Moonlight scenery

          "The phantom thief appears." A 
 

 

  ――― 翡翠宮の至宝をいただきに上がります。


 表向きには、バカンスにやって来る外国からのお客様たちが落とす、観光収入&ささやかな遊興賭博が産業の柱だということになっている、至って平穏でお暢気な王国。規模も軍事力もささやかなれど、実は実は…凄まじくも巧みで容量の大きい“情報収集力”という形の無い必殺の牙をその懐ろに忍ばせていて。この国への“奇跡の楽園”という別称は、結構長い国史上のこれまで、どんな戦乱にも巻き込まれなかったが故に、今時には維持が難しいだろう原風景のなお残る、安寧の地だから…と世間一般に方々からは言われているが。本当のところはといえば。その筋からの評価がこんな小国なのに侮れないとされている点を指しての揶揄だという解釈の方が正しい、そんな国。下手な手出しをしたりしたなら、それは恐ろしい“報復”が待っている。政権与党首脳陣による政策上の不正から、クーデター未遂なんて形で終わったことになっている“疑獄事件”の真相、他国の政治介入と策謀にあたるだろう、野党幹部暗殺の事実や、果ては首相の性的スキャンダルまでと、レベルもカラーも様々ならば、持ち出し方や流布のさせ方も巧みな“醜聞・風聞”のテクをもってしての暴露作戦が展開されて、間違いなく…政権を揺さぶられたり世界市場での大打撃を食らったりする、小悪魔みたいな
(?)恐ろしさなので、列強大国はまず手出しなんてしては来ないのだが。そういった裏の事情を知らない、世間知らずな犯罪組織が、豊かな資金だけを目当てに狙ったり、知ってるどころか痛い目に遭わされた存在が報復を仕掛けて来たりというささやかな襲撃はなくもなく。とはいえ、それへと対応する優秀な警備陣営も精鋭揃いで、今まで大事に至った試しは一度としてない。誘拐や襲撃という事態がこれまでにまるきり勃発しなかった訳ではないのだけれど、どれもこれも発生したその場という格好でほぼ制圧出来ており、それもまたこの国を“奇跡の国”と呼ばしめている要因なのかも。

