月夜見
 
 Treasure hunting
        *微妙に春の映画のネタバレものかも知れません。
         実際に観てはいない奴の筆ですんで、
         正確じゃあないと思いますが…。(なお悪いって。)




          



 周囲を青い空と碧い海に取り囲まれた大海原のど真ん中であっても、たとえば海賊の襲撃やら海軍の臨検やらと、向こうからやって来る"お客様"はあるもので。そういった"人的襲来"以外にも、通りすがりの強大なイルカだの、海王類だの。はたまた、いきなりのハリケーンや竜巻だのと、油断してはいられない来訪者もあるものだから、毎日結構忙しい。こういった何かしらの来訪者がまるきり無くたって、賑やかなことが大好きな船長さんがいる限り、思いもよらない大騒ぎにも事欠かなくて。お陰様で…単調で退屈な船旅というもの、彼らはこの"ゴーイングメリー号"にてはあまり体験したことがないという。
おいおい そんな彼らには珍しいことに…ここ数日というものは、海の上は元より、港のある島々に立ち寄っても大して悶着も起こさぬ航海を続けていた。


  「る〜ふぃ〜。」

 猫撫で声になった時のナミほど用心の必要がある人物はいない。大事な仲間には変わりなく、無論のこと"悪い人間"でないのだが、何でもない時ほど茶目っ気が働いて"人が悪い"人物になりたがるため、何か企んでいるのか、はたまた………何にか静かに怒っているのか。どっちにしても額面通りに受け取ってはいけない"優しそうな素振りの彼女"だからだ。とはいえど、
「あん? 何だ? ナミ。」
 もうメシか?と。ミカンの樹の鉢が並べられたキッチンの屋根、通称"ミカン畑"で屈託なくもむっくりと身を起こしたのは、麦ワラ帽子のよく似合う、我らが"麦ワラ海賊団"の少年キャプテン、モンキィ=D=ルフィ船長である。
「メシって…まだお昼には間があるわよ。」
「そか。寝てたからな、時間が分かんねくてよ。」
 くぁ〜〜〜っと大きく口を開けるルフィに、ナミも思わず苦笑する。ここいらは春島海域であるらしく、入ってこっち、それはそれは穏やかな気候が続いていて。日頃何かと"退屈だよ〜〜〜"と騒ぐことの多いルフィでさえ、穏やかな日和と素直に仲よくなって、それは大人しく くうくうと、うたた寝に身をゆだねていたらしい。正青の空へと両の拳を突き上げて、大きく背伸びまでして見せるルフィの様子へ、オレンジ色の髪をした航海士嬢は苦笑が止まらない様子。
「暢気なもんねぇ。」
 ルフィの自然な体内時計では、昼間はお元気、夜中は眠いが基本な筈なので。それがこんな陽の高いうちから熟睡しているだなんてと呆れたのだろう。それと、
「さっき着いたのよ? この島に。」
 そういえば船は泊まっているらしく、主帆も巻き上げられている。だが、
「島って、そんな筈は…おおうっ!」
 いきなりひょいと到着するだなんて、そんな馬鹿な話があるかいと笑いつつ、それでも視線で示された右側を見やって…いつも誰かを驚かせてばかりいる側のルフィがそれは大きくのけ反って驚いた。

