月夜見 ホワイト・クリスマス


        1

 クリスマスというのは、キリスト教の、神の子、救世主であるイエス=キリストが生まれた日だとされている。ベツレヘムの馬小屋にて聖母マリアから生まれ、その誕生を星のお告げで知った東洋の3人の博士が祝福にやってくる。(この"ベツレヘムの星"は、ツリーの頂上に飾られているアレ。) …が、本当は違うというのをご存知か? クリスマス当日の"12月25日"というのは、実はそもそも古代ローマの暦の所謂『冬至』であり、一年で一番昼が短い日であり、暦を数え始める節目の日だった。凄まじいまでの勢力でヨーロッパを席巻しつつあったローマ帝国の皇帝は、その侵攻・占拠とほぼ同時期に民衆の間に猛烈な勢いで広まっていたキリスト教を、最初は抵抗勢力と見なして弾圧していたのだけれど、逆に支配する上での道具として利用しようと考えて『国教』とした折に、その大切な"始まりの日"という節目の日を、彼らの崇めるイエスの生まれた日として普及させたんですな。(オマケの余談。やはり"始めの月"である一月の"January"は、ジュリアス=シーザーの名前から転じたという説がある。)
 …で、ベツレヘムという砂漠が舞台になる物語と、枝に白雪を積もらせたモミの木に飾りつけをしたり、降りしきる雪の中をトナカイが引くソリに乗り、ムクムクのコートを着てやって来るサンタクロースの逸話とがセットになっているのは"なんだかミスマッチじゃあないかい"とは思いませんか? 実はここにも後から合体したものがありまして、そもそもの"サンタクロース"というのは、
『今年一年を良い子で過ごせたかな? それとも悪い子だったのかな?』
と冬至の晩に子供たちに問いにくる、日本の"なまはげ"のような存在だったそうです。(いや、ホントに。)で、それとは別に、聖
セントニコラウスという聖者が実在されまして。この方は、近所に住む貧しい三姉妹を哀れに思われ、とある冬の夜にこっそりと金貨の施しをなさった。そのお陰で彼女らは想い人と幸せな結婚が出来た…とのことで、その善行と、欧州に広く伝わっていたクリスマスの夜にやってくる不思議ななまはげこらこらの逸話が合体して、冬至の晩、すなわちクリスマスに、良い子たちにプレゼントをして回る不思議なおじいさんという存在として今に至っているのだとか。靴下にプレゼントという何とも妙な習わしも、三姉妹が暖炉に乾かすためにと吊るしていた靴下に翌朝金貨が入っていた逸話からだそうで、冬場には雪が欠かさず降る高緯度地域・欧州に於ける、色々様々なお話が合体して、今現在の代物へと至っている訳です。
 *ちなみに、あの真白き雪にさも映えるだろう、ド派手な赤いコスチュームは、
  某コカコーラの宣伝ポスターに於けるデザインが定着したカラーリングである。
  もともとはもっと地味だったそうな。



 さて。

「なんか不思議だよな。」
 そうと口にしたのは、腰に3本もの日本刀を引っ提げた偉丈夫で、若々しい凛とした鋭角的な面差しに、逞しく筋肉の隆起した二の腕や分厚い胸板というそれは頼もしい体躯をした、いかにも名のある剣士ででもあろう風情の男。そんな彼の呟きを聞き咎めたのが連れの少年で、
「んん? 何がだ?」
 いかにも発育途上を思わせる長くて細っこい腕には、愛らしいデフォルメのなされた大きな縫いぐるみを抱えていて、それがこの時期にはいかにもタイムリーなトナカイの人形であることからか、それともそういうものを抱えていてもあまり違和感のない、懐っこそうな大きな眸の、どこかに幼さを滲ませた雰囲気の彼だからか。通りすがりの見知らぬ通行人たちからしきりと微笑ましげな顔をされているのだが、本人たちは全く気に留めてはいない様子で会話は続いていて、
「クリスマスっていやぁ、俺の故郷じゃあ冬の最中で、雪は降るわ風は冷たいわって、とにかく寒かったんだ。だのに、此処ってのは…。」
 見上げた空はからりと晴れた濃青で、海風に乗ってゆったり泳ぐ真白き雲たちも、個々の峰々に力強い存在感を見せながら浮かんでいる。そこから降りそそぐ陽射しもなかなか目映く、男の耳元に下がった三本のピアスの金色にちょっかいを出してはその煌きを誘っている。街路樹の緑も目に爽やかな、そう、正に初夏の気候。彼らがいつもの格好…半袖のシャツや膝で切った短丈のジーンズで闊歩していても全然違和感のない暖かい土地なので、クリスマスだってのにそれがどうにも違和感があると、そう言いたいらしい彼はロロノア=ゾロといい、
「そっか? 俺の故郷のフーシャ村は一年中こんなだったぞ?」
 麦ワラ帽子の下、屈託のない顔でにぱーっと笑ったのが、モンキィ=D=ルフィという、皆々様にはお馴染みの組み合わせ。旅の空にある彼らなのだから、どこか変わった気候や風習と鉢合わせになる経験も少なくはなかろうが、それでもやはり、こうまで違うと、一種の時差のような感覚を覚えてしまった剣豪殿なのだろう。確かに…四季がある土地で生まれ育った者にとって、暦と気候の不一致というのは、感覚が慣れるまで結構大変かもしれない。
"まあ、クリスマスなんてものを意識したこと自体、久々すぎるからだろうが。"
 村を出てから数年ほどは、ずっと一人で世界一の大剣豪との出会いを期待しながら、武者修行を兼ねた"海賊狩り"にのみ日を費やしていた。何かしらの歳事や行事の到来を指折り数えて待つこともない、昨日の続きの今日であり、今日の延長な明日が連綿と続いてただけの日々。そんな毎日の中では、盆も暮れも、クリスマスも正月もなく、よって違和感を覚えるどころではなかったというところか。一方で、
「チョッパーんとこは逆にずっとずっと雪ばっかだったんだよな?」
 腕に抱えた山高帽子の"縫いぐるみ"に話しかけるルフィであり、だが、
「う…うう。」
 当のチョッパーは小さく唸っただけで身動きひとつせずにいる。一応、人通りが多い街路なため、さっきからずっと"縫いぐるみのフリ"をしている彼であり、
「酷なことを訊いてやんなって。」
 ゾロが半分微笑ましげな、だが、半分は同情のこもった、どこかややこしい顔での苦笑を見せたのだった。



