月夜見 東風一迅B 〜月夜に躍る・Y
 

 

          



  怪盗"大剣豪"の活躍を題材にした、ルフィたちの映画の撮影は順調で、大殺陣回りも活劇の元にするポーズや動きも、実写分の収録はほぼ済んでおり、
「あとはアップとか町中での台詞の収録だけだな。」
 B.G.M.となる雑踏のざわめきやら車の走行音やら。そっちにもソフトがなくもないけれど、そこいらにあふれてる素材を使わない手はない。
「こういう場合も"自然素材"って言うのかな?」
「??? どうだろな。」
 あははと軽やかに笑った坊やたちが、長い長い竿のようなポールの先、風防用のフェイクファーを巻かれた集音マイクやコンパクトな機材を担いで町中をほてほてと歩く。なかなかにお元気な撮影の風景は、町の中でも少しずつ話題になっており、殊に可愛らしい監督さんが妙に人気。

  「え〜、ルフィくんは出てないの?」
  「それってなんか勿体ないよぉ。」
  「じゃあさ、この、宝石を渡されるお嬢さん役は誰?」

 好奇心が旺盛そうな女の子たちに色々と質問されるほど。ご本人たちは特に人目を集めたくてやってる訳ではないので、そうそう有頂天になっての"お天狗様"にもならぬままに、プラン通りの収録をさくさくと進めていたが、

  "………あ。"

 そんな途中の道すがら。随分と陽が長くなったとはいえ、それでもそろそろ黄昏の始まりそうな時間帯になって来た頃合い。通りかかった道筋の路地の入り口にとある人物を見かけた監督さんは、
「あ…と、あのサ。」
 同行していたお仲間さんたちへ唐突な声をかけた。
「俺、今日ちょっと用事があったんだ。こっから先はちょっと…。」
 何でもかんでも開けっ広げな彼にしては"何の用事なのか"を言おうとしないのが珍しかったが、
「ああ、良いぜ。」
「今日は、あと公民館の庭と柵を撮り溜めするだけだしな。」
 ちょこっと困ってた豪邸の一部に使う素材集めももう殆ど済んでいるしと、さしたる詮索もされなかったので、
「悪りぃ。」
 明日の昼んでも、俺んチで飯食いながら編集会議しような、ああ、機材揃えとくよ。頼もしい笑顔と声とを交わし合って、右と左へ分かれた彼ら。黒髪の少年監督さんは…さっき注意を奪われた路地へと向かうと、素早くその奥向きへ移動していた人物へ、

  「どしたんだ、ゾロ?」

 こんな…まだ明るい時間帯に、と、小首を傾げつつも声を掛ける。短く刈った髪の浅い緑色は今時の若い衆にはあまり珍しくもないカラーリングで、それだけならさしたる特徴でもないものの。この男の精悍さとそこから滲み出す見た目の存在感は…どんなに本人が気を張って"消気"の構えを取っていても、人目をついつい集めてしまうほどの素晴らしさであり。よって、誰かと親しげにしているところは、あまり人目に晒さないのが裏の世界の人間の鉄則。警察やら商売敵やらという"敵"から自分への、捜査・探査の足がつく切っ掛けになりかねないし、逆に言うなら…それが知己であれ、関係のない相手であれ、自分にまつわる厄介ごとへ巻き込みかねないからで。見かけのワイルドさと裏腹に、割とそういうところへは気を遣うゾロにしては珍しいなと思ったルフィへ、

  「なに。今から面白いものを見せてやろうと思ってな。」

 これもまた珍しくも、どこか楽しげに…されど"種明かしは後で"と言いたげに、にんまりと思わせ振りな笑い方をして見せた"怪盗さん"である。











            ◇



 冬場に比べたら いつまでも明るい春の宵が、それでもやっと夜の濃色のガウンに着替えた時間帯。観光客で賑わう港町ならではな雰囲気の延長で、夜更けてもなお活気あふれる店々の居並ぶ幹線道路を、いやに慌てた様子で飛ばしている車がある。結構値の張りそうな車種のそれなのだが、扱いがぞんざいなのだろう。手入れを任されている人がお仕事をちゃんと果たしていて、通過する街灯の列をそれはクリアに映し出すほどきちんと磨かれているそのボディに…なのに細かい傷がやたらと多いのは、乗り回す者が相当に乱暴だからなんだろなという察しが素人探偵にだってすぐにもつく、どこか奇妙な高級外車。さして交通量が多いということもなく、道は十分空いているというのに、ハンドルを操る人物は…苛々と歯噛みをしながらアクセルを踏みっ放しという状態だ。

  "チクショウっ!"

