ロロノア家の人々
     
笑顔の行方 A  “Tea time”より


          



 その力量を信じてはいたが、破天荒が高じての無鉄砲にはいつもハラハラさせられ通しだった。もしかして…思いもよらなかった同性同士の"恋仲"となったのは、頼もしいところときっちり同じくらいどこか覚束無い、そんな危なっかしいところから眸を離せず、それで惹かれたせいなのかも知れない。お日様のように屈託のない気性が誰からも好かれる反面、どう考えたって筋違いな逆恨みから心底憎まれるような敵も多くて。始まりと終わりの町では処刑台の露とされかけたこともあったし、彼の攻撃性質とはまるで噛み合わない相手との死闘の場に勝手に居残ったのを、歯咬みしながらも断腸の想いで見送ったこともあった。彼を危地に置き去りにして、先へと進むことを余儀なくされたその時、何故だか"置き去られる"のは自分たちの方なような気がしたものだ。何があっても先へ進めと。絶対負けないなら絶対また会えると。簡単な約束じゃないかと強かに笑った彼に置き去られた気がして、それへと"負けるものか"と笑い返したゾロだった。胸の裡
うちをずたずたに引き裂かれながら、だ。まだまだ手の届かない相手だった"鷹の目の男"と戦った自分を、ただじっと見守ってくれた彼なのだ。彼に出来て自分の方が出来なくてどうすると、そう…もしかして立派な"やせ我慢"だったのかもしれないが、それでも歯を食いしばって頑張った。そして、そんな想いを…その後も懲りることなく、幾つも幾つも味わった彼らだった。全く辛くはなかったと言えば微妙に嘘になるが、その苦汁を飲み干すことで同じ高みへ昇ることが出来た二人だったから。信じ合う絆もどんどん太く頑丈に育ったから、結果オーライ、良しとして来た。そして………。


   それほどのことを得るためにしては、さほどの歳月も擁さぬうちに、
   二人の健脚はひょいひょいと高みへと上り詰め、
   気がつけば………それぞれに頂点を極めていた彼らだったのだ。



            ◇


 それからさほどに間をおかず、ひょんな経緯からこの子らが授かって。高みとやらで退屈しているよりも、いっそ新しいことを始めよう…とか思った訳ではなかったが。
(もしもし?) 愛しい海に別れを告げて、陸おかへと上がって幾歳月。その間も、決して…安穏の中にのんべんだらりと過ごして来た訳ではなかった。剣豪としての"世界一"の看板への挑戦者も引きも切らず、また、どうやって突き止めたか、海賊崩れが闇討ち・奇襲に襲い来たことも幾度かあったし。何よりも、自分で自分へ様々に苛酷な叱咤・鍛練を課し、その気魄や気概が鈍らぬよう薄まらぬよう、常に緊張と集中を忘れず怠らず、維持と進化を平行させて保ち続けていたものだった。だが、
"………。"
 それでも…こんな苦々しい緊迫感を覚えたのは久方ぶりだなと感じたゾロだ。信じてはいるのに。今もなお、鍛練を欠かさぬ自分と張り合えるほどに、力も反射も少しも鈍
なまらぬままな、そうということがまずとんでもない彼だと重々知っているのに。あの、すこぶるつきに運の良い彼へは、下手な心配を寄せるなんて無駄なことなのだと重々判っている筈なのに。何故だか落ち着かず、いっそ自慢の刀でここいらの木々をすっかり刈り取ってしまいたい衝動にも駆られたりもして。
"…いかん、いかん。"
 黙々とついて来る子らの健気さを思い出し、自分が真っ先に動揺してどうするかと、沸き上がる憂慮を振り払う。見つけたなら、無鉄砲をまずは叱り飛ばさねばという気構えも新たに…だ。まだ入り口に近い、浅い辺りなせいか、頭上に差し渡された梢の天蓋もさほどの厚みはなく、見上げれば昼近くなりつつある陽射しが万華鏡のような木洩れ陽となって降りそそぐ。額に小手をかざすようにしてそれを見やり、
「大丈夫か? 二人とも。一旦、家へ戻ろうか?」
 幼い子らへと声をかける。すると、
「大丈夫っ。」
「へーきだもんっ。」
 二人とも間髪入れずの良いお返事。ああ、こりゃあ訊き方が悪かったなと、つい苦笑をこぼしたゾロだったが、
「………? 何の音だ?」
 周囲を見回し、眉を顰
ひそめた。風に揺れて梢や草葉の擦れる音や、どこか高みで囀る小鳥の声などが、それは長閑に満ちた木立ちの中。得体の知れない獣の唸る声のような、何とも言えない音がする。
「?」
 子らには聞こえなかったのか、キョトンとすると父をこそ怪訝そうに見上げていたが、
「…あ。」
「何? 変な音。」
 間合いのあるその音の、次の波に乗って届いた唸りに気がついたらしく、娘御は思わず父にしがみつき、坊やは杖の代わりに持っていた長めの枝を、これも道場での習練の成果か、知らず正眼に構えかけている。そんな二人をすぐ間近へと引き寄せて、彼らの背丈に合わせて屈み込み、そのまま手際よく懐ろ深くへ囲い込んだ父上は、だが。
"…ちょっと待てよ。"
 あまりに不意なことだったのと、何にも優先して守らねばならない子供たちの存在から、反射的に警戒して身構えてしまったが、何だか…覚えがある音でもあるような気がすると、遅ればせながら気がついた。動物の唸りのような、そうかと思えば…古くて立て付けの悪い建具の、引きつるような軋みのような。きゅるきゅる、くぐるごくごるるる………という不思議なその音。
「………。」
 こちらは全く正体が判らず、引き寄せられた父の懐ろに包まれるように取り込まれたまま、息を詰めて周囲の様子を見回していた子供たちだったが、