  …………… で。

 冒頭に掲げましたる不穏当なフレーズ。いかにも“あなたの利益を害しますよ? 非合法な強奪に参上致しますよ?”と言わんばかりの不埒な予告状が、国家間ホットラインしか繋いではいない、王宮王政執務室の管理するメーラーへと届いたから、さあ大変。警備部には緊張が走り、ターゲットにと名指しされた“翡翠の宮”の関係者たちも警戒心を立ち上げる。歴史ある王国なだけに世界に名だたる名画や宝石のコレクションという形の国宝やら、先祖が秘密裏に残した秘宝もまた少なからず抱えているが、今回の標的はどうやらそれらを指している訳ではないらしく、
『お宝といえば“壊れもの”や取り扱い注意物件が多いからと、そのほとんどが撤去させてるこの宮で、今現在 最も価値のあるものと言ったら“これ”しかなかろう。』
 おいおい。至宝に匹敵する大切なものとしておきながら、そんな風に気安く、しかも“物”扱いしてどうするね。
(苦笑) 日頃はマナーや礼儀へ完璧なまでに卒がない隋臣長殿なのが、ついつい言葉遣いを誤るほどに、実は随分と動転していた…のかも知れないこの事態。問題の予告状は…選りにも選って、この国の王宮の太陽、国民たちのアイドルでもある第二王子のことを指しているらしいと来たもんだから、こ〜れは大変だという危機感も半端ではなく。
「単なる窃盗じゃあない、仮にも国家要人を誘拐しよってんだから、そりゃあ穏やかじゃないよな。」
 問題のメールのコピーを眺めつつ、うんうんと鹿爪らしいお顔で感慨深げな言いようをなさる、車両管理部のメカの達人ウソップさんだったが、
「そんな他人事みたいな言いようしてないでくれる?」
 恨めしげに目許を眇めたナミさんが、不謹慎だわと叱咤する。日頃はあまりの他愛なさや可愛らしさから、ついつい口先三寸でからかってみたりもする相手だが、仮にもこの王国の政権を担っておいでの王族の、しかも直系のお血筋の王子様。
「世が世なら間近に謁見するのだって恐れ多い存在なんだからねっ。」
 一気にまくし立てるお嬢さんへ、
“…そう思っているんなら、日頃からももっと慇懃丁寧に扱ってやれよ。”
 暢気なウソップまでもが呆れたほどだから、まま、確かにねぇ。
(苦笑) それはともかく、
「けどよ、今の時期、そんな派手でややこしいことを仕掛けて来そうな勢力なんて心当たりあるか?」
 頭っから冗談ごととして捉えていたのにはちゃんとした下地があるんですよと、言い返すウソップであり、
「今はそこかしこの国や地域の“過激派勢力”のいずれもが“世界の警察”との丁々発止で忙しい。それに使うための資金がほしいの道化回しがほしいのという事情からにしたって、それで“ウチ”を狙うほど余裕があるよな組織なんてなかろうよ。」
 対等に相手をしようと思うなら、情報戦争には不可欠の情勢把握の下地を整えた上で、プレゼントとする交換条件や或いは切り札などなど、手駒を山ほど揃えーの、持久力を保持しーのと、そんな策謀を準備するだけでも手間と集中力が必要な厄介な国、もとえ…守りがしっかりしている国だという自負があっての大威張りなお言いようへ、
「………まあ、そうなんだけれどもね。」
 一応は穏便な返事をしたものの。こいつわ〜〜〜とばかり、ナミさんの額にお怒りの青筋が浮き上がって ひくりと震えてる。それはあくまでも政治的レベルでの“大局”を担う立場の方々が言ってしかるべき見解。確かに、国と国というレベルで何かを起こそうという時に、事を実行に移すにあたっての英断を下すのは、そりゃあもうもう大変なお仕事なのであり、才気の冴えがある方々の実績と手腕がなければこなせないことではあろうけれど。ウソップが言ってのけたのはあくまでも形式的な方法論。実際問題として…例えば、相手方に徹底した統制が行き届いていなかったら? 現場で実際に駆け回る末端の人たちが“自分たちは一番最初の指令に従っただけで、状況の変化も背景も後先も知るもんか”っていうような狂気の塊りと化していたら?
「是が非でも作戦を成功させようって意気込んだ鉄砲玉が、破れかぶれの突入を敢行して来たら? 私たちが守るべき“王宮の至宝”に、洒落にならない怪我でも負わされたらどうすんのよっ!」
 切羽詰まってるってのに、此処から遠い机の上ででしか通用しないような“正論”を並べてんじゃないと。お暢気さ加減を追い出さんという勢いで、分厚いファイルにて殴られた発明王さんだったりしたそうな。そんな過激な問答の一方で、

