月夜見
“ルミナス・エルフ・メダリオン” C
  



          




 お告げに従わないと謎の天罰が下るという“海神様騒動”は、結局のところ、隣りの海域で似たような事件を起こして逃げた、とある盗賊団の連中が仕組んでいた陳腐なお芝居だったと判明し。コトの次第を見破っただけでは収まらず、一網打尽にした上で、こてんぱんに伸してやったその後で。周辺の海域の島々から彼らが取り上げて回ってた“貢ぎ物”のお宝を、夜明けまでにとこっそり返して回った、働き者の麦ワラ海賊団の皆々様。
「野牛なんてものをわざわざ連れ回ってたなんて、思えば変な連中だよな。」
「いかにも神憑りなことであるぞよという神秘性を出すためだったらしいわね。」
「口笛や何やの合図もないままで彼らを操って暴れ込ませて、お屋敷や牧場を崩壊させてたっていうから。」
 音もなく、何の前触れもなく。夜陰に紛れてこんな重戦車が群れを成して突撃して来たなら、誰だって肝を潰すこと間違いなしだろうし、
「間近にさえ人の姿がないんじゃあ、目撃者が居たとしたって誰かが操ってるとは思いにくいわよね。」
 そんな特殊な手管を可能にしていたのが、野牛たちを自在に遠隔操作していた小道具で。地べたに伏せてた一味の一人が、手のひらの中で何やら擦すり合わせていたものを、いの一番に没収してみれば、
「わぁ〜〜〜vv 何なに? これってメダリオンじゃない。」
 きらきらと月光を受けて煌めく円盤へ、ナミが殊更に嬉しそうな声を上げて見せる。
「メダリオン?」
 メダルの一種には違いないが、普通の硬貨より大きくて刻印や装飾も豪華な大物。通貨として作られたのではなく、記念品とか、勲章記章など褒賞用のものとして作られたものを指し、
「随分と古い時代の文字が書かれているわね。」
 ほらと平らにして裏表を示されたメダルを、一瞥しただけで、ロビンがあっさりと読み下ろす。くっきりと浮き彫りにされたその文言が、使い方の説明でもあり、また、一種の呪文…とでも言うのだろうか、
「この凹凸の部分に工夫があってね。ここに獣の骨や歯を擦りつけて鳴らせば、その獣が言いなりになるって。」
「ちょっと待って。…骨や歯を擦りつけて鳴らせば?」
 ってことはと、メダリオンをよくよく見やったナミさんが懸念したこと、クススと笑って肯定して差し上げるお姉様。
「ええ。純金どころか、金メッキですらないわね。」
「…そうみたいね。」
 柔らかい金製品でそんな乱暴なことが出来る筈がないからで。とほほんと肩を落としたナミは一気に関心を失ったらしかったが、
「どういう構造になっているやら、どんな金属を使っているやら。船長さんを除く私たちには何の音も聞こえはしなかったけれど、野牛の顎の骨でガリゴリと鳴らしていたから、野牛が言いなりになっていた…という仕掛けであったらしわよ?」
 それは丁寧な説明を受けたルフィやウソップは、むしろそっちの効能の方へ興味津々というお顔。
「じゃあじゃあ、トナカイの歯で擦ればチョッパーが操られてたのか?」
「う〜ん。理屈ではそうなるのかしら。」
 うふふと笑われたのが、軽んじられてではないと判っちゃいるが…何だか癪で、
「まさか…人間の歯でなら人間が操れちゃうの?」
 チョッパーがこそりと訊けば、
「それは無理。」
 ロビンはにっこりと笑って見せる。
「操れちゃうというよりも、その動物が最も嫌がる音を出してただけだから。耳を塞いじゃったり、他へと気を逸らしたりが出来れば効果はないの。」
 それでイライラさせての暴走を誘い、口笛や何やという合図もなく、意のままにしているかのように見せていた、と? チョッパーが訊けばお姉様が頷いて見せたから、
「…何だそりゃ。」
「全然、神様じゃねぇじゃんか。」
 タネを明かせば、そんなところ。
 何が何だか判らないまま、夜中に駆け回らせられてたこの子たちも、言ってみれば“被害者”かもねと、ロビンさんがさっきは軽々とねじ伏せた同じ手で、それぞれの子の頭を撫でてやっている。盗賊団の面々はお縄にしたものの、大きな角も雄々しい牛さんたちには罪はなく、チョッパー特製の鎮静剤代わりのハーブオイルですっかり大人しくなった彼らには、念のための首輪こそ嵌めたものの、犯人扱いまでするのは忍びなく。
「こうまで大きな生まものは、あたしたちだって持ってけないわ。」
 ナミさんが肩をすくめたことで、食料にされるのも何とか免除された模様。ここは無人島だそうだから放牧させてもらうといいわと、話もまとまり、さあそれから。