   「…………………………、あ。」

 突然、頭上から父の声が、それも…どこか間の抜けた一声がしたものだから、

   「「???」」

 怪訝そうな顔を頭上へと振り向ける。丁度その後背から降りそそぐ格好になった陽射しの中、逆光になって顔がよく見えない。
「…お父さん?」
 おずおずと声をかけると、
「……………。」
 返事は無くて。だが、引き寄せられたままだった、二人ともが頬をくっつける格好になっていた父の引き締まった胸板が、ふと、ひくひくと大きく震え出した。寒くて怖くてという震え方ではなくって、
「…え?」
 段々と、それが…くつくつと笑っているからだと判って、ますます困惑してしまう。
「お父さん、どうしたの?」
「何が可笑しいの? お父さん。」
 何だか不安そうになって訊くお子たちだが、そうだぞ、はっきりしろ、剣豪。お子たちだけじゃあない、筆者だって皆様だって、訳が判らんぞ。
「…ああ、すまんな。」
 自分一人で納得して、その途端に発作のように襲い来た笑いに取り憑かれたらしい父上だったが、その、なんとも男臭い渋さの滲んだ笑いを何とか押さえつけて、
「わっ」「きゃっ」
 今度は二人を軽々と腕に抱き上げる。どんなに疲れてもどんなに怖くても、抱っこもおんぶもなしだぞと、自分の足で歩き通すことを約束した上で連れて来てくれたのに。それを思ってますます怪訝そうな顔になった二人に構わず、師範殿は颯爽と立ち上がり、そのまま歩き始めた。それも、
「…お父さん。」
 そう、先程彼らを警戒させた、奇妙な音に向かってだ。わしわしと草むらを踏み分け、背の高い父御の額や髪を掠めそうになる枝や梢を右に左にと素早く避けて。随分としっかりした足取りの速足でどんどん突き進んだ父上は、あと少しで腰に結わえた命綱が限界まで来てピンと張りかかろうかという辺りで立ち止まる。そこは少しばかり不思議な空間だった。傍らには、まるで誰かが編み上げたような、細かい枝の絡み合う茂みのトンネルがぽっかりと口を開けている。後で判ったことだったが、それこそが彼らの追って来た"誘拐犯"の取った強引なルートであり、文字通りの"猪突猛進"、力任せの無理からこじ開けられた代物だったらしい。そして、そのトンネルのすぐ手前、くったりと力なく、太い木の幹に凭れるように座り込んでいるのは、

   「あ、お母さんっ。」

 紛れもない彼らの捜し物。何にも替え難い宝物の、無邪気で強い母上だ。ばさばさのボロボロに掻き乱された髪や服のあちこちに、まぶされたように木の葉や小枝をまとわりつけていて、いかにとんでもないルートを付き合わされたのかがよく分かる。ぱたぱたっと駆け寄った子らが両側から抱き着いたが、
「んや?」
 疲れてでもいるのか、反応がとろい。いつもだったら、何はともあれ子供たちには一番に反応し、彼の方から飛びつくような勢いで駆け寄ってくれるのに。今はと言えば、伏せていた瞼こそ上げたものの、身動きひとつしないほどで。
「…ルフィ?」
 こちらもすぐ前の下生えへと膝をつき、ぼんやりとした顔を覗き込んで来る夫へ、
「ゾロか?」
 実に弱々しい様子で顔を上げて見せたのとほぼ同時、

