月夜見 陽だまり


        



 巨大海王類が闊歩する、常時 凪の海域"カーム・ベルト"に挟まれて、その入り口は"リバース・マウンテン"ただ一ヶ所しかなく。それぞれの島を成す岩礁の磁力が強いため、海域全体の磁場が狂い、風にも海流にも規則性がなく、制覇しようにも一筋縄ではいかない航路。それが"偉大なる航路・グランドライン"と呼ばれるそもそもの由縁だそうだが、それでも生活している人々はいる。全海域とまでは行かないながらも、ログポースやエターナルポースという手段にて航海の術を見いだし、旅立ち、出会い、寄り集まって集落を築く。その後も、必ずしも生まれた土地一ヶ所に留まるとはかぎらず。探求心とか冒険心とかが旺盛な者がいて、物資や情報を行き来させ、交流し、どんどんと発展してゆく。そんな様を見ていると、人という生き物は本当に逞しいなとつくづく思う。いつだったか、デッキの手摺りに座ってそんなような話をしたら、
『あら、でも。あんたもなかなか冒険心旺盛じゃないの。』
 同じ手摺りに凭れるように肘を突いていた…みかん色の髪をした凄腕航海士は、くすくすと笑って、
『こうやって何にも判らない海に漕ぎ出して、あまりの暑さに死にそうになった砂漠の国にだって順応しちゃったし。』
 そう言ってきれいな手で"いい子いい子"って頭を撫でてくれたから、
『う、うう、うるせぇなっ、このやろがっvv』
 褒められたんで つい"えへへ♪"って笑ってしまったけれど。でもでも、ホント。人間て凄いよなぁ。



 二人の偉大なドクターに育てられ、何年も医者としての修行に明け暮れた。復讐なんて馬鹿馬鹿しいことと、ドクトリーヌは鼻先で笑ったけれど。そんなものを考える余裕があるのなら、医学書の何冊かでも集中して読みなって言ったけど。憎き傲慢王にいつか思い知らせてやりたくて。お前は間違っているんだぞと、お前一人のいい加減さや我儘のためにどれほどの人達がつらくて苦しい思いをしたのかを、身をもって思い知らせてやりたくて。何よりも、大好きだったドクターとその信念を嘲笑ったことだけは、いつだって口惜しくて忘れられなかったから。叶わぬことなんだろうなと半分くらい諦めつつも、やっぱり。胸のどこかに いつまでもひりひりとこびりついてた想いだった。そんなところへ強い海賊がやって来て。そしたらワポルはとっとと逃げ出したんだ。自分の身だけが大事だったから医師団と軍隊を引き連れて、国民全部を捨て置いて、だ。やっぱり腹が立ったさ。けど、それで奴が出てったんなら、国のためにはそれも良いかって、そう思うことにした。悔しさは拭えないままだったけど、いつか忘れる。もっと価値のある、楽しかったことだけ思い出せるようになる。長いこと生きて来たドクトリーヌがそう言うから、俺もそう思うことにしてた。………だのに、あいつは戻って来た。海賊たちがいなくなったからって、王城へ戻って来ようとした。相変わらずの身勝手で、ずっと堪
こらえて来た俺も、とうとう堪忍袋の緒が切れかけてた。そこへ。

  『お前みたいないい加減な気持ちで海賊やってたような奴には、
   他人の信念の旗に手をかける資格はねぇっ!』

 やっぱり突然やって来た若い海賊がいて。海賊の方からも、ワポルみたいなのは願い下げなんだよって啖呵を切ってくれたのが、何だか凄い嬉しかった。凄い強い奴で、凄い面白い奴で。しかも、俺について来てくれなんて言うんだ。医者だからじゃなくて、俺が"俺"だからって。…ホント、後でナミが呆れてたもんな。ルフィもサンジも、俺が医者だってこと知らないままだったからさ。しょうがない奴らだよな、まったくもう♪ えっえっえっえっvv


            



