ロロノア家の人々
     
“お久し振りに…”

 
          



 お山の裾野の小さな小さな農村に、それはそれは仲のいい一家が住まわっておりました。代々この地に続く家ではなく、十年とちょっと前にやって来た、少ぉし風変わりな若夫婦が居着いて馴染んで今に至っているのだが、本当に微笑ましいほど仲睦まじい親子であり、家族そろって村の皆様にも慕われている。上背があって屈強頑健そうな頼もしい父上は、ロロノア=ゾロといって今世随一との誉れも高き、世界一の大剣豪。丹念に丹念に鍛え抜かれ、無駄な肉をすっかりと削ぎ落としたシャープな肢体に、寡黙で凛々しい、それはそれは男らしい横顔。物静かに見えて、だが、一瞬で斬れるような冴えや緊張感が立ち上る、清冽な佇まいを持ったいかにもな武人であり、だのに…優しいところや茶目っ気もあったりするものだから。道場に抱えた沢山の門弟さんたちは、心から尊敬し師事している、素晴らしき師範様。その妻であり、お子たちの母上は、打って変わって朗らかにこやかなモンキィ=D=ルフィという明るい…青年。いやホント、男の子なのに"奥様"であり"お母さん"だった彼であり。とはいえ、繊細とか嫋
たおやかとかいう風情には縁遠く、ちっとも"奥様"ぽくはなかったが。一緒に暮らしてみると、一緒に過ごしてみるとね、すぐに分かる。明るくて闊達で、一緒にいると知らず知らずのうちに沢山の元気を分けてくれる人。怖いものや出来ないこと、ついつい尻込みしちゃうこと。誰にだってあるよね。それを"ダメじゃん"と誹謗せず、さりとて"じゃあ他で頑張ろうね"と諦めさせることもなく。
『それで気が済んでんのか? ホントに』
 諦めるのも切り捨てるのも本人の勝手だけど、ホントにそれで割り切れてるのか?って、真っ向から眸を覗き込んでくれる人。やってみてやっぱりダメでも、それはそれで良いじゃん、全然カッコ悪くなんかない。頑張るんなら手伝いもするさ。そう言って、ぎりぎりの正念場まで後押ししてくれる。普段は際限なくおどけたり、逆に子供たちに助けられてるような失敗も沢山するよな人だけど。何だかね、頼もしくって、皆が大好きになっちゃう不思議な人。……………それと。ここだけの話だけれど、あの"グランドライン"で海賊をしていたそうで。陸に上がるその時には、何と"海賊王"という称号までも持っていたとか。それはここだけの話ですので、口外無用、念のため。



