始まりへのエピローグ
もう逢えなくなるんだと悟った途端に、愛しくて堪らなくなる。切なくて居ても立ってもいられなくなる…。
《 随分とお熱いことを言われていたね。》
「うっせぇなっ。」
ああ、そうだ。思い出した。俺はいつだって、あの坊主に出逢った途端、どうしてだか、この身を投げ出してもいいって思うようになってた。そしてそんな別れ方を選んじまった直後や、若しくは死に際に、迎えにってやって来る“こいつ”に逢って、思い出す。
――― ああ、またかってな。
今回もまた、性懲りもなく、こいつの顔を見ることとなり。そりゃあ正直にもうんざりとした顔つきをしておれば、
《 今回は特に性分たちが悪い。》
「なんだよ、そりゃあ。」
《 だから。》
精霊とやらはわざとらしくも斜ハスに構えてから目許を眇め、こちらを“ちろりん”と見やってから、
《 あの坊やがこの1週間ってものを、どんな気持ちで過ごしてたか判るか?》
どういう言い掛かりだそりゃと、露骨に怪訝そうな顔を向ければ、
《 だ・か・ら。
もうお前に出逢っちまったんだ。ってことは、だ。
お前が自分を庇うような、命を落とすような災禍が、
いつ起こるか判らんってことだろうがよ。》
「あ…っ。」
ったく、この直情バカが。自分たちを引き剥がすような、逆らいようのないほどもの一体何が襲いかかるんだろうかって、あの子がどんなに恐ろしい想いをしていたか。それが判るか? お前さんがどんな気分になろうが、それは立派な自業自得だがな、あっちの坊やが毎度毎度 辛い目を見んのは、どういう“天罰”にあたるんだかね。凄まじいほど効果的にもぐっさり来るよな言いようを、あんまり偉そうに口にする精霊とやらだったもんだから。さしもの我慢強い俺でも、どこかで何かが切れたらしい、
「そうなっちまったのは、今回に限っての妙なお膳立てをしたお前のせいでもあろうがよ。」
《 ………まあ、済んだことはともかくとして、だ。》
やっぱ、こいつってばとことんムカつく野郎だよな〜〜〜。ここが意識の世界であるなら、これも結構効いてんじゃないかというほどに。鋭く尖らせた視線にて、突き通るほどにも強くキツク睨みつけてやれば。
《 …冗談抜きに。最初の種を蒔いたのはお前なんだからな。》
「何だよ、それ。」
だからだな、と。精霊が言うには、お前の側から始まったことだと、再び恨めしげな顔をされ、
《 愛しい人に、なのに思い出してもらえない。
そんな哀しいこの輪廻、お前の側から始めたんだぜ?》
それを性懲りもなく繰り返してるんだよ、と。そりゃあ不快だという感情を、表情でも態度でも、容赦の無さにて丸出しにして見せる彼であり。
《 あの子の側が別れた瞬間にお前と逢いたいと切実に思うようになるのも、それもお前が残した傷の深さのせいだ。》
向こうにしたところでロクに知りもしない相手だのにな。知る暇もないままに、途轍もない出来事でもって別れ別れにされちまってよ。しかもその上へ…逢ってる間は封が解けず、別れるとお互いの胸の中でほどける“封印”が働く。
「………。」
自分の側が初見の相手だからと何も思い出せないのは俺が馬鹿だから。そして、彼の側からも思い出してもらえないのは。庇われて一人だけ生き延びてもそんなのはちっとも嬉しくないと、いつだって言ってた“彼”を振り切って生き残らせた、かつての罪深い俺への天罰なんだけれど。
《 覚えているから辛いのだと、
自分のことなんて忘れるようにって、去り際に祈ったお前だったよな。》
俺への罰になるからと、叶えられたる切なる祈り。けれど、彼は忘れなかった。だからこその哀しみが、あまりに深い想いに育っちまったから。今じゃあ彼の方をも傷つけている。封印がギリギリで解ける悪循環が、いつもいつもこうだったということまでもを、とうとう彼へと思い出させた。そして…傷つけたくはなかったからと、それでと構えた筈の“忘却”という機巧からくりが、選りにも選って彼を一番傷つけている。
「………。」
文字通り“言葉もない”という状況に立ち尽くしていた俺へと向けて、
《 なあ。もういい加減、その呪いを解いちまえよ。》
「…呪い?」
《 ああ。》
誰も幸せに出来ない望みは、普通一般にはそう呼ばれるんだぜ? 精霊は小粋な仕草で肩をすくめて見せ、
《 あの子を甘く見てただろ?》
お前が実はずっとあの子を忘れられないように、あの子だってずっとずっと覚えてた。周りからのどんな力にも負けないで、世の流れなんていう抗いようのないことへも消されぬまま、その想いを手放さないでいたから、だから。
《 だから、時を越えて何度も逢えてたってのによ。》
「………っ!」
なんだって?
