ロロノア家の人々
     
はじめてのおつかい A  “Tea time”より



          



 確かに、そんなに難しいお使いではない。道だって一本道だし、大人たちと何度も歩いたことがあったルート。買うものは一つで、お祭りの屋台用だから大きくはあるが、それでも、先の春から道場で暴れん坊さんぶりを発揮している坊やには、我慢出来ない重さではない。良いお天気の中、ほてほてと歩いて歩いて。途中で後から来た知り合いのおじさんと一緒になって、タチバナの街まで一緒に向かってお店も教えてもらったから、往路は結構順調に片付いた。随分歩いたので疲れたなと、公園で早めのお弁当を広げてちょっとずつを食べて。さあ早く帰ろう、お母さんやツタさんが待ってるからと、町を出たのが丁度お昼頃。………ところが。帰りはなかなか旅程が進まない。そこはやはり子供で、歩くだけなのに飽きたのと、疲れたのと。それからそれから…ちょっぴり心細くなって来た。お母さんもお父さんも此処にはいない。村にいる時は姿が見えなくても平気なのにね。きっと、ちょっとだけ走っておウチに帰ればすぐに会えるからだね。こんなに遠くに離れ離れになったの初めてだから、それがちょっぴり寂しくて辛い。呼んでも聞こえないんだって思うと怖い。それでも。そんなの気にしないって頑張って歩き続けた坊やとみおちゃんだったのだけれど。
『………あっ。』
 道に溝のように穿たれた深い轍。そこに足を取られて転んだその拍子、とうとうお嬢ちゃんが駄々を捏ねた。もう歩きたくないと座り込んで動かなくなってしまった。

   …という流れを経て、今回のお話の冒頭に至るという訳で。

「………うう"。」
 疲れたのと寂しいのと心細いのと。もうもうどれが一番嫌なのかも判らなくなった。風は冷たいし、甘えられる大人がいない。どこまで行ってもおウチが見えない。何もかも気に入らなくて、何もかも投げ出したくて、うぐうぐと愚図るみおちゃんに、
「…じゃあ、休もっか。」
 坊やはそう言って、すぐ傍らの路肩に同じように座り込む。そうして、
「みお、お兄ちゃんの膝に座んな。」
 ぽんぽんと。薄く綿の入ったおズボンの、クマさんのアップリケがついたお膝を叩いて見せた。
「お尻が冷たいだろ? おいで。」
「うん。」
 色違いでお揃いのコートにおズボン。お兄ちゃんの方は寒色の紺や青なので同じくらいに見えるのだが、実はほんのちょこっと体つきも大きくて。さすがに抱っこまでは出来ないが、このくらいなら面倒も見てやれる。
「お手々は? 寒くないか?」
「うっと、つめたいお。」
 手袋を嵌めてはいるが、それでも冷たいと甘えかかるのへ、どらと自分の手で擦ってやる。お父さんやお母さんみたいにはいかないが、それでもごしごし、あまりきつくはない程度に世話を焼いてやると、
「…お兄ちゃん。」
「ん?」
 みおちゃんが顔を上げて、ニコッて笑った。
「お父さんみたいね。」
「そか?」
「うんっ♪」
 みおちゃんにとっての"お父さん"は何物にも替え難い一番な存在。それに匹敵するというのは、それ以上はない賛辞であり、お母さんによく似た愛らしいお顔がほころぶのを間近に見るに至っては、
「そか。」
 坊やも何だか満更ではないと、小さく小さく笑って見せる。いつまでもこんな吹きっさらしに座ってもいられないが、少し休んだらまた歩きだそうかいと、坊やもやっとこ、肩から力を抜いた模様。
「喉、渇いてないか?」
「渇いてないよ。」
「そか。」
 何とも拙いやり取りだが、本人たちは大真面目だ。自分よりか弱い妹が愛しいし、自分より責任感のあるお兄ちゃんが頼もしい。時折ひゅうぅと音を立てて吹き抜けて行く北風に身を縮めるみおちゃんを、何とか庇おうと頑張って肩やら胸元やら広げてみていたお兄ちゃんが、
「………あれ?」
 どこかから何か声がしたような気がして、辺りをキョロキョロと見回した。相変わらずに…殺風景なくらい何にもない、田圃ばかりの風景の中。見渡す限りのどこにも、何かしら動くものは見えないのだが、
「? お兄ちゃん?」
「みお、立っちできるか?」
 どうしたのか言ってくれないのが少々不審だったが、うんと頷いてうんせうんせと立ち上がる。コートで着膨れした体は動かしにくい。そいでも何とか立ち上がると、お兄ちゃんも続いて立った。そして、
「いーか、はしるぞ。」
「え?」
 言ったが早いか、みおちゃんの手を掴んで走り出す。
「お兄ちゃん?」
 何がなんだか判らないまま、幼い走り方でパタパタと必死について行くのだが、普段から駆け回っている坊やと、最近は大人しめの遊びしかしていないお嬢ちゃんとでは足の速さも違うようで、
「あっ、やっ。こけるよう。」
 引っ張られることで日頃にない速さで無理から走っているのが怖くなる。急な坂道を転げ落ちてくあの感覚。失速すれすれの速さが、とうとうお嬢ちゃんの足を追い抜いて、その足元をすっころばした。
「やっ!」
 どさーっと勢いよく前のめりに転んで"ふやぁ〜"とお顔が引き歪む。さっきまであんな優しかったお兄ちゃんだったのに。泣きそうなお顔を上げたその時だ。