 そんな彼らが、まだ赤ちゃんだった二人の子供を抱えてこの村へとやって来て、今年でもう十四年という歳月が経った。まだ這い這いも出来なかった赤ちゃんたちも、今やすっかり大きくなって。道場で毎日のように父上にしごかれてる坊やは、父上そっくりの鋭角的な面立ちにお母さんに似た屈託のない性格…をしていたものの、実は昨年、ちょこっとした反抗期を迎えてもいて。ご心配なく、今ではすっかり元に戻って、ごたごたしていたその時の陰も残さず、
「ホントはさ、俺、行くのヤなんだけどな。」
「? 何でだ?」
「母さんが一緒に行かないから。」
 思い出したように母上に抱きついて、父親譲りの大きな図体で"ゴロゴロ♪"と甘えるところまで元通りになっちゃったものだから、
『それはそれで痛し痒しだよな。』
 なんて、苦笑って見せたお母様だったりして。片やのお嬢ちゃんはといえば、母上の無邪気で屈託のない愛らしさを、一転、慎ましく育てるとこうも変わるかとその差異に驚くほど、まるで桜の妖精みたいに清楚で端麗。背中まである長い黒髪もつやつやと、ほっそりとしたその姿は、何とも言えぬ品があって臈
ろうたけていて。いたってお淑しとやかな、絵に描いたような"箱入り娘"に育ってしまったその理由ワケは。小さい頃から憧れてやまなかった物静かで素敵な父上に、せめて相応ふさわしい"令嬢"にならねばと、努めてお行儀よくして来たその結果であり。………実は怒らせると母上より怖いというから、後学のためにも一度見ときたいもんである。こらこら
「お父さん、お土産は何が良いですか?」
「何も。見学先で何ひとつ支障も事故もなく、無事に帰ってくればそれで良いさ。」
 朝の陽光が穏やかにあふれる、つややかな板張りの縁側にチョコンと正座したお嬢ちゃんと、座敷の角卓につき新聞を読んでいた作務衣姿の父上との静かな対話のその向こう、
「みお、そろそろ出ないと遅れるぞ。」
 お母さんのお声が飛んで来て、うう…とちょっぴり項垂れる。お兄ちゃんの甘えようほどではないながら、実を言えば彼女もまた、お父さんと離れるのが ちこっと寂しい。桜のお祭りに始まって、瑞々しい緑の鮮やかな衣に着替えた山々が目にも眩しい初夏の頃。ここいらの子たちが揃って通う、すぐ隣町の中学校では、最高学年の子たちを都心の町まで連れてゆく"修学旅行"が催される。人や物品の流れも盛んな"大町"という都会の様子というもの、都会の習慣や生活というものに触れてみましょうという"校外学習"の一環であり、主には町の方に住まう子たちが、卒業した先々で高校に進学したり勤めに出たりする時のためにと設けられた、一種の"予行演習"のようなものだったのだが、交通機関が少しずつ発達した今…日頃の生活の中でもその程度の距離のお出掛けはこなすような時代になったので、単なる"お泊まり遠足"みたいなものと化している。
「それでも、列車では行かないんだって?」
 玄関先、小さめのスポーツバッグを上がり框
かまちに置いて、詰め襟姿の坊やが靴の紐を結んでいる背中を見やりつつ、ルフィが傍にいたツタさんへと訊くと、
「はい。学校が所有している…牽引車っていうんですかね。運転席だけみたいな、そういうディーゼル駆動の車があるんですよ。それでもって、生徒さんたちが乗った"乗り合い"の馬車みたいな車を引いて行くんだそうです。」
 ちなみに、日頃は農作業の荷車を引いたりするのにも貸し出しているそうな。隣"町"ではあってもこちらの村と大して差はない田舎である。で、この"修学旅行"では、それを使って二両ずつ二台を仕立てての道行きとするのだそうで、
「いいなぁ。俺も旅行、行きたいなぁ。」
 むいと、下唇を突き出して…まるで小さな子供みたいな拗ね方をする母上に、
「じゃあサじゃあサ、母さんも行こうよ。」
 お父さんのキリリとした面立ちにそれはよく似たお顔にて、全開の笑顔を"にっこーっ"と見せてくれる坊やにも、今やすっかり慣れたもの。
「あ・の・な。学校の行事にはついてけないだろが。」
 応じながらお鼻の先をピンと指先で弾くお母様であり、その背後から、
「また。お兄ちゃん、昨夜っからずっとそれ言ってる。」
 とたとたと、真っ白な靴下に包まれた小さな足がお廊下を鳴らす音がして。肩越しに振り返ると、こちらも小さなボストンバッグを下げた みおちゃんが出て来たところ。
「どこまで冗談なんだか判らないんだから。」
 ちょっとばかり口許を尖らせて、まるでずっと小さい弟でも窘めるように言ってから。セーラー服の少ぉし重たいプリーツスカート、屈んだ周りへお花みたいに広がりかかった裾を小さな仕草できちんと捌き、こっちはつやつやと磨かれた革の靴を丁寧に履いて。
「じゃあ、お父さん、お母さん、行って来ます。」
 ぴょこりと頭を下げて見せ、にっこり笑ってご挨拶。その後ろでほりほりと頭を掻いていた兄上も、
「えと…じゃあ、明後日には帰るからさ。」
 こういう改まった
ご挨拶が苦手な長男坊。これが後日の"出奔"にも現れるとは…今現在の彼らには、まだ見えてさえいない先でのお話。(笑) もうもう、お兄ちゃんたらと、何か言いたそうな顔になったみおちゃんだったが、良いお天気の表へ向けて、開け放たれた玄関口の向こう、
「み〜おちゃん」
「行きましょうvv
 仲よしさんの ちかちゃんと らみるちゃんが、わざわざ遠回りしてお迎えに来てくれた声がしたものだから、
「あ、ほら。お兄ちゃん、早く早く。」
 どの辺がお淑やかなのか、実は案外ちゃきちゃきしている妹御。もさっとしている兄上の腕を取り、さあさ行きましょ出掛けましょうと、それは勇ましく出掛けて行ってしまった。

