月夜見 “大剣豪、出張す”  〜月夜に躍る・]

           〜るひ誕記念DLF作品



          




 窓の形を透かしてカーテンが白っぽくなり、やがてオレンジを帯びた光に左上から染まってくのは、やっと太陽が昇ったその最初の光を受けて。どこからか小鳥がさえずる声もして来て。昨夜も遅かったろうにこんな早い時間から起き出したサンジが、今日の仕込みのためにと店へ向かう前に、ルフィの朝食を作っている気配がして。

  “………あ〜、起きちまったじゃんかよ。”

 っていうか、いつの間に寝たんだろうかと、自分のベッドの中でぼんやりと思う。腰掛けられるほどの幅がある出窓の桟に頬杖ついて、ラグの上へ直に座り込んで待っていた筈なのに。大方、遅くに帰って来たサンジがそんなところで転寝していた彼を見つけて、苦笑混じりにベッドまで運んでくれたものと思われ、
“〜〜〜〜〜。”
 やっぱり来なかったんだと思うと、むむうと唇も尖るというもの。だが、此処で怒ってたってしようがないというのも重々判っているルフィであり、
“やっぱもう、昨夜のうちに出発しちまったんだな。”
 上掛け布団の中へ亀の子のように首を引っ込めると、先日 薄情な師匠へとして見せた、恨みがましげなお顔を“うう…”と再現していたりする坊やだったりするのである。

   ――― ゾロの馬鹿。

 おやおや。ま〜た喧嘩でもしたんですかねぇ。
(苦笑)







            ◇



 此処は小さな港町の、一番どん突きにあたる町外れ。ランチタイムに向けての下ごしらえにかかったシェフなのだろう、小さなグリルの周辺にソースの芳しい香りが立ち込め始める。昔は港に常設の市場が早起きなのへとバトンを渡すまでの、一種“夜明かし場”という観があった、うらぶれた飲み屋や簡易宿泊所が犇
ひしめいてた場末の一角だったのに。今ではすっかり小ぎれいになり、早起きで爽やかな町へと変わりつつある。
 物流の流れの新世紀を先読みしたとされる先人たちが、結構な苦労をして拓いた丘と港の小さな町は、今、その時に匹敵するほどの大変革を遂げ終えようとしつつある。切っ掛けの源流はもはや辿れないほどになっているのだが、始まりはちょっとした口コミ。穴場マニアたちの口に上っていた、洒落た料理を出す小さなグリルの存在の噂が、グルメと自負する人々の間でさぁーっと広まったことに端を発する。最初は船専属のコックたちの間での噂話だったものが、何と、今時の“情報ツール”である“ネット”に乗っかってしまったから、その口コミは世界規模の“此処だけの話”となってしまい、知らないまんまでは“グルメ”なんて名乗れないという風潮にまでなってしまったところへ、食とファッションには敏感な有閑マダムたちや、自分へのご褒美という言葉がすっかり定着した、若い女性層へも拾い上げられ。何せ、彼女らは行動力が違うから、仕事の添え物としてではなく、そのためにだけの旅行だって厭わない、そりゃあ貪欲にして柔軟な感覚を携えて、わんさと押し寄せ、そんな風潮に気づいて雑誌やテレビという一般的なメディアまでが食いついた。そうして“若い女性たち”という客層の観光客が押し寄せるようになった町は、当然の事ながら…これまで“貨物中心”だった雰囲気を大きく塗り替えざるを得なくなった。度胸があって好奇心が旺盛なお嬢さんたちがリピーターとして再来するのに気づいたクチから、煤けてるよか垢抜けている方がマシ、品揃えを変えた店が流行出したからウチも…と、傾向を変えていったところが大当たりし、酔っ払いや荷役のおじさんがクダを巻いてた町角も、今ではすっかりとファッショナブルな観光地へ変貌してゆきつつある。

  “そうなるようにと俺が意図した訳じゃあないんだが…。”