  「島だ…。」

 青い空と碧い海だけが漫然と続いてた筈の視野の中に広がるは、確かに立派な島である。喫水の高い船端から十分に見渡せる結構な広さの緑の林と、そこへと至るは…それは綺麗な弧を描いている純白の砂浜の入り江。割と平坦な土地であるらしく、林の向こうや島の中央部に山だの丘だのという高みは見えないが、これはやっぱり、確かに、立派な"島"だろう。
「でも、一体いつの間に?」
「だから、あんたが寝てたうちに、よ♪」
 にこやかにとんでもないことを言うナミだ。いや、確かに、ルフィが"くうくう"とうたた寝している間に着岸したのではあるが。
「けど…。」
 このルフィが声もなくという感じで仰天するのも無理はない。航行中に遭遇するところの島とか陸とかいうものは、曲がり角を曲がったら突然出合い頭に登場する…というようなものではない。群島の中からとある一つをと選んで目指してでもいるのでない限り、相手は障害物のない大海原の上にあるのだから、見通しのいい視野の中、随分と早くにその存在をこちらへ知ろしめす筈なのだ。極端な話、水平線の上に輪郭が見えたならそれでもう"島が見えるぞ!"と運ぶ筈。そして、そうともなると…到着までに色々と準備をしたり、ワクワクと気が逸
はやったり、そんな"前哨戦"のにぎわいに、皆してどこか落ち着けなくなるというものだのに。見張りに立ってた面子たちは元より、クルーたちの皆して、朝からずっと昨日までと何ら変わりない穏やかなムードでいただけに、ルフィには唐突に現れたようにしか思えなかった。そして"…ということは?"と、そんな事実から何かしら導き出されるものがある筈だのに、
「凄げぇ〜〜〜vv」
 そんな瑣末なことは置いとくのか、いきなり現れた島そのものと、この奇跡というか手品というのかへ、素直に大感動しているルフィであるらしい。キッチン前のデッキから見上げてくるナミも、その向こう、主甲板にいるウソップやチョッパー、ロビンたちも、彼のそんなはしゃぎようについ釣られてか、くすくす笑いが止まらないでいる。無邪気で屈託がなく、素直な船長。そんなで"海賊"という物騒な肩書きを名乗るのは危なくないかと案じたくなるくらい、今時には珍しいほどに天真爛漫な破天荒船長。そんな具合で見かけも言動も至って幼いが、実は実は途轍もなく度胸があって懐ろ深く。ここ一番で見せる実力は、ほんの数カ月であっと言う間に彼をして"グランドライン"に於ける億単位の賞金首に押し上げたほど…というから恐ろしい。だからこそ、若いに似合わぬ凄腕のエキスパートたちがその傘下にするすると集まった、言わば"奇跡の船"なのかもしれないが、そういうシリアスなプロフィールは今更だからおくとして。
「あのね、今日はあなたのお誕生日でしょう?」
「? そうだっけ?」
 久々の分かりやすい"ワックワク"が止まらないらしい、キラキラしたお顔の船長さんは、自分の生まれた日をやっぱり覚えていなかったらしくって。
「それでね、あたしたち、この島にすてきな宝物を隠したの。それを見つけて来るってゲームはいかがかしら?」
「お宝?」
「そうよ〜vv とっても"良いもの"をね、隠したの。」
「何だよ。そんで俺んこと、起こさなかったのか?」
「ま、そういうところかしらね。」
 おやおや、一応は気がついたのね。島が見えたと騒がなかった、皆して口裏を合わせて、ルフィに気づかせなかったらしいという段取りのこと。
「けど、お宝って何なんだ?」
「バっカねぇ、ここで言っちゃっちゃ面白くないでしょう? 1時間毎にチョッパーがヒントを授けてくれるから大丈夫。勿論、それだと迷子にもならないでしょう?」
 ナミは妙なことへと胸を張り、そして、
「あ・そっか。」
 それにあっさりと丸め込まれている船長さんでもあったりするのだった。…大丈夫か? そんな軽くあしらわれてて。
(笑)



            ◇



 シェフ特製のお弁当とおやつでパンパンに膨れたリュックを背負わせ、肩からは水筒を下げさせて。皆で大手を振り"頑張ってね"と送り出す。おうっ頑張るぞっと、お元気に浜までゴムゴムで飛んでゆき、ばたばた駆け足で林に消えてくは、赤いシャツの小さな背中。それをじっと見やりつつ、
「大丈夫っすかね。」
 サンジがぼそっと呟いた。
「あら、何が?」
「マリモが上陸してって、まだ10分と経ってませんよ?」
「だよな。いくらルフィでもすぐに見つけちまうんじゃねぇのか?」
 と、これはウソップのご意見だ。

  『この島にはそれは美味しい果物があるって聞いたの。
   どうせ、ルフィへのプレゼント、何も用意してないのでしょう?』

 ここまでの旅程はいつになくバタバタしていたから、いつぞやのように こそりと何かしら作ってる暇さえなかった筈…と、そこはナミさんもきっちりと見抜いていて。それでの提案、ルフィが喜ぶだろうからその果物を取って来なさいなと。そう言われたのへ しぶしぶ彼女からの提案に従って、島へと降りた剣豪であるらしく。そう…ナミの言った"宝物"とは、ぶっちゃけた話、ゾロのこと。その彼が船から降りて行って、まだそんなに時間は経っていない。これではすぐにも鉢合わせるのではなかろうかと、そこを案じたサンジとウソップだったのだが、
「大丈夫だって♪」
 何を根拠にしてだか、ナミはむんっとばかりに大きく胸を張り、その傍らでは考古学者さんが、
「そうね。剣士さんは今、南の岬の根元に辿り着かんとしているところだし。」
 彼女の特殊能力は、自分の身体の部位を好きなところへ好きなだけ"咲かせる"こと。どこにどう咲かせたか、自慢の"サーチアイ"にてゾロの現在位置を確認してらっさるらしくって。
「南…。」
 ちなみに此処は…太陽の位置から察するに、真北の入り江なのだけれど。
「速いな〜、あいつ。」
「アラバスタで、あっと言う間に首都市街から飛び出してた奴だからな。」
 も一つちなみに、それからあっと言う間に時計台まで戻って来た人でもある。
こらこら 妙な感慨にしみじみと耽る男たちに発破をかけるかのように、
「さあ、始まった始まった♪」
 どうやら今回の"作戦参謀長"であるらしきナミが威勢のいい声を上げたのであった。