  「実際の話、情勢はどうなんだ?」

 こちらは も少し冷静なレベルで問題へ当たっていらっさる面々。周辺の庭園込みの翡翠宮の見取り図を…間取りだけを記したものと警備機器や施設の設置図とを並べて、真剣に検討中という、金髪の隋臣長殿と第二王子専属の護衛官殿。
「空港や港、税関のチェックには、今のところ怪しい人物や荷物は引っ掛かっていないとさ。」
 王宮王政執務室のメーラーへ届いたから外国からだろう…とただ単純に考えているのではなく、可能な限りの追跡調査をした結果、少なくとも発信者が居たのは異国であったらしいと判明したからなのだが。そこはやっぱり周到な相手であったらしく、そこから向こうの足跡はきっちりと途絶えており、犯人像は沓
ようとして知れないままだ。
「ただ、その筋の情報を綿密に当たったところ、1つだけ、小さいながら厄介な代物が浮き上がってな。」
 精悍で鋭角的なお顔をいかにも際立たせるよに短く刈られた髪は、護衛官という職種には不謹慎ではないかと思われそうな緑色。とはいえ、それが案外と、穏やかで堅苦しくはない王室というムードに合ってもいるようで、いつだって悪目立ちすることもないまま、場にしっくりと馴染んでいるお若い御仁。実を言えばご当人の“消気”の術が見事だからでもあるのだが、そんな腕前なんかおくびにも出さない、真の切れ者、元・凄腕戦闘員のロロノア=ゾロとはこの人のことであり。地味な制服、半袖の淡いカラーシャツにネクタイという、こういう職務にありがちな“お仕着せスタイル”に包み込んだる強靭壮健なその肢体を、あくまでもシャープな印象どまりになるよう保ちつつ、薄目のバインダーに挟まれた資料を出して見せる。
「某国の怪盗、R王国へ入国せり。………怪盗〜?」
 何じゃこりゃという感慨を染ませた尻上がりの語尾。俺たちは真剣まじめな話を詰めてるんだぞと言いたげな、胡散臭いものは勘弁なというお顔になった、金髪華麗な隋臣長様だったけれど、
「半年前なら俺だって同じ反応をしたかもな。だが、こっちを見てみな。」
 同じバインダーに留めてあった別の資料。ご当地に限ったものながら、結構大きな窃盗事件を幾つも起こしては迷宮入りに決着させてる凄腕で、その折々に…悪徳業者やそんな連中との癒着が疑われて久しい政治家・権勢者など、金や権力で守られているような…微妙に“灰色”の誰か何かの鼻を明かすような痛快事件が多いものだから。新しい事件が起きるたび、マスコミも大々的、且つ詳細な背景や実情を浚っており、
「どんな難関に対してでも、決して…破壊工作を仕組んだり死傷者が出るような荒ごとにはせぬままに、恐らくは単独の丸腰空手にて。余裕綽々、闇夜を跳梁する彼を、我々はいつしか現代の義賊“大剣豪”と呼ぶようになった…だと?」
 資料に添付されてあった記事のコピーを読み上げながら、おやおやと、今度は苦笑しもって対策班の相棒の顔を見やったサンジさん。というのが、こちらの元・傭兵部隊のエースもまた、砂漠の戦場での冴え渡る活躍を指して“剣豪”と冠されていた人物だからで、
「お前の知り合いか?」
「あほう。」
 身近な人間同士が名前かぶらせてどうすんだと、至極ごもっともな、されど…ちょいとリアクションは間違ってないか? そんな怪しい知己はいないと答えなさいよとナミさんがムッとしたよなお返事を寄越してから、
「そんな“義賊”に狙われるような覚えは、何処にも誰にもないんだが。」
 相手の思惑まで悠長に辿っていられる余裕はないからと、護衛官殿はあくまでも真面目な見解を続ける。
「いつと日時は切ってないが、今時“予告状”なんてもんを送って来るような ふざけた奴だからな。悪戯じゃないなら、そんなに間を置かず、次の手を打って来る筈だ。」
「だろうよな。」
 予告をしたということは、只今現在のこの王宮がそうであるように、相手に十分な警戒をさせるということに通じる。ただの悪戯だろうと思わないでもなくっても、万が一ということを念頭に置かねばならない場所だから、尚のこと厳重な警戒が敷かれることとなり、窃盗だろうが誘拐だろうが、そう簡単には侵入させまいぞという態勢が出来上がる。とはいえ、尋常な事態ではないのだからして、対応に当たる側とても、どこかで誰かが少なからず浮足立ちもするだろう。そんな緊張感による隙を突いての強襲をかけたいというのかも知れずで、だとすれば…事態
