ロロノア家の人々
     
はじめてのおつかい  “Tea time”より


          


 木枯らしだろうか、薄氷を思わせる冷たい風が時々ぴゅうと吹く。人通りのない田舎道。両側に果てしがないようなくらい広々と広がるのは、すっかりと刈り取られた稲株にぽそぽそ伸びかかってた草が、それも今は冬枯れしてへたれた、春待ち顔の田圃跡。その縁のちょっと高台、畦道よりは広くてしっかりした道の、日頃から行き交う荷車の轍の跡だろう、そのまま真っ直ぐ次の集落まで道の上に刻まれ続けているらしき溝につまずいて。その拍子には泣き出さなかった小さな妹が、だがだが拗ねたようにその場にへたり込んでから、もうどのくらいになるのだろうか。いつもなら、やさしいツタさんが、
『あらあら、どうしましたか?』
 そんな声をかけてくれるのに。そして、それに気づいて、パタパタって元気よく傍まで駆け寄って来たお母さんが、
『どした? もう元気出ないんか?』
 ちょっとからかうように、にこにことお元気な笑顔が話しかけてくれるのに。そして、そんな二人の向こう側で、
『………。』
 駆け寄って来てもくれないし、わざわざ声をかけてもくれないけれど、小さく笑ってじっと見ててくれてるお父さんが、いつもならちゃんと居るのに…。

   「みお。そろそろ、立っちしな。ゆくよ?」
   「やっ。みお、もうやだっ。」

 可愛らしいコートを着た身を捩るようにしてかぶりをふって、ふかふかのほっぺを真ん丸に膨らませていたのはさっきまで。何だかもうもう、ぐったりと疲れて疲れて。何をどうしたいのかも判らないというお顔になって、大きな目許にはじわじわと涙。とうとうお鼻をぐすんと言わせる小さな妹に、こちらもやっぱりまだまだ小さなお兄ちゃんも、途方に暮れたようなお顔になっていた。


            ◇


 切っ掛けは他愛のないことだったのだ。屋敷の前庭、今風に言うところの"ロータリー"。馬車や荷車、お客様が仕立てた人力車などが玄関まで乗りつけられるような広い空間の傍らに、衝立
ついたてのように植わった錦木の列とは別に、大人の背丈ほどの木立ちがちょろっとあって。何度叱られてもそこに上って遊びたがるものだから、もうすっかりと子供たちのジャングルジムと化している。その日もいつものように、木の股にまたがったり枝にぶら下がったりながら、
『え? 衣音、もう"おつかい"できるのか?』
 語らい合っていたのは、双子の子供たちと同い年のお友達。黒々とした髪が綺麗な、しっかり者と評判の、道着・装具お誂えどころの衣音くんだ。特に自慢げな様子でもないまま"こくり"と頷いて、
『タチバナの町まで、籠手
こてと竹片の型紙、取りに行った。』
 衣音くんのおウチには、1つ下の妹・ちよちゃんがいる。それで、ただでさえ忙しい大人たちの中、家事とお仕事の両方を受け持つお母さんが特に大変そうなので、言い付けはいつもしっかり守るようにしているし、細々したお使いも随分と前からこなしていたらしいのだが。それにしたって"タチバナの町"と言えば結構遠い。彼らの住まう、このアケボノの村から一番近い町なれど、馬車なり車なりを仕立てればそうでもないが、徒歩でとなると…大人でも往復には半日仕事になるなと構える距離だ。幼稚園前の小さな子供には、ただ歩くだけでもかなり苛酷な距離である。そこへ、頼まれた御用をこなすという義務まで加わる"お使い"を、つい先日初めてやったというお友達の言葉に、小さな坊やと姫とが わあと憧れの眼差しになったのは言うまでもない。…とはいえ、

   「え? タチバナの町か? 何か用事があるのか?」

 裏庭で威勢よく小ぶりの斧を振り下ろしては、物凄いスピードで薪を割っていたお母さんや、今は道場で門弟さんたちのお稽古の様子を見てやっているお父さんにかかれば。小半時で戻って来られる"ちょいとひとっ走り"程度。彼らがお得意の
迷子癖さえ顔を出す間がない程というから、相変わらずの健脚ぶりで、
「買い物か? 母ちゃんがおんぶして抱っこして連れてってやるぞ?」
「違うの、あのね…。」
「あ、そうか。こないだ行った時に食べたケーキを思い出したのか。美味しかったよな、あれ。」
「…お母さん。」
 そろそろお十時、母上は小腹が空いたらしい。
(笑) そこへ丁度いいタイミングで、ツタさんがお手製のドラ焼きをお盆に一杯に持って来たので、縁側で皆で美味しくいただいて。