 今日のメインは、春キャベツを使ったトマトソースのロールキャベツと、新鮮なレタスがメインのミックスサンド。ポテトのポタージュに付け合わせは大豆のチリソース煮かスナップエンドウと玉子の炒り合わせとメニューも決まり、手際よく準備に取りかかっているのはとキッチンを見やれば。くせのない金の前髪を顔を覆うほどにも伸ばしている伊達ものの若いシェフが、鼻歌混じりという軽快さで手や身体を動かしている。そんな髪型、清潔第一の職種には鬱陶しい…ということは全くなく、むしろ少ぉし俯き加減になった時に顔の半分を隠してしまう意味深な陰りが何ともセクシーだと女性客には大評判の美丈夫で、本来は素っ気ないまでに堅い直線をアイロンで強調させて着るべき木綿のシャツに、こちらも堅苦しいデザインのスリムなシルエットをしたベストスーツというギャルソンスタイル。それを今はやや乱暴に、シャツを適当に腕まくりしの、大きなカフェエプロンを腰に巻きのと、実用優先のすっかり砕けた格好になっているのがまた、無防備な隙のようなものをちらつかせ、それなりに色っぽいとは近所の料理屋の女将さんたちからの評だそうだが、

  「………おはよー。」
  「おや。」

 通用口から入って来たらしき小さな影の、異様に低いテンションへ、もうそんな時間かと時計を見上げ、下ごしらえの済んだ野菜を盛った大きなバットやボウルを大きめの冷蔵庫へ放り込み、
「朝っぱらから腑抜けた声を出してんじゃねぇよ。」
 本来だったらぴしっと怒鳴ってやりたいところだが、日頃は逆に“ちったあ大人しくしな”と叱っている相手。なんでまたこんなにしょげているのかという、その心中もまた察してやれるので、やれやれという しょっぱそうな苦笑混じりに静かに静かに叱咤の声を掛けてやれば、
「うう…。」
 ふにゃふにゃと萎んで戸口に背中ごと凭れる。今日はガッコも休みの筈で、店の手伝いに来た彼だろうに、
“ガッコの制服を着てないからかねぇ。”
 いつもの弾けるようなお元気さが抜けただけで、その体つきまでもが小さく見えて、
“もともとからチビではあったんだがな。”
 全身がひょろりと細いのだけは兄弟に唯一の共通点で、兄である自分はそれでも…それなり場数を踏んでいるせいもあって、結構強かな背条に引き締まった足腰、凭れてくれれば受け止めますよというかっちりした肩が男らしい、見た目も質も一本筋の通った強靭なところを売りにしている方なのだけれども。ファニーフェイスが女性客にウケている弟御の方は、ぱきぽきと折れそうな腕や脚が何とも頼りない、いかにも“少年”という体型が抜けぬまま。ツヤはあるのにぽさぽさとしたその髪にリボンを結んでも似合いそうな、なめらかな線で描かれた輪郭のお顔や伸びやかな肢体をしておきながら、これで何と高校生というのだから、
“…飯は目一杯食わせてる筈なんだが。”
 一体どういう効率をしとるんだかと、いつもだったら成長期の不思議に首を傾げるところ。だがだが今朝は、そういった想いもひとまず“置いといて”と勝手口から外へ追いやっといて、
「ほれ、カウンターんトコへ戻りな。」
 朝飯は食って来たんだろ? うん、でも何か、洗濯もの干してたら小腹が減った。判った判った、サンドイッチでも摘まんでけ。傍らまで歩み寄り、薄い肩を抱いてやりつつ店内の方へと足を運ぶ、見るからに仲のいい兄弟の図。ええもう、いつだっていい子いい子と可愛がっておりますよと言って憚らない…但し、本人が居ないところで。だって真性のブラコンだから…な兄上が。
(笑) 自分の身を削ってでも、自分は散々に汚れてもいいからと、この子だけは無垢なままにと無菌室に守って育てたつもりだってのに。
“何でまた、あんな胡亂な野郎に懐いたのやら。”
 ふしゅんと萎んで猫背のまんまで止まり木に座り、一番端っこのスツールを何げに見やる。そこが指定席になっている誰かさんを思い出したらしく、ますます表情が曇った坊やへ、
「ほら、たんと食って。食ったら仕事だぞ?」
 カウンターへと出してやったのは、ヒマワリみたいに大きな皿へ一杯に盛られた出来立てのサンドイッチの山で、
「3日もすりゃあ帰って来るって言ってたろうが。その間、平気の平座で過ごして、奴を見返してやんな。」
 子供扱いはごめんだっていつも“あいつ”に言ってるだろうがよと、そこは“お兄ちゃん”で手慣れたもの、いい感じの方向へ話を振れば、
「…うんっ。」
 やっとのこと思い切ったらしく、皿へ手を伸ばして3枚挟みの大きいのへかぶりつく。厳選されたハムの芳醇な味わいとと炒り玉子の柔らかさに、しゃきしゃきレタスの歯ごたえとふわふわなパンが絶妙にマッチした、一品ものとしても人気のサンドイッチを心ゆくまで堪能している可愛い弟の姿を微笑ましげに眺めつつ、

