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さほどに広い島ではないようだったが、それでもやはり森に分け入れば緑陰は深い。鬱蒼とというほどではないが、目映い陽射しをやわらかく拡散してくれる天蓋になるほどの、背の高い木々の梢が頭上に枝を差し渡し合っていて。時々ルフィが手頃な樹の上へと、ゴムゴムの技を利用して跳ね上がっては方向を見定め、そうやって進んで出た森の中ほど。木々の群れが途切れていて、天井がぽこんと開いている場所であり、広場にでもなっているのかと思っていたのが足を運べば、そこにあったのは、
「…泉だ。」
こんな絶海の孤島の中心部に、どういう水脈が走っての奇跡なのか、短い下生えの柔らかな緑に囲まれ、池ほどの広さを持った泉である。雨水だけでこの量がたたえられているとは思えないし、何より、水の色が違う。天蓋のない上空から降りそそぐ目映い陽射しを吸収した水の色が、底の白砂を透かせるほどに、それは濁りのないきれいな清水である。向こう側のほとりから"がささっ"という音と共に何かしら小さな生き物らしき陰が慌てて去って行った気配があったので、どうやらこの島の生き物たちにとっての大切な水源でもあるらしい。………と、
「うひゃ〜、冷てぇ〜。」
「あ、こら。」
止める間もあらばこそ、さっそくのように手を差し入れ、ひょいと掬った水を警戒なく口許へと運んでいるルフィであり、
「うわぁ〜、冷たくて旨いぞ、ゾロ。」
美味しいんだからお前も飲め飲めとしきりと急かす。その笑顔があんまり嬉しそうなものだから、
"…ま、良いんだが。"
叱ろうとしかかった気がすっかり萎えた。毒が平気な動物はさすがに少なかろうから、そこまでの警戒は不要なのかもしれないが、それにしたって得体の知れない生水はそうそう口にすべきではないのがセオリー。とはいえど、多少の濁り水でも平気で、腐りかかった食材で作った料理とやらにも腹を壊したことがないという豪気な胃腸をしている自分たちであり、今更そんな…此処にナミやサンジがいたなら彼らが言ったかもしれないような"お行儀の良いこと"をふと思った自分の方が訝おかしいのかもと感じて苦笑が洩れた。急かされるままに大きな手で清水を掬って飲んでみると、
「…旨い。」
とろりと軽くて、口の中へすんなり広がり、そのまま染み込んでゆくような。しばらくの間、口の中が爽やかに冷えたままになる後口も心地良くて、
"………。"
今やっと気がついたのだが、何の鳥だか、単調に同じ調子の鳴き方を続けていて。そこへ別の鳥の甲高いさえずりが時折重なり、なかなか長閑な雰囲気ではある。時折頭上高く飛び上がって辺りを眺めていたルフィが言うには、そんなに広い島ではないらしくて、
「ほら、だいぶ前に上がった、不思議な桃の樹が生えてた島があったろ?」
「…ああ。」
「あの島と同じくらいだ。」
確かアラバスタに向かう途中の話で、それは美味しい"メロン=ベリー"という実がなっていた島だったっけ。熟して発酵が始まっていたのを食べたルフィとチョッパーが、酒成分に酔ってしまい、あっけなく目を回したのを思い出した剣豪である。(『時忘れの実』参照)成程、そんな規模の島であるのなら、毒を持った蛇やら虫やらはいるかもしれないが、危険な肉食獣などはいないと見て良かろう。こんな小さな島でそんなものが種を保存出来るほどの数も居られはしない。居たとしたら、とっくに食物連鎖の輪が狂い、何もかもが食べ尽くされて裸島になっている筈だからだ。警戒の必要はない島であるらしいとの見切りをつけると、何となく肩から力が抜ける。妙なもので人間の気配は察しやすいのだが、野生の生き物の殺気はなかなか読みにくい。何たって自然の一部であるし、邪心や駆け引きという"感情"が乗っかってはいないからで、テリトリーや仲間を守るための"必死"が、待ったなしの一気に襲い掛かって来るのだから堪ったものではない。それへの用心が要らないというのは随分と助かるらしく、