    ああずるいっ、お母さん2つ一遍っ、
    いけないのよ、1つずつ食べないと、
    母ちゃんは大人だから良いんだよん♪、
    奥様、それは理屈が変ですよ
    (笑)


 いつもの楽しい大騒ぎの中、お父さんも休憩にとやって来て、

    お父さんのお膝は温ったかいねvv
    そうだろ? 母ちゃんも大好きなんだぞvv
    俺だって大っきくなったら負けないもん、
    あはは、そしたら母ちゃんに膝枕してくれな。
    うんっ!


   ――― で、最初の話はあっと言う間にどこかへ飛んで行ってしまい。


    「…そういえば、何の話をしてたんだっけ。」
    「………あれ?」×2


   やれやれ、相変わらずな親子でございます。
(笑)








          




 元気一杯、ロロノアさんチのご家族は、若いに似ない厳格そうで寡黙なお父さんと、いつもパタパタ元気溌剌の張り切りお母さん。そして、可愛いだけじゃなく最近すこぶる"やんちゃ"にもなってきた双子の坊やと姫という構成で、小さな農村・アケボノの村のちょこっと外れ辺りに、道場つきの立派なお屋敷を構えて住まわっている。裏手には村の境にあたる竹林があって、その向こうには"会わずの林"とそこから連なる高い山々の峰。春には桜が村の入り口一帯に咲き乱れ、それはそれはきれいなことで評判の、風光明媚な山間
やまあいの小さな田舎の村。そんな長閑な場所に道場とは…いくら今現在が英雄割拠の時代だとはいえ、そんな猛々しいものが必要なのだろうかと、ちょいと首を傾げたくなる取り合わせではあるのだが、あるものは仕方がない。おいおい 理屈でかかると成程そんな違和感も沸いて来ようが、そこに住まう人々と顔を合わせればなんとなく納得がいく。数年ほど前に、隣村のやはり剣術道場の大師範さんの口利きで屋敷が建てられ、そこへとやって来たのが…まだずっと若かった夫婦者。数多あまたの修羅場を掻いくぐり、一花二花咲かせたのだろう、百戦錬磨の猛将を思わせる、冴えた眼差し厳つい面差しのご亭主は、純朴な村人たちには少々恐持てがする対象だったが。大きな声で高らかに笑う、いつも明るいやんちゃな奥方の言動を、口数少なく見やる彼の眸の奥深い温かさには…好奇心旺盛で肝の据わったおカミさんたちがすぐさま気づいたから、いつの時代も女は強い。(笑) 二人によく似た小さな赤ん坊もまた、その愛くるしさで話題を集めたし、旦那様が開いた道場には腕に自信の結構な男ぶりの若い衆たちが居候して居たため、農作業やら四季折々の祭事行事にも文字通り若い力が加わって大いに華やぎ。こうして、彼ら自身の人柄は勿論のこと、そんな幸いたちもたくさん味方をしてくれたがため、どこか海の匂いがする新参者のこの一家が村に馴染むのに、さほどの時間は掛からなかったようである。

 このご一家、実は…と秘めたる様々な曰くを抱えているのだが、その最たるものは…やはり何と言っても、ご亭主が世界中の剣士たちの筆頭、大剣豪という冠を戴き、奥方は奥方でこちらも、大冒険時代の真っ盛りな現在ただ今の、海賊たちの頂点を極めた"海賊王"という称号を持っているということだろう。だからと言って、所謂"凶状持ち"ではない。いや"お尋ね者"であるには違いないのだが、しかも相当高額な賞金首でもあるのだが、非合法行為とかいうものを 絶対 全く したことがないとも言えないが。
(う〜ん、う〜ん) それでも微妙に、カテゴリー的に言うと"悪党"ではないクチの、良い海賊たちだった。人柄だけの問題ではなく、彼らに関わった多くの人たち、殊にその冒険に巻き込まれたり巻き込んだりした人たちには、忘れようとしても無理なほど印象深くて、間違いなく"正義の味方"たちなればこその伝説として幾つも語られ続けている。その命を懸けた活躍と踏ん張りの数々は、どんなに沢山の歳月が覆いかぶさって来ても決してくすまないままに輝いている。それほどの存在なのだ、彼らは。だからして。奥方が実は男なのだとなんとなく分かって来ても、悪魔の実とかいうのを食べた後遺症で体がゴムのように幾らでも伸びるということが広まっても、まあそういうことも今時にはあるんじゃないかと、動じなかった村人たちも凄いっちゃ凄いのだが。(笑) 時折巻き起こる大きな事件や大災害・大事故へ、とんでもない力や能力で対処して片付けてしまえる彼らに、住民たちの方でも慣れたという方が適切なのかもしれない。…おいおい。