        2

 皆様には毎度お馴染み『麦ワラ海賊団』の面子たち…とはいえ、随分と珍しいかも知れない組み合わせの彼らが歩いているこの町は、例によって"補給に"と立ち寄った隠れ島の港町である。夏島海域に入っているため、気候はすっかりと"夏"ではあるが、暦の上では12月24日、そう、クリスマス・イブなのだ。そこで…いよいよの決戦地"アラバスタ"に接近しつつあるというのに、こんな大きなイベントを逃しちゃ大変とばかり、豪気なクルーたちは相変わらずの茶目っ気を出してパーティーを画策しているのだが…このお話を公開すると同時くらいに、WJ本誌の方では『アラバスタ編』の壮絶な戦いへの決着もついてたりしてな。まあいっか。ウチはアニメベースなサイトだし。
おいおい …いや、そうじゃなくって。
『そうね、迷子にならない程度のお散歩にでも出掛けてくれば? 奮発してお小遣いを渡しとくから、お昼は適当に食べて来てね。…あ、そうそう。ついでに飲み物を注文して来てちょうだいな。』
 料理担当、飾り付け担当、演出担当が朝っぱらからばたばたと楽しげな忙しさに奔走していた最中、総監督の航海士は力仕事専門の彼らに相応しい"仕事"を与え、体よく船から追い出したのである。世間が言うほど極めつけに不器用な訳ではなく、細かく的確に指示されたことなら頼もしいまでにこなせもする彼らだが、そこはそれ…クルー全員が愛してやまない幼い船長を喜ばせたいがための宴でもあり、お楽しみの準備がすっかり整うまで"種明かし"は極力避けたくなるのが人情というもの。早い話が、お願いだから開始時刻まで時間つぶしをして来てちょうだいと、ボディガードつきで送り出されたようなもの。ただ、この力自慢さん二人には問題点があって、片やは地磁気との相性がよっぽど悪いのか方向感覚が皆無に等しく、片やは…現在地や方向など、位置を確認するのに必要な要素を見定める前に闇雲に駆け出すという懲りない悪癖の持ち主なため、お初の土地ではまず間違いなく"迷子"になる。そこで、お初の土地であっても鋭敏な嗅覚や野性の方向感覚を駆使してちゃんと戻って来られようトナカイさんを、頼もしきナビゲイターとしてお供に加えたという次第。一応は世界政府直轄の海軍から高額賞金が懸けられている"お尋ね者"な彼らだが、ちょっと見があまりにも呑気そうな風体であることと、そんなものよりも歴史の古い、世界規模的なお祭りを直前に控えた賑わいの中では、誰もがわざわざややこしい捕り物に励むより一家団欒や愛する恋人のことを考えるので精一杯だ…というところだろうか。日頃以上にまるきり怪しまれもせぬまま、堂々と街路を闊歩し続けている彼らであり、今も、
「キレイだなぁ。」
 様々な飾り付けがなされてあるメインストリートに見とれながらのお散歩を、それはのんびりと満喫中。少し古びた石畳の舗道に沿って青々とした梢を揺らしつつ並んでいる街路樹には、ツリーよろしく金銀のモールが絡み付き、パール系のガラスのボールやリボンと花々をからませたリース、鐘型や星型、小さなサンタや天使のデコレーションパーツなど、数々のオーナメントが吊るされてある。こちらもやはり舗道の端から端まで等間隔で連なる街灯には、金線の縁取りがなされた赤と緑のリボンが次から次へと手を繋いでいるかのように張り渡されてあって。掲示板の告知によれば、夕刻から宵にかけては聖歌隊が町角に立って唄うのだとか。どこもかしこもクリスマス一色なのは良いとして、
「けどよ。よくよく見ると、凄まじい取り合わせだよな。」
