月夜見 陽だまりA


        



 さてさて"甘えん坊さん"という肩書きを勝手に冠されてしまった、当のトナカイさんはといえば、
"あの二人が一緒だと、必ず何か騒ぎになりかねないからな。"
 悪い奴ではないんだけれど、物事や行動を判断する方向が破茶目茶で。自分たちが体力自慢だからか、その"無軌道ぶり"の桁が違いすぎる"人外魔境"男たち。自分だけならともかくも、足元さえおぼつかないこんなか弱いお祖母さんが巻き込まれたら、きっと大変なことになると、そう危ぶんだチョッパーだったらしくて。………こちらにはこちらの言い分があった訳やね。
(笑)
"頼もしいのは頼もしいんだけどさ。"
 海賊ではあるものの一応は一般常識を踏まえる、という点ではウソップやナミの方が分別があるし、そこに腕っ節も加算されるとなれば…こういう"陸
おか"での道連れにはサンジの方がいっそ頼もしいのかも。
"でも、サンジは女の人に目がないからなぁ。"
 そんな風に思って"はああ"と溜息。まったく、選りにも選ってとんでもない連中との道行きを選んでしまったもんである。
「お兄さん、大丈夫かね?」
 そんな溜息に気づかれてしまったか、傍らをついて来るおばあさんが少々案じるような声をかけて来た。
「あ、や、いや、えっと…っ。」
 突発事態にはてんで弱いチョッパーだったが、傍らに見下ろしたおばあさんのお顔を視野に収めると、ついつい小さく笑みが浮かんでしまった。
「大丈夫だぞ、任しとけ。今、ポプラの並木が見える小道まで来たけれど、こっちで合ってるだろ?」
「おう、はいはい。そうです、そうです。」
 さして細かく聞かれてもない。ところどころの別れ道で、こんな風に確認を取るだけなのに、もう随分と自宅に近づいて来たらしく、
「驚いたねぇ。よく判るねぇ。あ、もしかしてお兄さんは、ここいらに赴任して来た新しいお巡りさんかい?」
「えっえっえっvv そんなじゃないけどな。」
 とんだものと間違えられて、ついつい笑ってしまったトナカイさんは、
「おばあさんの歩きようとかで、何となく判るんだ。どのくらいのとこから歩いて来た人かなって。」
 適当なことを言って誤魔化した。そんな名人がいたんだよって、本を読むのが好きな考古学者が言ってたのを思い出したからだ。もっともその名人は、医者じゃなくって"探偵"とかいう職業だったそうだけれど。


「ここだろ? おばあちゃんチ。ヒイラギの樹が両脇に植わってる、石段のアプローチが玄関まで続いてる緑の屋根の家。」
「ああ、そうですよ。凄いんだねぇ。」
 おばあさんの歩調に合わせてのゆっくりしたお散歩歩きで30分強ほど。落ち着いた家並みが続く住宅街の中に、目的のお家はやさしい佇まいを見せていた。
「どうか上がってって下さいましな。何にもありませんが、お茶をお出し致しますよ?」
 人の善さそうなおばあさんはお礼にと薦めたが、
「良いんだよ。それよか、お家に入んなよ。メガネかけないと不安だろ?」
 胸元でかざした手を大きく振って見せ、遠慮しての問答をしていると、
「あら、おばあちゃん? 随分早く帰って来たのね? 後で公園まで迎えに行こうと思ってたのに。」
 そんな声がして、足音が近づいて来る。
「…あら? メガネはどうしたの?」
「ああ、割れてしまってね。それでこのお兄さんが親切にも送って下さって。」
「お兄さん?」
 娘さんかお嫁さんか、家人なのだろうおばさんの声は、だが、
「誰もいませんよ?」
「え?」
「大きな犬か何かが、たったかたったか走って行ったのが見えただけで。」
 そう言って、丁度おばあさんが戻って来た方向、何かが駆けて行った方を小手をかざすようにして見やって見せた。