「そっか。もうすぐクリスマスなんだ。」
 例によって"補給物資の買い出しに"と降り立ったのは、秋島海域にあった中規模の港町。行き交う人々でにぎわう石畳の町角の、どこか浮かれた華やぎの様子に何となくの覚えがあってキョロキョロしていた街歩き組が、ああと思い出したのが、広場の真ん中、高い高い空に届けとばかりに大きなツリーが早々と飾られていたからだ。ここもやはりキリスト教が広く信仰されている土地であるのか、それとも半分くらいはかこつけてのことなのか。ショーウィンドウを街路に向けた商店が居並ぶ町角や、テント張りのにぎやかな市場などにはそれらしき飾り付けが鮮やかで華やかだ。何かで聞いた話だが、クリスマスカラーは白と赤と緑と黄(金)色。白は雪から"純粋"や"潔白"を表し、赤は燃え盛る炎から"生命"を、緑はモミの木などの常緑樹から転じて"永遠"を、黄色は…何だったかな?
おいおい 中国の五行だったら中央・土なんですが。金色は、こちらもまた"純粋"という意味があるのだけれど…。まあともかく、それぞれにそういう物々を象徴しているのだそうな。中途半端な蘊蓄でゴメンっ。(謝っ)頼りにならない筆者はさておき。(笑) リボンや電飾、オーナメントなどでそういった彩りに飾られているせいか、ほんの少し肌寒い冬催(もよ)いの町中もなんとなく暖かに見えたりする。

《筆者からの付けたり。》
 クリスマスカラーを調べなおすと、金色の事が判りましたので追加します。
 やはり黄色ではなく金色で、ベツレヘムの星の輝きのことだとか。(ツリーの天辺の星。イエスが生まれた事を東洋の三賢者に知らせた星です。)司るのは、高貴とか大切という意味だそうです。
 また、クリスマス・レッドには、イエスが生まれた時に次々実ったリンゴの色とか、ヒイラギの実の色という説や、イエスが十字架にかけられて人々のために流した血の色だとする説もあるそうです。


「今日はルフィたちも宿に泊まるんだろ?」
 相変わらずの"縫いぐるみの真似"でルフィに抱えられたまま、トナカイ・ドクターのチョッパーがこそこそっと訊くのへ、
「おお。ナミがそうしなさいって言ってたぞ。」
 いつもの袖なしシャツでは妙で目立つからと上着を着せられたほど、仄かに肌寒いのも何のその。温かな抱っこちゃんに"にっこにこ"のルフィが、どこか他人事のようにそう答えた。今回は…あまりこういうことはやりたくはないのだが、海賊旗や主帆を隠しての"こっそり入港"である。久々にまともな町への上陸なので、色々と…物資も情報もたらふく仕入れたいとナミが言い出したからだ。それでなくたってクリスマスが控えているのだし、ここは景気よく潤いたいとばかり、大蔵省が奮発して取って置きの宝石類のお宝をかなり整理して換金するつもりでいるらしく。そして、そういう背景の下に真っ当な入港をした以上、トラブルメーカーたちを港に係留された船へと残すのは、監視の目がない分、却って危険かも知れないという判断の下、
『今回はあんたたちも皆と一緒に宿に泊まりましょうね?』
というお優しい声が掛けられたのであるらしい。ルフィは何も勘ぐる事なく受け止めたようだったが、
"きっちり考え抜かれたもんだってのは分かるが…。"
 色々な意味で破綻を来
きたさないよう、万一何かあっても総出で事態収拾が出来るようにと出された"安全策"だというのは良く良く判るのだが、頭ごなしにそういう厄介な面子だという扱いをされているのが何となく、
"何でまた、いちいちあの女に仕切られにゃあならんのだ。"
 相も変わらず、その点がちょこっと気に入らない剣豪さんであるらしく。買い物班の荷物持ちを免除された、何となれば楽しい筈な街歩きだのに、どこか不貞腐れたような しかめっ面。そんな彼へ、
「…なあ、ゾロ。」
 ひょこひょこと自分の前を歩きつつ、店先のディスプレイやクリスマス向けのデコレーションを覗き込んでは明るく笑いさざめいていた船長さんが、不意にぐるんと振り返って声を掛けて来た。
「? 何だ?」
「詰まらないのか? 散歩。」
 コート代わりの裾が擦り切れたマントを肩からすっぽりと。こちらも3本刀を隠すために"羽織らされた"ゾロを、両腕で胸元に抱え込んだチョッパーと共に真下から見上げて来る。………ここで、お手数ではあろうがちょっと想像してほしい。大きめの縫いぐるみを胸元に両腕がかりできゅうっと抱えた、ちょいと可愛くて小柄な男の子が。一分の隙もない、いかにも"武芸者"風の年嵩な連れをじ〜っと大きな眸で見上げている。こんな様は、傍からも人目を引くほどに充分愛らしく。勿論、

