月夜見
“ルミナス・エルフ・メダリオン”
  



          




 空の青と海の碧、視界を遮るものが何もない大海原をキャラベルは進む。春島海域の、今は真夏の真っ只中で。天気は快晴、気温も快適。帆をはらませ、髪を頬をくすぐりながら吹き抜けてゆく風は心地よく、仰いだ空にも雲はなく。波は軽快なリズムで船を弾ませては、クルーたちをじゃらしてくれており。何事もないならないで“ヒマだ、退屈だ”なんて騒ぎ出す罰当たりな贅沢者も、今日のところは大人しく、いつもの定位置にて“ご機嫌さん”でいる模様。
「たまにはこういう日もなきゃね♪」
 白い帆には麦ワラ帽子をかぶった頭骸骨とX字に掛け合わされた大腿骨。ちょいと添加されたものがふざけてはいるものの、これでも立派な海賊マークだ。海の男の屈せぬ信念の証し…なんてな、カッコのいい言いようもあるそうだけれど。普遍的な把握で言やあ、暴力と無法の象徴でしかない海賊旗を掲げている身。よって。微妙に異論はあるものの…世間から見りゃ“同類”の、獰猛残虐な海賊に襲われるのも、正義を掲げた海軍から問答無用で追い回されるのも、言ってみりゃ自業自得。そのっくらいは重々承知…ではあるけれど、略奪・殺戮、狡智狡猾な奸計・謀略などなどと、忌み嫌われるための極悪非道な所業というもの、彼らほど縁がない海賊も珍しく。
「いやぁ〜。それはちょっと言い過ぎかも。」
「だな。仕返しってカッコでなら、結構意地の悪い策を練ったりもするもんな。」
 何せウチの頭脳班たちは、女だてらにエグイことを思いつくのが得意中の得意で…なんて、こそこそと囁き合ってた後方支援組の約2名がたってた見張り台へ。どうやって届かせたのやら、すここん・こんっと小ぶりな椰子の実がきっちり2つ飛んでった。
(笑) そんなこんなで、のんびりゆったり、羽根も骨も背中も肩も、伸ばせるところはどこまでも伸ばしきりの緩めまくりで、穏やかな航海を堪能していたところへと、
「島が見えるぞ〜〜〜vv
 唐突に降って来たのが、そんな声。
「やったぁ〜っ!」
 見張り台からの第一報へ、舳先の羊頭の上、赤いシャツの船長さんが、トレードマークの麦ワラ帽子を片手で押さえつつ、はしゃぐような声を上げた。ウチらの船長さんと来たら、まあ奥さん、聞いてやって。日頃働き者なナミさんと違い、はたまた、お昼寝大好き剣士さんとも違い、だらだらデレデレと怠けるのへさえも、半日で飽きる性分をしているもんだから。せっかくのお休み日和の静けさへも、実を言えば飽きが来かけていたところ。ええはい、今日は立秋でしたね。(8/7 執筆) 相変わらずにむちゃくちゃ暑うございましたが…って、そのアキじゃなくってだな。