 いっぱしのワイルドを気取って刈られた金髪を、時折乱暴に掻きむしる動作からも、彼が精神的にかなり逼迫していることが窺える。何者かに追われているかのような焦燥感にぎりぎりと苛まれながら、車線の多い大通りを駆け抜けた高級車は、無茶なドリフトでのカーブを危なっかしく続け、新しい傷を増やしながら…とある住宅街へと入ってゆく。港湾地域から少し離れた辺りの、別荘地風の邸宅が居並ぶちょいとハイカラな地域であり、彼が操る車が辿り着いたのは、一番外れに位置している、これもまた小洒落たコテージ風の一軒家。エンジン停止もそこそこに、車のドアを荒っぽく開け立てして降り立ち、手入れの悪そうな芝生の前庭を蹴立てるようにして大股に家へと近づいた男は、

  「リリー、いんだろっ! 開けろっ!」

 チャイムを鳴らすのももどかしげに、扉をドカドカと乱暴に叩く。そんな彼の威張りくさった大騒ぎに呼応して、ややあって勢いよくドアが開いた。
「うるっさいわね。」
 出て来たのは目鼻立ちのかっちりした、ちょいとした美人である。ゆるいウェーブのついた長い髪を背中まで垂らしていて、淡い色つきの大きなサングラスをかけた若い女性であり。所謂"今時"風のスレンダーグラマーな肢体をしたその腰に、白い拳を当てるようにしてむんと胸を張って立った姿勢といい、来訪者へと投げ返した開口一番の威勢のいいお返事といい、彼女が相当に勝ち気な気性をしているのだろうことを易々と偲ばせる。
「こんな時間にわざわざ、一体何の用よ。」
 あたしはネ、誰かに頭ごなしに指図されるのと予定外なことに煩わされるのは一番不愉快なのよねと堂々と主張する、それは勝気なお嬢さんの剣幕に、
「う…いや、だからだな。」
 さしもの…市長の甥御さんのお坊ちゃんも、ついのこととて気圧(けお)されてしまったらしいが、
「ともかくだ、話が あんだよ。」
 気迫の差からたじろぎながらも何とかお嬢さんを執り成して、お家へと上げてもらうことには成功した模様。玄関からリビングの方へと移動しつつも、咬みつくような会話は続いており、
「…だから、言ってるでしょ? 正式にあの子に決まったっていうなら返すって。」
「決まったんだよ。この俺が言ってんだから間違いねぇだろが。」
 胴馬声で言ってのけたベラミーへ、だが、女は"ふんっ"と鼻先で息をつき、
「どうだか。」
 力で押されれば敵わないには違いなかろうに、何を根拠にしているやら怯みもしない高飛車なところが、こういう種の男には堪らないのかも…じゃなくってだな。
「あんたって、口ばっかりなところがあるものね。」
 細い肩をすくめながら つんと澄まして冷然とした眼差しを向け、
「それに、あたしだって町の噂くらいは聞いてるわ。あんたが粉かけてるっていうルフィって子。自分たちのお遊びの撮影に忙しそうなばかりで、劇にはてんで関心示してないらしいじゃないの。」
 サイドボードに並べられた、大小とりどりの高級そうな酒瓶。そのうちの一つを掴み上げ、傍らに伏せてあった綺麗なカットグラスを手に取ると、慣れた仕草で琥珀色の液体を注ぎ込み、なかなか大胆な勇ましさでぐぐいと飲み干す彼女であり。
「言っておくけど、あたしとあんたはサーキースが帰って来るまでの関係なのよ?」
 手に持ったままのグラスを透かすようして相手を見据えると、

  「あいつがキレたらどれほど怖いかはよく知ってるでしょう?」
  「う…。」

 低い声で言い放たれて。そのまま言葉に詰まってしまったらしいベラミーに、気の強そうなセクシー美人さんは にんまりと笑って見せるばかり。………そんな二人の会話の成り行きへ、

