月夜見 初春や

〜大川の向こう より


苛酷な酷暑に襲われた年の日本の冬は、
その後遺症もあってのこと、
大陸からの寒気がガンガン南下して来るので
雪の多い極寒となりやすいそうで。
その伝でいくと、
先の夏は結果として冷夏だったから、
じゃあ冬は穏やかなのかなぁと
思っていたれば、
そうは問屋が卸さなかったらしくって。

 「だよなぁ。
  12月に入った途端、
  凄げぇ大荒れになったもんなぁ。」

お陰様で
仕事にゃ結構な痛手になりかかったぞと、
回船業を営む赤毛の父上が
やれやれと言いたげな声を出す。
大川の真ん中、
中州の小さな里へ…のみならず、
それを挟んだこっちと向こうという
対岸同士の流通においても、
いまだに便利だと
使い勝手を買われておいでの船での移送は、
だがだが案外と天候に左右されがちで。
大時代の帆船じゃあるまいに、
風が強かろが
そうそう影響するまいと思ったら
大間違いで、
大きい川だからこそ波も高まるし、
そうなりゃ船だって揺れる。
それでなくとも
物資の移送が
慌ただしくなる頃合いだってのに、
風が強く波もあったがため、
慎重に航行せにゃならん日が多かったので、
そのたび、
遅れが出ぬかと
冷や冷やのしどおしだったとか。

 「でもよ、
  此処って あんま雪は降らないからな。」

その分、まだマシなんじゃあと、
辛口の燗の徳利を傾けて、
ぼやく父上へ最後の一滴まで
盃へとんとんとんと
注いで差し上げている長男坊。

 「ありゃ、もうないや。」
 「あらあら。
  新しいの、つけて来ましょうね。」

動き惜しみをしないマキノさんが、
ひょいと台所へ立ち上がってゆき。
優しい存在がいなくなったのと入れ替わり、
ひゅうぅんと
どこか遠くから風籟撒いてやってくる北風が、
勢いのいい隙間風を強引に吹き込むものか。
縁側のガラスの嵌まった障子が
ガタタと揺れたのへ、
おコタに当たっていた小さな坊やが、
一丁前におおうと
背中をすくめさせて見せて。

 “……む〜ん。”

寒いのはあんまり好きじゃあないけれど、
それでもお外で遊ぶのが大好きな、
元気者のガキ大将。
仕事納めが大晦日ぎりぎりだった大人たちが、
やっとのこと転がり込んだように
元日からの3が日を
まったり過ごしておいでなのへ、
昨夜から始まっての午前中までは
何とか付き合えたものの。
お雑煮も食べたし、お年玉ももらった、
他には特に
何といってイベントごともないとなると、
小さな坊やには退屈の虫が
もじょもじょし出すというもので。
お屠蘇から勢いづいて
熱燗を空け始めている父上や、
そんな親父殿と張り合うように
いい飲みっぷりをご披露中の
年の離れたお兄様に絡まれるのもつまらぬ話。
とはいえ、今日ばかりは
どこのお宅も似たよなものに違いなく。
お家によっては
帰省して来た親戚の従兄弟がいるので
遊び相手にも困らぬと、
表に出たとて遊ぶ仲間も居ないんじゃあ、
ただ寒い想いをするばっかりで
それも詰まらない。

 “ゾロんチも、
  大人や親戚が一杯来てんだろうしな。”

こんな小さな里にあるのに
その筋では高名ならしい、
由緒ある剣道の道場を
いとなんでおいでのロロノアさんチもまた。
いわゆる“本家筋”にあたるためか、
盆暮れには
親類縁者がどっと集まるお忙しいお宅。

 “あ〜あ…。”

他の腕白たちが忙しくて逢えないのは
しょうがないなと諦められても、
大好きなお兄ちゃんに逢えないのは
いたく詰まらないルフィ坊や。
酔っ払いたちに絡まれる前に、
マキノさんが上手に連れ出して、
そうねぇ、
シャッキーさんから誘われているから、
夕方まで
レイリーさんのところに
お邪魔してましょうかなんて、
そんな格好での
時間つぶしをするのが常套なのだが…と。
苦笑交じりにお姉さんが
胸の内にて算段しておれば、

 「こんにちは。」
 「……あら。」

お燗がついたの運んで来かかったところへ、
玄関から誰かの声がしたらしく、
熱い燗が冷めても困るし、
あらあらどうしましょと
途中の廊下で躊躇しておいで。
そんな彼女の傍らを駆け抜けたのが、

 「ゾロっ♪」

おやまあ、いいお返事だことと、
元気に飛んでった当家の坊やを見送り、
あらためての苦笑が込み上げたマキノさん。
土間へ靴下のまま飛び降り、
ガラス障子の引き戸をうんせと引いて、
声とシルエットだけで既に察していた相手へ
満面の笑みを向けて飛びついておいで。

 「どしたんだ?
  隣町の道場からも
  センセーが来てんだろ?」

 「ああ。今朝から何本も
  勝負つけてもらったぞ。」

それが片付いたんで、こちらへのお年始に

 「これ持ってけって、母さんが。
  …じゃね、母がどうぞと。」

とりあえず熱燗を茶の間へ運んでから
あらためて出て来たマキノさんへ、
いが栗頭の小さなお兄さんが差し出したのは、
古風な提げ手つきの蓋のついた平桶だ。

 「あ、もしかして。」

どうもと両手で恭しく受け取れば、
待ち切れなかったルフィが
蓋をがばっと取り上げて、

 「わあ、おばちゃんの押し寿司だっ!」

甘く煮た椎茸にニンジン、
タケノコにゴボウ、山菜は薄味で。
茹でた小エビやアナゴも散りばめて、
錦糸たまごや桜色の田麩(でんぶ)で
春の野原みたいに飾られた押し寿司が、
カステラみたいに四角く切って
大皿に盛られたの(ラップつき)を、
お使いだと運んで来た
お兄ちゃんだったようで。

 「なあなあ、
  ゾロも ちょっと寄ってけよ。」

明日になれば、従業員の皆様も
ご挨拶をかねてどっと押し寄せ、
小さな子供も多数あふれるお家だが、
今日ばかりは詰まらんばかりのルフィさん。
きっと、ロロノアさんのお宅も
それを見越してくださったのかもと、
マキノさんもにっこり微笑い、

 「大したものはありませんが、
  上がってって下さいな。」

銀嶺庵のお煎餅と羽二重もち、
シャッキーさんから頂いたのがあるから、
ルフィの部屋へ運びますねと、
大人の人へと出すよなものを
供して下さる心遣いへ、

 「あ…えと、すいません。」

恐縮したのも束の間で、

 「ほら早く上がれよ、ゾロっ。」

遊ぼう遊ぼうと、
手を取って急かす坊やにあっては、
お姉さんもお兄さんも
同じように苦笑するしかなかったり。
今年もまた、
腕白さんに振り回される
賑やかな一年になりそうで。
こりゃあ春から縁起がいいやと、
豪気な笑い方をするよになるには
まだちょっと何年かかかりそうな皆様が、
朗らかな昼下がりをお過ごしの
小さな里のお正月だったそうでございます。





     〜Fine〜  15.01.02.


  *大みそかからこっち、いきなりの極寒ですよね。
   それでもお元気に外遊びしていた子供らの声がしていたので、
   あれって親御さんが大変だよねぇと、
   すっかりとおばさん思考で物を考えるようになってた
   そんな自分へも気がついた冬休みでございます。

   何はともあれ、今年もよろしくお願い致します。

  *拍手お礼に掲げた大元のお話はこっち。

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