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お昼ご飯はツタさん特製の山菜おこわと、鮎の塩焼き、ふかふかになるまでゆっくり蒸してから甘辛に煮込んだうずらの大和煮と、寒干し大根のつぼ漬け。
「大町っていったらサ、衣音くんがいるよな。」
大きめのおむすびに握ってあるおこわを、もう5つも平らげたルフィがふと思い出したのが、長男坊の幼なじみの男の子。
「ああ、そういえば。」
ゾロも思い出しつつ、ご飯粒だらけの…指先は自分で咥えて対処している奥方の、お顔の方を手拭いで拭いてやる。今彼が着ている作務衣や道着などを仕立てて下さるお家の御長男で、このお家の坊やと同い年。しかも、剣の修行も一緒に始めた、大の仲良しさんであったのだが、何かしら思うところがあったのか、中学校は大町の大きな学校へと進学したしっかり者。
「向こうで逢ってたりしてvv」
最初の頃は週末や長期休暇には帰って来ていた彼だったが、昨年辺りからは盆と正月くらいしか戻って来なくなっていて。この春先の桜祭りにもとうとう戻っては来なかった。それほどお勉強が大変なんだろなと話していたところでもあり、今回の修学旅行は良い機会だと、向こうで再会しているんじゃなかろうかと思ったルフィらしかったが、
「それはどうかな。」
ゾロは率直なところをつい呟いた。
「? 何で?」
「いや、衣音くんだって三年生だからな。進学に備えての勉強とか、色々と忙しいんじゃないのかな。」
わざわざ都会の専門的な学校へと進学したような子だ。もっと先の進級のことだってちゃんと考えているのかも。その剣の運びや体捌き、落ち着きようなどを、自分んチの坊やと同じくらいの長い間、ずっと見守って来た師範としては、彼の大人びた冷静さや洞察力をもって、先が楽しみだとその人柄を買っているらしい。
「ふ〜ん。」
そういうもんかなと。何となく納得してから、さて。
――― ………。×2
どういうものか、会話が続かない。お茶の間から臨めるは、新緑瑞々しい芝生の萌える中庭と、その向こうの生け垣と。修学旅行の旅立ちにはとっても恵まれた上天気だが、
「………。」
遊び仲間のおチビさんたちが不在のルフィと、こちらもやはり、道場の通いのクラスがお休みになってしまった師範殿。日頃から休みたいサボりたいと思っている訳でなし。毎日をお元気に充実させて過ごしている彼らのような人たちの場合、いきなり平生の予定がなくなると、何をして良いやら、すぐには思いつけないもんならしくって。とはいうものの、この土地に来てからは"寡黙"で通しているゾロはともかく、元気溌剌な奥方まで、話のネタがないというのは…ちと訝おかしいかも。特に言葉にしなくとも通じ合える間柄だから? それは、何かしらへの対処だとか、行動を起こさんとした時の話だ。直面した事態へそれは俊敏な反射で同時に立ち上がり、目と目を見合わせるだけで何でも通じ合える"以心伝心"。同じことを思うのではなく"相手が何を思ったのか"それがあっさり分かって通じ合う、そんな相性。
"そういうのはサ、何かあって働くもんだかんな。"
そうだよね。分かり合ってるから会話や口数が少ないとは限らない。という訳で、
"………。"
夕方になっても晩の御膳に帰って来ないほどの"遠出"をしている子らなのだという現実が、そんなにも堪こたえているルフィなんだろかと、相手の無言へそんな風に感じかかっていた師範殿だったが、
「…なあ、ゾロ。」
「んん?」
食後のお茶を啜りつつ、かかったお声に視線を上げれば。
「…どしたよ。」
向かい合っている旦那様に合わせて居住まいを正し、慣れない"正座"までして見せているルフィであり。何をそんなに仰々しく構えているのやらと、キョトンとしもって湯呑みを卓へと戻したゾロへ、
「あの…さ。」
何か言いかけて、だが。お膝に載っけた両手を見下ろして、何だかもじもじ。
「だから、さ。船に乗ってた時って、暇な昼間は何してた?」
「何って…。」
………そういえば。
