Moonlight scenery

          "The phantom thief appears." 
 



 ぱきーっと晴れた濃青の空に負けない緑が力強い、ヤシやソテツ、パインにキビ。南洋の木々は、全部が裸子植物…とまではいかないながら、それでも原種に近いまんまのが多い。センセーが言ってたけど、赤道付近っていうのは恐竜がいた頃と同んなじような気候だからなんだって。それで太古のまんまなのが生き残れてるんだって。一方で、四季がくっきりある地域や、寒い高緯度地域の植物の大半は、人間が手をかけた改良品種じゃないのだって、様々に環境に合わせた進化を通過して勢力を広げたものばかり。ある程度までは居場所を移せる動物と違って、環境の変化に遭っても逃げることは出来ないままなのが植物なのにね。植物の進化は結構強かで、例えば種を運ばせる戦略とか、授粉のための戦略とか、びっくりするよなシステムを色々と繰り出して生き残って来たのだそうで。大量発生したまま一気に食べ尽くしたことで、その植物を食料にしていた動物の側が飢えて滅んでも、草や樹の方はそう簡単には滅さない。次のシーズンとか、別の場所とかでちゃんと命をつないでく。本人は一歩たりとも動かないまま、その勢力分布をガンガン広げて来たんだって。決して派手じゃあないけど。直接の攻撃に対しては抵抗すら出来ないけれど。根っこさえあれば、種さえ残せれば、しぶとくしぶとく生き残れるんだって。派手じゃないけど息が長いなんて、まるでウチの王国みたいじゃないかって、お勉強してるトコ見に来てた父ちゃんが愉快愉快って笑ってた。


   ――― あ、挨拶がまだだったな。
        俺は、R王国現王朝、シャンクスT世・第二子、
        モンキィ=D=ルフィだ。
        久し振りだな。皆、元気してたか?






            ◇



 地中海に面した半島と、それを取り巻くように付近の海へと散りばめられた小さな島々。世界中にてアンケートを取ったら、もしかしたら…国名や所在地を全然知らない人が断然多いかも知れないくらいに小さな小さな王国は、雨の少ない初夏へと突入し、観光客たちが骨休めにと大挙してやって来る。文明の進行が何十年分も停まっているような、前近代的とまで遅れた土地ではないけれど。長閑でお暢気な国民性と、それを保持して来た奇跡のような安寧の楽園。砂漠や荒地を挟む形で、近年何かと物騒な中近東とお隣りさんだが、水脈に恵まれ、土地の滋養も万全、何となれば自給自足がこなせる地力の強い国だったから。圧倒されるどころか…むしろ様々な物事・事象への“中継地”として大切にされ。はたまた…逆側に位置し、文化や経済においての先進を誇り、ついでにイデオロギーの衝突も激しく、戦乱のない時期はないという欧州に対しては。緻密な情報という隠し球にて蓄えた“へそくり”で
(おいおい)下手な手出しをさせないままに、息の長い独立王政国家を継続させて来た、案外と強かな奇跡の国。今や、懐ろに幾らあるかという“財力”よりも、それをどう増やすか守れるかを左右するための、速くて正確な“情報力”の時代だから尚のこと、国の態勢は盤石にして安泰。………という、背景設定はもう今更なくらい、皆様にも重々お馴染みな王国の王宮。高台の上、緑に囲まれた内宮の更に最奥に位置するのが、本来は皇太子殿下が寝起きなさる“翡翠の宮”。目映い陽射しと渇いた地に広がる、瑞々しい緑園。神威さえ感じさせる、荒野に拓かれた奇跡の空間。そこに御身を置き、日々健やかにお過ごしの王家の太陽。愛らしくも腕白で、おおらかで心根の優しい。王家の方々のみならず、国民の皆様からまで愛されている天真爛漫な第二王子。それが、ただ今自己紹介をなさって下さった和子様。黒髪にでっかい眸、ふかふかな頬に表情豊かな口許。ちんまい体躯を生かして、なかなか身軽でやんちゃな王子様。