   きゅるきゅる、くぐるごくごるるる………

 先程どこからか風に乗って聞こえて来た、あの音がした。たいそう間近から響いて来たその音は、

   「…腹、減ったよぉ〜〜〜。」

 どうやら母上の腹の虫の悲鳴であったらしい。
(笑) そうと判れば、こちらにも準備はあって、
「はいっ、お母さんっ。」
「こっちもだよっ、沢山食べてっ。」
 子供たち二人が差し出したのは、それぞれが背負っていた…小さめとはいえドッジボールくらいの大きさはあるリュックサックの、大きさそのまま目一杯に入っていた大きな大きなおむすびだ。まずは最初に渡すんだと自分たちで背負っていたご飯。たちまちルフィの眸も輝いて、大きくお口を開けると、まずはぱっくり自分の顔ほどあった1つめの半分ほどを口の中へと収めてしまう。
「ん〜〜〜、んめ〜〜〜っ!」
 ただでさえ大食漢。それが昨日の昼下がりから今の今まで、何も食べられないでいたのだから、これは切なかったことだろう。ぱくぱくと勢いよく食べ出した彼に、
「ゆっくり食べないと喉に詰まっちゃうよ?」
「…っ☆ ん〜〜〜〜っ!」
 言ってる傍からこれである。どんどんと胸を叩く母御の様子にくすくすと笑いながら、お嬢ちゃんがお父さんから渡された水筒からお茶を注いであげていたのだが、
「…え? あ、いやぁっ!!」
 不意に悲鳴を上げると、彼女はそのまま父の胸元へと飛び込んだ。
「え?」
「どうした…、あっ。」
 急なこととて、あんなに嬉しそうで機嫌が良かったものが一体どうしたのかと、彼女が向いていた方を見やれば、母御が凭れていた木の後ろ、少しばかり迫り出した崖のようになった土手の壁に、長々と伸びた何かがいる。いや、何かが"ある"と言った方が適切なのかもしれない。
「これ…。」
 息を飲む彼らの様子に、こちらも当然気がついて、
「んん、ほーだ。ひのひひだ。」
 どうやら"そうだ、イノシシだ"と言いたいルフィらしい。酌み直されたお茶を飲み、
「この崖にな、自分から真っ直ぐ突っ込んで行ってさ。よほどビックリさせちまったんだな、俺。」
 母上はそうと言って2つ目のおむすびにぱくついた。
「でっかいなぁ…。」
 ゾロと坊やの二人は、実物を見るのは今が初めて。猪というと豚の先祖で、育ったものには結構大きいものも居ると聞いてはいたが、それにしたってこれはまた…桁が違う。ルフィが上に乗ったというお嬢ちゃんからの話を聞いた時点で想像していたのが、セントバーナードなぞの大型犬ほどの大きさだったのだが、そんなどころではない。引っ越しセンターの10トン用コンテナトラックくらいはあるのではなかろうかというくらいに
こらこら、まさに山のような怪物である。ぶつかったという崖の方にも被害は出ていて、真ん中が上から下までぱっくりと割れているほどだ。かつての海賊時代に上陸した島・リトルガーデンの恐竜や大きなサイではないのだからして(笑)、剣豪殿も少なからず驚いていて。
「お母さん、怖くなかったの?」
 こちらはもう見るのも嫌だとばかり、母御の胸元へしがみついているお嬢ちゃんが訊くと、
「ん〜、物凄く速くてな。このまま家に帰れなくなったらちょっと困るかなって思ったかな。」
 指先を口元に寄せ、くっついたご飯粒を1つ1つ歯先でこそぐようにしながら、平然として応じて見せる母上だが…物凄く的を外したというか、只者ではない感慨なのではなかろうか、それって。
「ここでやっと止まってな。可哀想なことをしたかなって思いながら、さあどうやって帰りゃいいのか、真っ暗だったから全然判らなくってな。」