            ◇


 シリーズ的にちょっと間が空いていたので、ついついおさらいに手間取ってしまいましたが、さて今回のお話は。彼らの可愛らしい宝物、次の春には幼稚園に上がるというお年頃となった、緑の髪に利かん気そうなお顔がお父さん似の小さな坊やと、真っ黒な髪に大きな瞳の愛らしさがめっきりお母さん似の小さな姫が主人公。お友達の衣音くんの武勇伝…タチバナの町まで一人でお父さんから頼まれた御用をお使いに行ったという"冒険"に、子供たちの瞳がきらきらと輝いたのが数日前のこと。大人からすれば大した話ではないが、タチバナの町というのは子供にすれば物凄い遠出で、しかもたった一人でというのが素晴らしい。村の中でのお使い程度なら、遊びに行く延長でこなせてもいる坊やと姫だったが、村のお外にはまだ、大人と一緒でなければ出たことはない。
『危ないですから、子供達だけで遠くへ行ってはいけませんよ?』
 大人たちは必ずそう言う。ただの常套句のようでもあるが、実際の話、単に迷子になるからと言うだけでなく、こんな山奥の田舎の近辺でも、野盗やならず者たちが徘徊していることがある。そんな時代だから、尚のこと、幼い子らにはついつい過保護な言い方もする。けれどでも、
『大丈夫さ、オレ、強いもん。』
『みおもっ、強いもんっ。』
 よっぽどお友達が羨ましかったのか、しきりと"村のお外へのお使い"に関心を示しだし、ちょっとお母さんが、ツタさんが出掛けるともなれば、
『どこ行くの?』
『みおも、ゆくのっ!』
 ぱたぱたっと駆けて来ては"連れてって"と強請
ねだることしきり。少しでも実績を積んで、早く"お使い"を申し付けてほしくて堪らないらしいのが見え見えで、
『これまでは"ついて来い"って言ったって、遊ぶのに忙しいからって知らん顔してたくせにな。』
 いかにも子供っぽいそんな様子へ、可笑しそうにくすくす笑うルフィへと、
『笑いごとじゃないぞ。』
 旦那様は気が気ではない様子。ゆったりした懐ろの中、お膝に抱えた奥方の頭の上で、気を揉むように溜息をつき、
『坊主はどうも注意力が散漫だから、迷子になること請け合いだろうし、みおはあんなに可愛いんだ。どんな輩が虎視眈々と狙いをつけて攫ってくかも知れんのだぞ?』
 …心配の余り、お父さん、文法が変になってますが。
(笑) この夫婦、どちらもが鷹揚でどちらもが心配症。子供に関しても微妙に対し方が違っていて、日頃は一緒になって遊ぶ奥方の方が割と放任主義ではあるが、そして、毅然と構えて物に動じぬ旦那様は、唯一、奥方にだけこんな風に心配を口にしたりもするのだが。実は実は、いざ何か事が起こった時に物凄く泡を食ってしまうのがルフィの方で、何かあっても相手を信じてやはり慌てないのがゾロの方だというから………ややこしい。場面によって互いが慎重になってくれる相性なのはある意味助かるが、周囲の人間としては、こういう噛み合わせなのだと飲み込むまで、結構混乱しかねない。
"そういう時、見た目は慌ててないけど、内心では凄いパニクってんだよね、ゾロだって。"
 剣のお稽古を始めたばかりで、まだまだ落ち着きもなければ深慮もない。そんな坊やたちが裏山で迷子になったことがあった。必死の形相になって捜し回ったルフィが、やっと見つかった子らを興奮したままに叱った時、泣きじゃくる坊やたちを口数少なく抱き上げてやった父上は、だが。実は心配のボルテージが上がり過ぎた反動で、その晩は眸が冴えて一睡も出来なかったらしいとは、奥方だけが知っている秘密だ。






