Tropical Heaven
               〜蜜月まで何マイル?


          1

 じりじりと。上になった方の肩口や耳、頬などを灼いている陽射しがあることに気がついて目が覚めた。その表面が熱に乾いた砂の浜。寄せては返す波の音と、強い陽射しに炙られてだろう、生暖かな潮風。シャツが半ば乾きかけている。そうだ、物凄い雨に叩かれていてびしょ濡れだった筈で、しかもその上………。

   「………、…っ!」

 ハッと我に返って、腕にしっかと抱えた存在に気がつく。勢いのあった潮の奔流にもみくちゃにされながらも、何があっても離すものかと胸元へと抱え込んでいた相手。見下ろせば、呼吸はしているものの、力ない表情で意識を失っている。額に張りついた黒い髪を掻き上げてやり、頬をぴたぴたと軽く叩いてみて、だが、これにはあまり意味がないと気がついた。何も感じない訳ではあるまいが、打撃からの痛みをあまり感じない身体だ。撫でるのとさして大差のない刺激に過ぎまい。…でも、ナミに殴られると"痛い"と口にする彼でもある。あれって"知識"からのことなのだろうか?(ex,弾が当たったら痛いに決まっているじゃないか by『究極超人あ〜る』)おいおい
"………。"
 腕の中に見下ろしていた彼の顔の、薄く開きかけた緋色の口許に視線が留まり、ままよと吸い寄せられるように自分の唇を重ねた。少し塩の味のする、だが、しっとりとした、柔らかで甘い果肉。そっと、唇の内側を忍ばせた舌の先でくすぐってやると、
「…ん。」
 さすがに…覚えのあるやさしい刺激の中では最も感度の高い、直接的なそれであったからか、寝息が変わってふわりと瞼を上げた彼である。彼の視野の中にあったのは、突き抜けるように青い空を背景にした、馴染みのありすぎる愛しい顔だったからか、
「…へへ。」
 にひゃっと笑うと、自分を抱えてくれている頼もしい腕へとしきりに頬擦りをしてみせる。
「何でだろ。腕が上がんね。」
 ホントならきゅうっとしがみつきたいのに。寝起きだからという以上の体のだるさを訴える彼に、
「潮に浸かってたせいだ。まだ気づかねぇのか?」
 やや真顔でそうと応じた剣豪殿であり、
「………え?」
 言われて初めて辺りを見回し、
「な、なんだ、此処は?」
 そこが愛船ゴーイングメリー号の甲板の上ではないことに、やっと気がついたルフィであった。