          ◇◆◇



 ナミが手際よく語ったお話は、すっとんぱったんと埃を立てて暴れては、埒もない悪さを構える悪党どもをあっさりと退治してしまう、いたって相変わらずな彼らの活躍ぶりを紡いだ“騒動記”だったのだけれども。
「あ。そうそう、そうだった。」
 ルフィがそうそうと何事かを思い出した模様。いきなり何よ、どうしたのと皆が視線を集めれば、
「その話は十分不思議なお話じゃんか。」
 さっきは、りゃーリスがどーのこーので、自分たちは珍しい話や不思議な体験なんてあんまりしてないなんて言い方をしていたナミだったけど、
「俺ら、立派な不思議体験してんじゃんか。」
 活劇の場面では、自分で自分の膝小僧を抱え込んで、そうそう、そんでそこで俺がダ〜〜ッてゴムゴムの技を出して…と合いの手を入れつつ、機嫌よく話を聞いていたルフィが、唐突にそんな風に言い立て始めたので。傍らにいた緑頭の剣士さんがまずは訝しげに小首を傾げて見せる。
“…りゃーリス?”
 もしかして“リアリスト”と言いたいのでは?
(苦笑)
「不思議体験?」
 こちらは、シェフ殿が眉を顰めながら訊き返す。そんなことあったか?覚えがないぞという口調だったのへ、

  「だ〜か〜らっ。
   その騒ぎん時によ、人がいなくなってた島ってのがあったじゃんか。」

 忘れたのか?と、それへこそ焦れったそうな顔をする船長さんへ…こちらさんはとうに思い出していたからだろう、小さなトナカイドクターさんがぎゅぎゅうっと横合いからしがみついて来ている。
「そ、そうだよ。怖いオマケがくっついてたじゃないか、その話って。」
 うるうると大きな瞳を潤ませるチョッパーを、ルフィがお膝へと抱え込む。その姿はまるで…得意ではないながらそれでも何かしらの言い訳や説明を、大人相手にたどたどしく紡ぎ始める幼い子供そのものというポーズだったものだから、

  “………うっ☆”
  “畜生め、可愛いじゃねぇか。”

 こらこら。誰の心の声ですか、これは。
(笑)
「だから…覚えてないのか? あの騒ぎの話を最初に俺らにしてくれた爺ちゃんの村のこと。」
 ルフィが懸命になって皆をぐるりと見回せば、
「…ああ。」
「あれな、うんうん。」
 さすがに思い出したという顔をしはしたから、皆様にも覚えは一応あるらしく、
「あれは、だからよ。本物様の仕業だってことで…。」
「だったら十分に“不思議なこと”じゃんかっ。」
 そいやそうか、そうだな、うんうんと。あらためて感慨深げに頷いて見せるウソップだったりするものの、
「あの…。」
 痛快な活劇話をご披露していた当のお相手、この島の住人の方々にしてみれば。話の端っこだけを聞かされても、何が何やら理解が追いつかないに違いなく。せっかくの冒険話、全部をキチンとお聞きしたいですと、子供たちもワクワクと聞いていたそのままのお顔でお互いの間での言い合いとなった彼らをじ〜っと見やっている次第。あらあらこれは失礼しましたと、我に返ったナミさんが、んんんっと小さく咳払いした“間合い”を引ったくり、
「あのな、あのな? 実はその話にはオマケがあって。」
「あ、こらっ。」
「そーなんだっ。ちょっと怖〜い話だから、小さい子供は聞かない方が良いかも知んないぞ?」
「チョーッパー。」
 あんたまで何をと、止めに入りかかったナミさんを次に遮ったのは、

  「俺様たちが大活躍をした盗賊退治のその裏で、
   それは秘かに音もなく、別の“神隠し”事件があったんだ〜〜〜。」

 いかにも怖いお話だぞ〜〜っと言いたげに、語尾を震わせ、低い声にて言ってのけたウソップだったものだから、
「さすが、どんなホラ話でも臨場感を持って来て、必ずもっともらしくしやがる奇跡の弁士。」
「だよな。絶対あいつは職業の選択を誤ってやがる。」
 エンターテイメントとか興業系のその道へ進めば、間違いなく売れるだろうによと、呆れること半分。だがまあ…ここの子供たちもウチの船長さんや船医さんも、全く怖がることなく喜んでるようだから。当人が思った方向へ受けるかどうかは疑問だがと顔を見合わせた双璧さんには、制止するつもりはないらしい。同じお部屋の少しほど離れたところで、コトの成り行きを見ていたロビンさんも、この展開には楽しそうに微笑んでいるばかりであり、

