月夜見 ホワイト・クリスマス A


「どうしたもんかな。」

 彼らが困ったのは、はっきり言って時間が余ったからだった。午前中は町外れの高台に見えた草原まで足を伸ばし、人目がないのを良いことにルフィとチョッパーは無邪気にも鬼ごっこを満喫。
『よぉっし、鬼ごっこだっ。』 『鬼ごっこだっ♪』
『次は追いかけっこだっ。』 『追いかけっこだっ♪』
『………どう違うんだ、その二つ。』
 久々の大地と瑞々しい草いきれの中、思いっきり伸び伸びと駆け回るお子様たちの様子に眸を細めつつ、自分は昼寝と洒落込むつもりだった剣豪だったが…、
『ぐあぁっ!』
『あ、やべ…。』 『あやや…。』
『どっちが踏んでくれたんだろうな、人の腹をよ。ああ?』
『えと。』 『ええっと。』
 そぉ〜っとお互いを指差す、気の合う二人に、ゾロは"そうかい、そうかい"と納得の頷きを見せた。
『…ほほう。つまり、両方とも、なんだな?』
『あわわ。』×2
『待てぇいっ!!』
…という流れを経て、いつの間にやら剣豪までもがお仲間に乱入したその結果、結構ハードな鬼ごっこになって、たいそうはしゃいで数刻を過ごせた。
おいおい その後、街のレストランにて食事も済ませていて…周囲から見咎められないように、チョッパーの口へと野菜サラダや夏野菜のココットや若鮭のテリーヌなぞを運んでやるのはなかなかスリリングだったが、いざとなりゃ膝へ抱えた人形で遊ぶ振りを押し通しゃ良いと…言い出したそのまま、手づから食べさせたのがゾロだったことを後から聞いたクルーたちが、その構図を想像して大爆笑したのは後日談。お父さんゾロ、健在です。うんうん それからそれから、さあ買い物だ、幾つか店を回って大荷物を抱えてのんびりと船まで帰ろうかという計画でいたのに、その部分の時間が唐突にぼこぉっと空いてしまった彼らである。夕刻までの数時間をどうやって潰そうかと、3人、顔を見合わせる。…と、
「俺、見たいものがある。」
 ルフィが不意にそんな風に言い出した。店先から少し離れた道端であり、
「見たいもの?」
 聞き返すゾロへ"こくこく"と頷くと、チョッパーを片腕だけで抱えて、もう一方の腕を横へと開き、
「でぇ〜っかいツリーだ。」
 その"でぇ〜っかい"を精一杯示して見せる。人目がなかったならゴムゴムの勢いを借りたかもしれないほど目一杯な表し方で、
「ガラスのボールとか金色のモールとか、キラキラの飾りが一杯ついてて、電球もチカチカ眩しくて、ちょっとした二階家くらいはあって見上げるほど大きいんだ。そいで、枝に真っ白な雪が一杯積もってるんだ。」
 まるで小さな子供のように、思いつく傍からというノリで一気に言いつのる彼へ、
「…雪は無理だと思うぞ。」
 ゾロが"まあ落ち着け"と言いたげな語調で…聞き入れてくれるとは思っていないながらも、諭すように言葉を挟む。案の定、ルフィの語勢はさして変わらず、
「作り物の綿の雪でも良いさ。とにかくそういうでっかいのが見たい。」
「お前、さっき一年中暖かい村だったって言わなかったか?」
 そんなところで生まれ育った彼なら、今言ったようなツリーより、この町で展開されているような、緑の濃い夏バージョンのツリーにこそ馴染みが深いのではなかろうかと思ったゾロだったが、
「昔、酒場で聞いたんだよ。雪の話だってそうだ。白くて冷たくて、そりゃあきれいだぞって、写真を見せてくれながら話してもらった。」
 成程ねぇ。一度火のついた"ワクワク"はなかなか収まらないらしく、
「ここは店屋が結構一杯ある町だから、客寄せ用にってそういうのがあるかも知んねぇだろ?」
「う〜ん。まあ、ないことはないかもな。」
 どうとも言えない声を返すゾロとは違い、
「ふ〜ん。」
 すぐ真上のルフィの顔を、小さな顎をのけ反らせて見上げつつ、チョッパーは感心したような声を伸ばす。彼の故郷である常冬のドラム島では、そんな…大雪を枝々に頂く大樹なぞ、見飽きるほど当たり前にあちこちに聳
そびえていた。だが、クリスマスの祭りというのは生憎と知らない。純粋なトナカイだった時期には当然のことながら人間の祭りになんて縁がなかったし、ヒトヒトの実を食べて後、ヒルルクと出会い、くれはの元で過ごすようになってからも、やはりそういうものには縁がなかった。ルフィが言う"キラキラの飾り"とか"チカチカ点滅する電球"というのは、そこいらに飾られた小さなツリーの見本から想像もつくが、雪の積もった大樹にそんな飾りが施されたらと思うと、
"…きっと物凄くキレイなんだろうなぁ。"
 ちょっとワクワクしてしまい、うふふ…とほころびかかる口許を両方の小さな蹄でそっと覆った彼である。その一方で、
「………。」
 この船長が突拍子もないことを言い出すのは今に始まったことではないが、ゾロには何かしら…他に気がついたものがあったらしい。じっと注視を向けてくる彼に気づいて、
「…何だよ。」
 ルフィが少々居心地悪そうに、口唇を尖らせて声を返すと、
「いいや。」
 何でもねぇよと小さく苦笑い、
「じゃあ探すとすっか。」
 それ以上の詮索はせず、先頭切って歩き出す彼である。