   ………って。

 何だか のっけから妙な案配で強引に幕を明けた観のある展開であるが、当然のことながら…奇跡や神憑りから唐突に現れた島ではないし、この"お誕生日Ver.冒険プラン"というお膳立てにしても、偶然こんな島に着いたからと思いつきで立てたような半端な代物ではない。島が忽然と現れた"手品"にしても、実を言えば。その直前までルフィが夢の中にいたところの"くうくう うたた寝"の段階からして、少しばかり小細工された代物だったりするのである。
「あら、随分な言われようね。」
 おおっと。
「でも、薬を盛ったとか術をかけただとか、そういう怪しい代物じゃないし。」
 似たようなもんでしょうが、企んだものならさ。
(苦笑) 筆者とナミさんだけで通じ合っててもしようがないので、ここで種明かしをするならば。この島の情報、実は前に停泊した補給地で得たもので、

  『リゾート向きの小さな無人島なんだってvv』

 そうと聞いて、すかさずナミが皆に言い聞かせた。その情報、ルフィにだけは教えるな、という箝口令だ。
『何でまた。』
『だから。もうすぐ…ほら。』
 ああ、そういえばと。皆が思い出したのが、この船ならではの一大イベント。船長さんのお誕生日だ。
『そのための"サプライズ"の1つにするのよ。いきなり島に到着しました〜って段取りでね? きっとびっくりするわよ〜♪』
 朗らかに笑う航海士嬢に、
『そうは言ってもよ。見えてくるもんは、どうしようもなかろうが。』
 先にも述べたように、障害物のない中へ見えてくるもの。遮りようがなかろうがというご意見へは、
『まあ任せてよ。』
 島影が見えてからだと、海流や風にもよるが数時間から遅くとも半日もあれば到着出来る。だから、要はその間を誤魔化せれば良い。色々と策も練ったが、
『どうやら明日の昼前に到着しそうだから…。』
 聞いた話と船の速さ、海流などからそうと算出。そこでまずは、ウソップとサンジがゲームだの夜食だのと色々と餌を使って無理からの夜更かしに付き合わせ、まんまと"寝不足船長"に仕立て上げた。あとは、朝ご飯をたらふく食べさせ、島が見つかったことに気づかせぬまま、いつものように"ゾロの傍ら"という寝心地のいい場所へと追いやって
(笑)、着岸するまで眠らせておいた…という訳だ。

  ――― で。

 ナミはさりげなく"もう一人"へもサプライズを仕掛けた。もうお解りですねのゾロへであり、
『島に着けばルフィはすぐにも探検に出たがるだろうから、引き留めとくためにもぎりぎりまで教えない方が良いのよ。』
 彼にだけは今回の企みをそんな風に説明しておいた上で、着岸したが早いか、今度は特別なフルーツを探しに行かせた。ナミの言った"おいしい果物"というのだって、ちゃんと本当のお話。そりゃあそりゃあ甘い、マンゴーの特別品種が生
っていると、前の島で教わった。ただし、かなり分け入った林の中にある樹なので、収穫には"一日仕事"という覚悟が要るのだとか。そのため、いくら美味しいとは言っても、特別なことででもなけりゃあ穫りに行く人も滅多にいないとのこと。それを見つけてプレゼントにすりゃあ良いと焚きつけたのだ。
「さあ、今日は忙しいわよ。連中が帰って来るまでに、この浜辺にパーティー会場を設置しなきゃね。」
「まあ、時間はたっぷりあると見ていいんでしょうけれど。」
 サンジが言うのももっともな話。迷子の帝王と大王の揃い踏みですからねぇ。
(笑)
「…あ、チョッパーは時間になったら様子見に行ってやってね?」
「おうっ。」
「ヒントは適当で良いからね。お宝がゾロだって事はあくまでも伏せて、こっちの方向、だとか、そんなささやかなので良いから。」
 おいおい、大丈夫なんか? 危険な場所とか毒のある生き物とか…。
「そんなのが居たって、あの二人なら大丈夫よ。」
「むしろ相手の方が気の毒ってもんだわ。」


  ………こらこら。














          