   「………う。」

 そんなもん、傍から言われんでも判っとるわいというレベルで、ゾロにもガツンと来るほど充分に蠱惑的な仕草。


 【蠱惑的;kowaku-teki】

 人の心を惑わし、たぶらかすような雰囲気や様子。なまめいて艶やかに美しい、妖冶な、淫靡な様子の…お仲間みたいな魅惑をはらんでいるという描写だと思っていただけると、筆者としては非常にありがたい。
こらこら


 とゆ訳で。そ〜んな雰囲気を とろっとろの蜂蜜もかくやとばかり、こちらからどっぷり惚れ抜いてるそのお顔にたぁっぷりと滲ませて、必殺の上目遣いで見上げて来たものだから、
"くそ〜。判っててやってんじゃねぇか、こいつ。/////"
 強力無双にして天下の三刀流、怖いものなしな筈の元・海賊狩りが、その分厚い胸板の内側で…そんな風な負け惜しみを言ってたりして。
(笑)
「なあ。詰まんないのか?」
 言ってくれなきゃ通じない。なあなあと執拗に"お返事"を求めてくる愛しい人からの追及に、
「そういう訳じゃねぇよ。」
 肩を落として溜息を一つ。ちょっとばかり広めの賢そうな額を、大きな手のひらで覆って見せて、
「何でそんなことを訊く。」
「だってさ。ゾロ、妙に警戒してる。何か背中がひりひりするぞ。ホントはよそに行きたいのか? 他にやりたいことがあって、だけど俺から眸ぇ離せないから、そいで苛々してんじゃないのか?」
「…あのな。」
 はっきり言って、そんな筈も"つもり"もない。珍しくも自分の緊張感を察知してくれた意識の仕方はちょっと嬉しかったが、
「お前、分かってねぇだろ。」
「んん?」
 こ〜んな可愛らしい男の子が屈託なく歩いていたら、どうしたって注目を集めてしまう。今だって、現地の人、観光客らしき人々が、通り過ぎざま、ちらちらとこちらを見やっていて、
『可愛いわねぇ♪』
 などと唇が動くのが見て取れる。
『お守り役の人が付いてるだなんて、いいとこの坊ちゃんかしら。』
『それにしちゃあパッとしない恰好だけど?』
 そんな会話の種にされているのは見え見えだ。まま、罪のない他愛ない、そういうクチからの詮索混じりな注目はまだ良い。問題は…自分たちと似た匂いのする胡散臭い系の人間までもが、何となく怪しげな目つきで彼を見やっていることだ。しかも、賞金首だと気づいてという視線ではない。それよりもっと陰湿で物騒なもの。隙あらば掻っ攫ってやろうというような、じっとりと執拗にまとわりつくような視線。衣服の上から体型のラインを想像し、幼いお顔がどう乱れてどう歪むのかを勝手に思い浮かべているかのような。所謂"視姦"とやらを仕掛けてくる、誠にもってけしからん種の気色が、ゾロには易々と拾い上げられるものだから。
"こういうものへも警戒せにゃならんとはな。"
 ある意味で予想外。だが、海の男には特に珍しい嗜好でなし、しかも対象は…成程、過ぎるほどに愛らしいと来ては、
"こういうのを言うんだろうな。"
 はい?
"痛し痒し。"
 はは、成程。
(苦笑)





          