            ◇


 一体どのくらいの時間を逆上ればいいのか、あいにくと意識がなかった彼らなので正確には判らない。最後の記憶にあるのは、冒頭でも触れた、物凄い雨と逆巻く波の奔流と。その急激な気候の変化は、我らが航海士殿の予測能力をもってしても太刀打ちの出来るものではなかった。航路上にどっしりと居座った、回避のしようがない大きな低気圧。それでもハリケーンほどではなかったことを幸いに思わねばと、日頃から豪気な彼らが出来るだけ楽天的に考えようとして、どんなに頑張って譲ってもそうなるというほど、凄まじい代物。天まで届きそうな壁のようにそそり立ち、急転直下、滝のようになだれ落ちる大きな波に揉まれる船を、どうあっても転覆させぬようにと、頭数の少ないクルーたちは各人が獅子奮迅の働きを見せ、何とか暴風雨の圏内から脱出しようとしかけていたその時に、
『………わわわっ!』
 甲板を洗うような大きな波が横殴りにかぶさって来た。クルーの中には"悪魔の実"の能力者たちがいる。彼らは、人知を越えるほどの特殊な能力を得たのと引き換え、海に落ちたが最後、指一本自分で動かせなくなる呪いが発動し、海底まで沈んで行ってしまうという厄介なリスクを抱えている。特に、船旅にはまだ慣れの薄いトナカイドクターのチョッパーは、万が一に備え、長めのロープで柵に身体をつないでいたのだが、その柵の方がばっきりと折れたから堪らない。
『チョッパーっ!』
 その小さな体を冥い虚空へ投げ出されかかっていた彼だと、一番最初に気づいたのは、麦ワラ帽子を片手で押さえて間近にいた船長殿で。ゴムゴムの技で腕を伸ばして、海へ投げ出される寸前だった船医殿を何とか掴まえた。ところが、
『…おおっとととっとっ!』
 濡れた上に傾いて揺れる甲板の動きにぶんっと振られた格好になり、彼自身までがたたらを踏んで船端からその身を海面上の空中へと放り出されてしまい、
『てぇぇぇいぃぃっっ!』
 二人落ちるよか、一人は助かった方が善かれと思ったらしい彼は、反動をつけて小さな船医を甲板へと放り込み、それと引き換え、自分は荒れ狂う海へ実にあっさり落ちて行ったのだ。
『な…っ!』
『あんの馬鹿がっ!』
 泳げる人間がやらかしたことならともかく、自分もまた同じ海に呪われている身の上であるくせに。一部始終を見ていた者たちの中、
『…ルフィっ!』
 間髪おかず、後を追って飛び込んでいたゾロであり、冥い海の中、何とか沈む直前に追いつけはしたものの、上も下も判らないほど荒れ狂う波間にあって、船上へと戻るのは至難の業。下手に近づけば船腹や船底に圧し潰されかねないほどでもあって、何とか近くで浮かんでいようと構えるのが精一杯で。それもどのくらい続いたか。どこまでが海中でどこからが海の上なのだか判らないほどの、叩きつけるような豪雨に揉まれ、しかも樽や木片などといった漂流物が、四方八方から勢いづいて襲って来る中で、長時間の緊張を保つのは容易ならざること。腕の中のルフィを守ることだけを優先して頑張っていた彼だったが、
「………。」
 いつしか意識が薄れていってしまったのを責めるのは、酷なことかもしれないというものだろう。