 さて、まずはトレジャーハンターさんの方だが。
"う〜ん。お宝って何だろな。"
 ナミにとってのお宝は、金か宝石らしいけど、
"でも、ミカンも宝物だしな。"
 どうせなら食べられるものが良いな。それか綺麗なものとかビックリするもの。リュックサックの肩紐を両手で握ってほてほてと歩く。けもの道だか、それとも観光でくる人間がつけた道なのか。木立ちの中にはうっすらとした通り道があって、瑞々しい緑の天蓋が落とす木洩れ陽が、地面や下生えにまだらな模様を描いて白く目映い。途中で適当な枝の切れっ端を見つけ、それを振り振り歩いたが、

  "………な〜んか詰まんねぇの。"

 冒険は大好きだし、時々"がささっ"なんて薮が揺れたり、頭上の高みで梢が弾かれたりする気配にドキドキもするのだけれど。そのドキドキやワクワクは、一人で拾うより誰かと確かめ合う方が何倍も楽しいから。
"チョッパー、ヒント出しに来てくれるって言ってたな。"
 でも、ついさっき船から降りたばっかしだし。まだそんな時間じゃあないのかな。
"う〜ん。"
 静かな林だから尚のこと。誰もいないみたいで詰まらない。虫の気配も鳥の声も、今はあんまり聞こえない。いきなり乱入した自分という存在に警戒してるんだろうな。これは、ちょこっとだけ じっとしててみるかなと。周囲を見回し、適当な倒木を見つけてそこへと腰掛けた。
"う〜ん。"
 こんな早くに"詰まんない"がやって来たのは久し振りだ。そういえば、戦いがらみの騒動に巻き込まれた時以外は、大概 誰かと一緒だったからだろう。船ではウソップやチョッパーが遊び相手になってくれたし、港や島では…。

  ……… そうだよ、ゾロがいないんだ。

 そういえば、船から出た時もいなかったよな。あれ? でも、うたた寝しちゃったその直前までは一緒にいたよな。どっか行ってたんかな。ゾロは方向音痴だから、一人で降りちゃあいないだろうしな。部屋で寝直ししてたんかもな。

  ……………。

 違和感の正体が判って、さて。
"うう"…。"
 ますます"詰まんない"が膨張したような気分になった。いつだって一緒にいてくれるのに。何でもない時は特に。戦いに突入すると脇目も振らなくなる自分たちだから。互いの力量を良い意味で頼り
あてにして、沈思黙考、単独先行、不言実行…はいつものことで。何をしたいかが何も言わなくても判るし、向こうでも判ってくれてるから。一人で渦中に飛び込んでも、こっちの意志を読み取って、ここは任せたとばかりに他の戦局へ回ってくれる。それが当たり前なのに…くすぐったいくらいに嬉しいし、より一層頑張るための糧にもなる。
"んと…。"
 恐らくは…自分が選ぶことの半分より沢山は、ゾロにとっては"不本意"なことばかりだろうと思う。そんなに器用な人間でないのはお互い様だけど、ゾロの方が長く旅をしていたから、世間ってもの知ってるし、分別だってあると思うし。それでも、例えばナミのようにウソップみたいに矢鱈無闇に制
めたりしないで、面白そうじゃないかと腰を上げてくれる。絶対に事態がややこしくなると判っていても、俺らしい選択だ、しゃあねぇな付き合うぜと笑ってフォローしてくれる。

  ――― 諦めな。あいつはもう、その気らしいから。

 そんな風に皆を諌めて
(?)やりたいようにやらせてくれる、大好きなゾロ、カッコいい剣豪。いざという時にそうで、何でもない時はもっと甘やかしてくれるゾロ。良い匂いのする懐ろにもぐり込んでも怒らない。そこから見上げると、すっきり締まった首条とかおとがいとかの向こう、男臭いお顔が物凄く間近になるから嬉しい。んん?なんて怪訝そうな顔をして、眉間にしわが寄せるのを突々いてやめさせて。ちかちか光る棒ピアスや宝石みたいな緑の眸をじっと眺めるのが好きだし。自分のふにふにと柔らかい腕や小さめの肩とは全然違う、堅くて雄々しい胸板や二の腕なんかに、ぴとんとくっつくと何か気持ち良いし。

  "…どうしようかな。"

 お宝も気になるけれど、ゾロのこともちょっと気になる。ああ、静かなのって苦手だな。要らないことまで考えちゃうじゃないか。そういうのって苦手なのにサ。

  "うう"〜〜〜。"

 どうしてくれようかと、唸っていたルフィの眼前に、

  「………えっ?」

"それ"は、たいそう突然に現れたのであった。







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