の方へのご案内に務めているのは、昨年同じように迎えられた立場だった新二年生の少女たち。各クラスから3人ずつ、数班がかりで受け持っている係だが、中でも一際嫋
たおやかで可憐な少女が一人いて、その彼女が胸にお花を付ける係を受け持っているものだから、来る人来る人、知らずその眸を奪われている様子。背中までかかる長い黒髪は、会釈のたびにしっとりとした重みでさらさらと肩からすべって来て、花蜜の香りがふわりと甘く匂う。撓しなやかな肢体には濃紺のセーラー服がほっそりとよく似合い、何よりその顔容かんばせの愛らしさ。ぱっちりと大きな瞳は、アーモンドのような形のままに黒々とした光をたたえて潤み、小さめでぷっくりと赤ん坊のそれのようなやわらかな唇からは、淑しめやかでお行儀のいい声が流れるように紡ぎ出される。
「きれいな娘さんだねぇ。」
「お母さん、知らなかったの? あの人がロロノアさんトコの。」
「ああ、あの子がロロノアさんチのお嬢さん。噂は前から聞いてたけど、ほお、あの子がねぇ。きれいだねぇ。」
 いくら小さな村だといっても、そうそう皆が皆、村の隅から隅までを知っているというものではなくて。当然のことながら、今日初めてこの娘御を間近に見たという人も少なくはない。だが、話には噂には聞いていたという人たちばかりなところに、田舎ならではの娯楽の少なさ、噂の伝播の素早さを感じたりもする。
(笑)彼女がこの村の"名産品"になる日も近いのかもしれない。おいおい それはさておき。
「お姉ちゃんっvv」
 ぼつぼつとやって来るお客様たちへ、お花を付けてさし上げたり、式次第のプリントをお渡ししたり、控室までの道順をご説明したりと、係の女の子たちはパタパタとよく働いている。そんな場へ、ひょこっとやって来たその途端、ロロノアさんチの姫に大胆にも抱き着いた新入生がいたりして。
「あ、ちよちゃんだ。おはよう。」
「おはようございますvv」
 こちらも大きな瞳をくりくりと元気そうに瞬かせた女の子で、今日から中学生になった久世さんチのお嬢ちゃんである。日頃からもたいそう仲のいい二人で、きゅうっとしがみついて来たのをこちらからも"ハグのお返しっ"と抱き締め返して…傍から見ている分にも何とも微笑ましい図を演じた彼女らだったが、
「あ…と、いけない。ロロノア先輩、おはようございます。」
 すぐ傍らに一緒に来ていた母の目に気づいたらしいちよちゃんが、慌てて居住まいを正してご挨拶をやり直す。武道の道着や部具・防具を扱うお家なためか、武道そのものをたしなんでいるロロノアさんチ以上にお行儀には厳しいのだそうで、
「やだな。いつも通りで良いのに。」
 娘御にしてみれば妹も同然。もっとずっと小さい頃から一緒に遊んで来た仲なのだから、改まった態度を取られる方が、何だか他人行儀で居心地が悪いという顔になる。とはいえど。
「でも。先輩は先輩だもの。お父さんがきちんとしないとダメって。ロロノア先輩、よろしくして下さい。」
 う〜ん。何か変だと感じるのは姫のみならず。Morlin.もなんか馴染めないんですけれど、その呼び方。
(笑)
「じゃあ、学校でだけね? 今日はご入学おめでとうございます。」
 白い手がリボンのついた赤い造花のブローチをちよちゃんの胸元へと飾りつけ、離れかかって、ふと、髪の乱れを撫でて直してやる。白い指先に柔らかな猫っ毛がふわりとまとわりついて来て、何度か撫でるように梳いてやりつつ、
「あ、そうだ。今日のお干
ひる、お花見しながら食べるの。来てね?」
「え? 良いの?」
「うん。ほら、春休みは部活があったからあまり遊べなかったでしょ? 一杯お話ししたいし。私たちは後片付けがあるから、そうね、先に家まで来ていてくれる?」
「えと…。」
 そぉっと母上の方を伺い見たちよちゃんは、少しばかり苦笑しているお母さんが頷いたのを見て"やったーvv"と笑った。
「いつもいつもすみませんね。」
「あ、いえ。お父さ…父も是非にと申しておりましたので。」
 お母様へのご挨拶をし、それでは…という会釈を最後に校舎の方へと向かう二人を見送って、
「今日お花見なんだ。」
 お友達からの声に、姫は微笑って頷いた。
「ええ。でも、二人とも今日は御用があるのでしょう?」
 昨日の始業式の後で、そんな話を聞いていた。そうでなかったら誘うのにという顔をする彼女へ、
「うん。大町までラケット買いに行くの。」
 ちなみに、この二人のお友達はテニス部所属である。ひよこちゃんの方は、泳ぐのも得意な、スポーツ万能少女だ。
「でも、ちょっと残念だな。」
「あら? 何が?」
「だって…ねえ。」
 顔を見合わせあった彼女らが、不意にハッとして、