  「何だよ、あいつ。」

 いつも威張りくさってやがるけど、それほど強い"頭
ヘッド"じゃねぇんだな、女に言い負かされてやんのと呆れたように呟いた連れへ、
「…それだけじゃない。」
 ゾロが"くくっ"と短く笑った。吐息の気配しかしなかったが、普通の声音でしゃべったって聞こえはしなかろう剣幕の口論は依然として続いており、ロフトになった屋根裏に潜んでいる人物があるだなんて まるきり気づいてなんかいないらしい。
「今、名前が出た"サーキース"ってのはな、あの野郎の腹心なんじゃなく、あいつの親父さんの手飼いのチンピラだ。」
「??? なんだ、あいつの手下じゃねぇのか?」
 それじゃあさほど強気では威張れないのも無理ないかと、坊やが"ふ〜ん"というよなお顔になったのへ、
「しかも、だ。今は、何かやばいことをやらかした量刑
かどで刑務所に送られてるんだが、どうもそれってのは誰ぞの身代わりらしいから…。」

   ………それって、もしかして。直接の"親分"の?

「じゃあ、そんな奴が"自分の女に手ぇ出された"ってキレたらサ。」
 身代わりという立場だったことをさえ放り出すかもしれない…かも?
「そうだよな。そんな事態になったら、ベラミーとかいうあいつは、自分の立場を保守したい親父さんからさえ、あっさりと見放されるかも知れないってことだ。」
 なんだか、なかなかに複雑な背景も背負ってらしたんですね、この坊ちゃん。
「下手すりゃあ、あいつは誰からもかばってはもらえない立場に成りかねない。それが重々と分かっているから、あんな安っぽい女の言い分に逆らえもせず、言いたい放題されて振り回されているんだよ。」
 自分に自信がないよな高みへ、見栄張って欲をかいて無理に手を出すから ああなるんだよと、にべもなく言い切って。

  「ま、やっと腰を上げて此処に来てくれたんで、俺としては万々歳なんだがな。」
  「???」

 ルフィには まだ全貌を話していなかったので通じていない部分も多い今回の一件。唐突に坊やにまとわりつくよになったこの名士一族のお坊ちゃんが、見ただけでああまで戦
おののいた封筒の差出人は…もうお判りですね? この大剣豪さんであり、
「あの坊っちゃんの屋敷にある筈の、聖母の扉っていうペンダントトップをな、先の冬から狙ってたんだが…。」
 大きなイエローダイヤの嵌まった凝ったデザインのものであり、しかも…高価なだけでなく ちょっとした謂
いわれがある代物なので、故買屋や知人の好事家などなどという"外部"のどこにも持ち出されてはいないという一通りの調べにも間違いのない筈が。家人や使用人たちによる大掃除にも負けないくらいの綿密さであちこち掻き回したにもかかわらず、屋敷や事務所、別宅のどこにもなくて。

  「で。ちょっとばかり矛先を変えて、家人へ当たってみることにしたところが。」

 一番落ち着きがない、しかも後先を考えずに しょむないことを一番にやりかねなさそうな坊っちゃんへと目串を刺してみることにした。


    『坊っちゃん、あんた、あのイエローダイヤを持ち出したね? あれは謂れのある代物だ、父上がなんで門外不出にしていたか分かるかい? 公けに見せびらかすには少々後ろ暗いとこがあるからで、そんなものが持ち出されてたり、紛失してたってバレたらどうなると思う? 確か…銀行屋さんを経営しているんじゃないのかい? なのに、詐欺紛いなやり口で他人様のお宝を手に入れたりなんかしていた上に、自分チの財産さえキチンと保守出来ないとなるとね、信用はガタ落ちになるだろうねぇ。』

  ――― そんなことをしでかしたんだ。バレたら、あんた勘当もんだよ?


 ………とか何とか したためたお手紙を出して、まずは地味にも揺さぶってみたゾロだった。何と言ったって親の七光のお陰様で立場を得た上で、その親御さんの脛
すねをかじってる身だ。世間へは何やったって親が保身から庇ってくれるサなんて甘いことを考えてもいるんだろうが、ということは。その"親御さん"を敵に回せないことは重々承知している筈。そこでその点を突いたところが、びっくりするほどの的中率、一発でビンゴだったらしくって。
「やっぱり奴が勝手に持ち出していて、誰かに渡したらしいってトコまでは突き止めてたんだが、相手が判然としなかったのと。」
 あっさりと動揺を見せて、何とかしようとばかり動き始めてくれたは良かったが。何でまた、切羽詰まったろう状況下で…選りにも選ってルフィにちょっかい出し始めたのか。その行動の意味がよく分からなかった。まさかとは思うが、こちらの正体に感づいたのか? そしてその上で。ルフィが仲間内だということまで掴んでいるのだろうかと、ひやっとさせられたほどであり、
"ああまで間抜けな野郎の思考は、さすがに読めないってもんだよな。"
 忙しいと言っていた筈の"演劇部の仕事"はそっちのけで、誰かと頻繁に連絡を取っていた。外出の多い相手の出先へ掛けて捕まえてというパターンが多かったがために、特定はなかなか難しかったが、その会話から…何となくの経緯は掴めて、

