ロロノア家の人々
  
 
“鎮守の森にて”
 

 

          



 黄昏が近くなると、西の空が茜色を帯びてくる。夜陰の藍色へと引き継がれるために、彩度を微妙に変えながら織り出される、紅から紺へ至るグラディエーションの何と見事なことか。夏場は仄かに白いまま、単なる明るい曇り空みたいな夕方だったものが、いつの間にかこんな風に…えもいわれぬ絶妙な色彩を帯びた見晴らしを届けてくれる時節になっていて、
『鎮守様のお祭りも近いし、いよいよの晩秋だねぇ。』
 山間の湯治場に住むシマさんから送られて来た秋の味覚を、お裾分けにと持って行った垣根の柵越し。居酒屋の女将のサミさんが、しみじみとしたお声でそう言ってた。村の鎮守の神様に、収穫豊饒のお礼を納める秋のお祭りも近い。
「なあゾロ。俺、秋って一番好きだな。」
 来年には幼稚舎に上がるというお年頃になった、やんちゃなお子たちをようよう寝かしつけ、夫婦の寝間へと戻って来た小さな奥方が何だか妙にしみじみと言うものだから、
「? なんでだ?」
 まさかに、しんみりした風情が心に染み入るからとか、木枯らしの音がして人恋しくなるからだとか、そんな柄にもないことを言い出すのではなかろうなと、ちょっとだけ覚悟したところが、
「だってサ。美味しい食べ物が一杯穫れるし、お祭りはあるし。」
 あああ、やっぱり。
(笑)
「そいからサ。お布団はふかふかだし、それと…。」
 ぱふ〜んっと。軽く飛び込むようにして、向かい合ってた旦那様のお膝へと乗り上がった小さな奥方、
「こやって くっついてたって暑苦しくないしさvv」
 にんまりと笑っての最後の付け足しは、ご亭主にも納得の一声であったらしく、
「そうだな。」
 肌と肌とをくっつけて、お互いの体温を確かめ合うのが ほこほこと嬉しい季節には違いない…って。あんたたちには、真冬日だろうが熱帯夜だろうが、全然全く関係ないのではなかろうかと、PCの前でそう思った人が五万と居ると思うのだけれど。
(笑)




            ◇



 ちょっと間が空いてお久し振りのご登場と相成りました、こちらは和国の山野辺の小さな村に住まう、ちょっと風変わりなご夫婦が1組。農業が主体の"アケボノ"という村の外れにぽつんと建つ、農村にあるにはちょいと不似合いな武家屋敷風のお屋敷に、とある一家が住まわって…かれこれ5年以上も経つだろうか。ご亭主は名の知れた剣の達人で、何でもその筋では世界的な有名人なのだそうだけれど。間近に見るご本人はというと…確かに精悍で頼もしげではありながらも。日々穏やかでのんびりとした暮らしぶりの中、口数少ない落ち着いた風情をたたえた、お若いのに そりゃあ物静かで泰然としたお人であって。そんなご亭主の連れ合い、小柄で童顔な奥方は、泰然となさってる旦那様の分も補って余りあるほどお元気で溌剌とした…なんと男の子だそうで。世間様から身を隠さなくてはならない"曰く"のある人だそうだから、その段取りの関係でそういうこととなっているのらしく。とはいえ…こちらさんもまた、お日様みたいに明るくて 気ざっぱりとした、周りに元気を分けてくれるような、それはそれは楽しい人なものだから。村の人たちもじきに馴染んでしまい、若くて頼もしい男衆が増えたわいと、彼らの来訪と定着を家族のお里帰りのように、さして抵抗もなく受け入れて下さった。それから始まった田舎暮らしは、時たま波乱や騒動もありつつ、それでもね。おおらかでお元気な、まさに彼らに相応しい伸び伸びとした日々を紡いで過ぎゆきて。何度目かに迎える秋の気配に、お元気な奥方がほこほこと浮かれていた とある日に………その騒動の幕は開いた。




