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せっかくの、宿題も何もない春休みだというのに、何やら妙なビデオ作品の撮影をおっ始めたルフィであり。同級生の皆さんとお昼間の明るいうちを、年齢相応、腕白元気に過ごしてくれているのは…どこぞの怪盗の追っかけだの助手だのという、胡散臭くて危険なことにうつつを抜かされるよりかは何倍も健全で、兄としても嬉しいことであるものの、
「だからって、あのお題はないと思うんですよね。」
何でまた、お尋ね者を主人公に仕立てての作品にしたのやら。あの忌ま忌ましい怪盗への傾倒ぶりを改めて示されたみたいで、やっぱり複雑だと細い眉を顰めるお兄様。女性との艶事へではなく弟への心配からそんな顔になってるところが相変わらずに過保護だことと、艶やかな苦笑を禁じ得ないナミさんだったが、
「でも。そもそも、なんでまた急にあんな撮影会を始めたルフィなの?」
確かルフィは学校の部活には一切参加してはいなかった筈。謎の怪盗であるゾロの追っかけをしていて忙しかったからで、今だって助手として いつお呼びがかかるか分からないからと、アルバイトさえやろうとしないほどの入れ込みようは、こちらもこちらで相変わらず。だのにあんなに熱心に撮影とやらにかかっているだなんて、成程、やっぱりちょっと訝おかしい彼なのかも。よ〜く磨かれたカウンターに頬杖をついて、う〜んとばかり唸ってみたナミだったが、
「映画研究部とかビデオ同好会とか、そういうのに入りでもしたの?」
あの子には似合わないけれどと訊いてみると、
「それなんですがね。」
そこはさすがに"お兄さん"として、既に訊いてあったらしきサンジであり、
「何でも、市長の甥御さんの息子ってのが演劇部の部長だとかで、
毎年恒例の劇にルフィをってしつこく勧誘して来るんだそうですよ。」
なかなか強引な我儘息子らしいんで、それで、自分は忙しいんだよって事を分からせるためにって、あんなビデオ撮影をおっ始めたらしいんですがね…と。カウンターの背後の棚にずらりと並べたグラスを1つずつ、丁寧に磨いては明かりに透かして曇りや磨きムラがないかを確かめつつという細かい作業をしながらの会話なのは、サンジ自身あまり気が進まない種の話だからだろうか。自分を相手にそんな片手間なんて態度は滅多にしない彼なだけに、おやや?とますますの不審を覚えながら小首を傾げたナミは、
「恒例の? あ…、あれね。」
結構有名な逸話のことだから、そっちについてはすぐにも思い当たったらしい。この港町の始まりの物語というのを毎年桜の咲く季節に上演するのが、ルフィたちが通っている公立高校の習わしで。何でも、この町の初代の市長さんが学校の創始者でもあるから…だそうだが、その寸劇は町の人々もこぞって見に行く、ある意味で春先の名物行事。
「でも…ルフィに出てほしいってのは何で?」
彼でなくては困るとか、彼が最もふさわしいというような役柄ってあったかしらと、ナミがあらためて小首を傾げたのも道理。その劇というのは、知的上流階層、所謂"富裕市民たち"により計画執行された政治的な手配やら町起こしのお話であり、実際に河川の氾濫に家族を失ったり、治水や港湾整備という辛く苦しい土木作業に明け暮れたりした"一般市民たち"の苦労を綴ったドラマはあまり語られてはいない、極めてお上品な代物。中央からこんな僻地へ下って来られた貴族出身の当時の市長様とそのお友達、そして当地のインテリゲンチャたちの繰り広げる、ちょこっと取り澄ました感の強い歴史劇。ド派手で躍動的な活劇もなければ、幼い子供たちが活躍するよなハートウォーミングな逸話も出て来ない。なのに何でまたルフィを?と、納得がいかないらしいナミさんへ、
「ほら、市長様をご家族がを励ます場面が幾つか出て来ますでしょう?」
サンジは付け足しのような口許だけでの苦笑をし、
「あの場面に出て来る"花のような御令嬢"の役を、ルフィにどうしてもって聞かないんだそうですよ。」
お堅い話の中に唯一登場する綺麗どころ。毎年の上演の中、その年の最も愛らしい美少女が演じる役どころでもあり………って、あれ?