 愛らしい船長さんへの視線の集中砲火のお陰様にて、雑踏の中を歩くのが落ち着けなくて。ともかく気に入らないのだと大まかな説明をしたゾロであり、それではと、観光用の地図とチョッパーの鼻とで、人気の少なさそうな方へと足を運んだ。そうやって辿り着いたのは、繁華街から少し離れた公園の中である。今は葉がすっかりと落ちた落葉樹が植えられているところを見ると、秋島とはいっても此処なりに巡る"四季"はあるらしい。広々とした公園は、肌寒いとはいえ日和が良いせいでか、冬枯れの風景の中にも散歩に出て来た当地の人らしき姿がちらほらと見受けられる。
「このくらいの人なら気にならないだろ?」
「…まあな。」
 微妙に真意からはズレているが、良からぬ人間の目があるのが落ち着けなかったゾロとしては、まま納得の行く場所。満足致しましたと応じるように頷いて見せた剣豪へ、
「ゾロって実は神経質だったんだな。」
 チョッパーが罪のない笑顔でもってそんなことを言う。
「…っ☆」
「"神経質"? なんだ? それ。」
 言われた当の本人がコケかけた傍ら、これも屈託のない顔で船長さんが訊いてくる。
「うん、だからさ。刺激とか外からの働きかけを受け取る感覚が敏感だとか、物事を細かく捉えて、奥深く考えるような性分をしてる人のことだ。」
「ほえぇ〜〜〜。」
 途端にルフィは頓狂な声を出し、
「そか〜。そういえばゾロ、戦闘中は敵の気配をビシバシ読めるもんな。」
 すこぶる感心してか、大きく"うんうん"と頷いて見せる始末。二人の問答に、
「…あのな。」
 当然、コケたくらいだからゾロには意味なぞ重々判っていたし、自分がそんな性分ではないことも承知。
"…こういうのも"天然"の一種かよ、おい。"
 さあねぇ。
(笑)とりあえずの願わくば。ナミさんやサンジさんの前で今の話を蒸し返さないでほしいってとこだろね。(笑)
「でも、気持ちの良いトコだぞ、ここ。」
 街の中でもないのだからと、チョッパーも縫いぐるみの真似はやめて、ノーマルトナカイの恰好でいる。背中や首条を伸び伸びとさらし、撓やかな四肢も伸ばしてのこの本来の姿でいるのが一番楽かというとそうでもないそうで、
『薬の調合とか読書とか、あと食事とかさ。手を使う何かをするには立ってるカッコが楽なんだよな』
なのだとか。どのカッコも無理な体勢じゃあないってことやね。背中を暖める陽射しににこにことご機嫌そうな顔をして、蹄をかつかつ鳴らしながら先を行くチョッパーを追うようにして、ルフィとゾロも肩から力を抜いて ほてほてと歩みを運ぶ。………いや、あなたの仰有りたいことは判ります。ルフィはどこでだって、肩と言わず顔と言わず背中と言わず、どこもかしこも問題あるくらい緊張感を抜きまくってるんですけどもね。
(笑) そんなご一行が、ほのぼの・のほのほと歩いていたそのすぐ目の先。
「…だって、言ったじゃんかっ。」
「知らねぇよっ。とにかく、早く行こうぜっ。」
 ばたばたばた…っと元気な駆け足が通り過ぎる。近所の家の子だろう数人が、遊び場所へ行くのか、わあわあと はしゃぎもって走り抜けたその遊歩道。
「ああ…。」
 すれ違った老婆が勢いにあおられて足元をふらつかせたのが見えた。ぶつかった訳でなし、子供たちにも悪気はなかろう。ただ、

   ――― かつん☆

 堅い音がして、おばあさんがおろおろしながらしゃがみ込んだから。これは何かあったなと、思ったそのまま、傍らへ駆け寄っているルフィだ。
「ばあちゃん。どうかしたんか?」
 小ざっぱりとした身なりの、少しだけ背中の曲がった、小さな小さなおばあさんで、
「ああいえ、メガネをね、落としたんですが。」
 転ぶほどではなかったが、掛けていたメガネを足元へ落としたらしい。
「ツルが緩んでて、直さなきゃあって思ってたんですがねぇ。」
 肝心なメガネがないから見つけられないとは、相当に視力が悪いらしい。そんな彼らのやはり傍ら、
「これだろ。」
 背の高いゾロがわざわざ屈み込んで拾い上げたのは、片方のレンズが砕けている、小さな銀縁のメガネである。
「ありゃりゃ。ばあちゃん、割れちまってるぞ、これ。」
 そぉっと受け取ったルフィが頓狂な声を上げたのを聞いて、
「おやおや、困ったねぇ。」
 おばあさんはふうと小さく息をつく。
「家に帰れば代わりのがあるんだが、さて、良く見えないからどうやって帰ろうか。」
 やはり"ちょっと散歩にでも"と出て来たクチなのだろう。そんなお出掛けだから、家人たちも慣れたもんだと余り心配してはいないのだろうし、よほど遅くにでもならない限り、向こうから探しにまでは来てくれまい。そんなようなことを思って案じ顔になったおばあさんへ、
「なんだ、そんなことか。」
 ルフィがあっけらかんと笑って、
「俺たちが………。」
 送って行くからさと言いかけたのを遮って、
「おばあちゃん、俺が送ってく。」
 いきなりルフィがすてんと転びかけたほどの勢いで、一気に"大柄青年体型"へと変化(へんげ)していたチョッパーだ。すぐ傍らにいたその背中に手を軽く乗せていたトナカイさんが、突然自分より幾回りも大きくなったものだから…、
「…あれ?」
 気がつけば先程と立場が逆になっていて、ルフィの側がおんぶされてしまってたほど。そんなとんでもない現象も、メガネがなくっては見えなかったらしい。おばあさんは動じた様子もなく、
「でも、どこに家があるのか、判りますかね?」
 初対面同士には違いない。加えて、おばあさんはそこまで知っているのだかどうだか、彼らは観光客だから土地勘自体がないも同然。とはいえ、
「俺は鼻が利くから大丈夫さ。」
 …おいおい。初対面の人にその説明では通じないって。
「???」
 小首を傾げるおばあさんに、
「だからさ。こいつには、ばあちゃんの家が何処にあるのか、判るんだ。」
 にこにこと付け足すルフィだが…それじゃあ説明になってないってば、あんたたち。どこか要領を得ない言いようを重ねる二人へ"やれやれ"と肩をすくめたゾロが、何か付け足そうと仕掛かったその間合い、
「俺一人で送ってくからさ、ルフィとゾロは、此処で大人しく待っててくれな?」
 チョッパーがくっきりした口調で言い出した。………はい? 一人で?
「けどよ…。」
「良いね? 此処で大人しく、待ってるんだよ? ウロウロしてちゃあいけないよ?」
 妙に強硬なチョッパーである。そして、言外に"迷子になったら困るのは誰?"というような重みを感じた二人はと言えば、