 さっきも通った町の中央広場にも、何かしらのイベント用ディスプレイにと設置されたらしい大きいツリーがあるにはあった。自分たちのような観光客による人だかりが時折出来ては、梢を見上げてみたりその前で写真を撮っていたりもするが、せいぜい2メートルちょっとほどの代物。見上げるほど…と言えんこともないが、さっきルフィが言ったような"二階家くらいはあって見上げるほど大きなツリー"にはまだちょこっと物足りない。
「こういうのって言うと、宗教関係のもんだから教会にあるもんだが。」
 見回せば、同じ広場に面したところに教会はあって、このツリーもそこのものらしいという表記がある。明日の夜にはこの前で聖歌隊が歌いますというポスターを眺めつつ、
「これが一番大きいのかなぁ。」
 先にも述べたが、常夏に近い気候の町だ。雪の積もったツリーよりも、サーフボードをそりの代わりにしたサンタクロースの方が引っ張りだこになっている土地柄で。そういう冬仕様のオーソドックスなものを求める方が無理な話なのかもしれない。そういう現状が分かってきたらしく、眉を顰めて少々意気消沈しているお子様たちの連れを見やり、こっそり肩をすくめたゾロだったが、ふと、通りかかった人に、
「すみませんが…。」
 声をかけて歩み寄ると、随分丁寧な言葉遣いで何か訊いてみている。その物腰にはルフィもチョッパーもちょっとばかりびっくり。何人かに声をかけ、やがてペコリと頭を下げると戻って来た彼で、
「丘の上にも古い教会があるんだそうだ。今は神父さんが一人いるだけらしいが、行ってみるか?」
「あ、えと…うん。」
 虚を突かれたというような声で返事を返し、促されるまま歩き出す。
「…なあ、ゾロ。」
「ん?」
「凄い丁寧だったな。」
 こそこそっと聞いてくるルフィであり、その腕から見上げてくるチョッパーも"うんうん"と頷いて見せる。そんなに驚かしたかと、剣豪の方では方で苦笑が洩れた。礼儀を知らない彼ではない。小さい頃には一応ちゃんとした道場で剣術を修めた彼だから、剣の道に沿うように自然に学んだそれとして、目上への敬意の示し方なぞも心得てはいる。とはいえ、そんなことまでルフィたちは知らないし、日頃、自分たちにはそれなりにやさしいものの、表現体的にはどこかぶっきらぼうな、所謂"無頼漢"な彼しか知らないので、何だかとっても意外だったのだ。そんな言い方をされたゾロはと言えば、
「騒ぎを起こすのはまずかろ? チョッパーだけに無理強いさせとくのは不公平ってもんだしな。」
 くすんと笑うと、やはり意外だと言いたげに見上げて来ていた小さなトナカイの山高帽の天辺
てっぺんをポンポンと軽く叩いてやったのだった。

  

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