   「…え?」

 二人の小さな体をやすやすと覆い包むほどの、大きな大きな陰が空から降って来た。黒い風呂敷がかぶさるみたいに、地べたが"うわっ"て黒くなって。

   「やっ!」

 何かがコートの背中をぐいって上へ引っ張り上げた。お洋服だけを掴んで、だのに楽々と足が浮くほど吊り上げられた。それが"何か"じゃない、誰かだと気がついたのは、自分よりも低くなったお兄ちゃんが、
「離せよっ!」
 こっちに向かって掴みかかって来たからだ。誰かに猫の子みたいにぶら下げられた妹を助けたくて、その手を離せと向かって来る。だが、
「暴れんなよ、坊主。お前も捕まえてやるからよ。」
 がらがらと野太い声が真後ろから聞こえた。そのまま"ぶん"って振り回されて、視界の中、丸太みたいに太い腕が前へと伸ばされる。お兄ちゃんを捕まえる気なんだ。
「逃げ回ったって無駄だ。逃げようとしたのは一丁前だったがな、そんでも追いつけたろう? 俺はな足が自慢なんだ。お前みたいな子供なんざ、すぐに捕まえられるのさ。」
 こっちから視線を離さずに、けれど捕まらないように、後ずさりで身を躱す。生来の素早さに加え、道場で本格的な身のこなしを習い始めている勘が働いて、なかなか捕まらない。それに業を煮やしたか、
「生意気な小僧だな。」
 男は動きを止めると忌ま忌ましげに舌打ちをした。そうして、まじまじと坊やのお顔を見やっていたが。ふと。
「………はて。どっかで見たぞ、坊主のその顔。」
 まだ丸みの強い、いかにも子供という顔の中、きつく吊り上がった鋭い眸は灰がかった明るい緑色。猛烈に怒っているため、尚の鋭さを帯びた面差しに、こちらもやはり淡い緑の短い髪。
「おかしいな。お前みたいなチビさんに、他で会った覚えはないんだが。」
 初めて来た土地の道すがら。あまりにも無防備な身なりのいい子供たち。この道は先に小さな田舎びた村があるだけだと聞いたから、今出て来た町かそれともそっちの村か、どっちかに裕福な家を構えた屋敷の子供だろうと踏み、掻っ攫って身代金でも稼ごうかと構えたのであったが、
「………。」
 利かん気そうな顔立ちの、なかなか堂に入ったガンつけをして来る坊やのお顔が、何だかどこかで見たような。
「みおを離せよっ!」
 優に3倍以上は体格の違う、恐持てたっぷりなアウトローのこちらをまるきり怖がりもせず、むんと仁王立ちになって睨み返して来る勇ましさにも、尋常な子供にはない強かさを感じて。
"怖い者知らずが。よほど甘やかされてる坊っちゃんだってか?"
 思い出せないものは忘れて明るい未来の方へ頭を切り替え、にんまり笑った無法の男。
「いいかげん、言うことを聞きな。大人しく捕まらねぇと…。」
 高飛車に言い放ったその言葉尻、