  「なんか途中に、ちょこっと失敬な言いようが挟まってなかったか?」

 いや、気のせいでしょうよ、そんなこと。
(おほほのほ)まだ何か納得が行かんとばかり、むむうと目許を眇めたお顔もどこか幼くて愛らしい、先日、お誕生日を迎えたばかりな王子様には、王族係累を要人と見做しての、身の回りのお世話を担う係の方々が多数ついておられ。はたまた、先々では外交大使としてのご活躍を期待されてもいらっしゃるお立場上、執務に便宜が計れるようにと、今の段階からお傍付きの執務官の方々が補佐としてついておられる。幼き頃にお友達として宮へと集められた名士のお子様たちの中から、特に才に優れて忠誠厚き方々を残しての抜擢は、無邪気で腕白、されど時々ナイーブな王子の性格気性をよくよく把握してこその、緩急をよくよく心得た采配がお見事で。特に、隋臣長のサンジと佑筆のナミ、王宮の車輛管理部に籍を置く遊び相手のウソップに医療センター在籍のチョッパー医師と、王子の過ごされる毎日の要所要所を押さえるお立場の方々の優秀辣腕ぶりと機転の利きようはまさに絶品。時折、小さな台風のように王宮内を悪戯や騒動で引っ掻き回す王子様だが、浮足立つこともなく、きっちり収拾をつけてしまえるお手並みは毎度のことながらお見事で。しかもしかも、その御身をお守りするという、一番重要で大変だろう任に就いたのが、砂漠の戦地で勇名を馳せた現代のソルジャー、傭兵の世界でその名を知らぬ者はないとまで言われる凄腕の戦士、ロロノア=ゾロという武骨な達人。表向きには至って穏健で平和な国なれど、情報戦で足元を掬われた国からの意趣返しやら、豊かな財力に目をつけた無国籍ゲリラ組織やらからの強襲・奇襲にも実は結構縁があり、そんな実情を踏まえて自分が率いる直属部隊へと招聘したのは兄王子だったのだけれども。一目惚れしたからとさんざ駄々を捏ね、自分専属のボディガードへ譲っていただいて今に至る、新参者なのにルフィ王子からの信頼も厚き、頼もしき護衛官さんであり。彼には色々とドラマチックな逸話もあるのだが、詳細の方は…別な機会に各自で既出の拙話を読んでいただくとして。(おいおい)安穏として見せておきながら、実は案外、のっぴきならない事態にも翻弄されて来た波乱と冒険(?)が一杯な翡翠宮の皆様に、今話もまた、尋常ならざる何事かが降りかかるらしき気配です。



 そんなに久々って訳でもないながら、背景のご紹介だけについつい長々と KB容量を消費してしまいましたが。そりゃあ過ごしやすい季節に突入し、外国からの観光客のお方々も多数お運びになる、観光国としての書き入れ時がやって来て。華やかな行事も多数取り揃え、お越しの皆様を退屈させないよう工夫をこらしつつ、されど…長閑で屈託のないままな原風景も残しつつ。その辺りの絶妙なバランスを生かしての戦略は、もしかするとルフィ王子も先々で関わらにゃならなくなる事項なのでと、今年の世界的なトレンドの傾向などというお勉強もしつつ、のんびりした日々を送っていたのだが。