  「俺たちが、野牛を操って悪さをしていた盗賊団を見事捕まえた、
   丁度その同じ晩にっっ。」

 もっともらしい講談口調、テーブルをペペン・ペンペンと軽く叩きつつ、ウソップが続きを語り始める。
「娘さんを差し出せなんて無体を言って来たのは、実は。そうやって手中に収めた良家のお嬢様をかざして、隣りの海域で捕まっていた仲間を釈放させる“人質”にするつもりだったらしいんだが。」
 しかもしかも畏れ多くも神様の仕業であるかのように仕立てることで、警察への届けを出させない、出しても警察が本気にしなかろう仕立てへ拵えて…という小狡い企み。どこまでも悪辣にして姑息な連中だったのを、そりゃあ鮮やかに全員取っ捕まえてしまった自分たち麦ワラ海賊団が、思いも及ばなかった不思議な事件が同じ時間帯に起こっていたらしくっ!
「島一つ分の、そこに住んでた村中の人たちが、一遍にいなくなっていたんだっ。」
「ホントだぞっ!」
「あ、こらっ! せっかく俺様がそこまでを盛り上げたってのにっ!」
 溜めて溜めて盛り上げて、一気に畳み掛けて語ろうとしていたものを。あっさりとルフィとチョッパーに先取りされているウソップだったりし、
“今時流行りの、展開の早いドラマの弁士には向かないかもだな。”
 まんまと出し抜かれた語りの天才さんへ、サンジが思わず苦笑していたが。
「一遍に居なくなったとは、どういうことでしょうか。」
 盗賊たちの陣営は、さっきのナミさんのお話からして、ほぼ全員が まやかしの神様への祭壇を設けた島へ居合わせてたらしい模様であり。一網打尽に召し捕った筈が、別の島から村人たちを攫って行けるだけの手数や頭数を、まだまだ残していたということなのだろうか? 確かに“不思議”には違いなさそうだと、聞き手であった島の人たち、代表してガーゴルさんが不審に感じたところを訊いて下さったのへ、
「さあ、そこだっ。」
 意を得たりっと、ウソップが勢いづく。
「忽然と消えた人々というのは、その祭壇の島のお隣り、やっぱり小さな島の小さな村の住民のことで。」
 それが彼らの間で話題として上ったのは。引っ括った盗賊団は海軍へ引き渡しといて下さいませと、人質の身代わりを買って出たことでご協力をいただいた本島の長老様にその旨を告げておき、黎明の青から朝陽の金色が、辺りの空気に満ち始めていた朝も早い頃合いの。問題の海域から離れつつあったゴーイングメリー号の船上にてのこと。

  『あの祭壇のあった島に着いてすぐ、
   あたしたちにこの騒動の話を聞かせてくれたお爺さんが居たでしょう?』
  『ああ…。確か一番被害が大きいって言ってた島の人だろ?』

 やはり魔物の襲撃に巻き込まれ、住民の殆どが怪我を負い。満身創痍とされたため、漁にも出られぬまま、それぞれに自宅で寝込んでたほどの惨状で。しかもしかも…男衆たちには内緒にしていたナミだったが、娘を差し出すなんて到底出来っこないから、何とかしてくれたならお礼に金貨を差し上げましょう…だなんていう、秘密の取引をしてもいたそうだけど。
『あの島のあの村へも、奴らから没収したお宝を置きにって寄ったらば。どういう訳だか人っ子ひとりいなかったのよね。』
『…はい?』
 そこもやっぱり、娘さんを差し出す訳には行かなかったのでと、最初に矢を射られた時は、絹を何反かと、村長さんが家宝にしていた、宝石の象眼のある小箱とやらを差し出していたって話だったから。そんな小箱はあいにくと盗賊たちの手元には もう無かったが、金貨を何枚かを置いてきゃいいかと、夜陰に紛れて小船で乗りつけ、村長さんのところを訪ねたところが…裳抜けの空。いくら夜中だって言ったって、村中がいやに静まり返っていたのが何だか異様で。こんな渦中なんだから見張りくらいは立ててないものかと、他の家も見て回ったところが、やっぱり全部空家でしかも。よくよく覗けばどの家にも、満足な家財道具さえ置かれていない。長い間、誰も住んでいなかったかのようにね。
『な、なんでだよ。』
『最初の聞き込みん時は、ちゃんと村の人たちだって居たんだろ?』
『それに。あのお爺さんには、俺らだってちゃんと逢ってんぞ?』
 お話聞かせてくれてから、私の住まう島はあすこですって、すぐ隣りの島を指さして見せたじゃんか。さては島を間違えたんじゃないのか? そうまで言われてはさすがに少々カチンと来たのか、目許を眇めたナミだったが、
『馬鹿ねぇ、他には考えられないの?』
 まだまだ爆発はせぬままに、そんなことを言い出して。
『え…?』
『他って?』
 まさか、偽者に名を騙られたって怒った本物の神様に、娘さんごと全員が誘拐されたのかな? いやいや、皆で大きな都会島の病院へ出掛けたとか。無難な
(?)見解を頑張って捻り出そうとする お子たちへ、航海士さんが“うふふん”と余裕で笑って見せて。