「あの"メロン=ベリー"には敵わないかも知れないが、何か美味い木の実や果物があるかも知れんな。」
「おうっ!」
ゾロの方からそんなことを言い出して、二人は辺りの木立ちの中へと、その散策の範囲を広げることにしたのだった。
◇
短時間の間にかなりの収穫があって、二人は蔓と木の枝で即席で作った籠に山盛りの果物を集めると、元いた浜辺まで戻って来た。それから再びあの泉まで足を運ぶと、泉の傍、取り除いても支障は無さそうな密度の高い岩を一つ見定めて、
『…哈っ!』
それをゾロが刀で見事に刳り貫き、だだ重い甕かめを作ってしまい、清水を汲んでやはり浜まで運ぶ。う〜ん、力自慢はやることが違うねぇ。(笑)
『泉の傍に居ちゃダメなのか?』
『最初にここへと打ち上げられたんだから、あまりこの場所からは離れない方がいいんだよ。』
『ふ〜ん。』
たとえ、嵐の後は風も海流も大きく変わる海域なのだとしても、此処に居るに越したことはないと、何故だか妙に確信がある言いようをするゾロであり、深く考えない性分のルフィとしては、自分よりも慎重な彼がそう言い切るのならと、さして反対もせずにいる。森の中で一応は味見をして来た甘くて果汁たっぷりの果物を広げ、さてどれから食べようかと選んでいたルフィがふと顔を上げたのは、
「…ゾロ?」
剣豪殿が靴を脱いでばしゃばしゃと、浅瀬の浜の波打ち際へと入っていったからだ。何をするのだろうかと見ていると、腰から抜いた刀を逆手に構え、すっと掲げたかと思った次の瞬間には水の中を突いている。
「???」
何かしらの手ごたえがあったらしく、持ち替えて水から上げられたその切っ先には、50センチくらいはあるだろう、結構形のいい魚が銀鱗を煌めかせて突き刺さっており、
「わっ、凄げぇなぁ。」
「逃げもしないぞ。きっと人間が敵だと判らないんだろうな。」
そんな相手をと思うとちょっと可哀想ではあるが、こっちも腹が減っている。ざかざかと文字通り"狩って"山ほど仕留めた魚たちは、簡単にさばいてから木の枝を串代わりに通し、さっき抉った石のあまりで組んだ火床で焼いて、なかなか見事な食事の完成である。…え? 火はどうしたのかって? そりゃあナンボでも方法はありますがな。何たって力自慢のお二人さんですからね。木と木を擦り付ける方法を選んだとして、限度を知らない摩擦を起こしてあっと言う間に点けちゃいますって。(笑)
「ふわ〜〜〜っ。食った食ったvv」
どの辺が遭難者なのやら、相変わらずにバイタリティあふれる彼らであり、腹が一杯になったと、ルフィはご機嫌そうにヤシの木陰へまで向かうと、そこへとぱったんと倒れ込んだ。ずっと木陰という場所だからか、背中の下になった砂はさほど熱くもなくさらさらと気持ちがいい。ふにゃんと眠そうな声を出し、首をこちらへと向けて来る彼に、焚き火を突々きながらクスクスと小さく笑うゾロであったが、
「…ゾロ。」
「なんだ?」
「………。」
訊いても答えず、目顔で呼ぶものだから、
「何だ、一体。」
誰ぞの耳目があるでなし、内緒話もなかろうと、それでも立って傍らまで足を運んでやる。砂の上、無造作に"置いてある"ようにも見えるルフィが、まだしきりと"呼ぶ"ものだから、
「何だ。」
それへと応じてすぐ脇に座り込むと、身を起こしてよじよじと、胡座をかいたゾロの腿へとよじ登って来る。常の習いで眠くなって甘えたくなったらしいなと、そうと判って何だかこちらまで気持ちが和んだ。だが、
「ゾロ、何か隠してないか?」
「…え?」
ひやっと。舌の奥が一瞬乾いたような気がして、それでも膝の上の真ん丸な童顔を見下ろすと、
「今朝からずっと、俺とあんまり眸ぇ合わせねぇようにしてただろ。」
まじっと見上げて来る大きな眸。だが、ゾロとしてはちょっとだけホッとした。
"何だ、そっちか。"
ちょっと複雑、慣れない隠し事へかすかな安堵の吐息をこっそりと胸中でついて見せ、
「何言ってんだ。今朝から低気圧が来るってんで皆してドタバタ…。」
「違う。それはナミが食堂で説明してからのことだ。その前から何か訝しい。」