  「みお。」

「あ、お兄ちゃん。」
 掛けられた声へと振り向いた少女の傍ら、一緒に受け付けを担当していた他のクラスの女生徒たちからまで"キャ〜vv"と、声なき嬌声が沸き上がる。詰め襟の制服を、だがボタンを全て外した全開にしていて、しかも袖は両方腕まくり姿。何とも活発そうな格好をした、緑髪の少年が校舎の方から軽快な足取りで駆けて来たのだ。
「…暑いのならいっそ脱いだら?」
 そんなややこしい着方をしてるよりよっぽど先生から怒られないと思うわよと、妹が手短に伝えれば、
「そうもいかない。どこにやったか忘れちまうからな。」
 兄は快活そうに笑って見せる。彼もまた、今日の入学式の準備の別な部署の担当をしていて、
「教頭先生が、受付が終わったら、机はそのままで良いからプリントの余りとか備品を全部、職員室まで持って来てくれって。それと、ちかちゃんはどこの担当なんだ?」
「えと、体育館で放送の設営を手伝ってると思うけど。放送部だし。」
 それがどうかしたの?と小首を傾げる妹へ、
「今日の紅白のおまんじゅう、ちかちゃんのお家に頼んだんだって。余ったら貰えないかな。」
 前にどこかでお話ししたが、ちかちゃんというお友達、この村で唯一の仕出し屋さんのお嬢さんである。今日のようなお祝い事へのお赤飯やおまんじゅうの大量注文もこなしていらして、
「んもう、食いしんぼ。」
 唇を尖らせる妹へ"あはは…"と笑って手を振り、その場から離れた彼を見送って、
「…どうしたの? 皆。」
 机の端っこに身を寄せ合って、口許へ拳をくっつけ"きゃわきゃわvv"とはしゃいでいる同級生たちの姿へキョトンとする。
「相変わらずかっこいいよね、みおのお兄ちゃん。」
「あ〜あ、今年こそは同じクラスになりたかったのになぁvv」
「あ、それってじゃあ私とは同じクラスじゃなくても良いってこと?」
 何せ双子だ。兄と妹だが同じ学年であり、名簿がややこしいからとクラスはいつだって離されて来た。
「だって。あんなにカッコいいんだよ? 少しでも沢山見ていたいわ。」
「そうそう。同じ班になってお当番とか一緒になったりしたら最高じゃないの。」
 そんな風に説明されて、だが、
「そうかなぁ…。」
 そんな彼の妹であるロロノアさんチの長女殿は、友人たちからのお言葉へ怪訝そうな顔になり、小首を傾げているばかり。何せ相手はずっと小さい頃から当たり前にすぐ傍にいて、喧嘩だって沢山して来たし、その際にはよくある意地悪だってされて来たし。何より…すっかり気を抜いているところの方をこそ、山ほど見ている人物だ。家族なのだから気を許すのは当然のこととて、お腹を出して寝てるところとか、あの結構育った図体で母御に相変わらず甘えているところだとか、etc.…。そんなせいでか、嫌いではないものの…とてもではないが"素敵"とか"かっこいい"とかいう対象には到底当てはめられないのである。訝
いぶかしげに眉を寄せるお嬢ちゃんへ、
「無駄無駄。この子は"お父さんラブ"な子だから。」
「あ・そっか。どんなカッコいい人もお父さんには負けちゃうんだ。」
 こちらもまた、顔を見合わせるようにして"くくくっ"と笑った同級生たちだ。小さい頃から仲良しな彼女らだからこそ重々知っていること。兄上がいまだに母御に甘えているなら、こちらは…いつまでも凛々しい父御にベタ惚れで、近場では門弟のお兄さんたちや、その人気は学校一との評を集める"プリンス"なお兄様でも
(笑)、そして遠くは映画俳優や海の向こうの有名スターであっても。どんな二枚目であろうとも、彼女の無垢できららかな瞳には"単なる男性"としてしか映らない。かっこいいとか素敵とかいう形容詞は、父上様にだけ捧げられて然しかるべきものと、彼女の審美眼はずっとずっと固定されていて久しいのである。
「んもう。ひよこちゃんも らみるちゃんもっ!」
 からかわれていると察してだろう。娘御はついつい小さな拳を振り上げたが、
「ほらほら、新入生が見てますよ? 先輩。」
 後方から来た次の"お客様"を指さす彼女らであり、
「うう"…。」
 覚えてらっしゃいと、みおは少しばかり恨めしそうな顔をして見せたりする。勿論、冗談半分のそれではあるが。お淑
しとやかだとか清楚で上品だとか。周囲からの評がどうであれ、彼女自身は…お友達とはしゃぐのが大好きな、単なる中学生の女の子で、それ以上でもそれ以下でもないのである。


 式が済んでも迎える側にはまだ色々と雑事があって、講堂の後片付けやら掃除やら、最低でも準備した手順の逆だけのお仕事がある。ぎりぎり昼前にはそれらが終わって、
「じゃあね、明日ね。」
 帰り道の村外れ。家々が集まった集落から少しばかり離れたところに所在する屋敷まで帰る、ロロノアさんチの娘御だけが道を分かれる分岐点。いつものことながら、左右に広がる田畑に挟まれた一本道へたった一人で去ってゆく姿は、ついついいつまでも見送ってしまうくらいに何だか名残り惜しくって。
「随分話は戻るけど。」
 離れつつある彼女へと手を振りながら、だが、声はすぐ傍らの同級生へのもの。
「なぁに? らみるちゃん。」
みおのファザコン。あれって、あの子にだけの"問題"じゃないと思わない?」
「…思う。あのお父さんを越えるくらいの人じゃなきゃ、恋人にはなれないんでしょ?」
「お父さんだけじゃないわよ。お兄さんと、それからルフィさん。」
「そうそうvv 素敵よねぇ♪」
「あの、タイプの違う3人をそれぞれ越えなきゃならないんだから、こりゃあ、よほどの男じゃなきゃ無理だわ、うん。」
 ………確かに。その他、門弟さんたちも結構お素敵な男衆揃いだそうだしねぇ。それへも勝たなきゃならないとなると、彼女ってば実は凄まじきまでに"難攻不落の砦"なのかも…。
「…あなた、誰?」
 あ、いやいや、あはははっ。お二人とも、ご出演、ありがとうございますっ! ではまたっ!
こらこら

  *ひよこサマ、らみるサマ、勝手ながらご出演いただき、どうも失礼致しました。


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