月夜見 宋七彩とお散歩B 〜月夜に躍る・[
 

 

          



  ………それにしても。今回の騒動もまた、何だかちょこっと仕立てが不可解。

 まずは、珍しくも“予告状”を相手に出して、わざわざの警戒をさせた。しかも、縁の浅からぬケーブルテレビ局にも密告電話をし、ターゲットになっていた富豪が“身内の問題だから”として警察やマスコミといった“世間”からうやむやに隠し通せない事態になるよう持っていった。こうなると、否が応でも警備は厳しくなるし、特に“監視”の目が増える。マスコミを利用したがため、それが専門である“カメラ”と、取材で駆使して来たがため土地勘や機転の利く“足回り
フットワーク”という武器を持つ彼らが、逮捕や身柄確保が出来る権限こそなくとも、居場所を追跡することは出来る優秀な“ハンター”として加わっており、しかもしかも。どこまでが本当か、警察の交通課が試験的に使っているという高性能の自律飛行追尾式小型カメラまで持ち出され、

  「あれって、ルフィが作ったの?」
  「ん〜ん、ゾロの伝手で借りたもんだぞ。
   それよか、サンジ。まだTV局のお姉さんと付き合ってるのか?」
  「ななな、何を言い出すかな、この子は。
   部外者が潜り込んでたって痕跡を残してないか、確かめてただけじゃないか。」
  「…ふ〜ん?」
  「ナミさんまで そんな顔しないで下さいよ。
   変装しないで受付や見学コースを徘徊してみたけど、
   話をしたスタッフにさえ気づかれなかったんでホッとしたってだけの話です。」

 若作りをし、学生バイトのADに化けて潜入したサンジが、わざわざこっちから“便利グッズ”扱いで提供したものだった高性能追尾カメラ。ということは、それもまたゾロの仕組んだ計画の内だったということ。ここまで“どうぞ捕まえて下さい”と言わんばかりのハンデキャップをわざわざ自分で“お膳立て”していった彼だったのはなぜなのか。しかも、

  「そんなに鬼ごっこがしたかったのかよ。」

 そこまで警戒していた警備会社や警察の張り込みの隙をついて、豪邸の深層部にまで入り込み、せっかくのこと、奪って来たお宝だった筈なのに。重さも大きさも、円盤状という形状も。厄介なばかりの大荷物だった大皿を小脇に抱えて、数時間も夜の町をあっちこっち駆け回った揚げ句、その肝心なお宝自体を放っぽり出して来ている不可解さ。いくら…価値の怪しい代物だったからと言ったって、あの場で気づいたように見せたかったらしい“芝居”は不自然極まりなかったし、

  「ゾロが磁器の歴史なんてもんを知ってたとは意外よねぇ。」

 例の“ご忠告カード”を準備していたくらいだからして、鑑定家にあらためての調査を任せるより以前の最初っから、件
くだんの大皿を“眉つばもの”だと判っていたらしい大将による今夜の作戦。手配は出したが、それらの意味するところという肝心な詰めの部分の説明は、この仲間たちへもまだ披露されておらずで、

  「そだよな。あの皿よりもこんなもんを持って来いなんてサ。」

 皿が偽物だったなら、こんな付属品だってガラクタなんじゃないのか? そういってルフィが差し出したのは、絵皿や桧扇なんぞを飾るのに使う、二股に開くようになった木製漆塗りの“スタンド”だった。大切な皿が盗まれたという大パニック状態の中、警備陣営や警察関係者たちが飛び出してって、居残ってた執事さんやら屋敷勤めの方々も浮足立ってたそんな中。そんな方々が取っ散らかしてった後のお掃除の傍ら、メンテナンスのバイトとして潜り込んでたルフィが、ゾロからの指示通りにひょいっと掠め取り、難無く持ち出して来た代物なのだが、

  「何を言うかな。」

 ゾロはにんまりと笑って見せ、普通のそれよりかは幾回りも大きい、半分に畳んだ格好でも怪盗さんの手のひらと同じくらいの大きさのスタンドを、恭しくも丁寧な所作にて受け取った。

  「こっちこそが俺の大本命でな。」

 とりあえず。屋敷に詰めてた人間たちの目を全て、これから逸らす必要があったからこそ、下準備も周到にしたその上で、わざわざ警報を鳴らしてまでして注意を引いて。こっちだぞって自分を追って来させたんだぜ?と。そのための今夜の大騒動であり、重労働だったと言う彼であり、