ああと思い出したような表情になったゾロへ、ルフィはにんまりと笑って見せ。そしてそのお顔を見やってから。肩から"すぅ〜〜〜っ"と力を抜いて、ゾロもくすんと笑って見せる。"いつも呑気で能天気な船長"で通ってもいたルフィだったが、それでも海の上は刺激と緊張感でいっぱいな世界。魚や魚人族ではない以上、船や足場がなければただ立ってさえいられない場所だったから、油断大敵、一時たりとも目が離せないような、ワクワクの冒険に明け暮れてた毎日だったけれど。その合間の、まるで海の波がふと静まる"凪"のような狭間には。次の冒険を待ち侘びていたルフィの背中を、舳先の羊頭の上に眺めながら。甲板に悠々と身を伸ばし、昼寝三昧という身分でいた自分ではなかったか。
"今より めりはりがはっきりしてたよな。"
今の生活にああほど極端な"静と動"を持ち込まれても大変だが、平凡な日々の中、結構規律正しく過ごしている自分であり、当時に比べれば…これでも格段にお行儀がよくなったルフィであり。
"だからって、どっちかだけをずっと良いとも言えんのだがな。"
あの時は本当にすこぶる楽しかった。毎日がスリルとサスペンスで満たされていて、生きているという手ごたえを、びりびりと肌身に感じられていた。だが、それを言うなら今だって。穏やかな毎日には何とも言えない充実感が満ちているし、大切にしたいものもうんと増えた。それを守らねばならないという責任感と、世に言う"小さな幸せ"の何と貴重なものであるか、その双方をしみじみと味わいながら日々を過ごしている彼で。
「で? それを思い出させて どうしようってんだ?」
既に口利きが少しばかり伝法なものになってるんですけれど、ご亭主。(笑) ちょいと伏し目がちな、どこか悪戯っぽいお顔になって。一足飛びに察してやらず、わざわざ訊いてくるゾロへ、もう気がついてるくせに…と先読み出来ない素直なところが相変わらずな奥方は、
「だからさ。門弟さんたちの練習も今日はお休みってことにして、そうそう、ツタさんたちもお休みにしてもらってサ。俺らだけで、昔みたいに、過ごして…みたい、かなって…。」
最後の方はさすがに照れが出たのか、少しずつ萎んでしまったお声だったが。それでもきっちり言葉を尽くす辺り、よほどのこと"やってみたいよう"と強く思っている証し。子供っぽい"ごっこ遊び"みたいで、良い大人がすることではないのかも。子育てをくぐり抜けたせいだろうか、そんな分別があるらしいルフィであることへ、やわらかく目許を細めて見せてから、
「…よっし、判った。」
ご亭主、お膝をポンと叩いて。耳まで赤い奥方ににんまり笑って見せたのだった、
◇
この村へとやって来たその時に着ていた装束は、そのままツタさんがキチンとしまっておいてくれてあり、
「…あ、そうそう。これだvv」
今、あらためて手の上で広げてみると、デニムのズボンでさえ あちこち随分と擦り切れていて。こんなぺらんとしたもの一枚という何とも頼りない装備のみにて、灼熱の海や極寒の雪国、突風吹きすさぶ嵐の中を航海し、凶悪な刃が降りかかる修羅場や炎群ほむら広がる戦場なんぞを駆け回っていた訳だから。
「…う〜ん。」
いかに無鉄砲な自分たちだったのかを、今更ながら思い知らされる。
「お召しになられますか?」
何となく感慨に耽ってしまっているルフィに、ツタさんがこちらも楽しげな声をかけてきて、
「おうっ、着ちゃうぞ。」
不必要なくらいお元気な"ガッツポーズ"で応じるルフィ。新しいごっこ遊び。そういうのが実は大好きなところは全然変わっていない無邪気な船長。景気よくシャツやズボンを脱ぎ散らかしての、いたって賑やかなお着替えに入った。その一方で、
"…ったく。"
それに付き合わされた…こちらも相変わらず奥方の言うことには逆らえない、お優しい旦那様ですことと、ツタさんが内心で笑ってしまったらしき、元・海賊狩りの大剣豪さんの方は。さすがにツタさんたちの見ている前でというのは憚られたらしくって。隣りの間にて自分でちゃっちゃと着替えを終えると、襖をからりと開けて出て来たのだが、
「おおーーーっ。凄げぇっ! ゾロ、全然変わってねぇじゃんかっ!」
これもやはりきちんとしまってあった、サッシュ代わりの腹巻きに、鞘の提げ緒ごと通した三本の和刀。その柄の部分に片腕半ば、肘を軽く引っ掛けるようにして載せた、すらりとした立ち姿が何ともお懐かしくて。それでついつい頓狂な声を上げてしまったルフィへと、