"ああ、びっくりした。"
 人の気配がした途端に、慌ててトナカイ型へと変化して、たったかたったか駆け出したチョッパーだ。見とがめられては面倒だと思ってのこと、ちょっとビックリしつつのことではあったが、特に"逃げ出した"というような意識はない。気立ての優しいおばあさん。少し離れた曲がり角から様子を伺い、娘さんに促されて家の中へと入ったのを見届けるとやっとこ胸を撫で下ろす。ほんのちょっとの間のお友達。可愛らしいおばあさんだったなと、ついつい"うくくvv"という嬉しそうな笑みが零れる。
"ドクトリーヌも皆も、元気かな。"
 ドラムから離れて旅立ってからも、色んなことがあった。沢山の人たちと出会って別れて。頼もしい仲間と友達になったけど、楽しいことばかりじゃなくって。辛い旅程に手ごわい敵。悲しいことや悔しいことも一杯あって。だけど、元気で前向きなルフィと一緒だと、不思議とね、悔しいばっかじゃないんだよ? 物凄く大変な戦いにも飛び込んだけど、大切な仲間たちも皆、大怪我したりして心配も一杯したけど。最後にはね、乗り越えて大笑いしちゃうんだ。どんなもんだいって。ビビやカルーとお別れしたのは辛かったけど、いつまでもずっと友達だって。ルフィが笑ってくれたから。そうだよねって、やっと笑えたよ、俺も。ドラムにいた時、辛いことばっかじゃなくて、それなりに楽しいことだって一杯あったように。ルフィは"ワクワク"とか"ドキドキ"とか、いっぱい呼んでくれる凄い奴で。そいで船の仲間は、皆してそんなルフィが大好きなんだ。物凄い沢山の冒険のお話をしてくれる楽しい発明家のウソップも、喧嘩も強いしお料理も上手な、いつもかっこいいサンジも、空や海と友達でみかんの匂いがするふかふかのお胸をしていて、だけど怒らすと一番怖いナミも、毎日々々 本ばっかり読んでて物知りで、時々ハナハナの手で遊んでくれるきれいなロビンも。そいでそいで、いつも怖い顔でむすっとしてるけど、俺とかルフィが寄ってくと"にか"って笑って、お父さんみたいに構ってくれる、もんの凄く強い剣士のゾロも。皆してルフィのことが大好きで。


   「…さ。帰ろっとvv」


 皆が待ってるから。ニコッと笑ったトナカイさんは、たったかたったか軽快な足取りで、やって来た方向への道を後戻りして行ったのだった。



            



 迷子になるからと、此処で待っているよう重々言い置かれて、まあ町の方も一通り見て回ったことだしと、空いていたベンチに腰掛けて日向ぼっこと洒落込んだ。いい若いもんが辛気臭いことをと思われそうだが、日頃ドタバタと大暴れをしているのだ。たまにはこういう静かな場所で、穏やかに時間をつぶすのも悪くはない。背もたれへ長い腕を引っかけるような体勢になって、頭を後ろへ倒し気味、ぼんやりと晴れ渡った空を仰いでいたゾロへ、
「あ、まただ。」
 ルフィがそんな声をかけて来た。んん?と首をもたげるようにして、
「何がだ。」
 短く訊くと、
「ゾロってサ、いっつも此処にシワ寄せてるよな。」
 つん…っなんていうよな可愛げのあるもんじゃない。思い切りドスッと眉間を突々かれて、
「お前はなぁ〜。」
 痛くはなかったがビックリしたらしく、ゾロが少々咬みつくような声を上げる。そらなぁ。眸といえば人間に限らず"急所"である。何かよく判らないけど飛んで来たら、何でだかよく判らないけど反射的に顔を背けるのは、その"何か"の情報をキャッチするのが眸だからであるのと同時、その眸を含む、急所の集合体である頭(顔)を真っ先に飛来物の射程から逃がすためだ。それでなくとも凄腕の剣豪、どんな急襲にもきっちり対応出来るほど油断も隙もない人な筈だが、この船長さんがまた別な意味で"油断も隙もない人"だから堪らない。
(笑)
"避ける隙を与えねぇってのは、こっちが不甲斐ないせいなのかな?"
 単に突拍子がないだけだと思いますけどね。あ、それと、油断しまくってるとか。
"何だよ、そりゃ。"
 うふふふふん♪ 筆者とごちゃごちゃやってる場合ではなくってよ?
「ゾロって時々そっぽ向くのな。」
 ルフィの側では話が先に進んでいる。
「…そっぽ?」
 そりゃあまあ。出来ることならいつもいつもじっと、愛しいあなたの顔ばっかり見てたかったりもしますけど。仲間の目があって照れ臭くて、傍らにべったりくっついてる訳にいかない船の上なんかでは、ついつい目線でしょっちゅう追ってしまいもしますけれど。こんなほど間近にいる時は、すぐそばに温みや匂いを直接感じることが出来る安心感から…いつもとは逆に、ついつい視線はよそ向いたりもしますわよと。
"…そこまでは思ってねぇよ。"
 判ったから、背もたれの陰ででっかい握りこぶしを構えるのはやめたまえ。
(笑) ぐぐっと妙に力を込めて歯を食いしばっているゾロへ、
「んん?」
 きょろんと瞬かせた大きな瞳で間近に顔を覗き込んで来たルフィであり、
「………う"。」
 たじろいでどうすんだ、未来の大剣豪。
(笑) 日頃ならきりりと引き締まっていかつい口許を、今は少々歪めて唸って見せるゾロだったが、対するルフィはいえば、
「だからさ。そういう風に判りやすく"どっかのよそ"を向いてるって意味じゃなくってさ。」
 少々焦れたような口調で言いつのり、