  「これが無くなってるなんてこと、きっと誰も気づかないままに終わる筈だ。」
  「???」
  「そりゃまあ、そうなんだろうけど…。」

 確かに、そんな状態だったからこそ…何の苦労もなく、本当に“ひょい”っと持って来れたには違いないのだが。それにしたって…と、理解が追いつかずにきょとんとしたのはルフィだけではない。

  「こんな付属品、どんな風にだって間に合わせられるんじゃないの?」
  「ですよねぇ。それこそ宋代から付いてましたなんて代物じゃなさそうだし。」

 サンジやナミまで、理解に苦しむというお顔をするのへ、ゾロはいかにも得意げに…ちょっと意地悪な風にも見えるにんまりとした笑い方にて、こうと付け足した。

  「あの富豪の先代ってのは、建具や表具を扱ってた職人でな。
   分かりやすく言やぁ、襖や障子を作ったり張り替えたり、
   掛け軸や書画の装丁や修繕なんかを請け負ってたんだがな。」

 そんな中で身につけた目利きを活かして、自分のものとしても色々と収集していたところをみると。仕事しか知らず、頭の固いばかりな頑固な職人さんという訳でもなかったらしい。そんなことまで実は調べていた怪盗さんだが、
「あら。でも、問題の大皿は箱書きがデタラメの、骨董としてはさして価値もない新しい品物だったんでしょう?」
 そこのところを問題にしているのよと念を押すナミへ、
「箱書きで“対”と書いて“つがい”と読ませてる。わざわざのヒントをさえ理解出来ないような当主じゃあな。先代も さぞやがっかりしていたことだろうさ。」
 そんな風に言ってから、手のひらの上でスタンドを開いて見せたゾロは、その内側に黒光りしている小さな金具を指さした。
「此処の金具を“チョウツガイ”って言うんだがな、漢字で書くと“蝶番”となるんだな。」
 同じ形の板状の金具が、同じ1本の心棒を真ん中で抱え込み合うことで…まるで蝶々の羽根のように合わさっているからそんな名前となったのだろう。
「ふ〜ん、そっか。」
 初耳だったらしいルフィが感心したような声を出し、
「そういう道具や何やも、最近はカタカナ呼びになってるから、由来を知ってる人間も減ってくんだろうな。」
 やはり特殊な道具を使う料理のプロだからか、サンジがうんうんと感慨深げに頷いて。あれほど大きかった皿を立てるためのものとして、後から特別大きめに作られたそれだろう、屏風のように中折れになっている黒塗り木製の、何の変哲もないスタンド…なのだが、その2つの部品をつないでいる、正に“蝶番”の真ん中。心棒として貫かれてあった細い金具を千枚通しの先で、慎重につついて外し始めたゾロは、
「何の変哲もない鋼鉄の金棒…みたいだが、これが実は。」
「実は?」
 つい…と先っちょを引っ張り出し、そのまま全部を引っこ抜いて。皆に良く良く見せてやりつつ、

  「最近話題のレアメタル、特殊な機能を持った◇◇◇っていう金属を、
   特殊な工法で練って作った、
   純度 99.99999999%っていうハイクオリティものの、現物見本なんだとよ。」

  「……………はい?」


 宝石や金塊に、骨董・絵画、美術工芸品。も少し譲って、証券類や登記証書辺りが専門のナミや、基本的には女性と料理にしか関心はないサンジ、そしてそしてパソコン小僧のルフィには、何のことやらさっぱりだったみたいであり。だがだが、それを言うならば、

  「…ゾロ、あんた熱でもあるんじゃないの。」
  「うるせぇな。//////」

 そういったハイカラなことへは一番に専門外だろうゾロだとあって。真顔で心配されて、さすがに柄じゃないという自覚は本人にもあったらしく、
「実は俺にも良くは判んねぇんだよ。」
 おいおい。ケロッと言うか、そんな大事なことを。