  『もしかしたら…あの村こそは、昔々海賊たちに滅ぼされた村だったのかも。』
  『………はい?』×@

 んななな、何を言い出そうとしておいでなのでしょうかと。船長さんとトナカイ船医さん、長鼻狙撃手さんまでもが、ぎゅうぎゅうしっかと抱き合ってお団子状になっているところへ、
『丁度今また、その時と同じような酷いことになりかけてる状態だったから。頼りになりそな あたしたちに“また海賊たちが無体をしようとしております”って“無念を晴らして下さいませ”って言いたくて、化〜けて出たのかも知れなくてよ〜〜〜?』
 いかにも妖しく、わざとに声を低めて言うものだから、
『や、やめろよ、ナミっ!』
『こここ、怖いもんか、馬鹿ヤロがっ!』
『ひぃいいぃぃ〜〜〜〜っっ。』
 お子様連中がキャーキャーと怖がったので気が晴れたのか、ナミさん、その島の村長さんからはご褒美を取り損ねたことにもそれ以上こだわらなかったご様子で。

  『さぁさ。こんな胡散臭いトコに長居は無用だわ。』

 海軍が賊たちを引き取りに来る前に、とっととお暇 致しましょうと。お元気元気な麦わら海賊団の皆様は、何事もなかったかのように、次の冒険目指しての航海へと、愛船の舳先を振り向け、出港したのでございました………という次第。
「あれはなかなか怖かったよな。」
 ルフィがチョッパーに同意を求めれば。
「おう、そだったな。いくら海賊でも、捕まえらんない“幽霊”は勘弁してくれだったよな。」
 さんざん怖がったことをせめて今、男らしい話し方で挽回したいらしい二人だったのだけれども。

  「……………
ぷぷvv

 おやや? ナミさんたら、フロアの空間を挟むようにして。向こうに離れておいでのロビンさんと、顔を見合わせて何やら笑っていらっしゃる。それにそれに、よくよく見やれば。サンジやゾロまで必死で声を押さえて苦笑しており、
「何だよ、その態度っ。」
 忽然と人影がなくなってた村なんて、立派な不思議体験じゃんか。なのに、そんな…気に障るじゃんかよっと、馬鹿にされたと膨れた揚げ句、勢いづいての怒号を上げる船長さんからの申し立てへ、堪らず…あははvvと吹き出してから。
「あの時はそう言ったけど、実はあれってネ?」
 実はやっぱり“オチ”がありましてと、今頃になっての真相暴露。綺麗な手をぶんぶんと宙で振ってから、
「あたしたちだって事情が判らずで、何で?どうして?って思ったのよぅ。」
 そこのところはホントなのと、そうと語り始めたナミさんで。誰も居ないだなんて一大事には違いなく。それこそ…ルフィが思ったと同じく、もしかしてこちらでは本物の“神隠し”があったのかと大慌て。手分けしてお宝を返して回るのにと小船を貸して下さっていた、本島住みの船頭さんへ“これこれこうなんですけれど…”と話したところが、人の気配も住んでた形跡も、なくて当然。
『この島はもともと過疎化が進んで、何年も前から無人だで。』
 なのに何でまた“此処へも寄ってくれ”なんて、あんた方が言いなさるのかが、自分には不思議で不思議でなんて言い出す始末。あらでも、これこれこういうお爺さんがいたし、今回の騒動の説明もしてくれたんですが…と、躍起になって説明している途中から、
『………あ、そうか。』
 自分で真相に気がつき苦笑が洩れた。傍らへ視線を投げれば、ロビンも同様に苦笑している模様。

  ………そう。
      この島にこそ、奴ら盗賊団が仮の本拠を据えていたのだとしたら?

