日曜日 “遊ぼ。”
あの流れ者の白い片耳の野良は、程なくして保健所の野犬収容係に捕まってしまったらしい。
『何でもな、隣りのまた隣りの町で、元は飼われていたんだってさ。だけど、いきなり子供に尻尾を掴まれて、ビックリして咬みついたなんて騒ぎを起こしてさ。しかも、買い主が責任逃れにって、こっそり山ん中に捨てたんだって。』
そんなこんながあって、随分と前から追われてたらしいよと、情報通の奥さんがいる家のお友達にそれを聞いたルフィは、ふと、
《目の前で"お友達"が保健所に送られたらどうするね。助けて下さるのかよ。》
あれは、もしかしたら。助けてほしかったからつい出てしまった言葉だったのではなかったかと思った。でも、初対面の…しかも一見"仔犬"を相手に、素直にそんな弱音みたいなこと言えなくて。意地張って、ルフィに八つ当たりして。
『あの時は自分のことで頭が一杯だったからさ。オレ、気づいてあげられなかったな。』
可哀想なことをしたなと、ルフィはちょっとばかり悲しそうな顔になった。髪を梳いてやりながら"優しい子だな"と言うと、違うもんと首を横に振って聞き入れなくて。
『なあ、ゾロは…。』
もしかして と言いかけて、言い淀んで。だけど、じっと見つめて先を促すと、思い切って訊いて来た。
『俺に同情したんじゃないのか?』
可哀想だから。それで慰めてくれた、庇ってあげると手を差し伸べてくれた。そうじゃないの? だとしても別に構わないけれど。そんな風な顔をする坊やだったものだから、
『心外だな。』
ゾロは真剣にムッとした。
『あのな、いくら不器用で鈍感な俺だってな、一番大切な人のことなら、悲しい悲しいってひどく傷ついてるのくらいは見りゃあ判るんだよ。』
臆面もなく言い切って、
『そういう時ってのは、何かこう。温めてやりたいっていうか、元気になってほしいっていうか、そういう…何てのかな。』
上手く言えなくてだろう、どこか苛立たしげに目許を眇め。不意に、
『あやや。』
座っていたソファーの傍ら、床に座り込んで、ゾロの膝に肘を載せて凭れていたルフィを…腕だけ使って、あまり態勢を変えぬまま、とんでもない力で軽々と抱え上げ、
『こうやっていつまでも、元気になるまで抱えてたくなるんだよ。』
深くて奥行きのある懐ろの中、頼もしい腕でくるみ込んだままに、小さな少年を"きゅうぅ"っと抱き締めるゾロであり、
『…うん。』
雄々しくて温かな束縛の中に閉じ込められて、坊やは、けれど、たいそう幸せそうに笑って見せた。
………… これはちょこっと"後日のお話"。
もう少しだけ「あの日」に近づいてみるならば…。
◇
ふんわりとした純白の中にいるような気がした。昨日一日、耳から離れなかった雨の音はしないから、どうやら夜の間に止んだらしい。そんなことを思いつつ、肌を包む温かな空気に気持ちが和む。懐っこい肌、やわらかな温みとくっついている、やさしい感触。いつものベッドで、シーツにくるまれた二人。さらさらした小さな誰かが、この腕の中で丸ぁるくなっていると判る。くすぐったくて優しい気持ちのままに、ひたひたとぬるくて心地のいいまどろみを堪能していたゾロだったが、
"………ん?"