  「ただな。
   一昔前から、工学関係の畑での金属素材って分野の伝説になってたんだと。」


  ――― 何処ぞの市井の職人が、特別な装置も精密な計器も使わないで、
       今世紀中には不可能だろうと言われた◇◇◇の鋳造に成功したらしい。

「レアメタルってのは、文字通り希少な金属でしかも加工には馬鹿にならない費用や手間がかかる。」
 チタンなんかがそうですよね。堅いのに柔軟性があって、通電性がなくて錆びなくて…と、色々と好ましい特性があるんだけれど、鉄やアルミ、ステンレスなんぞに比べると、製品用に加工するのにむちゃくちゃ経費を食うのだそうで。だから今のところは、大きくてもせいぜいゴルフクラブのシャフトが限界という“小物”にしか使えない。
「この◇◇◇って レアメタルは、そりゃあ堅くて、構造上、分子上の理論とやらで突き詰めると、何とダイヤモンド以上っていうから半端じゃねぇんだが。」
「…そんな堅いもん、どやって加工するんだよ。」
「そう。そこが難点だったんだが、さあお立ち会い。」
 ゾロは着ていたトレーナーの襟の内側から、小さな指輪を摘まみ出す。
「…え、あっ。それっ! あたしが預けといたダイヤの指輪っ!」
「そうだったか? 随分前から俺んトコに置きっ放しになっとったが。」
「だからっ! あんた宝石には節穴だから、偽物掴まされないように目を養えって意味で貸したんじゃないのよっ。………って、サンジくんもそんな涙目になって訴えるような顔をしないのっ!」
 例え“恋仲”でも女が男に指輪を贈るかっ、そんなことがメジャーに流行したとしてもあたしはごめんだわよっと、ぎゃんぎゃんと喚くナミには、コトの運びが読めたらしかったが、

  「やっ…。」

 やめろと叫びかかったのも間に合わず。ダイヤの上へかざされていた手がゴンと降りると。

  「ほれ。」「あ、凄げぇ。」

 結構大きなカラットのダイヤモンドの、ブリリアンカットの一番広くて平らだった面の真ん中に、マッチの軸が垂直につき立ってる図というのは…なかなかシュールな構図であり、
「ナミが泣きそうな顔してるから、これって本物のダイヤだったんだな。」
「…それよか。お前、どういう馬鹿力をしてやがる。」
 いくら“堅い材質”のものであれ、ダイヤに貫き通す“力”までは備わってなかったろうにと、サンジが不気味なものでも見るような顔をし、
「これのお陰だ。」
 手のひらを返して見せたゾロの手の内側には、手の甲の側につける籠手にも似た、中指の根元へ輪を通して手首までの手のひら全体を覆う薄い金属板が装着されてある。
「これには◇◇◇の粉末がまぶしてあってな。刀で斬りつけられても刃を通さず、逆に欠けさせられるっていう武装用の小道具だ。」
 ダイヤの粉をまぶしたカッターでダイヤを研磨する、あの理屈ですな。
「加工されてない段階のをこういう形でしか使えなかったものが、この棒を作った技術を使やあ、間違いなく堅いし摩滅率も低い、優れた製品が工業品として作り出せるようになるってもんで。」
 成程、それはまた画期的な発明…って、まさかまさかその工法ってのは?
「…あのタヌキおやじの先代が、実践段階にまで持って来てた?」
 それって…あんなイカサマな皿の何万倍も凄い利益を齎すだろう、途轍もない成果なのでは? その青い瞳を驚愕のまま大きく見開いたサンジへ、ゾロはクススと苦笑い。
「そういうことになるんだろうな。なのに、肝心の息子は、こんな世紀の大発明にも理解を寄せず。職人としての仕事には近づきさえしなかったんだろうよ。」
 自分の苦労をどこの誰とも知らない、エリートっぽい若造に渡すのは癪。とはいえ、血縁には理解する者が居ない。
「そこで、先代は賭けてみた。骨董の中に埋もれさせたこれへ、ちゃんと辿り着けた知恵者へ授けようってな。」
 そこまでの知恵者が相手なら惜しくはないよと。随分譲った先代さんだったのね。………とはいえど。

  「ちょーっと待って。あんたが“知恵者”だなんて何か訝
おかしいわ。」
  「…決めつけるか、このアマ。」
  「くぉらマリモ。ナミさんに向かってアマとはなんだ。」
  「だから。ここに忍ばせてあったって判ったその突端
とっぱな
   そんな…レアメタルなんてものに、なんであんたが精通してるのよっ。」