  「…島、ですって?」

 目新しい状況の変化に早々とワクワクし、冒険がネギしょってやって来たのへ(ネギって…)やんやと喜んでる“船長さんと楽しい仲間たち”のお声がはしゃぎもって弾けるそんな中、沈着冷静な航海士のお嬢さんだけは…見るからに怪訝そうな顔になって、主甲板に広げていたデッキチェアから身を起こす。望遠鏡を手に取ると、見張り台や舳先の次に見晴らしの良い、キッチン前のデッキまで俊敏に立ち戻り、彼らが指示した方向へと視線をやった。
「ほんと、島だわ…。」
 まだ距離はあるものの、進行方向にぽちりと一つ。海岸線の縁からあふれんほど緑の多い小さな島が浮かんでる。小さなと言っても大邸宅の敷地ほどというよりは大きい、村の1つもありそうな規模のそれであり。だが、
「…おかしいわね。前の島では聞いてないわよ?」
 結構大きな港町があって賑わっていたため、補給にと寄港した先の島。そういう規模を誇る島では、物品と同様に“情報”も豊富であり、殊に前後周辺の海域情報は、航海には必要なものだけに、常に正確・最新の話題が取り沙汰されており、
「次の島はもう少し先で、悠久の歴史を誇る一大王国の居留地とか何とか…。」
 そうと聞いたご大層な島には到底見えず、しかもしかも、
「ログにも関与してはいないみたいだし。」
 腕に装備した丸ぁるい球状のログポースの針も、微動だにしないまま。その島の方へは傾く気配がないまんまだ。ここ、グランドラインは、外の海とは大きく、そして徹底的に違う環境の一つとして、その端から端までを異常な磁場に支配されている。航海に限らない話、何日もかかる“長い旅”をするからには、自分が立っている“現在地”を知り、いまだ見えない目的地への進行方向を正確に見定めねばならないのが基本だが、それに必要な“羅針盤”が全く役に立たないのが、この航路を“魔海”と呼ばしむる最も大きな呪われた素因であり。島々を形成する岩礁がどれもこれも、それは強い磁気を発する特殊な環境ゆえに、島同士が引き合う磁力の方向を“ログ”とし、それを特殊な指針へ記憶させて目安にするしか航法はない。
“とはいうものの。ログポースに反応のない島っていうのも、全く全然ない訳ではないからねぇ。”
 例えば、土台岩礁が珊瑚や巨大貝など有機体が変化したものである場合とか。外界から人々が躍り込んで来てから今現在に至るまで、もう結構な歳月が経つその間、人間の文明の力にて埋め立てや何やで築いた人造島が、だが空しくも滅んだ跡地であるとか。そういう条件の土地や島は、微妙ながらまだ磁気を帯びていないケースもあるため、思わぬコースに忽然と現れたりもしてくれる。恐らくはそういう手合いの島なのだろう。ログの示す方向からは微妙に少し外れた位置にある島だが、島自体の磁気がない様子なのでログが書き換えられる恐れはない…とは思うのだけれど。
「う〜ん、どうしたもんかしらねぇ。」
 補給は十分足りている。次の島はもう少し先と言われての準備をしたし、滋養の多い海なのか、船端から釣れる魚も多いので、食の恵みには事欠かず。もう少し行けば次の島なら、気候もいい安定した海である今のうち、このまま進んだ方が効率的には良いに違いないのだが。
「ナミぃ〜〜〜。上陸しようよぉ〜。」
「う〜〜〜ん。」
 船旅は言ってみれば“乗り物に乗りっ放し”の旅である。客船と違い、彼ら全員で一丸となって操船しているその上に、先にも述べたように、海賊の襲撃や海軍からの拿捕追跡などなどと、二日と空けずというノリの頻繁さで騒動が起きもするので、運動量だけを見れば大したものだが。とはいえ、小さく限られた足場での生活を送っていることには違いなく。大地に足をつける機会があるのなら、出来るだけ拾った方が、身体にも精神的にも良いには良い。何たって、人は足が地についてないとロクなことを考えない生き物だからして。
“ただねぇ。”