   「しっかりしてらっしゃいますよね、お嬢様。」
   「うん。最近のあの子見てると、時々昔の仲間を思い出すんだよね、俺。」

 ツタさんと奥方が言いたい放題しとられますが、その後方では無口な父上が…やや力なく肩を落として見せていた。そうですね、お嬢ちゃんと二日半ほど逢えないんですもんねぇ。
(笑)



 という訳で、今日から明後日の夕刻辺りまで、お子たち二人が不在なロロノアさんチ。
「ふにゃ〜〜〜。」
 茶の間に戻って、角卓の前に へちゃりと座って。開口一番、そんな情けない声を上げるルフィであり、よ〜く磨かれた卓上のつやの中、彼の真ん丸なお顔がくっきりと写っている。
「どうした。」
「だぁってさぁ〜。」
 二人のお子たちはさすがに大きくなっていて、もうあんまり…ルフィと空き地で遊ぶというような構い構われ方はしなくなったものの、それでも家にさえいなくなってしまうというのは少々寂しいらしい。
「原っぱで kinakoちゃんや Pちゃんや Chihiroちゃんが待ってるんじゃないのか?」
 さっきまで読んでいた新聞の束を、窓際に置かれた若竹の文挟みに差し入れて、ゾロが今現在のルフィの小さなお友達の名前を上げれば、(…勝手にすみません。)
「ん〜ん。3人ともタチバナの町に昨日から出掛けてるんだもん。」
 お膳に顎の先を載せ、お行儀悪くも脱力のポーズのままにそんなことを言い返す。
「他の子は?」
「皆で。子供会の桜祭りの踊りをお披露目に行ったんだよ。」
 春先にこの村を埋め尽くす、それは見事な桜を愛でるお祭りにて、神社に奉納されるは稚児姿の子供たちの可憐な踊り。それが新聞で取り上げられて、大きな会館にて他の地方の神事舞いと一緒にご披露することとなったのだそうで。だもんだから尚のこと、退屈でつまらないと言いたい彼であるらしく、身を起こすと尚のこと口許を尖らせて、
「だからさ、ゾロ、俺たちもどっか出掛けようよ。」
 せっかくの良いお天気なんだから。皆して出掛けているんだから。お家に居たって詰まんないから。だから、どっかへ出掛けようよと持ちかけるルフィだったが、
「そうはいかないだろうが。」
 まさに"子供のような"駄々をこねる奥方へ、誰かがお留守番してなきゃいかんのだよと、ご亭主、ちょこっと窘
たしなめモード。それへと"ううう…"とますます唇を尖らせるルフィだったが、
"………。"
 お嬢ちゃんとお揃いで買った花柄のプリントTシャツが、まるきり違和感なく似合っている童顔が何とも…愛らしくて。

  "…これで、取っ組み合いの喧嘩になれば、俺と互角だなんて詐欺だよな。"

 今は滅多にそこまで諍い合うこともないけれど、ここに来る前の海賊だった頃は結構しょっちゅう。ここに来てからも"時々"程度に、

  『分かんねぇこと、言ってんじゃねぇよっ!』
  『何を〜っ! 表へ出ろ、表へっ!』
  『上等だっっ! 白黒はっきりつけてやるっ!』

 睨み合って掴み合いという喧嘩を、幾度かやらかした覚えがある。今でこそ、彼らの母親のごとく、物慣れて貫禄もあって、何でもどんとお任せと構えているツタさんも…いくら何でも当時はまだ慣れていなくって。オロオロしながら二人を見守り、
"いい加減に辞めて下さいませって、ツタさんに悲鳴を上げられて我に返ったんだっけ。"
 何を思い出してか、愉快そうに"くつくつ"と笑ってしまう旦那様へ、

  「???」

 怪訝そうに小首を傾げ、だが、お嬢ちゃんの前でさえ毅然と構えているゾロが、こんな風に、隙だらけの人懐っこい顔を見せるのは今や自分にだけ。それが判っているものだから、

  "…ま・いっかvv"

 可愛い奥方、ようやっと。膨れてたお顔を元のベビーフェイスへと戻したのであった。






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