 ごちゃごちゃと揉めているところへ割り込んだのが、


   ――― pi pi pi pi pi pi pi pi …。


 携帯電話の呼び出し音を、今時“着メロ”にも“着うた”にもしてないなんてのは、

  「ゾロ、電話だぞ。」

 仕事中に鳴らす訳には行かないし、それこそ電波を追われて居場所が知れても厄介だからと。仕事に入るといつだって“弟子”に預けている携帯電話。ポケットから引っ張り出されたスリムな機体を受け取り、そこへと掛かって来た通話へと、

  「…おう、しっかり手に入れたぜ。」

 約束だから、まずはこっちのリクを聞いてもらうぜ?と、何やら交渉を始めた怪盗さんで。
「誰からだ?」
「んと、ウソップっていう道具や発明品のプロさんだった。」
「あ………。」
 名前に心辺りがあるらしいナミが真ん丸く口を開け、

  「そっか、そいつが情報源だったのね。」

 いつぞや、やはり陶器がらみの盗みを手掛けたその時に、実は…ゾロが仇を討ってやった格好となった技術屋の青年。
「成程ね。彼なら、そんなコアな科学技術の話を知ってたって不思議はないわ。」
 どうやら、彼の唯一の武装である、あの“和道一文字”への改造加工を取引の条件にしているらしき剣豪さんで、
「…はぁあ。そんな畑の代物じゃあ、あたしたちには活用のしようもないじゃない。」
 産業世界のエージェントとは、生憎と伝手もコネも持ってはいないから。企業に持ち込み活用されれば、億単位の儲けが動くだろう最先端の技術であり、そうまでの世紀の大発明、先進の技術に間違いない“お宝”なのにもかかわらず、自分たちにはお金にするすべが無いと来て。
「産業世界の最先端ものが、あたしたちには石器時代の石のお金と一緒なのね。」
 …う〜ん。それはちょこっと微妙に違う例えなような気も。
(苦笑) あまりの無念さ、莫大なお金を前に、でも自分たちでは形に出来ない“絵に描いたモチ”どまりという悔しい現実に。穴を空けられたダイヤと同様の心痛を感じて、深々と溜息をついたナミさんだったのでありました。



  ――― まあま、そうしょげないで。
       何だったら、そのレアメタルで記念品でも作ってもらいましょうよ。
       永遠の愛を誓うペアリングなんかどうですか?

       そんなの要らない。
       …サンジくんは良いわよね。
       絶対に欠けないし切れ味も落ちない包丁ってのを作ってもらえるもの。

       どっきーんっ。


   お後がよろしいようで。
(笑)











     ◇◇◇◇◇◇



 夜食を作りにとサンジはキッチンへ向かい、持ってた中では一番安物でも“ダイヤ”に穴を空けられた…としょげてしまったナミを励ますため、手の込んだ料理になるらしいのでと、役に立たない残りの男衆二人は2階で待ってなと追いやられ。お店の階上、仮眠だのパーティー用の大量の仕込みを借り置きする場所にだのという使い方をしている部屋へと上がって、さて。慣れない秘密兵器でもって町中を駆け回ったもんだから、身体のあちこちが痛いとばかり、簡易のベッドへどさりと身を埋めた師匠へ、同じベッドの端っこへと腰掛けた坊やが、こそりと…こんな声をかけた。

  「…ゾロ、実は陶磁器にだけは詳しいんだろ?」
  「何なんだよ、薮から棒に。」

 だってサ、サンジもナミも馬鹿にしてたけど。何気なく見てたテレビから聞こえた話へ、宋の時代にそんな皿があるもんかって素早く気がつかなきゃ、今度の一件って始まらなかったことじゃんか…と。
「あんなただのスタンド、それこそ…こっそり忍び込んで別のと交換しといたって誰も気がつかねぇぞ。」
 なのに、なんでまたこんな派手なことを仕組んだの?…と。こちらさんもまた、今夜は妙に聡いというか、鋭いというか。ルフィがそんなことを言い出した。
「何 言ってんだ。」
 ゾロは小さく苦笑して、
「スタンドだけがなくなっていては不自然だし、皿と一緒にこっそり持ち出すにしても、何でまたあんなおまけまで?と注意を引いちまう。」
 だから。こんな仕立てにしたんだろうがと。すらすら事も無げに応じたお師匠様だったのだが、