 さてそして。大人の階段上りたがりなお年頃の子供たちは、そんなに待つこともなく、待望の"冒険"を体験する機会に恵まれた。
「あ"ーっ、しまったぁっ!」
 まだ子供たちが寝ていた間という隙をついて、タチバナの町まで買い物に出たルフィが、選りにも選って、
「タコ、忘れて来た。」
「あらまあ。」
 山間の村、まだまだ寒さがちと厳しいが、年明け早々に春を待つお祭りがある。神様に色々と捧げ上げ奉る方の何やかやは、物知りで専門家な長老さんたちに任せるとして。
おいおい 子供たちのお楽しみである夜店屋台の準備を任された若い大人たちの筆頭、力仕事はどんと来いの"道場組"は、いよいよ明日に迫ったお祭りの宵宮に向けて、今日から一日忙しい。神社の境内へ続く道々の整備に始まり、屋台を追っ立て、それぞれの店の仕込みにも尽力するのだが、最後の仕上げ、村では手に入らない種の生鮮ものの買い出しにと出たルフィが、一番人気のタコ焼きのタコを忘れたらしい。
「よ〜し、今から…。」
「ダメですよ、奥様。」
 引っ返して買って来るとばかり、腕まくりで飛び出しかけたのを、ツタさんが引き留める。
「屋台を据える場所の地固めをするのでしょう? あれは旦那様や奥様がいないと半日ではかないません。それが済まなければ他の仕事にもかかれません。」
「うう"、そうだった。」
 この冬は例年になく雨が多くて、その結果、外での準備が随分と遅れた。こんなに切羽詰まってしまっては、人並み外れた力自慢の手がどうしたって要る。
「しょうがないか。昼過ぎに大急ぎで行けば間に合うかな。」
 そんなお話をしぃ〜っかりと聞いていた坊やが、
「そのお使い、俺が行くっ!」
 それは元気よく手を挙げて立候補し、
「う〜ん、大丈夫かなぁ。」
「へーきだっ。お父さんも今度何か御用があったらってゆってた。」
 坊やがお返事の中に"お父さん"というお墨付きを持ち出したものだから、
「じゃあじゃあ、みおもゆくのっ!」
 お嬢ちゃんまで便乗したという訳で。
「良いか? 道はこのまま真っ直ぐ一本だからな。わざわざ田圃に降りたり、土手を無理から上らない限りは逸れたりしない。」
 …だから、あの、ご両親でも迷わず往復出来るのね。
(笑) お店の名前とお買い物を書いたメモを入れたお財布を、お気に入りのデイバッグに入れてやり、途中でお腹が空いた時用のおむすびとお茶を入れた水筒。まるで遠足のようなノリで支度をしてもらって、さあ、いざ出陣っ!
「帰る時は、町のどっちから出ればアケボノの村ですかって、大人に聞きな。村の端っこに近くなってからも油断しないでちゃんと確かめるんだ。」
 そこからは、往路と同様にやっぱり一本道。いいな、分からなくなったら大人に聞けと、何度も何度も言い聞かせ、村外れギリギリまで見送りに出る。お父さんは早くから神社へ出ていてこの間不在。道場の神棚に祠るお札を授かったりご祈祷やらを受けていりしたからで、
"居たら黙ってなかっただろうな〜。"
 そうですね〜。
(笑) 出掛けはさすがにお元気で、足早に突っ走ってゆく子供たちが小さく小さくなってゆくのを見送って。
「まあ、いくらなんでも昼前には手も空くだろし。それからお迎えがてら、俺が追っかけてっても良いんだしな。」
 心配ではあるものの、ゾロが"そろそろ良いかな"と構えていたなら、時期的にはそんなに早くもないのだろうしと、ここは親の側も我慢のしどころ。無為に気を揉むよりも、とっとと屋台の建ち上げというお務めを済ましてしまおうと、ルフィは相変わらずに細いが十万馬力の腕をぐるんぐるんと回して見せて、一緒にいたツタさんを笑わせた。



   ――― 思い切ってやらせてみた"初めてのお使い"が、
       だが、ちょこっとばかり、
       当事者たちの思惑から外れそうな予感を覚えていたのは、
       この時点では、誰もいなかった。
       何故なら、母上とツタさんはその触れ書きをまだ見ていなかったし、
       社務所で村長さんと打ち合わせをしていた父上は、
       子供たちが子供たちだけで出掛けたことなぞ知らなかったから。


   「賞金稼ぎを名乗って無体をする狼藉者ですか…。」

   「まあ、時々は小者を追い回しもするらしいがね。
    大概はどこまで本当か、武勇伝を脅し代わりに騙っては、
    暴れてほしくなきゃ金を出せと、無理難題を吹っかけるそうなんだ。」

   「ウチの村は大丈夫ですよ、村長。」

   「そうさな、ロロノアさんがおらっしゃる。何の心配も要らんわな。」





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