   「何かの拍子に、何か思い出してる。」

   「…っ☆」


 研ぎ澄まされた刃のように、何の抵抗もなく、するりと心に忍び入る鋭い何か。あまりになめらかにすべり込んで来たものだから、意味が後からついて来たほどで。
「…ルフィ?」
 彼の傍らにいる時は勿論のこと、少しばかり離れて彼の方を向いている時だって。意識はただただ彼をのみ捉え、彼をのみ見やっているものと、自分でもそうと思っていたのだが。
「それをまた、一個だって話してくれない。」
「………。」
 やや拗ねたように。言われてみれば、ほんの時々。夢の中に面影でも出て来てか、はたまた座り込む時に杖のように肩に立て掛けた白い鞘のその感触などに、思い出すことがたまにはある。そして…どうかしたかと訊かれても、思い出したことを特に語るでなく、いつもの口癖で、
『何でもねぇよ』
 そんな風に誤魔化していた。
"………。"
 自分と良い勝負なくらい大雑把で鈍感で。この幼
いとけない船長さんは見てそれと判ることや、自分の貧相なボキャブラリーでもって説明出来る範囲のことにしか関心を示さないと思っていたのに。
"…そういえば。"
 そういえば、妙に偏った部分にて多感なところもある彼で。自分への何やかやには"柳に風"で一切構いだてしないくせに、友達や仲間を苦しめたというだけで易々と怒り心頭に発し。その感情の大きさをその重さを、言い尽くして充当出来るだけの言葉を持たないが故の歯痒さを解き放つかのように。想いの丈を重々練り込んだ怒りの拳を叩き込んで、敵をあっさりと撃沈してきたケースは数え切れない。見た目だけで単細胞だと決めてかかっていると、思わぬところで切ない目に遭うぞと、そんな彼の奥深さ、判っていたつもりだったのに。
"こっちに向けられるとはな。"
 いやさ、そもそもの話、自分が彼に隠し事を持っているという意識がなかった。些細なことでは決してないけれど、特に話すまでもないこと。大剣豪になるという未来に据えた指針さえ判ってくれていればそれで十分なことだから、その発端の…自分の胸の奥底に刻まれた"最初の約束"については、過去の話だ、わざわざ話す必要もなかろうと思っていた。
「………。」
 思いもよらない指摘にあって、しばし言葉が出ないでいるゾロへ、
「チョッパーがさ、言ってたぞ。」
 少しばかり唇を尖らせ気味になったルフィであり、
「んん?」
 言葉の先を促すと、

  「辛かったこととか悔しかったことって、
   いんぱくと?っていうのが大きいとなかなか忘れらんないけどサ。
   でも、いつかそのうち、
   ホントに"あれっ?"って思うくらいいつの間にか忘れるって。」