  「…………嘘だ。」

 すっぱり否定され、しかも じぃっと大きな眸に見据えられ、

  「…………。」

 不意を突かれたように黙りこくってしまうゾロであり。ややあって、頭の後ろへ枕代わりに回した両の腕。ちょいと軋んだ肩の疼痛に眉を寄せつつ、
「昔の知り合いにな、骨董とか陶磁器に詳しい人がいたんだ。だから、多少は知ってたってだけだ。」
 観念したのか、ぽそりとした言い方でそんな話を持ち出した。まだこんな裏稼業の世界なんて知らなかった、とある道場の門下生だった頃に。道場の師範が唯一のささやかな趣味として、しかも実物を買うなんてとんでもないと図版や写真集をこつこつと集めていて。それを見せてくれては楽しげに説明してくれたものだったのを、つと思い出したゾロであり、
「ほとんど素人の俺にだってよ、唐三彩ならともかくも“宋七彩だぁ?”って思うようなインチキを、堂々と自慢してやがる厚顔さがムカついたもんだからな。」
 ケッと忌ま忌ましげに鼻先で嘲笑したゾロであり、
「表向きは、家作の家賃収入だけで暮らしている“文化人”でございますなんて顔してやがるが、実際は悪辣な金貸しでしかないからな。」
 それも、無理から貸して強引に返済を迫る“貸し剥がし”専門と聞く。
「いいかげんなコレクションの中には、最近収集を始めたばかりにしちゃあっていう、名のある品も混じってる。それってのはな、譲りたがらない元の持ち主の周囲の人間に巧妙に金を貸して強引に取り立てて、利子が足りないとか何のかんのと嫌がらせをし、結果的に無理から奪い取ってったってものばかりなんだとよ。」
 だから。こんな派手な話に盛り上げといて、その分だけ世間に大々的に広まるほどの、赤っ恥をかかせてやりたかったゾロであるらしく。
“…そっか。”
 確かに。今回の経緯を、唯一、しかも“大剣豪”の追跡なんていう美味しい映像込みで最初から最後までを把握していたケーブルテレビ局が、特集を組まない筈はなく。特に今夜の逃走劇は、サーチライト搭載の警察車両が十何台も町中を駆け回ったというほど、結構派手な騒ぎでもあったから。事情は何も知らないままながら。やじ馬として街路まで出て来た目撃者だってかなりいて。だから、さしもの富豪であれ、何事もなかったと金をばらまいて強引に握り潰すことはそうそう出来まいて。
“テレビ局のスタッフは、当日寸前まで警察や富豪本人へも情報協力してたんだしな。”
 直接の追跡や逮捕という場面へ土壇場で参加出来なくなった彼らだが、それが却って仇になってしまうかも。これほどのセンセーショナルで派手な事件の、しかも独占情報だという点へ熱くなるあまり、自前の警備員だけでなく警察だって駆け回った“公けの事件”なんだからと。事件への秘匿性云々を確認せずに、特別番組の放映へと運ぶのは必至であり。事実、翌日の朝一番のニュースショーから各局ともこの事件で話題は統一されることとなり、特に…そのケーブルテレビ局前は、他の局のアナウンサーたちまでもが中継先として選んだほどだったそうで。勿論のこと、視聴率もぶっちぎりだったとか。

  “ん〜っと。///////”

 日頃からあまりターゲットの人性にまでは立ち入らず、冷静に目的のブツだけを的確に攫って来る。クールで凄腕の怪盗、それがゾロなのにね。時々、依頼されてもないのに、こんな形で悪徳な連中の鼻を明かすような仕事もやってのけていて、

  “だから“義賊”って呼ばれてんだよな。//////”

 お金にもならず、危険なばかりのこと。何でこんなことをと問われれば、暇つぶしか挑戦みたいなもんだ…なんて言って誤魔化したりしていた彼だけど。ホントはね、彼なりの義憤に駆られてつい手を出してる、言わば“腹いせ”半分のボランティアなんだって。ルフィが訊けば、こんな風に本音を聞かせてくれるようになったのが大進歩で。