 小さな手を伸ばして、髪やお洋服から木の枝の屑や葉っぱを取ってくれるお嬢ちゃんへ、それは眩しく"にこり"と笑いかけ、
「まあ、みおが見てたから、そのうち誰かが迎えに来てくれるだろって、待ってりゃ良いやって思ってさ。後は、腹減ったからずっと寝てた。」
 豪気な人だ、まったくもう。破天荒な冒険を、至ってけろっと語る母上に、子供たちはどこか声もない様子であったが、夫の方は慣れたもの。
「ウロウロしなくなったのは成長だな。ちゃんと"迷子の鉄則"を守った訳だ。」
 猪の傍から戻って来ると、自分が背負っていたデイバッグを降ろし、そこから大きな行李を引っ張り出す。
「ほら、まだ足りないんだろ?」
 蓋を開けると、そちらも大きな握り飯と燻製肉が入った"お弁当"で、
「あのね、お母さん。おウチに帰ったらもっと御馳走が待っているのよ?」
「そうだよ? ツタさんがね、きっとお腹を空かせてらっしゃるだろうからって、沢山支度して待ってますよって。」
 さっそく手をつける母上に、子供たちが口々に報告し、
「そっか、それは楽しみだなぁ。」
 パーティーか何かのような、あっけらかんとした言いようをするものだから、
「その前にたんと叱ってもらうがな。」
 旦那様としては、ついつい水を差すのを忘れない。
「俺たちだけじゃあない。村の人全部、お前を心配して捜し回ってくれてるんだ。」
「あやや。」
 途端に首をすくめて見せる奥方で、
「こんな大猪が村で暴れたら、怪我人も出ただろうし、只事では済まなかったろうさ。それを思ってのことと判ってはいるが、それはそれ、これはこれだからな。」
「………うん。」
 神妙な顔になるのがまた、素直で可愛いなと。実は内心、結構やに下がっている旦那様だったが、こういうことへのポーカーフェイスはそれこそ得意中の大得意。
「さあ、皆に見つかったよって知らせなきゃな。」
 デイバッグの中に入っていたのはお弁当だけではなくって。ごそごそとまさぐった師範殿の大きな手が掴み出したのは、慣れぬ場所に突っ込まれて変形しかかっていた、
「あ、伝電虫だ。」
 それも少し小さめの"最新式携帯型"である。(…どんななんだろうか。)
「村長さんから借りて来た。他で見つかったら一番に知らせてもらわなきゃってことでな。」
 コードでつながった小さなマイクを手に取って、スイッチを入れると小さな雑音が漏れてくる。それを調整して、ご心配をおかけしました、無事に見つかりましたと大本営へのご報告。向こうの周囲にいた人々にも聞こえたのだろう、おおう!という大歓声が聞こえて来た。あと、問題の大猪も仕留めましたからと、お手数でしょうが、ばらして運ぶのに慣れた人を何人かと荷車を寄越してもらえないでしょうかと伝えて連絡は終わり。ほうっと一息ついた父へ、
「あのね、お父さん、このロープ伝ってお迎えに行ってもいい?」
 そんなことを言い出したのは長男坊だ。
「? それは構わないが?」
 父上の腰に結わえられたままのロープ。これを手掛かりに逆上って行けば、勝手に林の出口へと辿り着ける寸法で。だが、折角ようやっと会えた母御なのに、傍に居たくはないのかと怪訝そうな顔をする父へ、
「だって、さ。」
「だって、ね。」
 お子たちは顔を見合わせると、小さく"うふふ"と笑って見せて、
「お母さん、とっても疲れているのでしょう? お父さん。」
「だったら、お父さんに一杯一杯甘えないと、ね?」