 あの、祭壇を作らせた小さな島では、あまりに狭すぎて…気配を漏らさずには人も住めないが、さりとて、わざわざ野牛を操る小細工をしているほどの“神憑りの不思議な現象”をし通したければ生活感を出しては不味い。そこでと目をつけたのがいい具合に無人となってた過疎の島。
「じゃあ、あん時捕まえた奴らん中に、あのお爺さんもいたのか?」
「そうなるわね。」
「でもサ、ナミとロビンは作戦前にもそこへ行ったんだよね?」
 情報収集の聞き込みをしに。もしもナミが言うように、その島に居たのが盗賊団の一味だったなら。気の毒な島人という演技をし続けて相手をしてくれたお爺さんや、他の住民の姿も見たということは、向こうさんにだって、この騒動を怪しんで何か探ってる連中が来たぞと判った筈。なのに、どうしてそんな晩に危険な儀式を決行したのか。
「矢文だっけ? 同じやり方で伝えて日延べすりゃ良いのにサ。」
 本当にあの奴らだってんなら、変なことをしてないかと、少しは賢くなったが故に、却って事情を飲み込み切れないでいるらしいお子様たちへ、

  「それがね? 奴らはわざと決行したらしいのよ。」

 ますます怪訝なことを言うナミであり。はぁあ?と眉を寄せている船長さんへ、
「船ってのは、どんなに速く進んでも限度があって、まだまだ遠くにいる内から発見されちゃうものなのよね。」
 乗ってる側になって久しいから、自覚がないかも知れないけれど。そうと付け足したナミさん、
「それを思えば、どうしてまた。海賊旗をしまいもしないで近づいて来た海賊船や、上陸して来たクルーたちを、最初に祭壇の島で出会ったあのお爺さんは、全く警戒しなかったのかしらね。」
 忌まわしき祭壇が設えられていた孤島。そんなところへたった一人で来てたってのも怪しいことだし、
「怪しい何物かに娘さんを差し出せなんて言われてる、とんでもない騒動の真っ只中にあったから、それ以外へは怯えるどころじゃなかった? だとしたら、他所から来た見知らぬ人間へ、何でまたあんなにも気安く自分たちの窮状を語ったのかしら。天罰とやらを恐れて、警察にさえ正式には届けていなかったのよ? それほどのことを、よそ者にペラペラ喋ってどうすんの。」
 言われてみれば、確かに理屈がおかしいかもだが、
「だって…。」
 現に…と口ごもる船長さんたちへ、ナミさん、小粋にウィンク一つ。

  「だ・か・ら。連中は欲をかいたの。あたしたちを見てね。」

 やって来たのは海賊船だが、あれってもしかして噂に聞く…A級賞金首の乗ってる船だってのにお人よし揃いなもんだから、結果的にはタダで世直し旅をして回ってるってことで有名な、麦わらの一味の船じゃあないか?
「…自分もその一味だってのに、よくもそんなにこき下ろせるよな。」
 剣豪さんが呆れ半分、眉間に深いしわを刻めば、
「あらあら、ピースメインなあたしたちなんだから、誇っていい肩書じゃないのよvv」
 確かに、面識のない海賊たちからは間違いなくコケにされちゃうけれど。それとも極悪非道って呼ばれたい? そうと続けてから苦笑をして見せ、
「試しに、酷い目に遭っているんですと困り顔で話をすれば、何ともあっさり食いついて来た。これは上手くすれば、神様騒動どころじゃない金を手に入れられるかもと、あたしたちに懸けられてた賞金を思い出し。自分たちの方の作戦遂行と並行して、ついでに搦め捕ってやろうなんて大胆なことを考えたらしいのよ。」
 それってもしかして『イレギュラー・アクシデント』参照な魂胆だったということでしょうか。←こらこら、ズボラな。
(苦笑)
「だから、祭壇の島へ全員が詰め掛けてたんだし、あの野牛たちまで繰り出しての大掛かりな仕立てになってたらしいの。」
 ははあ。それであんなにも、次から次って格好でわんさか出て来た片っ端から、やっぱり次から次へと鮮やかに搦め捕られちゃったと。
(大笑)
「ひっでぇ〜っ!」
「そうよ、酷い奴らだったのよ?」
「違げぇよっ、何で俺らにすっと黙ってたんだよ、それっ!」
「そだぞっ! 俺もルフィも、ずっと気にして…あわわ。」
「あらあら、もしかして。お化けだ幽霊だって話を、ずっと信じていたのかなぁ?」
 ちちち、違うもんっ。可哀想に誘拐されたんじゃなかろうかってことへ心配してたんだってばっ。へぇえぇ〜? ホントかしら? 何だよっ、そんな言い方してっ! お子様連中が女性陣に可愛がられ、もとえ、からかわれている傍らでは、
「ウソップ、まさかお前まで、神隠しを信じてたとはなぁ。」
「ままままま、まさかそんなことがあるかよ、へへん。」
「隠すな隠すな。」
「かくしてなんか、そんな、まさか。」
「うろたえが過ぎて、さっきから全部平仮名だぞ?」
「………うう。」
 こんな場での種明かしになろうとは、まさかにナミさんも思いも拠らなかったらしくって、
「あ〜、えっと。どうもすみません。途中からややこしいお話になっちゃいましたね?」
 せっかくの食後の団欒のお話だったのに。ナミさんに食ってかかってる船長さんの憤懣はなかなか収まりそうにない模様だし、照れ隠しからだろうがキャーキャーと愛らしい悲鳴を上げつつ、リビングを何周も駆け回ってるチョッパーだったりもするし。一体どういう騒ぎなのやら、付き合わされちゃった彼らには何が何やら要領を得ない状況になっちゃったかもで。この混乱の騒がしさへ、どうか気を悪くなさらないでと、何とか言い訳をしかかったシェフ殿へ、