《 なのに、お前がつまらない呪いをかけたままでいたから。》
そうじゃない。さっき、何て言った?
《 時を越えて何度も逢えてたのは、あの子の側の深い想いがあってのことだ。》
ロンドのように繰り返し繰り返し、何度も何度もだぜ? こんなことはそれこそ滅多にない筈だが、きっとあの子の一念が引き寄せてたとしか思えない。
「………。」
まるで運命のように、若しくはお前への罰みたいなもんだって思ってたんだろうがな、そんなもんは最初からないってんだよ。それほどの存在であるあの子を、なのにずっと…幾星層もの歳月かけて、何度も何度も泣かせていたのは。やっぱりお前の、煮ても焼いても食えないほどの、手のつけらんねぇ頑迷さなんだよ。
――― そして。
「この、古い遺跡の真上の乾いた街で、俺たちは再びまみえたと?」
まあな、と。精霊は静かに頷く。全てを思い出し、時の枷を振り切ろうと、このまま逢えないのはいやだと行動を起こした彼へと。ある意味で納得させるため、与えられた特別なチャンスだったのにね。けれど、でも。思い出すのは、彼の絶叫。
『…いやだ。もう、いやだ。』
『帰って来てよ…。また逢えなくなるなんてイヤだよ。
こんなの、ちっとも幸運じゃないって言ったろ? 覚えてなかったのかよ。』
『ぞろーーっ!!』
またもや哀しい別れを選んだゾロへと向けられた、喉が裂けそうなほどもの悲鳴と、止めどない涙と。
《 ああ。お前はまた やっちまったんだ。もういい加減にしてくれよな。》
付き合わされてる俺の身にもなってくれやと。金髪碧眼、いかにも洒落者という風貌をし、黒づくめの衣装がその身に張りつく、長身痩躯の精霊はしょっぱそうな顔で笑って、それから。
《 いいか? これはお前への、今度こそ最後のチャンスだ。》
こんな奇跡をやたらと奮発しちまったら、俺自身も“格下げ”は免れられない。しっかと恩に着せるつもりだから、そこんところも覚悟しろ? 悲壮な言いようをしながら、それにしては…にししと笑っている彼で。
「連発してたら“奇跡”とは言えんのじゃあ?」
そういう相性なんだろか、ついつい揚げ足を取るような言い方をしてしまったところ、それはあっさりとスルーされ、
《 昔々、この地に手厚く葬られた とある大物の願いでもあっからな。》
世界中の海人たちから慕われていた伝説の海賊王が、一生を海に捧げて生きた男が、だが、こんな内陸の砂漠に自分を葬らせたのは、命を懸けてまで自分を守ってくれた男の死に場所だったからだそうで、
《 あん時はそりゃあ凄まじかった。
魂が擦り減るんじゃないかってほどもの、深い深い慟哭が5日も続いた。》
心なしか。精霊は声を落とすと視線を逸らす。何でだろうか。彼自身も、その悲しみに関わったような素振りでもあって。
“………え?”