 言われて覗き見た望遠鏡で眺めやった問題の島には。どう見たって人工のそれだろう、桟橋のような板張りの船着き場が設けてあった。小さめの船も何艘か係留されており、これはやはり、人が住んで生活している島らしく。そんなところに海賊旗を掲げた自分らが、わしわしと無遠慮にも踏み入っては迷惑なんじゃなかろうか。大きな町じゃあないところが却って、ささやかな平和を乱す、罪深い狼藉を敢行するよな罪悪感をナミさんのお胸へと招いてしょうがない。
“あたしたちは所謂“ピース・メイン”ではあるけれど。”
 一口に“海賊”と呼ばれている海上の無法者たちは、実を言えば大きく分けて二通りいて。野蛮で冷酷、卑怯で残虐。暴力に任せた強盗や殺戮に平気で手を染め、誘拐に略奪に町の焼き打ちまでと、自分たちの欲を満たすためなら悪の限りを尽くす悪魔のような集団は“モーガニア”といい、一方、そういう輩をだけ相手に選んで“海賊行為”に及び、一般人には決して手を出さず。普段はただ航海を楽しんでいるだけな集団を“ピースメイン”というのだが。冒頭近くでも挙げたように、一般の方々から見れば、海賊は海賊、法に従わないで好き勝手な航海をしている無法者の集まりであり、海軍が問答無用で取り締まるくらいなんだから“悪人たち”に違いないと、概ね 一緒くたにされているもの。あのような小さな島の小さな村では、誤解される率の方が断然高いだろうから、怯えさせたりしてご迷惑をかけるのはあんまり気が進まない。何より…そんな無垢な方々から悪鬼のような存在だなんて目で見られるのも、あんまりいい気分はしないこと。大きな町の人込みに紛れるのは平気なのに、バレたところで説明を尽くすなり、何となれば開き直れもするのにね。当人の自覚というか覚悟というか、気構えの問題に過ぎない筈なのにね。
“あたしにもそんな純なところが残ってるってことなのかなぁ…。”
 しみじみと、そんなこんなを考えていたらば。甲板の方でどたばたと足音が入り乱れて急にやかましくなったもんだから、
「てぇ〜〜〜いっっ! 人が感傷に浸ってるってのに、何の騒ぎよ、こらっ!」
 だから、感傷に浸ってた人が、頭上でぶんぶんと拳骨を振り回さないように。
(笑) 見張り台から、救急隊員が緊急出動用のポールを滑ってくるようなノリで、チョッパーがつつつ〜〜〜っと滑り降りて来たのへと、声をかけたナミだったのだが、
「船だ、船。」
「はい?」
 ただ今、三頭身のトナカイドクター・スタイルでいるチョッパーだったので、蹄のついた短い腕を“さっきまでのナミさんの真似”とばかり、ぶんぶんと振り回し、大慌てでいる心情を如実に表現してくれて、
「島からの小船がこっちへ向かって来てるんだ。」
「…あらまあ。」
 これは先手を取られたかな。迷惑だから立ち去ってという嘆願ならば、やっぱ傷つくよねと思いつつ、それでも自分も船端へと急ぐ。要領を得ないわ、ついでに柄は悪いわな男どもには任せておけないからで、
「ほらほら、どいたどいた。」
 船端に手をついてワクワクぴょこぴょこと、既にお尻と踵が弾んでる船長さんと。その足元で懸命に背伸びをし、船端へ登ろうとしている小さな船医さんを、遅ればせながら立ち上がって歩みを運んで来ていた剣豪がひょいと抱え上げてやっている。小船というのは堂々とこの船の進行方向から正面へ向かって来ているらしくって。ひねりがない無造作なところが、何というのか…海賊相手に良い度胸だ。しかもしかも、
「お〜い、船の人〜。」
 あっさりとした型のポロシャツに、作業用だろうかポケットが一杯ついた着慣らしたズボン。いかにも普段着のまんまで乗ってる二人のうち、片やの男性は…進行方向へ背中を向けてオールで漕いでるところも無防備が過ぎる。
「撃って下さいと言わんばかりよね。」
 だから、うっとりするような笑顔で言うことじゃないっての。未だにリアクションに困るような言動が飛び出す、元犯罪組織の幹部で考古学者のロビンお姉様へ、ナミが少々困ったように笑ったところで。小船に乗ってた二人のうち、オール担当ではない方のおじさんが大きく手を振って見せた。そして、