  『だって、そのままじゃあ“腹いせ”にはならないでしょ?』

 いつだったか そう言って、ルフィへと綺麗な笑顔を見せてくれたナミは、
『例えばね、誰にも内緒で泣いたって、ストレスの解消にはならないわ』
と続けた。自己満足なんて言葉もあるけど、それって…こっそり初めてこっそり完結させるものへ言うことじゃないでしょ? 自己完結ってのは、なかなか空しいもんなのよね…と。クススvvと苦笑して、
『泣くことだってあるんだってところを、見せても良い 知られても良い相手がいないとね、いくら強い人であれ、その孤独にいつかはポッキリ折れてしまうの。』
 折れないようにって張り詰めて頑張るのも良いけれど、誰でも彼でも信じてばかりってのも危なっかしくていただけないけど、でもね。

  『心を柔軟にして仲間をたくさん持つ方が、
   人としては“大きい奴”になれると思わない?』

 時々こんな素敵なことを言うナミなのに、
“…何で、お金とミカンしか信じないなんて、サンジには言うんだろ?”
 大人の恋路は色々と複雑なんですよvv …って、話が脇へ逸れましたが。
(笑)

  “信頼をおいてくれてかどうかまでは判らないけど。”

 自分ってもの、少しずつだけど見せてくれるよになったゾロ。俺はこの裏世界に骨を埋めるつもりでいる男なんだから、この先も独りで生きてくんだ、当然だろうがべらんめぇと。(こらこら)頑なにも 頼もしい背中だけしか見せてくれなかった彼が、その内面をちょっとずつ話してくれるようになったのが嬉しいルフィであり、でも。

  「? どした?」
  「何でもない。///////」

 それをご機嫌だと感じてることはまだ内緒。だって もしも言っちゃうと、ムキになって元に戻っちゃうゾロだって思うから。

  「お腹空いちゃったなってvv」

 誤魔化すみたいに笑って、しょうがない奴だなってお顔をゾロにさせて。それへと…夜中なのにお日様みたいに、幸せそうにまた笑う、ルフィ坊やなのでした。




  〜Fine〜  04.10.11.〜10.14.

←BACKTOP***


ご感想はこちらへvv**


  *これを書いてる途中で、年配の方を描写する言葉を確かめたところが、
   初老というのは四十代のことで、五十代は“中老”と呼ぶのだそうな。
   ええぇっ?! 四十代なんて まだ若いのに? と思ったのは
   私くらいのもんでしょうか?

  *それはともかく。
   相変わらず、小難しい理屈が先走るシリーズで申し訳ありません。
   体力自慢の怪盗さんが、
   追っ手をばっさばっさと薙ぎ倒して逃げ果
おおすという、
   そういう活劇シリーズになる筈だったのですが、
   今時の“盗み”となると、
   そこはやはり色々考えなきゃなんないものも出て来ますし、
   盗みという行為へも、ついつい言い訳したくなく小市民な私。


  *ところで、ちょっと真面目なお話を。(というか、補足。)
   本文中に出て来ます“宋”というのは、
   古代中国の南北朝時代のではなく、唐の次に現れた方のです。
   日本が平安時代だった頃ですかね。
   当時の宋では豊かな文化が花開いており、
   殊に陶磁器の世界では、
   王族のみに許されたと言われる青磁や白磁への釉薬の研究がこの時代に完成。
   西欧列強国の諸侯たちがなめらかな肌合いの陶器にそれは憧れたそうで、
   景徳鎮の青白磁は今でも有名ですよね。
   そんな上へ様々に繊細鮮やかな絵を描き足して焼きつける、
   藍の“染付”や多彩の“赤絵”が盛んになるのは、
   本文でも言ってますように明の時代辺りで、日本の室町時代の後期頃でしょうか。
   赤絵という言い方をするのは、
   紅の鮮やかさを出すのが特に難しかったものを完成させたからで、
   日本の肥前有田の伊万里焼もこの技法を学んだもの。
   また、柿右衛門の赤は、明末清初の赤絵を研究して昇華させたものだそうです。

   あれれ? 宋より昔の時代にも、
   確か“唐三彩”とかいうのもあるよね?と、はい、筆者も思ったんですが。
   白地に緑や褐色、黄色に赤にと鮮やかな焼物ながら、
   こっちは焼付温度が800度という低温の軟質陶器で、
   言ってみりゃ“楽焼”のようなもんだそうで。
   当然、実用の磁器ではなく、
   飾り物の像とか、副葬品とかに使われたんだとか。
   これ以上はよく分からない素人なんで、どかご容赦を…。