  「ねだられて見せたら返してくれなくなった?」

 何だ、そりゃと、ルフィがますます呆れたのも無理はない。
「あの子も何とお前と同じ高校生で演劇部の子なんだとよ。そいで、例の寸劇のマドンナ役がほしかったんで、その役だけが身につけられるっていう特別のアクセサリーをな、どうしても見たいって言い出したらしい。」
 ただでさえ希少価値のあるイエローダイヤの、しかも馬鹿デカい逸品が嵌まった装飾品。高校の理事を務める名家の秘宝である、見事な細工のペンダント。
「それにしたって…。」
 子供同士の"お宝"の見せびらかしっこじゃあるまいに、数千万は下らないって高額の宝飾品をそんな簡単に持ち出すかね、普通…と。その"子供"に近い存在から言われていては世話はなく。
"………どういう意味だよ、それ。"
 ああ、聞こえましたか、すみませんです。
(苦笑) 筆者から子供と言われて"ぷぷう"と膨れた坊やの猫っ毛を、ゾロがその大きな手で宥めるようにぽふぽふと撫でてやり、

  「あいつがルフィにちょっかいを出し始めたのはな。
   それをどうしても返してもらうっていうその口実に、
   ルフィに令嬢の役が変更になった、
   これは他の女子部員たちからの強い要望だから逆らえねぇ、
   だからアレを一旦返してくれや…と。」

 そう持って行きたかったらしいんだなと、何とも言えないお顔になって苦笑して見せた。本当に何とも稚拙な計画であり、その全貌が見えた時は…さしものゾロでさえ何度も何度も反芻し直した。おいおい待てよ、そんな段取りがあるかよ、いくらルフィが可愛いからって、高校でも実は秘かに絶大な人気がある生徒だからって言ってもだな、今時そんな言い訳であっさり納得するよな(それもかなりスレてる遊び人の)女子高生が居るのかよと、見通せた答えに何度も自問自答を繰り返したほどであり、

  "浅はかな奴に関わるのは これだから始末に負えん。"

 玄人相手の何倍も、無性にどーっと疲れたぞと。そういう方向では手古摺った"お仕事"だったよなと、胸中にて しょっぱそうな顔をするゾロだったりする。そんなこんなと思う彼の傍らで、
「なんだ。じゃあ、俺があいつからちょっかい出されてたんは、ゾロの仕事のとばっちりかよ。」
 ぷんぽくぷーと、またもやルフィが頬を膨らまし、
「これ、大きめの"貸し"な。」
 ちろりんと睨まれてしまったゾロが渋々と苦笑する。計算高くも何ともなく、ごくごく自然な損得勘定であり、何とも分かりやすい"常識"にあって、ゾロとしてはむしろホッとしたほどだ。そんな彼の傍らで、
「でも…あの姐ちゃんの方が一枚上手なのは間違いないよな。」
 彼女の側でも"貰った"訳じゃないというのは承知の上に違いなく、今話題のイエローダイヤの逸品を"自分のもの"のように扱える優越感を味わってるだけで、やばくなったら投げ返せばいいというくらいの感覚でいるに違いない。そのくらいは読み取れるルフィの言いようへ、
"ほら見ろ。こんな坊やにだって分かる理屈じゃねぇか。"
 やっとのことで尋常な定規に向かい合えたと言わんばかり、感激のまま、この場できゅうと坊やを抱き締めてやりたくなった怪盗さんだったほど。
こらこら 冗談はともかく、