 秋といえば、何はなくとも収穫の季節。農業が主体のこの村では尚のこと、米やら野菜、木の実に果実、山の幸・里の幸がたわわに実ったのを、村人総出で収穫し、
『今年も豊作だな。』
『ああ、質も量もな。』
 小さな村のささやかな実りと馬鹿にしたものじゃあない。それは豊かな収穫の余りを売りに出し、その代わりに町でしか手に入らないものを たんと揃えられるほどの財力も備わるほどの、なかなか大した代物で。だが…そうともなれば、その豊饒には良からぬものまでが惹き寄せられる。周囲の山村を襲っては暴虐の限りを尽くす、悪虐非道な野盗に山賊。抵抗するための武器や荒らぶる闘志を持たない、あくまでも純朴な人々だというところへ付け込んでの乱暴狼藉や専横、襲撃へ、不本意ながらも用心をせねばならない時節でもあるのだが、
『まま、ウチの村はの。』
『そうじゃの。』
 何せ頼もしい男衆たちがおらっしゃるからと。ここ数年ほどは悲しい出来事もないままに、安穏とした秋の佇まいと冬の訪れとをしみじみと感じ入るだけの余裕があった、小さな小さなアケボノの村だった。

  「お母さん、お母さんvv

 それなりの地所もなくはないのだが、家人たちは…剣の修行と屋敷の世話とでほぼ手が塞がる身の人々ばかりだから、直接的には耕作に携わってはいない。剣の稽古にと通う子らが収めるお月謝と、出稽古や交流試合を依頼されていただく報酬と。時折、こっそりのことながら…師範殿へ警護や拿捕をと願い出る、公的な筋の客人が置いてゆく心付けとが主な収入源であり。その他、ここに来る前に居たところで蓄えたお宝がいくらかあるので、日々の生活は余裕で送れる方々なのではあるけれど、
「あのね、ちかちゃんチのおばさんがね。お赤飯用の小豆はいかがですかって。お店用のって仕入れたのが沢山あるからお分けしますよって。」
 ちかちゃんチはこの村に一軒だけの仕出し屋さんで、お祭りになるとお饅頭やお赤飯を沢山作って売り出すのだが、お赤飯やおはぎは(勿論、ツタさんが)お家で炊いたり作ったりするロロノアさんチだと知っているので、こんな風にお声を掛けて下さる。他のお家だと自分チで作っていなさるので、わざわざ買ったりはしないし、よって村のお店屋さんにも商品としては置いてない。そういうものがたまにあって、ネギやオオバ、ミツバ辺りの香草は、冗談抜きに売ってはいないから、ロロノアさんチでも裏庭に植えているほど。それはともかく…その旨の伝言を持って来たお嬢ちゃん、裏庭で薪の整理に勤しんでた大好きなお母さんの背中に乗っかかってご報告すれば、
「あ、そういえばツタさんから言われてたっけ。」
 よ〜し、よく教えてくれたと、みおちゃんの頭をグリグリと撫でてやり、
「それじゃあ今から分けて貰いに行こっか?」
「うんっ!」
 仲の良い母娘が睦まじくもじゃれ合いながら、裏庭の敷地から表へとお出掛けする。ちかちゃんのお家は村の中央の大通りにあって、裏手には大きな厨房がある。いつも良い匂いのする、食いしん坊なルフィ奥様にはとてもとても羨ましいお宅。
「いつもと同じで良いですか?」
 毎年、毎節季、行事がある時にはいつもお世話になってることだとて、向こうさんも心得たもの。門弟さんたちの分とか、通いのお子たちに振る舞う分、そしてそして奥方が途轍もない食いしん坊さんな分、そりゃあ沢山の小豆が要るとご存じなので、お店で使うのと同じくらいのをまとめて準備して下さっていて、
「いつもありがとうございますvv
 にこぱっvvと笑う奥方の笑顔へ、こちらの女将さんも"うふふ"と笑い、
「良いんですよう。先にもほら、門弟さんの何人か、お月見のお餅つきにって手伝いに来て下さって。」
 そこは…洒落ではないが"持ちつ持たれつ"の間柄。力仕事なら何でもお任せな、頼もしい門弟さんが何人も居るので、そういう方面でもしっかりと頼られている道場で。
「お祭りが楽しみですねぇ。」
「ホントにな。」
 朗らかに笑い合い、それじゃあとお借りした荷車の棹を引く。小豆がぎっしりと詰まった麻袋を幾つも積んだ荷車は、後ろの端っこに みおちゃんが腰掛けてもいるというのに…それはあっさりと カラカラ動いて。
「…いつもながら、凄いよなぁ。」
「本当に。あんな大荷物、普通だったら大人の男衆が何人も掛かりでなきゃあ、動き出しさえしないものね。」
 いつまで経っても細っこいままな奥方なのに、さして力んで見せもせぬまま、余裕でゴロゴロ、荷車を引いて帰ってゆく。
「お母さん、ツタさんは おはぎも作ってくれるの?」
「ああ。お祭りだからな。」
「早く食べたいねぇ。」
「そうだな。」
 呑気な会話、のんびり交わして。時々、行き交う人とのご挨拶を交わして。村の中央のメインストリートから離れ、左右に畑が広がる一本道へと出る。そろそろ稲刈りも終盤で、刈り取られた後の田圃や柵に干された稲の束が、ここからは離れた遠くに望める。陽射しはまだ明るくて、昼間のうちは動けば汗もかく陽気だが、それでも昼を過ぎて…そろそろおやつ時ともなると。何となく…空気の色合いが赤みを帯び始める。早くも夕方、黄昏の気配を匂わせ始める。
「さあ、到着だ。」
 屋敷前の門をくぐって、さて。お勝手へと付けた荷車から麻袋を降ろすと、
「あらあら、まあまあ。」
 これは早々と済みませんね、ツタさんが出て来て、台所や倉庫のどこに置くのかを指示してくれて。それが済んだら、
「じゃあ、この荷車、返してくるから。」
 この屋敷の大人たちは、共通して動き惜しみをしない。一仕事だったろうに、けろっとしたまま、村へと取って返そうとする奥方だったので、
「あ、みおもっvv」
 遊びに行くよなものだと思われてか、またまたお嬢ちゃんが"引っつき虫"になって背中にひょいっとおぶさった。
「荷車の方へは乗っからないのか?」
「んと、さっきネ、ちょっとお尻が痛かったの。」
 ごとごとごとんと揺れたのが、ちょっぴり痛かったお嬢ちゃんであるらしい。こしょこしょとすぐ間近から小声で耳打ちされて。そかそかと納得し、さて出発。さして億劫でもない村との往復の、その帰り道があんなに長いものになろうとは、この段階の母娘には予想さえ出来なかったことであったのだった。