仄明るい視野の下あたりに黒い髪が見えた。仄かに甘く香るは、彼のこぼした涙の匂いだろうか。愛しい彼への睦言を紡ぎながらも、つい、自分の熱情を押さえ切れなかった。そんな自分を必死で受け止めながら、どこか幼い、だが十分にしどけない仕草で四肢を震わせて。か細い声を上げながら、うっすらと涙ぐんでいた、愛しい少年。愛しくて、だが、痛々しくも幼いとけない、そんなお顔を見たのが、記憶の最後だったような気がするのだが。そして、そのお顔は紛れもなく、この腕の中で安らかな眠りに身をゆだねている、この愛惜しい少年のものであった筈なのだが。
「…ルフィ?」
何かが訝おかしい。これまで、この愛らしい寝顔を朝の目覚めの時に見たことがあっただろうか? 朝は必ず、あの愛嬌のあるシェルティの姿に戻っていた彼ではなかったか。何も身につけていない、ふかふかでさらりとしたきめの細かい肌目は、手のひらに向こうから吸いつくように馴染んで愛惜しく、上等の絹を思わせる…仔犬の姿の時の毛並みをそのまま彷彿とさせたが、
"…るうに戻らない寝方も出来るのか。"
それとも。初めてだったろう"経験"で疲れきり、姿を変えるエナジーさえ残らなかった彼なのか。だとしたら、可哀想なことをしたかなと、思ってる割に…口許がどうしても綻ぶゾロであり、
「………。」
まろやかな温もりの中、無心に眠り続ける幼い寝顔。気のせいか、伏せられた瞼の陰や口許なぞに、仄かに…色香のような気配を増しているようにも見える。やわらかな線で縁取られたお顔や首条、小さな肩、無造作に投げ出された手などを眺めていると、
「ん…。」
それが刺激になったのか。愛しい恋人くんが…吐息を一つ洩らしてから、ゆっくりゆっくり眸を開ける。柄になく"どきん"と胸の奥で騒ぐものがなくもなかったが、ここは余裕で見守って。
「………んにゃ。」
仔犬の彼は、だが、仔猫のような小さな声を上げると、小さな手の甲で無造作に目許をこしこしと擦ってから、
「ふに。ゾロ…。」
おはよーと、口の中でむにゃむにゃと呟く。まだどこか、意識が眠ったままなのか、放っておけばそのまま再び寝入ってしまいそうな気配であり。これもまた、いつもならしゃっきり起きている彼には珍しいことと、興味深く見守っていると、
「……………………………う"?」
薄手の肌掛け布団やシーツの海の中、緩慢な動き方を見せていたふさふさな黒髪が、不意に"ひくり"と蠢うごめいて…。
「ゾロっ。」
「なんだ?」
頭の下で折り畳んだ腕を枕に、いかにも"添い寝"というポーズのまま、すぐ傍らにいた人へ。どこか呑気そうに構えた彼とは正反対に、それは勢いよく"がばっ"と身を起こした坊やは、
「あ、あああ、あの、あのさ。あの、えとあの…。」
何だかとっても、これまでに一度として見たことがないくらいに、相当焦って慌てている様子だったので、
「ほらほら、落ち着かないか。」
どうどうどう…と、袖だけを通した大きなパジャマの裾から伸びて、目の前にちょこんと揃えられた小さなお膝を撫でてやる。
「馬じゃないって。」
それに、脚じゃなくって背中だろ? せめて腕とか手じゃないの? ゾロって案外"すけべえ"だよな、と。いつもの調子で減らないおクチを利いてから。
「えっと………。」
何だったっけと小首を傾げて………約1分。
――― あのね、あのね。ゾロ、あのねっ/////
どうした?
――― もしかして。………赤ちゃんが出来ちゃうかもしれない。
さっきから念じてるのに、全然"るう"に戻れないもん。
おおおっ、それはまた楽しみだが………あ。
――― 何?
もしかして辛いことじゃないのか?
やっぱ、ある程度までは体の中で育てるんだろ?
何か特別な難関とかあったりしないのか?
――― うっと、大丈夫だと思う。
だって命に関わるような大変なこととか、
代々の子供に絶対伝えとかなきゃいけないことなら、
父ちゃんがきっちり教えといてくれてる筈だもん。
そっか。……………ホントに楽しみだな。
――― …ゾロ。
んん?
――― 生んでも良いの? ホントに嬉しい?
当たり前だろうが。きっと可愛いぞ? それに元気ないい子だろうな。
――― オレはちょっとヤだ。
………なんで。
――― 生まれた子と二人でゾロの取りっこになるからだ。
ゾロはオレのなのにっ。
おいおい。
〜Fine〜 03.3.29.〜4.10.
*はい。いかがだったでございましょうか。
何だかちょっぴり、妙なお話でございましたが、
やっと完結いたしました。
ぱぴぃルフィが自分のことを“化けものだから…”と言い出すシーンは、
何だか、原作のチョッパーと重なってしまって、
あやや、しまったかもと、後からしっかり後悔してみたりもしましたが、
事情というか設定というか、お話が全然違いますんで、
どか、堪忍したって下さいませです。おいおい
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