   「良いね?」
   「…はい。」×2

 迫力に負けたか、素直に頷いていたのだった。



 緋色の山高帽子をかぶった大きな背中と、少し背中の曲がった小さな背中。自分たちよりもっと凄いバランスの二人がのんびりした歩調で公園から出て行くのを見送りながら、
「チョッパーって、じいちゃんとか ばあちゃんとか好きだよな。」
 ブルゾンの胸の前で腕を組み、感慨深げにうんうんと唸っているルフィへ、
「好き…っていうのとは、ちょっと違うんだろけどな。」
 苦笑混じりにゾロが注釈を入れる。そうだね。たまたま鉢合わせたようなものだしね。何もわざわざナンパした訳じゃあないんがなと思いつつ、微妙な顔をしている剣豪へ、
「だってよ。ほら、いつだったかも、ばあちゃんのカバン引ったくった奴を追っかけたしさ。それにそれに、去年のクリスマスも…。」
 言いつのるルフィが思い起こさせようとしているものに気がついて、
「…ああ、そうだったなぁ。」
 ゾロもやっと思い出したらしい。
「あの神父さんか。」
 此処とは違って、12月でも真夏真っ盛りな気候だったとある島。人々が丘の上から港の方へと住まいを移したせいで、すっかり寂れてしまってた小さな教会に、たった一人居残っていらした優しい神父様。チョッパーが"悪魔の実"を食べたトナカイで、人の言葉も理解する直立半獣だと気がついて。だが、気味悪がるどころか、幼子相手のように接して下さった、それはそれは深みのある人物だった。(『
ホワイト・クリスマス』参照)
「チョッパーって大きい体にもなれるけどさ、そういう見かけと違って"コンポンテキ"にはまだ子供だし。だから余計に、じいちゃんとかばあちゃんとか甘えやすそうな人が好きなんだって。」
「そうかねぇ。」
 鹿爪らしく言うルフィの、その口調にこそ微笑ましいものを感じて、ゾロはやっぱり苦笑が止まらない。
「そうなんだって。きっとそうだ。」
 この二人は結局のところ、チョッパーの負ったエピソードを知らないままだ。何かの拍子などに、断片的な話を聞くことはあってもぶつ切れな代物やエピソード止まり。それに、彼らはあまり…誰かの背景とか過去というものには関心がない。今の姿勢や心掛け、その眸が見つめる未来が判っていればそれで良い。よって、
「ドクトリーヌとか言ったっけ。あのばあさんのこと、つい思い出すんじゃねぇのかな。」
 ………あのお元気な? ルフィを壁まで吹っ飛ばし、サンジさんに"ドクター・ストップ"なる大技を繰り出し、ゾロさんをも"ケル・ナグール"した?
「そっか。そうだよな。」
 ………そ、そうかな?
「だからさ、俺たちには此処で待ってろなんて言ったんだ。一緒だと何だか恥ずかしくなって甘えられないからって。」
「そっか。」
 …そうかなぁ? う〜ん。





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