「………。確か共学よね、あのガッコ。」
全校生徒の半分は"女の子"だろうに、何でまたわざわざ男の子に?と。魅惑の目許を眇めて、怪訝そうな…というか"おいおい"と呆れ半分なお顔になったナミさんへ、
「さてねぇ。」
困った話ですよ、まったくと、肩をすくめたサンジさん。そんな野郎の誘いに乗りたくないというルフィの気持ちはようよう分かるし、こっちからこそとんでもねぇとムカムカしたお兄様だったので、そんな結果として…突拍子もない題材の作品撮影なれど、ルフィたちが勤しんでいる方の活動とやらへもあまり強く反対も出来ないでいる彼なのらしい。
「…複雑なのね、サンジくんも。」
「ははは…。」
元気ないぞ、マスター。(笑)
◇
「怪盗が屋根の上とか塀の上に立ってるトコは合成で処理するとして。」
「盗みに入る屋敷ん中はどうしようか。」
「全部CGで描いてもいいけど、それだと時間食うしな。」
町の中ほどにある緑地公園の、噴水周りのベンチ代わりのセメントの縁に輪になって腰掛けて。お昼ご飯のハンバーガーにかぶりつきながら、ルフィたち撮影班は脚本の絵コンテを並べての検討会議の真っ最中。撮影は好調だし、役者と撮影係とがほぼ完全にダブっての小人数でかかっているので、問題が発生しても大概はその場ですぐに話がまとまるフットワークの良さというのが何よりの利点。今時のデジタル撮影なので、編集や効果入れの手際も特別なスタジオや機材がなくともお手のもの。
「確か背景処理用のソフトが出回ってるぞ?」
「そうそう。屋外だけじゃなく、色んな室内の素材もあったと思うけど。」
「でもそれって、公開作品に使っていいフリーソフトじゃないんだろ?」
「あ、そっか。」
「え〜? 金取って見せるもんじゃないなら構わねぇんじゃねぇの?」
いやぁ〜、やっぱ不味いだろ。新入生勧誘の発表会で上映すんだから、ある意味、客寄せ効果を見越してんだしさ。さすがは撮影のみならず、その後のパソコンでの編集にも慣れてる今時のデジカメっ子たちであり。色々なテクにも玄人ばりに通じている模様だが、版権というのはちょいと難しい問題なので、う〜んと皆して唸ってしまったりして。大事なことだから、気をつけて扱わないとね。(ビクビク)そんなこんなの可愛らしい編集会議の場に、
「よお、ルフィ。」
気安い声を掛けてくる人物が。ハンバーガーとセットになってたフライドポテトを咥えながら肩越しに振り返れば、グレンチェックのジャケットに濃色のシュッとしたシルエットのパンツという、結構洒落めいたいで立ちの青年が傍らに立っていて、
「打ち合わせか? 出演者と撮影陣がダブってると小回りが利いて良いよなぁ。」
ウチなんて尺合わせひとつで作戦会議だ、撮り直しの利かねぇ、一発勝負の舞台ものだからやたら細かくてよ、と。専門用語を混じえて、どこか一丁前な言いようをする。ここで言ってる"尺"というのはシーンやカットなどの長さのことで、
"映画の用語じゃんか、それ。"
何だかなと ちょいシラケつつ、それでもお顔はにっこりを保ったまま。
「ベラミー先輩、お忙しいんじゃないんですか?」
暗に"そんなに大変だったら、こんなとこで油売ってんじゃねぇよ"という意味合いを込めてという、何をやらせても一直線派のルフィには珍しい皮肉を構えてのお相手をしてあげる。
「まあな、忙しいこた忙しいけどサ。大事なことだけに、やっぱ人任せには出来ねぇしよ。」
金のかかった洒落た恰好をしていながらも口利きは伝法で、に〜んまりと笑って見せつつ、
「なあ、ルフィよ。まだ気は変わらねぇのか?」
どこか粘着質な訊きようをするこの青年こそ、紛れもなく男の子のルフィに有名な寸劇のマドンナ役を迫っている、市長さん…の甥御さんチの馬鹿息子であるらしく、
「舞台で着るドレスもアクセサリーも、今までの使い古しなんかじゃない、最新のを新調してやろうってんだぜ?」
「…あのね。」
顔の向こう側の肩へと馴れ馴れしくも回された手が暑苦しいなと、これにはさすがに閉口し、
「演劇部には可愛い子が沢山いるでしょうに。」
なのに男の、それも部外者の俺がそんな良い役取っちまったら、彼女たちに恨まれますようと。最初のお誘いに対してサンジに相談して授かった"お断りの文句"を、一言一句間違えないまま、繰り返すばかりのルフィであったが、だというのに、