   「捕まらねぇと?」

 張りのある声がそっくり繰り返した。目の前に立つ坊やの声ではないし、第一、方向が違う。
「あん?」
 どっからした声だ?と。顔を上げたその瞬間、
「ゴムゴムの、ピストルっ!」
 だあぁんっっ、と。思い切りの拳が、しかもどこからか見えないほどの速さで飛んで来て、男の顔を真正面から捉えている。
「っ、はがっ!」
 背後へ倒れ込みかかった男の動きに釣り込まれて、片手だけで掴んでいたお嬢ちゃんの体がぶんと宙に振られかけたが、
「おっと。」
 ひょ〜いっと。中空高く飛び上がって、大切な姫を腕の中に引き取ったのは、

   「お母さんっ!」
   「よっ。お待たせっvv」

 みおちゃんを両腕でくるむように抱きかかえ、そのまま"とん"っと足音も軽く地上に降り立った彼らのお母さんは。それが祭りの準備のユニフォームなのか、茶褐色の厚手のワークパンツにトレーナーという姿の上、刺し子半纏をコート代わりに羽織ったなかなか勇ましいいで立ちで。
「タコは? 買えたか?」
 ………おいおい、お母さん。最初に聞くのがそれかい。
「ここだよ。お店で一番おっきいの5つも買った。」
 坊やがデイバッグの肩紐を小さな手のひらでぱしぱしと叩いて見せたのへ、
「おお、それは上出来。重たかったろう。」
 お嬢ちゃんをお姫様抱っこで抱えたまま、実に無造作な足取りで坊やの方へ歩み寄る。だが、
「貴様〜っ!」
 そりゃあもう遠いところから"飛んで来た"お母さんだったのだから、その"ゴムゴムのピストル"には結構な力が乗ってた筈なのだが、相手の面の皮も相当に厚かったか、意識はまだあったらしい。何とか起き上がり、邪魔だてしてくれた小柄な人物に掴み掛かろうとしたものの、

   「………何をしようって言うのかな? 賞金稼ぎのゴリィとやら。」

 北風がぬるく感じるほどの。きんと冴えて恐ろしい、いわゆる"殺気"というのを真正面から向けられた。一体いつの間に、どこから割り込んだのやら。坊やに気安く歩み寄る刺し子半纏の小さな背中と自分とのその間、すらりと背の高い男が一人、斜
はすに構えて立ち塞がっている。こちらも同じような刺し子半纏に、作業用だろう、腿や腰回りにまちのあるポケットのついた漆黒のワークパンツと白地のシャツに腹巻きという、いかにも鳶職人のようないで立ちだが、
「…ちょ、ちょっと待て。」
 眉間に深いしわを寄せ、そのまま斬りつけて来るような鋭い眼差しは、その筋で"龍眼"と呼ばれるほど、生気と力のこもった恐ろしげなもの。鋭角的な面差しは、先程子供だてらに睨みつけて来た坊やのそれに途轍もなく似通っていて、
"…緑の髪に翡翠の眸。耳には三連の棒ピアスをしていて、体格はすこぶる良し。"
 この寒いのに、前の合わせを全開にした寒そうな恰好。だがだが、それがために…すっきり引き締まったおとがいから首、シャツを押し上げる胸板の隆起や締まった腹、腰などが、これでもかと視野に収まる。それに…、
"は、腹巻きに、白鞘の日本刀だとぉ〜〜〜っ。"
 賞金稼ぎたちの世界での、所謂"伝説の人物"というのは数多あるが、世界一の大剣豪でありながら海の世界から足を洗い、陸
おかへと上がった大海賊。麦ワラのルフィ海賊団の副長・ロロノア=ゾロといえば、最初の賞金6000万ベリー以降、その名の広がりと共にぐんぐんと額を上げ、同時に敵無しとなっていった死神のような男である…と聞いている。
「あ、ということは…。」
 あの坊やに見覚えがあった筈だ。一流どころならいざ知らず、相手を選んでしか仕事をしない自分のようなランクの賞金稼ぎは絶対に近づいては行けないレベルの男。そんな彼の息子だったとは…。


   "えらいもんに手ぇ出しちまったぁ〜〜〜っっ!"