 この町は一応キリスト教が普及している土地ならしくて、なればこその賑わいに満ちているのは当然ながら…店々のウィンドウにはなかなか面白い混乱がちらほらと。クリスマス用のディスプレイが華やかではあるのだが、雪国風の正統派、白雪を載せたツリーやコートを着たサンタクロースをオーソドックスに飾った店もあれば、ご当地に相応しく…ハイビスカス柄のアロハシャツにバミューダパンツ、サングラスをかけ、サーフボードを肩に担いだサンタという、極めてトロピカルなものも同じくらいにある。そんな正反対のが隣り合っていたりした日には…この両店の主人たちはよほど仲が悪いのかしらと、ついつい余計なことまで詮索してしまったりして。行き交う人々も、格好・服装こそ夏仕様だのに、小ぶりの樅
モミの木を小脇に抱えているおじさんやら、造花だろうポインセチアの鉢を手に下げて足早に帰るおばさん。お菓子の詰まった長靴型のパッケージを、嬉しそうに大事そうに抱えて、母親に手を引かれて歩く子供たち…がいるか思えば、生ビールの大樽を幾つも積んだ馬車が駆け急ぎ、アイスクリームの出店にタンクトップや半パン姿の子供たちが集い、氷屋の前では大汗をかきながら大きな氷柱を大きなノコギリでシャクシャクと切り分けている職人さんがいたりする…と、クリスマスなんだか盆休みなんだか、良く判らない往来と化しているから物凄い。…まず俳句は読めませんな、ここでは。おいおい そんな中をほてほてと歩いていた彼らだったのだが、
「あ、酒屋があったぞ。」
 大通りの先を指差しながら駆け出すルフィに、ゾロが苦笑しつつ後へと続く。そんなに急ぐ必要はないのに、ついつい足早によく動く彼であり、何につけはしゃぐ理由になる無邪気なところが相変わらずだなと微笑ましくてしようがない。少し前なら、まるでくるぶしに羽でも生えているかのように、いきなり飛ぶように駆け出していた彼だったが、
「ほら、ゾロ。あすこだ。」
 肩越しにゾロの方へ確認を取るようになったのは大進歩で。自分へと向けられるそのあどけない仕草もまた、剣豪にしてみればくすぐったいほど愛しい代物だった。
「おっじさん、下さいな〜♪」
「へい、らっしゃいませ。」
 応対に出て来たのは、鼻の下に見事な口ひげをたくわえた、恰幅の良い、働き盛りな年頃の若主人らしき男。だが、わくわくしたまま何も言い出さないルフィとしばし睨めっこになってしまい、
「??? 坊や?」
「あ、ごめん。…ゾロ、ゾロ、注文するのなんだっけ?」
 おいおい。苦笑混じりに追いついたゾロが、ナミから渡されたメモを差し出す。そこには今夜とこれからに必要な食品や飲み物が記されてあって、
「あー、はいはい。えっと…これが、ふむふむ…、えっと、これは…。」
 メモをきっちり読みながら、店の在庫を頭の中で確認しているのだろう。ひとしきり独り言を呟いて、
「はい、承りました。」
 メモを引き取ったままのこの返事ということは、全部がこの一軒で間に合いそうな気配だ。他の食料品店もハシゴせねばならないかもしれないと考えていたのが一気にクリアと運んだ訳で。しかも、
「こりゃあ大荷物になりますねぇ。見たところ、船への補給のお買い物ですね。ようがす。お船まで運びますよ。ああ、そうそう、代金はそこでいただきまさあ。」
と、サービスがいい。小さな町ながらもそこは港町。補給に訪れて外貨を落としてくれる外来者には愛想よく…というポイントはちゃんと押さえているのだろう。
「あ、ああ。それじゃあ…。」
 ちょっと予定と違う運びになった。それでもまあ、サービスしてくれるというのなら助かることは助かる訳で。あっちへうろうろ、こっちで迷子という道行きになってしまい、買い物にも紛失や破損という障害が降りかかるよりはずっとずっとマシだ…と、ナミあたりが此処に居れば言ったかも知れない。
こらこら とりあえず、港での係留位置とゴーイングメリー号の特徴を説明し、愛想のいい口ひげの若主人に会釈をして3人は(傍目には二人だったが)店の前から離れて………さて。

 「どうしたもんかな。」
  

『ホワイト・クリスマスA』へ ⇒**


top.gif 1 /