   「「……………☆」」

 おおう、これはまたvv
「な…っ、お前ら…っ。//////
 何だか顔を赤くして、口をぱくぱくさせている母上の傍らで、父上が今度はポーカーフェイスを保っていられなくなったらしい。
「ああ、そうだな。お母さん、甘えん坊だからな。」
こちらもにっかりと笑ってそんなことを言い出すものだから、
「ゾロっ☆」
 いつもはどこか淡々としていて、特に子供たちの前ではノロケの一つだって滅多に口にしたことがないくせに。こんな時だけ狡いぞと、ますます真っ赤になった母上に構わず、
「そうだな。じゃあ、ゆっくりで良いからロープを辿ってお迎えに行ってくれるかな?」
「うんっ!」
「はいっ!」
 お子たちと父上とで話はまとまり、小さな兄と妹はしっかり手をつないでロープに沿っての後戻り。さくさくと小さな歩幅で歩いてゆく。そんな背中をじっと見送りながら、
「坊主がな、お母さん怖がってないかって心配してたぞ?」
 すぐ傍らに胡座をかいて座り込み、少しは腹も満たされて目許がとろとろし始めたらしい奥方の、凭れ掛かるクッションの代わりになってやる旦那様で。それが自然な呼吸であるのか、奥方もまた、その頼もしい胸元へぽそんと凭れ込んで小さく欠伸を洩らしつつ、
「優しい子だな。」
 ぽつりと呟いた。腕白でやんちゃな、けれどそれだけではない、なかなか繊細な気遣いも出来る優しい子。大好きな両親や妹、お友達や家族たち。周囲の皆を大事にするところは、仲間を大切にしたルフィの気性をやはり強く引いているのだろうか。
「実際のところはどうなんだ? 怖くはなかったのか?」
 不安になるとこちらの懐ろへ擦り寄っても来る彼なくせに、こういう冒険や向こう見ずが好きな大胆さは相変わらずで。ゾロからの問いかけに、
「おう。ぜってー迎えに来てくれるって思ってたからな。」
 怖いだなんて思いもしなかったと、からから笑ったから、
"強いよなぁ、相変わらず。"
 言葉の端々に"絶対"を口にするのも相変わらず。大人になればなるほどに、絶対なんて大事
おおごとは、自信がついて来なくなるせいか、到底約束なんて出来なくなるというのにと、苦笑半分、そんな奥方を見やりつつ、
"怖いもの、か。"
 ゾロもまた感慨深げな顔になる。腕力だけではなく気力もまた、鍛えて強くなることで怖いものはどんどん減っていった筈なのに。自分の前へと敢然と立ちはだかるものなぞ、久しく居なくなった筈だのに。それでも"怖いもの"が実はある。
"正確には、失くすのが怖いもの、だけれどもな。"
 それ自体を恐ろしいとか苦手だと思うものはずんと減ったが、失うのが怖いものは逆に増えたような気がするのだ。子供たちや奥方、彼らの笑顔と幸せと。それらを守りたいが故の、歯痒い想いや心配はこれからもやっぱりついて回るのだろうなと思うと苦笑が絶えない。
「元気なのは良いことだが、こういうことはもう勘弁な。」
「あはは、おう、気ぃつける。」
 笑い方もどこか力なく、とろとろと眠りかけている愛惜しい温み。すっかり安心して、すっかり凭れ切って、緩んだお顔でくうくうと眠り始める可愛い冒険妻にもう一度の苦笑をし、ゾロもまたそっと眸を伏せる。静かな林の中に満ち満ちた、緑の空気と木葉擦れの音。そして、すぐ傍らから響いてくる小さな寝息に、何だか昔に…破天荒ばかりを繰り返していた海賊だった頃に戻ったような気がして、こぼれて止まない笑みの対処に、困っていた剣豪殿だった。



  〜Fine〜  02.5.30.〜6.1.


  *カウンター 29014番(肉、美味しい) 語呂番リクエスト
    岸本礼二サマ
     『良からぬ輩を相手の戦いに臨むルフィを案じてやきもきするゾロ』

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  *副題『陸とイノシシと私』(おいおい)
   本文冒頭に出てくる"怖い話伝言ゲーム"。
   これのこの対処の仕方ってどこか理屈が変なんですよね、実は。
   ゾロは"お父さんが追い払ってやる"とか言ってますが、
   魔物がくる話じゃあない場合が多い。(死んでしまうとかね。)
   けれど、子供には結構頼もしい言葉でして、
   はい。何を隠そう、これは筆者の実体験でございます。
   言ってくれたのは筆者の父で、
   大きくなってから、なんか理屈がおかしいよなと気づきましたが、
   それでも、子供を相手に"そんな世迷い言…"と馬鹿にせず、
   ちゃんと聞いてくれたのが嬉しかったので"まあ良しか"としておりました。

  *今回、活劇シーンは一個もなしで、肩透かしだったかも知れませんね。
   岸本様、ごめんなさいです。返品も可です。(いや、ホントに。)
   たまにはこういう、内面的なものも書いてみたくなりました。
   それにつけても、直前にupした"アレ"との格差が凄まじい。
(笑) 


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