  それでも彼は愛しいルフィを離しませんでした。


「………っ!
(怒っ)
 判ったから刀を引きたまえ。毎回毎回そうやって殺気を漲
みなぎらせて下さるが、ここで筆者が死んだら話が続かんぞ。
"そうなったらSAMIさんに引き継いでもらうさ。"
 こらこら、またそういう乱暴なことを言う。(局地的な難しいネタですみません/汗)余談
?はいいから話を戻そう。
「そっか。あの嵐で…。」
 ルフィもようやく事の次第を思い出せたらしい。ここはどこかの島の砂浜であるらしく、見回した浜辺には、他にも僅かながら木切れやロープの切れ端といった残骸が漂着していて、
「どのくらい遠くまで流されたんだろう。」
「さてな。」
 身を起こした彼らは、ついでに強い陽射しを避けるため、少しばかり陸へと上がった辺りにまばらににょっきりと生えていた、それはそれは背の高い木の陰へと退避していた。ヤシやソテツに似た熱帯植物であるらしく、扇のような葉を潮風に泳がせて優雅に揺らしている。まだ力の戻らないルフィをその内の一本の根元まで抱えて運んでやり、太さのある幹へと凭れさせ、
「…お前、腹減ってないか?」
「え?」
 いやに唐突なことを訊くゾロで。だが、問われたルフィは小首を傾げた。
「…うっと、判んねぇ。疲れてるからかも知んねぇが、空いてるような空いてねぇような。」
「そっか。」
 正面へと片膝突いて屈み込んでいたゾロは、その返事へうんうんと頷いて、
「そんなに時間は経ってないみたいだな。」
「………?」
 おいおい、選りに選ってルフィの腹時計に頼るかね。
(笑)とはいえ、まあ判らんでもない。始終"腹が減った"と騒ぐ彼であり、いくら極度に疲れていたって、その"食欲"が後回しにされることは滅多にない。あの大嵐に際しては、ナミが気圧や何やを感じ取った上で見切っての、一応の予見があったため、先に食事も済ませて出来得る限りの万全の態勢で望んだ彼らであり、それがまだ保っているルフィであるということは、すなわちさしたる時間経過はないと。そういう理屈な訳ですのね?
"まぁな。"
 ついでに言えば、自分のお腹具合はアテに出来ない人ですもんねぇ。ルフィに負けないくらい食べるこた食べる彼だが、逆に数日くらいなら余裕で我慢も出来ると来ているからねぇ。
"………。"
 ここ、グランドラインの海流は不規則で、その波に追いやられての漂流である以上、いくら天才的航海士のナミであれ、行方を読むのは至難かも知れない。あれほどの嵐の後なだけに匂いも雨に流されているだろうから、チョッパーの鼻にも頼れまい。そんなこんなを並べて考えていると、
「…? どした? ゾロ。」
 どこかしかめっ面になっていた相方へ、ルフィが怪訝そうに声をかけて来る。
「ん? ああ、いや。」
 どうしたも何も。こういう時は"俺たち、これから、どうなるんだろう"とばかり、先行きに不安を感じるものだろうに。そこまで考えられないほど疲れているのかといえば、
「あ〜、なんか段々と腹減って来たぞ。」
 そうでもなさそうで。
(笑)屈託のないその様子に、剣豪殿もついついその男臭い顔をほころばせて"くすっ"と吹き出した。相変わらずな彼であり、今自分たちがおかれているややこしい状況説明をしても、どうせ"どうにかなるって"という顔になるのがオチだろうから。よって、それは一旦、自分の胸の内にだけ飲み込むことにした。そしておもむろに、海岸線に平行に沿うように広がっている林を指差して見せる。
「向こうの林ン入って何か探して来てやるから、お前は此処に…。」
「やだ。俺も行く。」
 言い切らぬ内にさっさと立ち上がっている。それへと今度はゾロが"お?"という怪訝そうな顔になったのは、まさか一人にされるのが心細いなどと殊勝なことを思う彼ではなかろうに…と感じたからで。だが、その答えは本人の口からすぐさま返された。
「何かワクワクしないか?」
「…冒険ってか?」
「おおっ!」
 そのとーりだっとばかり、笑顔全開"うくくっ"と笑うところが何とも彼らしい。それへ苦笑を返して見せて、
「ああ、ちょっと待て。」
 ゾロは先に"てってこてー♪"と進みかける船長殿のシャツの襟首を後ろから掴んだ。
「何だ?」
「一応の目印をだな。」
 ルフィの麦ワラ帽子と同様、これもしっかり流されずに死守していた、腰の三本の刀。そのうちの一本を素早く抜き放ち、今までルフィが凭れていたヤシを根元近くですっぱりと切り倒す。
「わっわっ! 何してんだ、ゾロ。」
 いきなりのことだったためギョッとしたルフィだったが、ゾロはけろりとしたもの。流れるような仕草で刀をぱちりと鞘へと収め、
「人の手で何かした痕跡
あとなら目印にもなるだろ?」
 簡単な言いようをする。
「そか?」
 ゾロの言い方がよく判らないらしいルフィは、まだ気づいてはいないようだった。どうやら此処は無人島であるらしいことに。こんな遠浅の見晴らしの良い海岸線を住人が利用しない筈はなく、だが、舟だの小屋だの、人工的なものも気配も何一つとして伺えないのは訝しい。それをもって"無人島らしい"と断じたゾロで。それともう一点、倒れた樹の傍らに屈み込んだ彼が、その残った方の幹へと何事か細工をほどこしていたことにも…呑気な船長殿は気がつかないでいたらしい。
「さて、行くか。」
「おおっ!」
 威勢よく拳を突き上げたルフィを促し、二人は緑瑞々しい木立ちへと向かうことにしたのだった。

NEXT→***



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