  「いえいえ。とっても楽しいお話をどうもありがとうございました。」

 ガーゴルさんも、それから他の村人たちも。おじさんたちも奥様方もお子たちも、そりゃあニコニコと嬉しそうに笑っておいでで。善良な人ってのは何でも良い方へ良い方へ解釈して人生を楽しんでしまうんだなぁ。こんな荒ぶれたグランドラインの真っ只中に居ながらにして、こうまで穏やかな人性で居られるなんて。もしかしたらばこの人たちは、ただの一般人ぶっているのは実は世を忍ぶ仮の姿であって。こんな島においでだが、本当はやんごとない身分の方々なのかも。そうだ、あの神殿を移させたっていう富豪の一族の方々ご本人なんじゃなかろうか。人間が大きく出来ているから、まだまだ青二才ぞろいの自分らなんぞ、怖がりもしないでお相手出来るってことなのかもなと。そ〜こ〜までの論旨をその胸中にて一気に立ち上げてしまったサンジに向かい、

  「憎々しき盗賊一味を懲らしめて下さって、本当にありがとうございました。」

 ガーゴルさん以下、他の村人の皆様たちが、それはそれは優しくも清かな笑顔になって彼ら一団を微笑ましげに見つめている。照れ臭さからドタバタと駆け回ってしまった小さな船医さんや、一番単純で人を疑わないルフィといった“お子様たち”と、そんな彼らをまんまと引っかけてたナミに、そんな無邪気な面子たちとお仲間扱いされて、焦った笑いを浮かべているウソップ。そして、そんな無邪気な仲間たちを擽ったげに愛しげに眺めやるロビンと、やれやれという苦笑が絶えないゾロ。

  「あなた方のように、芯の真っ直ぐな方々に取り戻していただけて。
   我らが主もさぞや喜んでおりましょう。」

 屈託のなさなら負けはしない自分たち以上に。暖かな明かりの下、それは軽やかで清らかな、澄み渡った風のような笑みを浮かべておいでの皆様であり、
「…え?」
「何なに?」
 サンジの痩躯が妙に立ち尽くしていると気がついて。その背中へと声やら視線やら、掛けたり向けたりした、麦ワラ海賊団ご一同。そんな彼が向かい合ってた島の皆さんと視線が合った端から順に。
「あ…。」
「あえ?」
「おやや?」
 何故だろうか。視線を搦め捕られ、身じろぎ一つ出来なくなってゆく彼らであって。
「な…。」
 どこから見たって善良の塊。海賊という怪しい一団へさえ人懐っこく声を掛けて来たほど、世間知らずで恐れ知らずな、天然無垢の純粋素材。こんな荒海の真っ只中にあって、よくもまあまあ汚れも捩れもしないでいられたことと。他人事ながら心配しちゃいそうになったほどの天真爛漫さが、不意に…その威力をするすると強めた気配があって。
「…っ!」
 よもや今更ながらの攻撃かと。腰から外さずにいた刀の柄へ、その大ぶりな手をやったゾロが、だが、
“………なんだ?”
 自分たちへ向けられた殺気や敵意、害しようとする悪意へこそ働くのが、警戒であり防御の構えであるのなら…これは一体なのか。例えるならそれは愛らしい仔犬がつぶらな瞳を向けているだけな空気。その陰に何かを包み隠しているというような擬態ではなく、敢えて言うなら、やや強引ながら“さあさ、いい子だから早くお眠りなさい”と強い押し出しにて懐ろに掻い込もうとするお母さんというような印象か。そんな相手に刀を抜いてどうするよと、ついつい動きが滞り、気持ちも怯むばかりで…結果、動けない。これこそが“お人よし集団”ならではな大いなる欠陥かもしれんと、後日のために肝に据えたそのタイミングへ、

  《 騙し討ちにしたようで、申し訳ありません。》

 ああ、感覚までがおかしいぞ。これはすぐそこに立っているガーゴルさんの声だのに、何だか遠いところから響いて来るように聞こえてる。射竦められてでもいるかのように、身動き一つ出来なくなった彼らの心へ。直接響く不思議な声は、