  「もう此処には用はない。」

 依然として"ぎゃーぎゃー"とヒステリックにもにぎやかな口論が続くリビングに背を向けて、侵入した天窓から再び外へと出てく二人である。月明かりが雲に隠れた一瞬を見計らい、音もなく裏手の芝の上へと降り立って、素早い動作で手入れの悪い伸び放題の茂みまで駆けていって滑り込むと、辺りに誰の気配もないことを確かめてから…普通の通行人という"路上の人"になる。この辺りは不便なせいでさほど住人がいない上に、少々寂
さびれているがため管理会社も警備には手を抜いていて、監視カメラや何かの設置もない。しばらくほど歩いて現場から離れ、辿り着いたはコンビニの駐車場。そこに停めていた地味な車に乗り込むと、エンジンをかけつつ、
「…ほら、見るか?」
 ゾロが助手席のルフィへ、ジャケットのポケットから摘まみ出した小さな革袋を見せる。小さな手が受け取ったその中には、
「うわぁ〜vv
 蝶々の翅
はねの形を綺麗な銅線で象かたどった、トランプのカードくらいありそうな、それは大きなペンダントトップが収まっており、
「このデッカイのがダイヤなんだ。」
 車の中という暗がりであることと、あまりに大きいことから、イミテーションのガラスみたいに見えるほど。ルフィは問題の寸劇とやらには丸きり関心がなかったので、今までにも一度も観たことはなく。よってこれが代々受け継がれて来た"令嬢"のアクセサリーだなんて話も初耳で、こんな大層なものを使ってたなんてなあと感心することしきりであり。
「その大きさにな、意味があるんだよ。」
 一発の切り返しというお見事な手際にて、狭小な駐車場から幹線道路へと出たゾロが苦笑する。
「それは元は とある教会の秘密の扉の鍵なんだ。名のある彫刻家が寄進したマリア様を、地下にこっそりと祀
まつってあるんだってよ。」
「こっそり?」
「ああ。戦時中に侵攻して来た敵国の軍が、町中の美術品を片っ端から略奪して回ってたらしくてな。その魔手から守るためにと設けた隠し部屋の鍵で、当時はただの…ステンドグラスの欠片だと思われてたその"ガラス"を嵌めて目印にして、関係者だった人物が国外へ持って逃げてたらしいんだが。」
 近年になって教会へと秘かに戻された秘宝。いよいよマリア様を陽の下へお出し出来ると思ったその矢先、
「お前は覚えてないだろうな、10年ちょい前にここいらが物凄い不景気になった時期があったんだ。」
 どこぞの国の内戦か、それとも経済恐慌が発端だったか。此処の港を経由する流通が長期に渡ってストップした時期があって。そうなると、まずは日雇いの港湾労働者たちが食うに困った。その家族も貧困にあえいだし、そういった人々相手の商売だって立ちゆかなくなった。そんな頃合いに際して、慈善の食事や施しをと頑張った教会は…そのツケの資金繰りに困り、不況下にも揺るがなかった(そしてこれっぽっちも社会に施しをしなかった)財産家に借金をしたのだが、
「そのダイヤを担保にして"借りた"筈だったのにな。何とか金を揃えて、それを返してくれと持ってゆくと、何を言うか、これは買い上げたんだと突っ撥ねられたんだと。」
 売るならそんなもんじゃ済まなかった端金(はしたがね)でだぜ、と。忌ま忌ましげに説明するゾロの横顔が、いつになく冷ややかで。ルフィは声も出ぬままでいる。

  "仕事なのにこんな感情的になってるゾロって。"

 初めて見るよな気がするなと、そう感じての黙んまりであり。ルフィはゾロがどうして怪盗になったかの、その切っ掛けを知らないのだから仕方がないが…。

  "ったく、どいつもこいつもよ。"