            ◇



 お借りした荷車をすぐさま持って来て下さった律義な母娘へ、
『あらあら、どうもvv
 前掛けで手を拭いながら出て来た、愛嬌たっぷりな仕出し屋さんの女将さんは、
『あ、そうそう。神社の方でね、今朝からずっと銀杏拾いやってるの知ってる?』
 そんな耳寄り情報を教えて下さった。銀杏の樹が一杯の境内で朝からずっと、神主さんのご一家やご近所の方々が、落ち葉掃きのお掃除がてら銀杏拾いをなさってらして。結構広いからお手伝いに行けば喜ばれるし、お土産に銀杏を分けて貰えますよとのこと。
『銀杏って黄色のつるんとした木の実でしょ?』
『そうだよ。茶椀蒸しに入ってる。』
 煎ってお塩で食べても美味しいんだよねと意見が合って、食いしん坊でお呑気な母娘は教えられた神社へと向かうことにした。鎮守の森の入り口の、少しばかり小高い丘にあって、
「階段、1、2っ。」
「1、2、3、4っ。」
 カエデや銀杏の落ち葉がところどころに舞い散った、境内までのちょっぴり長い石段を、きゃっきゃとはしゃいで一緒に登る。少し長い目のお散歩は、秋の日和の中、二人の体をほこほこと温めてくれて、
「面倒だな。ゴムゴムで飛んでったらダメか?」
 途中で飽きたか、母上がそんな事を言い出すが、
「ダメで〜す。お父さんが ゆってたでしょ? フツーの時は"ゴムゴム"は使っちゃダメって。」
 おしゃまな言い方で みおちゃんがダメ出し。ルフィにしか出来ない特殊な技の"ゴムゴム"は、子供達が危険なことを真似しかねないからと、よほどの時以外は使っちゃいけないことになっている。これが坊やの方だったなら、お母さん大好きな やんちゃな子ゆえ、お父さんには内緒だよなんて口裏を合わせて、ゴムゴムの技でこっそり遊んでいたりもするのだが。お父さん大好きな みおちゃんの方だと、どうしても。お父さんの言ったことは、何がなんでも守らなきゃいけない…という順番になるらしくって。時には まるでルフィのお姉さんみたいに、
『お父さんの言い付けが守れないの?』
 なんていうような、手厳しいお説教をされるほど。…相変わらずに変な親子であることよ。
(笑) よいしょ、よいしょと登って登って。神社前の広場みたいになっている境内の取っ掛かりが見えて来た。大きな石の鳥居さんは南を向いて厳かに、いつもと同じ素っ気ない風体にて、白く乾いて立っていたが…。