キョトンとしたゾロには構わず。
《 あのまま 彼までもが傷心のあまりに死んじまっていたならば、
海賊王伝説の代わりにお前の話が後世まで語り継がれたその揚げ句、
世界が依然として暗いままなのもお前のせいだなんて言われて
そりゃあ多くの人々から呪われてたことだろうぜ?》
物騒なことを言うのへ、ますますの一睨みをくれてやれば、精霊はくすすと笑い、
《 ま。その後は一度も涙を見せず、陽気なままに通した彼だったけれど。》
それでも…唯一の無念には違いなかったんだろうよ。それがもしかしたら関わってる“不思議”なのかもしれないと。妙に言葉に力を込めて。そうと言い切った彼であり、
《 今度こそは勝手をするな。自分に嘘をついたりするな。
そういうのが苦手なんだろうが、あの子の気持ちだって汲んでやれ。》
今度こそ。キザな素振りがいちいち鼻につく、口の達者な精霊は、そんな言い方を確かにした。これが本当の最後のチャンスだからな。
《 いいか? 判ったな………?》
◇
じりじりと体中を見えない炎で炙るような陽に晒され続けて、もう何日目になるのだろうか。つまらない意地なんてもの、矜持なんてもの、もう捨てたと思っていたんだがな。荒らぶる海の世界を舐めてはいけない。環境もそうだし、そこで闊歩する人々にしてもしかり。此処では生き残った者が“正義”であり、何か言い分があるのなら、まずは力で相手を黙らせ、場を凌駕して、それから始まるのが基本だ。勝った者の意志・意向しか、通用しないし聞く者もいない。それが、板子一枚下は地獄と言われてる“海”での常識で、勧善懲悪なんて何処の世界のおとぎ話なのやら。正義とやらを背に負う海軍でさえ、末端は腐って久しく。中枢部でも歪んだ正義が暗躍し、絶対正義の加護の下に、人を人とも思わぬ悪魔の集団を跋扈させているとかいないとか。まあ、そんなこと、今の俺には関係ないがな。何があっても生き延びてやる。眼前のことしか見えてない、取るに足らない若造に出来るがむしゃらさでしか動けないなら、今はそれでもいい。大義は後回しでもいいから、生きて生き延びて、いつか辿り着かねばならないところがあるから。だから、義憤だ正義だなんて青臭いこと、言ってる場合じゃなかったのにな。人道外した悪辣な存在に、どんなに腹が煮えたとしても、それを飲めなきゃ耐えられなけりゃ、先が思いやられると、常々思ってたはずなのにな。幼い頃から真っ当な物差しを叩き込まれていたのが、いつだって仇になる。そんな自分の頑迷さを思い知るたび、存外と真っ直ぐな奴だったとはなと笑えてくる。世の歪みを受け流してるつもりが、実は撓うだけ撓わせてその身へ負ってた。いつばっきり折れたって訝おかしかないほど律義にも。よくあることだと忘れりゃいいのに、悪い奴ほどよく笑う世界なんだと認めりゃいいのに。踏ん切り悪く抱え込んでた憤怒や後悔、痛みや怒り。それが時折暴発しては、海賊や賞金首のみならず、無関係な人間にまで恐れられるよなオーラを放ってしまうから、今や立派な“血に飢えた獣”扱いだった筈なんだけどもな。何でまた、こんなところで磔にされて、干物になりかかっているやらだ。あの妙ちくりんな頭した野郎との賭けなんて下んねぇことへ、付き合ってる自分が信じらんねぇ。
――― 取り留めのないことを考えることさえ、億劫になってたそんなところへ、
不意に、何処からか舞い降りた影が1つあって。
海賊狩りが何で海軍に捕まってるんだ。うるせぇな、あっち行けよ。鬱陶しい小僧が声をかけて来るのを、振り払おうとして もがいていれば、そいつは…すすけた麦ワラ帽子をかぶった、まだずっとガキって風体のそいつはよ。何とも素っ頓狂な事を言い出したのだ。
「なあお前、俺の仲間にならないか?」
〜Fine〜 05.8.25.〜05.12.06.
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*はい。つまりはそういうお話でございまして。
ちょっと不思議で不条理なお話というのを、ひょんなことから書いてみたくなりまして。
一気に書くべき内容でしたので、(特に後半)
なかなか進められなかったお馬鹿者。
結局細切れになっちゃったので、何が何やらなお話になってすいません。
お時間が許すなら、最初から一気にお読み下されば、
多少は展開も分かりやすいのかも。
シュールな話というのは苦手なんですが、
1個くらいは書いてみてもいいかなと思って、
書いてみたらば…なんか思い切り地味な話になっちゃいましたね。(苦笑)
センセーショナルなとか、斬新な切り口のとか、けれん味の利いたとか、
奇抜なとかいう構成に、向いてないんでしょうね、わたしの作風って。
不器用ですから………。
*途中に出てきた不思議な出会いのいくつかで、
これまで尻切れトンボのまんま放り出してた小ネタのパラレルを、
今回は一気に使い果たしてしまいましたよ。(苦笑)
宝石の守護と怪盗さんというのは、怪盗ゾロの原型ですし、
諜報員ゾロのお話は、王子様ルフィの番外として書きたいなと思ったものの、
ルフィ以外のキャラで王子様役(正確には族長の息子ですが)が思い浮かばず、
これもお蔵入りしておりましたの。
まま、これ以上パラレル増やしてもねぇ。(苦笑)
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