  “ホントに3日で戻ってくりゃ良いんだが。”

 何せあの野郎のお仕事は“泥棒”だから。成功しなくちゃ戻っては来られないし、捕まってしまうという恐れだってある。いくら観光が産業のメインだってな柔らかそうな印象の強い土地だって言っても、治安維持にはそれなりにうるさいのだろうし、
“大体、依頼主だって胡散臭いって話だしよ。”
 何処の誰だか、自分に知らされないのはいつもの事だが、それ以上に情報が曖昧な相手だとかで。物騒ではないながら危なっかしくもヤバめの香りがプンプンする依頼。
“いっそのこと…。”
 取っ捕まって戻って来ないって運びになってくれても良いかもしんない。奴を慕ってる坊やにはさぞかしキツい試練となるかもしれないが、まだまだ若いのだからして。若気の至り、一過性の熱病のようなものと、あんな奴のことなどとっとと見切ってやり直しても時間は十分にあるのだし………、

  「な〜んてことを、性懲りもなく考えている訳なの?」

 もしかして口に出してましたか?とばかり、焦りもって自分の手で口を塞いだ美形のオーナーさんへ、
「若気の至り、一過性の熱病のようなものってトコからしか聞こえて来なかったけど?」
 んふふんvvと意味深に笑う、スレンダーグラマーな小悪魔レイディ。何の話だ?とキョトンとしている当事者のルフィへと、小粋にウィンクを投げてから、
「此処であいつのことを話題にしちゃあ、ルフィが拗ねるかとも思ったんだけど、言わないともっと叱られそうだから。」
 随分と挑発的に大きく開いたカットソーの胸元から、手入れの良い指先がスルリと摘まみ出したのは、4つ折りにされたPPC紙。カウンターの上へと広げられたそれには、

  『無事到着、帰国は予定通り明後日の夕刻。ASE205便にて。』

 手短な一文がプリントアウトされてあり、
「空港のネットカフェで送信したんでしょうね。HNも何もデタラメだし。」
 それが某所のPCのメーラー宛だってことだけが、特定の人物からだという証明になる、そんな乱暴な連絡の仕方。
「知らせて来ただけでも律義なもんですよね。」
「っていうか、これは一種のテスト送信なんでしょうよ。」
 ふんっと鼻息荒く、少々おかんむりなナミさんなのは、ルフィが拗ねているのとほぼ同じ理由から。連絡係の自分へ何も知らされていない依頼を受けて、気安く海外へ旅立ってしまった、実はお調子者だった怪盗さんへの憤慨は留まらず、