すり…っと。視線はそのままに腿の上へ柔らかな頬を擦りつける。視線以外は僅かながら横を向いたため、どこか流し目のような角度からの凝視となっていて、本人にそこまでの意識があるとは思えないが…、
"…おいおい。"
困った、あんまり時間がないから押し倒せねぇってのにと、ついつい色んな汗をかいてしまうゾロだったりする。(こらこら/笑)
「なあ、何でだ? 何を隠してんだよ。」
「いや…だからさ。」
そっちにしたところで、おいそれと口外していいものか。自分ひとりが関わっていることではない。とはいえ、
"こんな状況になってることだしな。"
ふっと諦めたような吐息をつくと、頬擦りしている少年のその頬の下へ大きな手のひらを滑り込ませて、
「…っ。」
そのまま腕まで滑り込ませ、片腕だけで搦め取るように軽々と、少年の体をぐいっと引っ張り上げて、懐ろの中へ収めてしまう。
「言うよ。ホントは、ナミやウソップや、皆から口止めされてたんだがな。こんなことになっちまっちゃあ、もう黙ってる意味もないし。」
「???」
そんな人数掛かりの事だったとまでは気がついていなかったらしくて、キョトンとするルフィの柔らかな頬をふにふにと、節太な指の先で突々きながら、
「今日は何の日だ。」
響きのいい声がやさしく訊いた。
「今日? 今日は………、あっ!」
視線をキョロキョロ泳がせてから、はっと気がついたらしくて、
「そっか。俺の誕生日だ。」
「そういうことだ。皆して色々考えてたんだがな、あの台風もどきのお陰で吹っ飛んじまった。」
せっかくの特別な日なのに。美味しい料理にケーキやお菓子。皆で騒ぐパーティーにプレゼント…と、趣向を凝らしてあれこれ準備していたのに。とんだアクシデントだとはいえ、全部見事に台なしで、何もしてやれないのが残念で、
「せめてコック野郎でもいりゃあな。何か美味いもの、作ってやれたんだがな。」
甘い果物に新鮮な魚と材料には困らない。細い葉が団扇のようになったヤシの葉が、二人の上へちらちらとその陰を躍らせて。残念がってるゾロの表情を、どこか力のないものにしてしまう。
「………。」
それを無言で見上げていたルフィだったが、
「…すごいトコだよな、此処って。」
「………え?」
ぽそんと。おでこをくっつけて来たそのまま、今度はゾロの胸板へとすりすり頬擦りをする彼で、
「食いもんから水から何だって揃っててさ。あんまり器用じゃない俺らでも、ちゃんと美味い飯、食えてるし。」
「あ、ああ。まあな。」
ちょっとばかりくすぐったい感触を我慢して、胸元でごそごそしている黒髪を見下ろせば、
「それに…ゾロも居るし。」
「?」
何をそんなにもそもそと落ち着きがないのかと、いつもしている、額髪を梳いてやる仕草で顔へと手をやり、少しだけ力を入れて仰向かせれば、
「………っ!」
露になった顔が真っ赤に染まっていて、
「…ルフィ?」
「見んなっ!」
ぱふっと。再びゾロの胸元へ大慌てで顔を伏せる。
「ルフィ?」
「だってよ、そんなのズルイじゃんか。ゾロがサンジが居れば良いのになんて言うなんてさ。それって物凄い"ハイボク宣言"じゃんか。」
そりゃあ…日頃からも、自分には出来ない事を得意にしている相手だというのは、理屈としてちゃんと判っているゾロでもあろう。だがだが、そうでありながらも、いつも事ある毎に剣突き合ってる彼らだというのに。自分には自分なりの誇れるものがあるからと、対等に構えて絶対に譲らないでいる彼なのに。今日ばっかりは…自分のプライドとか何だとか、そんなものはどうでも良い、ルフィに何か喜ぶことをしてやりたいと、そう言っている彼だというのが痛いほど判る一言だったから。
「俺のためにってそんなの言うなんて、狡りぃぞ、ゾロっ。」
世界一の大剣豪を本気で目指さんとしているようなこの彼に、そこまでのことを言わせているのが、他でもない自分への慈しみからだというのが、嬉しいやら歯痒いやら、居たたまれないやら。そして、
「…ルフィ。」