  「………っ。」

 ふと。ルフィが立ち止まり、自分の傍らから追い抜いて、先に頂上へと上り詰めようとしかかっていたお嬢ちゃんのスカートのベルト辺りを、後ろからひょいと取っ捕まえる。
「あん、お母さんたら。」
 階段でふざけたら危ないからいけないのよ、もう…と、小さなお口を尖らせる可愛い子へ、

  「みお。お前は家へ帰れ。」

 何故だか急に。お母さんから海賊王へと、真剣そのもの、真顔になってるルフィであって。
「…え?」
 日頃の屈託のなさをすっかりと払拭して、時々こんなお顔になる時もあるお母さん。日頃は愛嬌たっぷりな真ん丸な瞳に、きりりと力んでの張りが出る。飄々とした雰囲気にも、鋭いまでの緊迫感が張り詰めて、されどそれほど…幼い みおちゃんが怖がってしまうほどには逼迫してはいない余裕もあって。背条にピンと、強かな柱が立ったような凛々しさをたたえて、いきなり"お兄さん"になってしまう、こんな時はいつも、

  "怖い喧嘩が始まる時、だ。"

 まだまだ小さな みおちゃんだが、それでも何度か覚えはあって。住人たちも仲がよく、平和で穏やか極まりない、それはそれは静かな村だが。ここいら一体という大きな見方をすると、これでなかなか最近物騒になって来た地域でもあって。冒頭近くでもちらりと触れたが、数人で徒党を組んでの一団となり、武器を手に手に長閑な山村の蓄えを襲う、傍若無人な野盗に山賊が、こんな奥まった辺りまでその跳梁跋扈の範囲を伸ばしつつある。………とはいっても、これまでの数年、一度として村人たちに被害が出た試しはない。頼もしき師範様を始めとする武術道場の御仁たちが、その腕っ節にて片っ端から平らげて来たからだ。
「いいな? こっそり、でも大急ぎで、家まで帰れ。途中のお友達の家にも寄るんじゃないぞ?」
 下手に騒ぎが広がって、素人に近い方々が"様子見"なんてので此処へ来てしまっては剣呑だからと。そこは…大海原での本格的な戦闘を重ねたキャリアの余燼がまだ抜けない奥方、きっぱりとした指示を出してから、抱えてたお嬢ちゃんを足元へそっと降ろしてやる。可憐な顔立ちに似合わない、これでなかなか利発でお転婆でもあるお嬢ちゃん。こくりと頷き、分かったと一度で飲み込んだは良いけれど、
「でも…お母さんは?」
 お母さんだが男の人で、今さっき言ってた"ゴムゴムの技"を使える、お父さんと同じくらいに頼もしい人ではあるけれど。だからと言って危ないところに一人で居残らせるのは、子供心に、いやいや、娘だからこそ心配だったらしい。そんな優しい みおちゃんへ、
「俺は奴らを神社の向こうへ引き付けとくからサ。」
 母上、お口を真横に伸ばして、自信満々に"にっ"と笑い、
「帰ったらゾロに、野盗が出たけど母ちゃんが相手してるって言いな? 縄かけて引っ括りに、ゆるゆると来て下さいって。」
「うん。」
 なかなかに頼もしいお母さん。両手を胸の前で揉み込みながら、ぱきぱきと指を鳴らしつつも…大切な みおちゃんをまずはこの場から退避させるという分別はついたらしい。はてさて一体どうなりますことやら。続きはすぐに、しばしお待ちを…っ。








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      岸本礼二様…内容は、まだ内緒vv
(笑)