  「もしかするとあなた方は、航海中の海賊さんではござらんか?」

 あっけらかんと訊いてくる。でっかいトレードマークつきの、帆も旗も降ろしちゃいないので誤魔化しようもなく、はあ・さいですがと素直に応じれば、

  「よろしかったなら、私どもの島でお休みになって行かれませんか?」

   ………はい?

「正直に申し上げまして、あそこに見えます私どもの島というのは、主人から管理を任されております、何にもない島。期待に胸を膨らませ、真夜中にこそりと上陸されて、財宝はないか金目のものはないかと家捜しなされるよりも、明るい中で気が済むまでご覧になられた方が手っ取り早いかと思いましてな。」

  ………おいおい。

「いかがでしょうか? あ、それともお急ぎの旅でございましたかな?」
 いえいえ、そんなこともありませんが。呆気に取られたまんまで、ついつい素直に応じていれば、恰幅のいい真ん丸なお顔のおじさま、結構な距離があっても物ともしない穏やかそうな存在感をたたえたままにて にっこりと笑い、
「浅瀬を避けてのご案内を致しますので、このボートについて来て下さいませ。」
 それはあっさりと。我らが麦わら海賊団の皆様相手に、ナンパ大成功してしまったのでありました。






            ◇



 海流も依然として穏やかだったため、さして手間もかからないまま。質素ながらも丁寧な作りの桟橋へ接岸したゴーイングメリー号であり。錨を降ろして上陸すれば、案内役のおじさまは、皆を森へ続く小径へと導いた。島は沢山の木々に覆われている分、それは瑞々しい空気に満ちていて。しかも、そんな木々の合間から、少し遠目に白い建物が見え隠れ。潮風と強い陽光に晒されての目映いばかりの白壁は、海に近い環境下ではよく見るそれだが、
「…もしかして何かの神殿?」
 考古学者のアンテナが擽られたらしいロビンが、真摯な眼差しのままに案内役のおじさまたちへと問いかければ、
「はい、そのようでございます。」
 島人たちの代表でもあるのだろう、恰幅のいい方のおじさまが、にっこり笑って応じて下さる。
「今はご神体とて本島の方へと移されて、単なる遺跡と化しておりますが、昔は人々の信仰を集め、それは栄えたところだったそうですよ?」
「あら、でも。」
 この島には次の島と引き合うほどもの磁気がない。ということは、そんなに古い島ではない筈なのに?とナミが小首を傾げれば、
「はい。信仰を集めた神殿を、主人が此処へと移した代物でございますれば。元あった場所でのお話でございます。」
「ああ、なんだぁ。」
 そうよねとクスクス笑ったナミに、
「…どういう意味なんだ、今の。」
 すんなりと飲み込めなかったお子様連が顔を見合わせ合い、それへと双璧たちが説明を足してやる。
「だから。歴史ある神殿だけど、この島に元から長くあったもんじゃねぇってこと。」
「別の島からわざわざ運んで来たんだと。」
 同じ言いようをわざわざ繰り返すか、恥ずかしい///////と、穴があったら入りたい態勢で肩をすぼめたナミさんだったが、
「うひゃあ、あんな大きいもんをか?」
「こっからでもあんな大きく見えるんだ。凄んげぇ船でなきゃ、到底持っては来れねぇぞ? 土台か屋根がはみ出しちまう。」
「いっそ、新しいのを作りゃあいいんだ。その方が新品で、しかも早いだろうによ。」
 ああもうっ、こんの田舎もんたちがっ! とうとうぷっつんとキレかかった航海士さんより先んじて、
「はっはっはっ。そうですよね、おかしなことをするもんです。」
 案内役のおじさんご本人が“愉快・愉快♪”と笑い出し、
「ただ、元あった所では、盗掘といって野盗たちが勝手に秘宝や彫刻を持ち出したり、希少な太古の海楼石を壁からほじくり出したり。そんな暴虐が頻繁になされておりましたそうなので。それを憂いた主人が、ここまで人里離れていれば安心だろうと、移した次第でございます。」
 穏やかそうなお顔で肩越しに振り返ったおじさんは、
「何と言っても、神殿としての人々の祈りや祝福、悲しみなどなどが深く染み入った建物でございますからね。それらを踏みにじられるのが、敬虔なる信仰心から黙っておれなかったそうでございますよ。」
 とっても仰々しいことなんでしょうにね。説教がましく押しつけるでなく、さらりと言って、にこりと笑い、再び前を向いて村までの道をわしわしと辿って下さった。純朴で誠実。そんな清かな気性だけで、のんびりと暮らしている人。そんな印象がする。
“…ああ、だから。”
 海賊というもの、ちゃんと知っていながら、勝手に荒らされるよりはと先回りしたような言い方をしていたけれど。もしかしたらば、それだけじゃあなく。自分たちの無邪気さを見たそのままに解釈し、こんな風に屈託なく迎え入れてくれたのかも?
“今回はそれで良かったけれど、それって…。”
 もしも狡猾なモーガニアが相手だったらどうするのかなと、一抹の不安を感じなくもなかったナミであり。そんな風に心配させちゃうほどもの屈託のなさに、他のクルーたちもあっさりと陥落させられたのが、