  《 我らが王の尊き意向から作られた神殿が、奴らに荒らされて早六年。》

 そんな話を唐突にし始めて。
《 土足で強引に上がり込み、神に捧げし装飾品やら、王の手向けに添えましたる副葬品やら。強欲さからのみ持ちさられたこと、どれほど憎しと思ったか。》
 はあ、さいですかと。ただお話を聞く側に回っていれば、
《 されど我々にはどうすることも出来ませず、ただただ彼奴らの後を追うだけ。やっとのことで追いつけば、選りにも選って我らが王の秘宝にて、人を苦しめる悪事を働いておるではございませんか。》

   ……… はい? もしかしてそれって…。

 向かい合う人々は、それはそれは優しく清かな表情のまま。穏やかな笑顔に浮かぶは、感謝の笑みか。

  《 奴らを懲らしめて下さったこと、
    そして王のメダルを取り返して下さったこと、心から感謝しております。》

 胸の上へと片手を伏せて。それは優美な所作にての、深々とした一礼を彼らへ。いかにも一般人の平服、あっさりとした装いの人々だったものが、どういう手品かそれとも…奇跡か。どの人も古風な長衣へとその身を馴染ませ、ガーゴルさんはその手に錫杖のような仰々しき杖を持っており。

 《 そのメダリオンだけはどうしても返していただきたい。その代わり………。》

 海賊らしからぬお節介を焼いた“お駄賃”にと、あの盗賊たちから唯一取り上げたお宝のメダリオン。純金ではなさそうだけれど、相当に時代の古いものだそうだから。ロビンが一通り調べたところで、次の島の古物屋さんか、いっそのこと博物館にでも買い取ってもらいましょうよと話していたところ。ナミが用心のためにと、身に沿うほどぴったりしたデザインの、スカートのポケットへ入れていたものが。それこそ手品のように…するりとそこからすべり出してそのまま、宙へ浮かんで彼らの方へとゆっくり飛んで行くではないか。
「そんなぁ…。」
 そりゃあルフィたちをからかいはしたけれど。あの騒動の時はあのね? 滅多にないほど欲をかかなかったのに。そんな中、唯一のご褒美として、それだけを貰っといたメダリオンだったのにぃと。航海士さんが悔しそうに目元を顰めたところにて、
「………あ。」
「ふや…。」
「何だなんだ?」
 皆して順番に、その意識がふっと途切れる。ああ、こんな形で倒されちゃうなんてね。これだから“お人よし海賊団”なんて看板は、早い目に降ろした方が良いってのよと、歯咬みしたのは誰だったやら。


  《 お礼はさせていただきます。
    どうかあなた方の航海に祝福の風が吹きますように…。》














            ◇



 キラキラと光る海面へちょっぴり身を乗り出し加減に船端に座って、
「何か不思議なお話をしてくれ、だなんてね。」
 今回の顛末ほど“不思議な経験”も滅多にないぞと、チョッパーが笑えば、
「何を言うか。あれはいつだったか、この俺様がまだキャプテンウソップ単独の航海をしていた頃にはな。こんなもんじゃあない、阿鼻叫喚の驚天動地、天変地異に斎藤道三。そりゃあ凄げぇレベルの摩訶不思議な目に遭ったんだからよっ。」
「わっわっ、ホントかっ?」
「凄げぇぞ、ウソップっ!」
 うるうると瞳を期待に潤ませたチョッパーとルフィをオーディエンスに、おうともよと何事か語り始めた狙撃手さんだが、
「…最後の“斎藤道三”ってのは何なんだ。」
 さぁて。
(苦笑) 何とか無事に航海に戻った麦ワラ海賊団の面々は、何事もなかったかのように、グランドラインの荒波を順調に進んでいる。荒波をとはいえ、天候も風や波の穏やかさも、あの奇妙な島へと立ち寄ったあの時と変わらない順調さであり、
「あたしたちじゃなくモーガニアがやって来たのなら、どうしたんだろって思ったんだけど。」
 通りかかった自分たち“海賊”へ屈託のない声を掛けて来るような、あまりにも暢気で穏やかで、人を疑うなんて知りもしないようなおじさんたちだったから。これ以上はないってくらいの“他人事”なのに、そうとは思えないほどドキドキと心配しちゃった。こんな頼りなくて大丈夫?って思ったのに、ねぇ?
「そっか。こういうことだったんなら…。」
 最初から自分たちをだけ、待っていた彼らだったから。頼りないどころかむしろ、強かで、自分たちよりも悪戯者だったってことかも?