"年食った証しに、腹の一つも出ていてほしかったんだろか。"
照れ隠しなのかどうなのか、ややこしいことを内心でぶつぶつと呟いた旦那様だったが、ルフィがついつい手放しで感動したのも無理はない。最近の彼の普段着である作務衣や道着、紬の単衣などだと、どうしたって。体の線が…どこかしら隠れるというか、着物の裁ち線や重ねに補正されてしまっていたのだが。あの懐かしい薄手のTシャツにワークパンツという恰好だと。すっきりした顎やおとがいの線の下、不思議な色香があるほど引き締まった首条から続く鎖骨の合わせや、がっちりした肩の厚さも背中の雄々しさ、黒バンダナを巻いた逞しい二の腕も、シャツを押し上げる隆として豪快な胸板も。堅いくらいに引き絞られて強靭な腹や腰、実は随分と腰の位置が高いんですよ…な長い脚も。もう十年以上も経っているとは到底思えないくらいに、張りも頑強さも変わらずにいることがすぐにも知れる。しかも。全てがバランスよくカッコいいままでないと、こうまで映えないんだよ…という服装だったことが、今頃になってよく判る。
"クソー、かっちょい〜じゃんかvv"
深色をたたえて鋭く切れ上がった双眸や、不敵そうな笑みが似合う口許で構成されてる男臭い顔容(かんばせ)も、何故かしらいつも以上に若々しく引き立って。こんな"イイ男"なままだなんて、同じ男としてはいっそ口惜しいくらいで。だがだが、それを言うなら、
"…その服ってそんな"つんつるてん"だったか?"
細っこい腕や脛、小さな肩に薄い胸元。不揃いな後ろ髪の裾から覗く、意外に白かったうなじなどなど。体のほとんどの肌をもろに露出して、にっぱりと…まるきり変わらない"お日様スマイル"でいる奥方の様子に、ゾロはゾロでちょいとばかり"ギョッ"としていたりするのであり。
"あの迫力までは出てないが。"
大切な仲間や友達の、誇りや懸命さを愚弄されたり踏みにじられた時に彼が放つお怒りのオーラ。この自分が底冷えがするほどの威圧を覚えたくらいの、それは凄まじい代物であったのだが…こんな何でもない時にそんなもん放ってどうしますか、旦那。そういう物騒なものは置いとくとして、
「へへへvv」
何だか妙に嬉しくて、ついつい"にししvv"なんて、擽ったそうに笑ったルフィに、こちらもついつい、後ろ頭を こりこりと掻いてしまった、何だか妙に初心うぶなご夫婦であったりした。
***
『それでは、ごゆっくりお過ごし下さいませ。』
夕ごはんはもう準備してありますから、温め直してお召し上がりくださいましね、明日の朝、お伺いしますからと、それぞれのお家へと帰っていったツタさんとお手伝いさんをちょっと風変わりな恰好で見送って、さて。
「う〜ん。」
着るものが変わったからと言って、さあ何かしようかという目的があった訳でもなし。久し振りのお互いの懐かしい姿に はしゃいだのもしばしの間、
「これからどうすんだよ。」
刀は外して傍らの座敷の畳の上に並べ、縁側廊下の板の間に腰を下ろし、ここ最近は正座か、崩しても胡座止まりな長い御々脚おみあしを、珍しくも前へと投げ出すようにして座っている師範殿へ、
「別に。」
庭先に立っていたルフィはけろりと応じた。
「…はあ?」
「何も考えてねぇもん。」
くるりと振り向き、庭履きを蹴るように飛ばし脱ぐと、縁側の板張りを膝と手のひらでばたばたと這って来て。顔と顔、突き合わせて"ふふん"と…何故だか偉そうに笑って見せ、
「だからさ、船に乗ってた頃のまんまじゃん。」
「まんまって…。」
「することが無かったら、ゾロは何してた?」
「そりゃあ…。」
波に揺られて上下する、ちっとも静止してなんかいない躍動的な甲板にて、お日様の光を目一杯浴びて、
「…昼寝してたかな。」
「だろ?」
にんまり笑って、そのまま"ぱふん"と懐ろへ凭れ込んでくる小さな温もり。
「ルフィ?」
陽のあるうちのこんな時間帯に、しかも…自宅の敷地内とはいえ、こうまで外へと開けた場所で、枝垂しなだれかかって来るだなんて滅多にないこと。ちょいと焦った師範殿へ、その懐ろから"にししvv"と笑いかけ、
「な? ぐーたらな海賊に戻ろうよVvv」