そっちこそ日頃の"我儘大王"ぶりはどこへやらだよと、ゾロの口許に苦笑が浮かんだ。胸元へ顔を伏せたままな愛しい恋人くんへ、髪に口許を寄せるようにして"お〜い"と声をかけてみるが、かぶりを振るばかりで顔を上げてくれない。
"う〜ん、ちょっと狡いよな、確かに。"
あまりつつくと今度は機嫌が悪くなりかねないので、しばらくそのままにしておくと、ややあって“すうすう”という寝息が聞こえて来た。やはりまだ少しばかり疲れていてところへ、お腹が一杯になって、日頃も時々は昼寝をたしなむ彼のこと、訪れた眠気に素直に身を任せたのであるらしい。
"………。"
立派に遭難者だというのに、それもこの"グランドライン"で放り出された彼らだというのに、まあこの余裕よと、その点へも苦笑が絶えない剣豪殿だ。自分が一緒だから…と自惚れても良いものだろうか。何しろ、
"…お。"
見やった水平線の方向。昼下がりの陽光の中を、懐かしいキャラベルの羊頭と麦ワラ帽子をかぶったジョリーロジャーの描かれた帆が、小さく小さく現れたから。ここで意識を取り戻した二人だったが、腕の中に抱き起こしたそんなルフィの背中に、実は…片方の袖から襟首へと通されて結ばれてあったロープがあった。チョッパーのように最初から命綱をつけていた彼ではない。となると、一体どういうことなのか。
"…ったく、やってくれるよな。"
あの混乱の最中にも、至って落ち着いて手を打った"彼女"であったのだろう。船端や海面の浮遊物に次々に"手"を開花させてロープをリレーし、ルフィの背中にも一組ほど咲かせて手際よく結んでおいた。ゴーイングメリー号には、何となれば海底にまで届くほどの超長距離用のロープが搭載されてある。(TVオリジナル版"夢叶う秘宝と海のヘソ編"参照ですねvv)
さてさて、ここで問題です。
ゾロが妙に落ち着いていて、
必ず助けが、それも近いうちに来ると
判っていたような素振りを見せていたのは何故でしょうか?
@ルフィの"ま・いっか"にすっかり感化されたから。
A仲間たちの手腕と能力を信じていたから。
BMorlin.の楽天主義なところを熟知していたから。おいおい
C実は…どなたの打った手なのやら、
どこへと続くそれなのか、長い長いロープの端っこが、
しっかとルフィの背中に結わえられてあったから。
サンジが居ればどーのなんて言ってた剣豪さんですが、実のところは、お迎えがすぐにも来るだろうことを見越していた彼だった訳で。ひょいと視線を上げれば、最初にルフィが凭れていたのをすっぱりと斬ったヤシの幹にはそのロープが結わえられてあり、その伸びてゆく先の行方を追えば…潜るように沈んでゆく海の方から、時折引っ張られているのが判る。
"これで眸ぇ覚ましたら、きっと怒るんだろうな、こいつ。"
まま、それは甘んじて受けるとして。とりあえず、船長の生誕パーティーには打ってつけな"会場"が見つかって良かったと、それもあって異様に落ち着いていたゾロだったのだが、
"…今のうちかな?"
腕の中に抱えたままの小さな温み。これを独占して居られるタイムリミットが、刻一刻と近づいている。潮風にふわふわと遊ぶ黒髪の中へ鼻先を埋めて、こぼれて止まない苦笑の処置に困っている辺り、一体誰へのプレゼントになった大嵐やら。今日も今日とて、彼らにとっては"世は事もなし"というところなのだろうか。何はともあれ、
HAPPY BIRTHDAY! GREAT GUY!
BACK→***
〜Fine〜 02.5.8.
*船長BD企画と銘打って
皆様がDLFをなさっているのが何だか羨ましくなって、
ただそれのみの勢いで書いてみた作品でございます。
こゆのでも宜しければ、
5月一杯の企画期間中、DLFと致しますので、
どうぞお持ち下さいませですvv
*オマケ篇、こっそりUP。(02.5.17.)
注意! “R-12”です。
それなりの描写がありますゆえ、
中学生以上の女性以外は“入室禁止”だぞだぞ?

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