  『………あれれぇ?』

 全員がお見事なほどの意識不明に陥ってから、どれほどの時間が経っていたやら。気がつけば…彼らは全員、ゴーイングメリー号の甲板やキャビンにいて。船は順調な船足にて進行中だったし、確かもうそろそろ船長さんが眠くなる頃合いって時間帯だった筈が…妙に明るい昼日中。
“まさか、自分だけが見ていた妙な夢だったとか?”
 そんな風に素早く危ぶんだ何人かは、だが、
『あれれぇ? 何で船に戻ってんだ? ガーゴルのおっさんは?』
 ルフィが具体的な名前まで込みで呟いてくれたため、残りの全員が顔を見合わせ。その反応をもって、ただの“夢”では無かったらしいと確信した次第。しかもしかも、
「こんなにも貰っちゃっていいのかな。」
 キャビンのテーブル。サンジ曰く、料理を作っても作っても埋まらない恐怖のテーブルへと置かれてあったのが、大きめのお重箱三段重ねほどもの高さ容積の木箱であり、中には何と、
『古代金貨ね。しかも純度が高いことで有名な“ウロガロの金貨”だわ。』
 インゴットならともかく、貨幣というものは、その重量や純度が、必ずしも表記されている金額に見合っているとは限らない。金貨の場合は特に、それを発行した国家や組織の景気によってはとんでもない粗悪品、メッキさえ金かどうか怪しい場合もあるのだそうで。例えば、日本の小判も時代や将軍様によってはとんでもなく重かったり軽かったりし、千両箱に二千両が入るような大きさになった時代もあったらしい。そんな色々がある中、金の含有純度が高いことで有名な金貨の詰め合わせだとロビンさんが鑑定してくれ、それがどんと置いてあったその代わり、ハッとしたナミが体中のポケットを探ってから、
『………ない。』
 あの時、手品みたいに宙へと飛んでったあのメダリオンが、やっぱりどこにもないことを知る。…ということは。

  ――― あの不思議な島、屈託のない島の人々に出会ったことは、
       そこまで含めて“現実”だったらしいということ。

 この海域から出たが最後、貝殻に変わっちゃったりしないかしらねとは、ナミの精一杯な強がりか。先の島にて首を突っ込んだ騒動の、これはこれで“おまけ”になるのかしら。だとしたら、
“純真無垢なルフィやチョッパーをからかったから、それでってことで軽く罰が当たったのかもしれない。”
 こんな罰ならいくらでも嬉しいと、にまにま笑ってるナミさんや、美味しいお料理のレシピを教わったこと、覚えていたのでラッキーと早速お鍋へ向かったサンジさんは別として。
「………またまた不思議体験しちまったよな。」
 うわあ・うわあvvとひとしきり大騒ぎしてから、ふうと やっとこ落ち着いた船長さん。羊頭とは別口の“指定席”である、上甲板の柵に凭れてた剣豪さんのお膝へと馬乗りになり、感動しねぇ?なんて、同感を求めての上目遣い。こいつめ、そういうけしからん真似をするなんてと、眉根がひくくと震えかかったが、何とか自制心にて押し止めたゾロが、
「まあ、此処はグランドラインなんだから。」
 何が起きたって騒ぐこっちゃないらしいし?と、平生を保って見せれば、
「う〜〜〜。///////
 こんの寝ぼすけゾロめ、あんな目に遭ったのに………カッコいいじゃんかよと。それこそ、あんな目に遭ってもマイペースは変わらないところはお揃いの、史上最強のバカップル。キッチン前のデッキに立って、そんな彼らの背中を見やり、
“一体どんな不思議が襲い来れば、普通一般の人と同じなリアクションをする人たちなんでしょうね。”
 くすすと楽しげに笑ったのはロビンさんで。あのメダリオンの資料を…何とか覚えていたガーゴルさんたちの衣装や何かのスケッチと共に、一通りまとめ上げたノートを閉じると、
“この御時勢に“お人よしな海賊団”でいられるだけ、余裕で強くておおらかな彼らだからこそ。”
 あんな不思議も寄って来るのかも知れないわね、と。吹きすぎる潮風に髪を揺らし、向かう先へと視線を投げる。



  ――― ラフテルまでは何マイル?
       どこまで強くなれるかな。このまま暢気で行けるかな?
(笑)








  〜Fine〜  05.8.6.〜8.14.


  *カウンター 184,184hit リクエスト
     叶月様 『麦わらメンバーたちのちょっとした非日常・不思議』


  *何だか またぞろ、なし崩しで終わったみたいですみませんです。
   この人たちって何が起こっても楽しいかそうでないかで判断しそうで、
   たいがいの不思議も何するものぞという感があるもんで。
   あ。もしかしたら、
   普通一般には不思議だけれど、彼らにはそうではないことをご希望でしたか?
   うひゃ〜〜〜、すんませんです。(焦っ) 

←BACKTOP***


ご感想などはこちらへvv**