(コト)は素早く 次へと運ぶ筈と見越すのが、対処する側の気構えなのだが。
「ま、対象になっとるのが、抵抗出来ない小さい子供じゃないのが助かりはするがな。」
「…それは言えてるか。」
 何たって一応は、国を挙げての武道大会で好成績を収めたほどの腕白王子。身軽で機敏で勘もよく、しかも最近は護衛官殿からも、実践的な格闘技やらマーシャルアーツを、じゃれ合い半分の取っ組み合いの延長にて学んでいる今日この頃なので。そう簡単には“持っていけない”だろう対象だったりする。
「もしかしてこっちの読み間違いとか相手のフェイクで、敵さんの目的が王子の誘拐じゃないならないで、勿論のこと、それに越したことはないのだし。」
「そうそう。ルフィさえ無事なら、此処にある何を持ってかれたって構わないってお墨付きを、陛下からも頂いてるしな。」
 当初は大したもんは置いてないからこそ、此処の主人たるルフィ王子が狙われてるんだよって解釈がすぐさま立ち上がった彼らだったが、よくよく見回せば…手の込んだ細工が施された卓やチェストもないではなく、王子が式典や外遊先などにて身につける、ちょっとしたの宝飾品の数々は、仰々しくも宝庫まで持って行かずに此処で保管してあるので、それをと狙ってのことかも知れず。だが、それらが目当てだったならむしろ幸い、何なら熨斗をつけて窓辺に置いとこうかという冗談口が出たほどだから、こちらさんたちも暢気っちゃあ暢気なもんで。
「ともかく。当分はルフィから目を離さないってのが基本だ。此処の周辺を固める警備部の護衛シフトは追って知らせて来るとのことだから、内務の方、女官の皆様方や世話係の方々の交替シフトの確認は勿論のこと、それぞれの身の安全って方面の自衛策も、周知徹底させといてくれな。」
「らじゃ。」
 今日のところはこんなものかと、申し合わせを済ませた頼もしきお兄様方が、どちらからともなくひょいと見やった緑の中庭
パティオ。滴るような緑の中にはいや映える白亜の四阿あずまやや、明るい陽を煌めかせつつ涼しげな飛沫を飛ばす噴水などが、いかにも優雅に配置され、柵や仕切りを兼ねた茂みや撓やかな姿も丹精された樹々が美しき、見ているだけで心休まる庭園だが、
「ほらメリー、取って来いっ!」
 長い毛並みは白地に濃灰色のぶち。子牛くらいはゆうにありそうな大きな大きなモップ犬の鼻先にかざした、棍棒みたいな犬用のガムを、それっと放った少年の姿が目に入る。伸びやかな肢体に溌剌とした元気を余すところなく充填し、それは無邪気な笑い声を上げている てんで陽気な王子様。名指しで標的とされた宮だとあって、いつ何処から何が仕掛けられるやらと、緊迫しつつも同時にそれとなく騒然とした…落ち着かないムードが立ち込める、周囲のただならない緊張感を知ってか知らずか。彼だけは至ってマイペースで過ごしておられ、
「ルフィ、中庭の外へは出るなよ?」
「ああ、判ってるっ。」
 隠れんぼがお好きな王子様だが、今回ばかりは自重するよう厳しく言い渡されており、目の届かない場所へ入り込まぬよう、人をやたら心配させるような悪戯はしないようにと、父王様から直々に諭されてもいる。騒動に区切りがつくまで…落ち着くまでは大人しくしてますと約束させられたその代わり、お勉強が軽減されもしたので、むしろ“ラッキ〜vv”なんて思ってるらしい、こちらさんもまた相変わらずお暢気な王子様なのだそうで。…日本の一般人の高校生だったなら、台風で警報が出たら学校が休みになるからって喜ぶクチですね、きっと。
(苦笑) この屈託のなさから言って、侵入して連れ出さなくとも、何処かへ呼び出して連れてった方が楽だったかもですね。こらこら


  ――― はてさて、
       この事態、一体どう決着するのやら?










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  *るひ誕最後を飾りますは、
   既にお察しの方々も多いその通り、
   怪盗さんと護衛官、
   二人のゾロに狙われ守られるルフィという運びになりそうです。