  「だって、あたしを通さない依頼だってことはよ?
   その相手にはあいつの素性がバレたってことと同義だってことじゃない。」

 直接の依頼というものが持つ意味。そこんところがちゃんと判っているのかと、喧々囂々、ちょっと語勢の荒い言い争いに発展しかかったほどなれど、依頼は受けたからもう断るつもりはない、そんな事をしたらそれこそ正体を広くばらされかねんだろうがよと、すげなく言い切ってそのまま姿を見せなくなった頑固者。そのままずっと“バラされたくなきゃあ”と鼻面引き回され続けることになっても知らないわよという一言を、相手の憎たらしいほど広い背中にぶつけたナミも、実のところは心配しており、
「海外からだってのが、それだけで十分警戒しなきゃいけないノリじゃないのよ。」
 そう。彼らの仲間内にして、ルフィ坊やが寝ずに(寝たけど)待ってるような、負けん気の強いナミさんが実は心配しちゃうような。そしてそして。
『泥棒だぜ? 胡亂な奴に決まってんじゃないか』
と重々判っていながら、なのに…あんな奴とは付き合っちゃいけませんと実力行使に出られない。どこかで人柄を信頼しているからだと、サンジお兄さんからも認められている、素性不明の大怪盗。世間がつけた通り名を“大剣豪”という玄人の大泥棒さんが、何と…海外から来たという直接依頼をまんま引き受け、単身この町を離れて、とある国へと旅立ってしまってのこの様相。
「…詰まんねぇのな。」
 ルフィは萎むし、
「海外にも名前が広まってるなんてね。どこでプロモーションしてたんだか。」
「ナミさん、ナミさん。」
 リアクションが違うでしょうよと、サンジが苦笑し、
「判ってるわよ。」
 はぁあと、こちらさんも浮かないお顔。大剣豪という怪盗の存在が広まるのは良い、名が上がれば難しい仕事が入るから、比例して手数料だって上がるというもので、四方丸く収まって万々歳というものだが。ただ、くどいようだが本人へビンゴしてるような広まり方だと、一転して大問題。
「捕まっちゃったら最後、言い逃れ出来ないほどの罪状を抱えてる身なんだから、その点へは慎重になってる奴だった筈なのにね。」
 ナミという連絡係を通してしか依頼を受けないのも、本人の正体を隠すヴェールの代わり。何人ものネットワークを通ってからでなきゃつながらないシステムが出来上がっているのはそのためで。だっていうのに、
『依頼受けちまったから、2、3日留守にするな。』
 呆気なくもそうと言い置き、詳細は話さないままに旅立ってしまった、武骨で朴念仁の
「あのトンチキが〜〜〜っ!」
 新しい通り名が出来ましたな。
(苦笑) そのトンチキさんなのだが。
「けど、一応はこの世界のあれやこれやだって重々知ってる奴ですしね。」
 こういう世界のこういう生業。正体を探られるのがヤバイのは百も承知だろうから、すっとぼける術だって身についてもいよう。どこの組織にも関わらない“一匹狼”だったのだから尚のこと、ヤバイ話への嗅ぎ分けだって、実を言えばナミが馬鹿にするほど甘いという訳ではない奴であり、
「…まぁね。」
 何より“身元を明かすぞ”なんてネタで脅迫されての依頼であっても、それなりの断りよう、身の躱しようが実はある。今の地位なり信用なりを全部リセットすれば良いだけのこと。今の名を捨て、別の存在として…もっと地下に潜るなり、高飛びするなりすればいい。そもそも身元はあやふやなのだから、表社会の人間ほど大変な作業ではなく、強いて言うなら、怪盗としてのランクがまたまた1から出直しとなるってだけのお話で。依頼をつなぐ伝手とやらから敷き直さにゃならないが、そこは“蛇の道はへび”で今時ならナンボでも引く手はあるそうで。なのに“どうしてくれようか”とナミさんが腹を立てているのは、ホントを言えば、詳細が判らないのがただただ心配だからなのだろう。そんなところへ、

  「それが“断らなかった”って理由じゃないと思う。」

 ルフィが低い声を籠もらせて呟いた。おやと、サンジがそちらを向くと、さっきまでの消沈ぶりとは明らかにカラーの違う雰囲気を孕ませながら、むうむうと頬を真ん丸く膨らませており、
「俺、ゾロが誰かと打ち合わせの電話で喋ってるトコ見たもん。」
「え?」
「打ち合わせって…。」
 電話でなんてそんな無防備なと、呆れるよりも“信じられない”というお顔をするナミやサンジを尻目に、


  「そん時、凄っごい嬉しそうに話してたんだ。
   実物に会えるのが今から楽しみだって、素の声で言ってたしっ。」


 ………いや、素の声でって。あぐあぐと勢いよくサンドイッチをお口に頬張るところを見ると、それを怒っているのかね、あんたは。
(笑) はてさて、彼らのお仲間にしてこのシリーズの主役でもある、怪盗“大剣豪”こと、ロロノア=ゾロさん。一体どこの誰からどんな依頼を受けての海外出張なんでしょうかね?







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  *“るひ誕”最後を飾りますは、ちょびっとばかり“お遊び”な企画です。
   続きはちょこっと待ってて下さいませね?
   パラレル設定で、しかも説明がない、特殊な代物ですが、
   DLFと致しますので、よろしかったらお持ち下さいませです。
(笑)