「そんなこと言わずによぉ。あの令嬢役にはどうしてもお前が良いって声がいっぱい上がってんだから…なっ?」
相手もなかなか懲りない様子。どこかう〜んざりしているルフィのお顔に、周囲にいた仲間たちが視線を交わし合って何事か示し合うと………。
「…おっと。」
ねちっこい先輩さんとやらのポケット辺りから、どこかで聞いたような映画の主題歌の電子音が聞こえ出す。携帯電話に掛かってきた着信音らしく、
「お電話ですね、それじゃあ。」
これ幸い、邪魔になっても何ですからと、そそくさと立ち上がったルフィであり、
「え? あ、ちょっと待てって。…もしもし? あれ? 聞こえねぇぞ? 誰だ?」
慌てつつも電話に応対しなくてはという ややこしいことをする羽目になったベラミーさんとやらを置き去りにして、公園からとっとと撤収した撮影班である。
「サンキュな、コビーvv」
「あはは、判っちゃった?」
こそりと…発信元は分からないながら、一定の時間が経たないと切れないというトラップのついた特殊回線経由でベラミーの携帯に電話を掛けて放置したお仲間へ笑ったルフィだったが、
「けどさ。あいつ、何だって ああまでルフィにしつこいんだろな。」
別なお友達からの怪訝そうな声が上がって、う〜んと眉を寄せて見せる。
「そこなんだよな。俺、芝居とか何だとか出たこと一回もねぇのにさ。」
思い当たる節はないんだよねとご本人は困惑の様子。そこへ、
「あれじゃねぇの? 女子からの突き上げ。」
にやにやと笑った子がいて、
「何だよ、それ。」
「だからサ。さっきルフィは"女子部員に恨まれる"なんて言ってたけど、実はその逆で、お前を出してくれないとっていう突き上げをされて、あいつ焦ってるのかも知れんってことさ。」
クスクスと笑ったお友達は、
「お前、自覚がないみたいだけどサ。女の子から結構人気あんだぜ?」
ルフィのどんぐり眸を覗き込むようにしてそんなことを言い立てる。最初はお前の兄さん目当てだったのが、お前の方が気さくで良いとか言って乗り換えてる子が多いって聞いたことあるし。何だよ、それ。/////// あ、赤くなってやんの。なってねぇっ…と。お年頃の男の子たちが、ちょこっと可愛い話題に沸きながら、町角をお元気に駆け抜けて行ったのだった。
◇
こっちがこんなに平身低頭って構えを取ってるなんて、どうかしたら初めてのこと。だというのに、何度も何度もアプローチを掛けているにもかかわらず、良い返事がもらえない。
『何だ、お前。男の子に言い寄ってるんだって? しかも人目も憚らず、町中で。』
『やだわ、この子ったら。まさかそういう趣味があったの?』
『女の子に飽きたんじゃないの。』
町での噂にもなってるぞと、この何日かは家人たちからまで からかわれていて、何処にいたって立つ瀬がない。
"…チクショっ。"
親や女以外の誰かに媚びるなんて、生まれてこの方やった覚えがないだけに、要領も解らないし何よりムカムカしてしようがないのだ、本当は。だが、
「………っ。」
不機嫌な感情のまま、ドカドカと足音も高く帰って来た自分の部屋。ほとんどお飾りであり、サイドボードかデカイ電話台にくらいしか意識していないデスクの端っこの、自分へと届いた郵便物を載せた皿を見やったベラミーの目がぎょっとしたように見開かれる。ダイレクトメールの束の上に、これもプリンターで刷られたものらしき宛名書きを貼った白い封筒があって。結構がっしりとした立派な体つきをしている彼が、だが、どこか不安げな様子でそろぉっと手を延ばし、摘まみ上げたその封筒。やはり何の変哲もない代物だのに、裏を返した彼は…下の方へと綴られた差出人の表示が視野に収まったその途端に、ひぃっと短い悲鳴を上げて放り出している。カーペットの上、ぱさんと落ちた白封筒の裏には、エンボス処理されたイニシャルがひとつ、浮いているだけ。
"………Z。"
封を切る前から、自分には不吉な書状だという予測があるらしきこの態度。図々しいばかりの市長の甥の息子の彼を こうまで怯ませるお手紙の、真白きお顔が…窓から差し込む黄昏間近い陽射しを受けて、蜂蜜色に染まって光って見えた。
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*何だか意味深なお話になってきたようですが、
大したネタではありませんので、
どか、リラックスしてお付き合いくださいませですvv |