「…そうかな。」
 そんなものだろうかと小首を傾げて見せる。すると、
「そのもの自体を忘れるんじゃなくってさ。えっとサ、もっと価値のある、楽しかったことだけ思い出せるようになるんだよって。」
 ルフィはややムキになって言葉を継いだ。
"………。"
 二度と再会出来ないような、二度とやり直せないような、何かどこか悲しい別れ方をしたとしても。その悲しいこと込みで忘れたくない人。そんなにも忘れられない人、大事な人。………だから、きっと。いつかきっと"いい想い出"に縁取られた存在になる。ガツンと痛かった想いも、それより素敵な笑顔や声を、その人を好きになったそもそもの"何か"を思い出すことで比重がどんどん変わってゆく。
「………。」
 チョッパーに聞いたという優しいお話。この手の話はいつもなら、右から左、聞いた端から忘れてしまうルフィだろうになんて感じてしまうところだが、
「…そうだな。」
 気づかぬままにルフィから隠していたものの気配を。一個も話してくれないと言いつつも、これだけ的確に察することが出来るやさしい子。語彙が貧弱なだけで、実は懐ろの深い彼だと誰よりも良く知っている。行動が突飛すぎるから誤解されがちだが、感受性も豊かで他人の痛みを察してやれる、強くて優しい、男前な気概を持った少年。そんな彼は、だが不器用だから。形の無いもの、気持ちや感情。時に掴み取れなくて、はたまたうまく言えなくて。困ったようにむずかるように、ちょいとばかり情けない視線を投げてくるのへ、自分は判っているからと、いつだって目顔で応じてやって来た。………そう。ルフィがちょろっと不機嫌になったのは、ゾロの側からばかり"判っている"のが口惜しかったからなのかも。
"俺だって知らねぇこと、あるんだけどな。"
 宝だから誰にも触らせないと、胸張って啖呵切るほど大事にしている麦ワラ帽子。その元の持ち主のこと、あまり話してくれないルフィのくせに。
「言うのが辛いことなんなら聞かないけどさ。」
 自堕落な座り方をして、前に投げ出した足の先。どこか所在無げに、爪先に引っかけた草履をぷらぷらと揺らして見せる。他人の背景や過去を取り沙汰しない彼が、ゾロが誤魔化す何かしらへ、話してくれないのが詰まらないと拗ねて見せるのが………何だか何とも愛惜しい。


   「そのうちな。」
   「んん?」
   「そのうち話すよ。」
   「ん。判った。そのうちの絶対な?」
   「ああ。絶対だ。」


 屈託のない少年。絶対や"ずっと"を当たり前のこととして信じ、頓着なく口にする無邪気な子供。だけど、彼の口から出た言葉なら、それこそ"必ず"形になるような気がする。先の見えない不安から捨て鉢になりかかっていた自分が、もう一度"約束"の意味とそこに籠もった"想い"という温かさを思い出せたように。ずっとずっと一緒に居よう。そうやってずっとを本物の"永遠"にしよう。きっときっと約束は果たすから。この手で"絶対"を形にするから…。
「そっか。」
 それで納得出来たのか、にかっと笑って。
「チョッパー遅いよな。」
 ぴょいっとベンチから立ち上がる。
「俺、腹減って来た。」
 待ってろって言われたけど、チョッパーなら鼻が良いから いつもみたくちゃんと探してくれるんじゃないのかな…なんて、調子の良いことを言い出す船長さんで。はたまた、
「そういや そうだよな。」
 こちらも、ぼんやりしていること自体に飽きは来なかったが、自分と違ってじっとしていることが苦手な船長さんだということを良く良く把握している剣豪さんが、そちらの気晴らしを優先させてやりたくてベンチから立ち上がる。クリスマスカラーに彩られた街。先程は要らぬ警戒に落ち着けなかったが、今なら…詰まらない秋波になぞ気も留まらず、鼻の先で蹴散らしていられると思ったゾロだった。




 そんな彼らが"公園から動くなって言っただろっ!!"とばかり、頭から角を生やして怒り心頭のチョッパーから、こっぴどく叱られたのは数時間後のことである。………あ、チョッパーって角は元から生えてましたか。
(笑)





   〜Fine〜  02.11.21.〜12.8.


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   *祐希サマへ。
    先日はキリリクのテーマをきちんと確認しなかったことで、
    まるきり見当違いなお話しを供してしまいました。
    書き直しましたので、今度のをこそお納め下さいませです。

   *途中ではたと気がついたのですが、
    ウチのゾロはシリーズによって、
    シャンクスさんのことを
    良く知ってたり、全然知らなかったりしております。
   "蜜月まで〜"の方は、
    二人きり時代に事ある毎に名前を出すもんだからと、
    ついつい怒ったことがあるゾロさんで。
    それ以来はルフィも口にしてませんが、既に色々と知ってることになる。
    一番最初に気まずくなりかかったそもそもの切っ掛け。
    でも、それ以外のお話では、あんまり知らないことになってます。
    ………で、どっちが気になるもんなんでしょうね。
    名前と世話になった憧れの人だということしか知らないってのも、
    却って気になってしまうのかもしれないですもんね。