本物だった彼らには"真似事"なのが当然物足らないけれど。つやつやした縁側の板張りは、懐かしいキャラベルの甲板に比べると随分お上品で居心地がよすぎるけれど。それを言うなら自分たちだって、あの頃ほど乱暴な環境に果たしてすぐさま順応出来るものかどうか。何かしら楽しい企みごとででもあるかのように、くふふと楽しげに笑う奥方の無邪気さに引き込まれ、
"…ま・いっか。"
いつだって背条をぴんと伸ばして、どうかすると昔よりきりりと緊迫感のある日々を送っている師範殿だが。それも言ってみりゃあ…この奥方から"師範として父親としての威厳を保て"だなんて、キツくキツく言い渡されたから。その御本人がご所望していることなのだから、自堕落なライオンに戻っても良いのかも。そしてそして、そんなことを思う旦那様の懐ろの中、
"うくく、久し振りだよんvv"
日向の匂いがする旦那様の懐ろに、お昼間の明るいうちからもぐり込んでのお昼寝は、もう十年振りくらいの久々で。頼もしい胸板へ丸ぁるいおでこを擦りつけ、うっとり にまにま、ご機嫌さんな奥方であったりした。庭先ではアジサイの茂みが花の玉を幾つも覗かせていて、気のせいか今年は赤味がかった花が多いような。とにもかくにも……………やってなさい。(笑)
おまけ 
さて2日後の夕刻頃に、お子たちは無事にお元気に帰宅をし。だがだが、
「あのね、お父さん、お母さん。」
みおちゃんがちょこっと怒りつつ、お茶の間にいたゾロやルフィに1通の封書を手渡した。引率担当だった教諭の名前があり、
「お兄ちゃんたら、大町で大喧嘩したのよ?」
「…喧嘩?」
彼女が差し出したのは、どうやらその1件に関する経過の報告書であるらしい。
「衣音くんと向こうで逢って。そいで、何があったのかは私も詳しくは知らないんだけど。何だか物凄い人数の高校生相手に大喧嘩になっちゃったって。」
ぷんと怒っている彼女の後ろ、喧嘩をしたご本人は小さく舌を出して笑っている様子から察するに、
「楽勝だったらしいな♪」
「うんっ!」
ルフィの掛けた気安い声へ、おうっとばかりの元気な勢いで応じたくらいだ。怪我だの何だの、引き摺っては来なかったらしいが、
「お母さんっ!」
喜んでどうするのっと、鋭い叱咤が飛んで来て、
「あやや…。」
母上までもが"面目次第もございません"とばかりに首を竦めてしまったり。(笑) そんなルフィの、もうもう元の普段着姿に戻っているTシャツの肘辺り。少し大きめの絆創膏が貼られてあるのに気づいたのが、こちらはおサスガ、坊やの方で。
「それ。どうしたの?」
出掛けた日にはなかったよと、自分の大喧嘩はどうでもよくても、そちらには殊更に案じるような顔になる。んん?と小首を傾げてから、指摘された肘をひょいっと持ち上げたルフィは、
「ああ、これな。ゾロと喧嘩した。」
「何だってっ!」
いきなり片膝立てて、いきり立ったのがやっぱり坊やで、そんな様子へ"おいおい"と、自分の額を大きな手のひらで覆ったのが当の父上。
「正しくは、
俺とルフィとで立ち向かったっていう喧嘩をしていて擦りむいたんだよ。」
「………☆」
そん時の相手たちなら、派出所に放り込んであるから、何なら見て来いと言う父上で。実はお家の方でまで、すっとんぱったんと喧嘩もどきな"大捕り物"をしていたらしいとは。
「…ウチの男たちって、ホント、血の気が多いと思いません?」
後日、ツタさんへしみじみと呟いたお嬢ちゃんだったとか。確かに大変ですよね、こういうお家って。(笑)
〜Fine〜 03.6.22.〜6.23.
*カウンター89、000hit リクエスト
Chihiro様『ロロノア家シリーズで、久し振りの二人きり』
*正確には、
『父の日の出来事、
若しくはお子たちが修学旅行で久し振りの二人きり』
とゆことで、こういうお話になりました。
こちらは2ヶ月振りなんで楽しゅうございましたvv
それにしても…。
蒼夏の螺旋といい、ぱぴぃルフィといい、そしてこのお話といい、
妙に"新婚さん設定"が多いサイトです。(笑)
*そして…ちょこっと“おまけ”があったりしますvv
いつものように、大人じゃなきゃ読んじゃあダメですよ?
ではでは、いってらっしゃいませvv (ヒントは…恋は水色vv/おいおい)
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