 かつて…恩人の一家が同じような形での煮え湯を飲まされた経緯から、こんな稼業を始めることとなった彼にしてみれば、臓腑が煮え繰り返るほど腹立たしいことなのだろう。
「…で、これってどうするの?」
 こっそり盗んじまっても大丈夫なの?と、ルフィが小首を傾げる。この男が"大剣豪"などという仰々しい仇名を世間から冠せられているのは、時にその存在をありありと相手にしろしめし、あからさまに姿を見せるような、ちょいと派手で大胆不敵な盗みをやってのけるからであり。厳重警戒下にある家屋への侵入から、特殊警備装置の開錠、目的対象を確保、速やかな逃走に至るまで、物音ひとつさせずに忍者ばりにこなせるほどの十分な手腕を持ちながら、敢えてそんな危ない真似をわざわざ演じるのは、成金野郎に巧妙に宝物を奪われた"本来の持ち主"などといった"虐げられた関係者"に、更なる濡れ衣を着せないために他ならない。その教会の人たちが疑われない?と訊いたルフィだったが、
「大丈夫だよ。」
 ゾロは短く言い切るばかり。あまり語りたくはないらしく、何故ならば、
"これは依頼を受けた仕事じゃないからな。"
 おやおや。どうやら経緯を知ったことで義憤に腹が煮えての行動だったらしく、
"誰かが盗んだのかどうだかさえ曖昧な方が良いから、いっそ早いこと事態が明らかになってくれるようにと思って、それなりの時間稼ぎもしちゃあいないしな。"
 よほどの専門家でないと分からないだろう精巧な贋作を残しておいて、ある程度かの時間稼ぎをする…とかいう小細工も、今回は一切施してはいない。寸劇の公演が近づいて、あの坊っちゃんがいよいよケツを割って開き直った末に、あの高飛車なお姐ちゃんが"高価な宝石を紛失した"ことを売ったんじゃないのかと疑われたとしても。元はと言えば自分の浮気のツケからなんだから、こちとら大して気にもならないし。そこからの大騒動が様々に巻き起こっても、詐欺紛いの手段にて手に入れたお宝の行方。親である名士の大物さん方にしてみれば、真実の"由緒"が世間に知れては不味かろうから大っぴらには騒げまいし、坊ちゃんが持ち出したという こんなにもはっきりとした経緯があっての紛失な上に、事情を透かし見ていたらしき正体不明の"脅迫者"が居たという方向へと話はよじれることだろうから。まさか…かつてその宝石を取り上げられた教会関係者が何かしらを講じたのかもというところまで、思考が逆上るような余裕はなかろう…と来て、
"一応の監視はするが…。"
 まま、悪いようには転がるまいと踏んでいる。それに、このペンダント自体も、教会の秘密のマリア様の収められた頑丈な扉をこっそりと開けたら、そのまま海へでも捨てようと構えているゾロであり、
"新しい鍵に替えなよと伝言を残さんとな。"
 ルフィのお兄様が夜食を用意して待つ『バラティエ』のある下町が前方に見えて来て、
「…そうだ。あいつはまだ、お前に何かしら ちょっかいをかけてくるかも知れんな。」
 これを"紛失した"と気づくまでは、何とも要領の悪い計画を執行し続ける愚鈍な相手だろうから、
「何だったら別の芝居を打って、それどころじゃないってことを奴に早めに気づかせてやるが。」
 脅迫者が"ブツを手に入れた、もう用はない、じゃあな"なんてメッセージを寄越しても良いんだしという手筈を振ると、小さな相棒はまとまりの悪い黒髪をぱさぱさと揺らして首を横に振る。

  「もうお芝居はたくさんだ。」

 自分が映画撮影なんてものを始めたのだって、ある意味でのカモフラージュだったのだし、これ以上余計な"取り繕い"を操るのは面倒だとかぶりを振って見せ、
「発表会までは3週間を切ったしな。芝居の公演の方だってそろそろ練習を始めなきゃ洒落にならないことだろから、あとちょっと粘り通しゃあ、向こうだってこの手じゃ無理だって諦めるさ。」
 一丁前な溜息混じりながら、そんな言いようをするルフィであり、
「逆ギレして何だかんだ嫌がらせをして来るようなら、それこそこっちだって黙っちゃいない。パソコン小僧を怒らせたらどうなるか、思い知らせてやるまでだしな。」
 うくくと笑うのを見やって、ああそうだ、こいつ、そっち方面で案外と手ごわいんだと、今頃になって彼のデジタルな真価を思い出してる、ちょこっとアナログなお師匠様であり。


  ――― まあ良いが、ほどほどにしとけよ?
       はぁ〜いvv あ、そだ。そのマリア様って俺も見たいな。
       んん?
       だってさ、どうやって開けたのかって不審がられようから。
       ああ。
       当分はやっぱ内緒のマリア様になっちまうんだろ?
       そうさな。判った、鍵を届けに行く時は声を掛けるさ。


 楽しい企みごとを囁き合う怪盗さんとそのお弟子さんを、真ん丸なお月様だけが苦笑混じりに見下ろしていたのでした。



   〜Fine〜  04.3.14.〜3.20.


  *ベラミーのファンの方が もしも居らしたなら、
   こんなくだらない役回りにしてすみません。
   なんか原作の方でも"小悪党"って感じが強かったので、つい。
   例えばあのヘルメッポが心を入れ替えたように、
   いやらしい悪党だったのにギャグキャラに転じたアルビダやバギーみたいに、
   先々で…フラミンゴさんの配下にて
   憎めない"道化回し"っぽいキャラに転じるかもしれないですね。
   こんなところでも先が全然読めないところが『ワンピース』の凄いところです。


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