  「?? どした? サンジ。」

 さらさらな直毛の金髪を、後ろはうなじをわずかに隠して、顔の側は適当に分けた片やを細い顎先まで流したという、どこか線の細い、いかにも事務職
(ホワイトカラー)ですという印象を強めた髪形に決め、本日は…そのスリムな肢体を引き締めて見せる、濃色のベストスーツをシャープに着こなした、伊達者としても秘かに人気の隋臣長。それが…何やら小難しいお顔になって一枚の紙をじっと見つめている。A4くらいのPPC用紙であり、雛型から察するにPCへ送信されて来たメールのプリントアウトだろうか。印字された文もさして長いものではなく、ほんの数行。なのに、いつまでもいつまでもその綺麗な手元へと見下ろし続けている彼なものだから。
「読めねぇ字とか知らねぇスペルとかがあんのか?」
 かけた声へのお返事がないことへ、ますます不審を覚えたのだろう。彼の王子様が、どこか案じるような声音を重ねた。私たちが主に使っている日本語は、字に当てる“音”が母音と子音の組み合わせの“五十音”がそのまんま“ひらがな”という表音文字になっているので、読めさえすれば意味もある程度調べやすいのですが、アルファベット26文字を使っている国はそうはいかない。これこれこういう言葉だと発音や言い回しを耳で聞いたとして、正しいスペルが分からないと…正確な意味を辞書で引こうにもどれのことだかなかなか判らない。PC経由なので、そこへ刷られて並んでいた文字は、王子の持ちネタの如くな“悪筆”ではなかったし、
「…サンジ?」
 再度のお声をかけると、
「こ、これは…。」
 そんな声がやっと聞こえたから。彼としては、難解な文書や言語を何とか読もうとしての集中から動きが止まっていたのではなく、書いてあった内容があまりに衝撃的だったので、読み間違いではないか、なんちゃってという描写がどこかに紛れてはいないかと弄
まさぐった揚げ句。やはり冗談ごとではないらしき内容へ、あらためての驚愕に身を凍らせてしまい。それでついつい固まっていたらしい。明るい陽光降りそそぐ、透明度の高い大窓の傍ら。何とか解凍状態へと戻って来た彼は、

  「………翡翠宮の至宝をいただきに上がります、だと?」

 文面を声に出して読んだ。
「翡翠宮の至宝?」
 ルフィがきょとんとし、カウンターの傍らで人数分のお茶を淹れていたナミの方へとお顔を振り向ける。
「なあナミ、この宮に何か“お宝”ってあるのか?」
 元気が有り余っていて扉の開け立てさえ乱暴な王子様が寝起きしている宮だから、先祖伝来の国宝級という装飾品だの調度品だのは、彫刻や絵画、彫金細工の見事なドアノブに至るまで、殆ど全てを安全な
(?)別棟へ一括して引っ越させて久しいと聞く。よって、
「そうねぇ。強いて言えば、この宮自体の歴史的価値くらいのもんかしら。」
 庭にある木々や花たちだってさして珍しいものは揃えていないし、王子がお勉強に使っている古文書や歴史書、大きな地図だって復刻版のレプリカだ。だが、さすがに建物自体の“すげ替え”は無理な話だし、この棟をこそ守りたいだなんて発想自体が、はっきり言ってそれでは本末転倒でもある。確かに…歴史があって優れた美術的様式を踏まえた、これまた“国宝級”の建造物だが、
「国王陛下に言わせれば、これがどう美しくて価値があるかということよりも、ルフィの身を守ってくれる頑丈な要塞であってくれねば困るってとこでしょうからね。」
 くすすと笑ったナミさんが、胡桃材のトレイに並べたバカラのグラスを運んで来る。載っているのは3つだけ。カウンターに残したもう1つは、警備部の打ち合わせにと運んでいるゾロへのものであるのだが、
「それってゾロが置いてったメールなんでしょ?」
 今朝方、王宮王政執務室の管制室に届いて、警備部が大騒ぎになったって言う。そうと続けたナミだったため、おややとルフィが小首を傾げた。
「じゃあ、本気の泥棒が来るっていう予告状なんか?」
 公式な…それこそ外交関係の連絡をやり取りする文書なり情報なりを扱う、言わばこの王室の心臓部に当たる部署。各国の外務省や外交担当と直通になっているホットラインばかりという経路でしか回線はつながってはおらず、よって此処へアクセスするためには、いずれかの事務局へ侵入してのハックをこなすという繁雑な手順を踏まねばならない筈…なのに。
「…直通で届けられるなんて。どういう手腕の持ち主なのよ。」
 コンピューターの寵児とかいう輩の挑戦なのかしらと、眉を寄せたナミだったが、
「いや、そっちは案外と簡単らしいっすよ?」
 差し出されたグラスを1つ、目礼にて会釈しつつ受け取って、サンジが応じる。ナミさんの激高状態を間近にしたことで、これは落ち着かせねばと我に返ってしまい、彼の側こそ冷静さが復活した模様。手近な卓の上へと問題のプリントアウトをすべらせて、
「観光客が行き来する程度の、表向きの“お付き合い”しかないような、観光ビザ関係の問い合わせしかやり取りがないような国の事務所は、案外とガードがやわいそうですからね。」
 極端な話、その事務所へ潜入し、ホットラインのつながってるPCを直接操作するという、至ってアナログな手だって使えるほどだとか。
「ま、ということは、特殊な送付物じゃないって事になりますから、テクの特殊性からは相手を絞れないのでもありますが。」
 特別な手法を使えば、個性という“鍵”を残すことになる。その特殊性をもって過去のデータから犯人候補を絞り込めもする。だが、安易な方法でのものだから、そうは行かないのが腹立たしいと、吐息を1つついたサンジであり。
「話を元に戻すが。…ルフィ、これが指す至宝ってのはどういう意味だか判るか?」
 唐突に話を振られて、グラスへガムシロップを注いでいた王子様、む〜んと虚空を見上げてから、
「…至宝って何だ?」
 そこからかい。
(苦笑) お約束で体が傾きかかったサンジだったが、気を取り直すと律義にも解説を加える。
「この宮の“一番の宝”ってことだ。」
「そっか、一番のか。」
 何だろなと、部屋の中を見回す王子様だが、此処は執務官たちの息抜きのお部屋で、はっきり言って“バックヤード”裏方控室のようなもの。そんな場にあるもんじゃなかろうにと、王子の判りやすい幼さへ思わず苦笑したナミさんと違い、
「………判らないか?」
 おやおや? サンジさんは妙に真摯なお顔でいる。え? まさか、この部屋に何かそんな“王家の至宝”が置いてあったの? いつも手で触れてる何か? それとも飾ってあるリトグラフ? 覚えがなかったナミさんまでもが、でも知らなかっただなんてのは癪だからと、こっそり目線だけで部屋の中を撫で回してみたが。そうまで大層なものはやはり見当たらない。これでも実家は名のある旧家。一線級の美術品や何やへ触れる機会は多々あったので、鑑定眼や審美眼には自信もあるから間違いはなく、