    まったくである。
(笑)


「さあて。どうやってカタぁつけてもらうかな。」
「ひぃえぇぇ〜〜〜っっ!」

    初春早々、ご愁傷様。(…ち〜ん。)










            ◇


「お母さん、俺、ちゃんと…。」
 みおちゃんを抱っこしたまま、んん?とお顔を覗き込んでくれるお母さん。暖かくて甘い、良い匂いのするお母さん。おでこがくっつくくらい"すりすり"ってお顔を寄せてくれたから、何だかお鼻の奥がつんってして来た。凍ってた何かが溶けて来たみたいに、堅くなってて感じ方が鈍くなってたところがほぐれたみたいに、ふわ〜って蕩けて力が抜けて。そしたら急に目の奥もひりひりして来て。
「…あのね、俺ね、行く時にちかちゃんトコのおじさんが一緒についてってくれて、嬉しかったの。」
 往路でご一緒したのは、仕出し屋さんのおじさんだったらしい。
「でもね、一人じゃないのに、みおもいるのに、これ以上誰かに助けてもらったら、衣音に負けるって思った。だから、帰りはね、知ってる人に会わないうちにって帰ろうとしたの。」
 おやおや、そんな気持ちでいたんですか。だんだん、何だか泣きそうな声になってきて。でも一生懸命、お話ししようとする坊やで。
「みおも頑張ったよ? だけど、もっと休んでいかなきゃいけなかったのに、俺が無理言ったから かわいそだったの。」
 とうとう涙がぽろっとこぼれて。ルフィは間近になった坊やの頬を、自分の頬ですりすりと擦ってやる。
「そか。それでもちゃんとみおの面倒、見てやったんだな。向こうから見えてたぞ。」
 これでも元・海賊、視力は凄まじいほどにいい。疲れたと愚図っていたのだろう小さな妹をお膝に乗せて、お手々を擦ってやっていた。見えるだけでまだ距離があったのがもどかしかったルフィであり、あのけしからん男がつかみ掛かろうとしたのに気づいた時は、正直、頭の中で何本か切れたと思う。地団駄を踏んで困らせるでなし、お兄ちゃんに素直に甘えていたみおといい、本当に誇らしい子供たちだ。…と、そこへ、
「野ざらしにしとくと他の通行人に迷惑だろうからな。」
 どこから出したか、恐らくは…迷子になっていた場合の自分たち用の命綱にと持って来たらしい荒縄で、天誅を加えて伸した不届きな男をぐるぐる巻きにし、新巻き鮭のように引き摺ってきたゾロであり、
「お父さんっvv」
 ルフィの腕からお嬢ちゃんを引き取って、それで空いた懐ろへルフィが坊やを抱え上げたのをキリに、それじゃあ参りますかと歩みを運ぶ。
「あ、と。こっちで良いんだよな。」
「合ってるよ? ちかちゃんのおじちゃんが言ってた。アケボノってゆうのは朝のお日様のことだよって。だから朝のうちはお日様に向かって、お昼を過ぎたらね、お日様を後ろにして帰って来れば良いって。」
 負うた子に教えられて浅瀬を渡るという言葉がありますが…どっちから来たかくらいは覚えててほしいもんである。
(笑) 小さなお子たちの冒険は、ちょっぴりドキドキしたおまけつきで、今やっとその幕を下ろしたのであった。



   ――― それにしても。
       こうまで常識外れの親御に育てられて、
       よくもまあ、割と普通なお子たちに育ったもんである。
(笑)







   〜Fine〜  03.1.12.〜1.13.


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      真珠サマ『ロロノア家の設定で"初めてのおつかい"』



   *す、すいません。
    ここんチのお子たちってどんな"お使い"をするのか、
    なかなか思いつけませんで。
    書き始めたはいいけれど、どんな苦難が出たものかにも良いネタが出ず。
    結局、ご両親が主役みたいなお話になってしまいました。
    過保護だよな、相変わらず。(特に父。/笑)

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