  “だとしたら…。”

 ナミさんの視線が止まったのは、まじっと王子様を見やっているばかりな隋臣長様のその目線。ああそっかと遅ればせながらの納得がいったと同時、
「あほうっ。」
 間違いなく罵声を浴びせ、しかもしかも…軽くとはいえ王子の頭を直接、それも故意にコツンとこづく家臣がいるとは、なかなかどうして豪気な王室。サンジが叩いた〜っと、こづかれたところを手で押さえ、抗議の涙目になりかかった王子様へ、

  「俺らの至宝っていえば、お前なんだよ。」

 判らんのか、このあほうが。そう言うと、指の長い、機能的で綺麗な手のひらが伸びて来て、王子様の頭をわさっと鷲掴みする。あやや、何を怒ってんだようと反駁したいところだったが、

  “…待てよ。俺?”

 宝物だっつっといて、すぐさま乱暴狼藉を働く臣下も臣下だが、ぐいんぐいんと頭を揺すられつつも、
////////。」
 これまた遅ればせながら。妙に照れて真っ赤になってる王子様も王子様。
“そっか、そういう意味になるのか。”
 なかなかしゃれた予告状だよなということと、そういう意味だと指摘して疑わない…一番の至宝はルフィなんだぞと言ってのけたサンジからの思い入れ。その両方へとワクワクどきどきしてしまった王子様だったようだが、
「こうなったら、あのマリモヘッドにだけ任す訳には行かないぞ。」
 むんっと白い拳をぐうに握りしめ、
「俺たちも独自の警戒を張りましょう。」
「ええ、判ったわ。」
 おおう、ナミさんも話に乗ったらいしです。
「メリーも待機させとかなきゃね。」
「ああ惜しい、昨日から医療センターで検診中です。」
「そんなの中断させればいいんだわ。」
 あの賢い子を遊ばせておくなんて勿体ない。あんなに元気元気だったんだから問題はない筈よと、そこまで言い出すナミさんへは、

  「…鬼だ、鬼がいるぞ。」

 ついつい口許が引きつってしまった、王子様と隋臣長様だったそうでございます。


   ――― はてさて。
(笑)








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  *うふふのふvv 何だか妙な雲行きですね。
   何処へと続くお話やらです。
(苦笑)