  「お父ちゃま、お客様?」
  「わ〜いvv クマさん、クマさんvv

 向かう先からぱたた…と駆けて来た小さな子供たち。やっと学齢に届くかどうかというくらいの幼いお子たちで、ノースリーブのワンピース姿の女の子と、タンクトップに半ズボンの男の子。人見知りするせいで、あややとサンジの脚の陰に隠れかかったチョッパーに、真っ先にまとわりついての坊やのお言葉へ、
「クマさんじゃあないっ、オレはトナカイだっ!」
 ついつい大声で言い返したものの、
「となか、い?」
「クマさん、違うの?」
 怯むどころか、お眸々が“きゃうvv”っと細まって、
「お喋り、かわい〜いvv
「あ、お姉ちゃん、ずるい〜。」
 左右の両方から手を取り、一緒にお家へ行こうよと、それは自然なアプローチ。あっと言う間に足元から攫われてしまったトナカイさんを目で追ったシェフ殿は、小径の先に立っていた彼らのお母様だろう優しそうな女性に目がゆき、
「…あ、こりゃどーも。」
 独身女性が相手のとはちょびっと違うが、それでも一応…条件反射で、ぺこりと頭を下げつつのお愛想をしっかり振り撒いており。

  “…何だかすっかり、相手のペースに乗せられてねぇか?”

 いつもならこっちが傍迷惑な大騒ぎを起こしてしまうのにネ。それを思えば、今回は何だか妙な雲行きだが、善良さや強引さを警戒しようにも…悪意の匂いは全く感じないから、それもまた不思議といや不思議には違いなく。油断していて足元を掬われ、とんでもない目にあった経験も数知れずな彼らだが、
「さぁさ、こちらへ。何でしたら神殿の方へもご案内致しますが。」
 導かれて辿り着いたは、小ぎれいに整えられた芝草と花壇で飾られた小さな広場と、石畳の通りに沿って石作りの家が数件ほど居並ぶ、本当に小さなコミュニティー。
「おお、ガーゴルさん。お客人たちはこの方々かね。」
「そうですよ。何ヶ月振りになりますかね。」
 草引き、柴刈り、そんな作業に出ていたものか、籐のしょい籠を背にした口ひげのおじさんが、広場の水飲み場で手を洗いつつ、こちらのおじさんへと話しかけており。チョッパーを連れてった子供たちが、お友達も呼んだか1ダースほどもの頭数に増えていて。こんな遊び、知ってる?と、めいめいの小さな両手を差し出して見せ、お隣りさんの手を“ぱっちんぱちん☆”と順番こに叩いて見せる。合わせた手と手の間には、小さなビー玉が隠れてて。む〜ぎ畑、麦畑、秋になったら金色ネ。む〜ぎ畑、麦畑、粉を挽いてパン作ろ。歌に合わせてビー玉がお引っ越し。歌が終わった時にどこにあるかを、輪の真ん中にいる“オニ”が当てる、他愛のない手遊び。

  “……………。”

 読めない情況へは一番警戒心が涌く筈のゾロまでが、懐かしいもの、思いがけなく思い出したかのように。それはそれは愛惜しげな眼差しをして見やってしまう。此処にあるのは、至極平凡な、だが、だからこそ誰の心にも覚えがあって胸に染み入る、懐かしくって切ない、そんな光景。
「さあ、皆様。何もない田舎ではございますが、家内たちが腕を振るってのお食事を用意致しますれば。」
 それまでどうか、ゆっくりと骨休めをと。ガーゴルさんと呼ばれたおじさん、傍らの大きな樹の下、柔らかそうな芝生の広がる、涼しげな木陰に並んだ真っ白な椅子やベンチを示して見せて。どうかお寛ぎ下さいませと、柔らかく微笑って下さった。









    「そうですか、偉大なる海賊王を目指しておいでで。」
    「それだけじゃねぇぞ、世界一の大剣豪も、世界一のコックもいる。」
    「ほうほう。」
    「世界中の地図を一人で描こうっていう航海士もいるし、世界一の名医もいる。」
    「世界一の海の勇者もいるぞ、忘れんな?」
    「だっはっはっ、そうだった。それから世界一物知りな考古学者もな。」
    「さぞや、多くの冒険をなさって来られたのでしょうね。」
    「おうっ、一杯して来たぞ、ぼーけんっ!」
    「何か珍しい旅のお話なぞ、聞かせてもらえませんか。」
    「よ〜し、それじゃあ俺様が。」
    「あんたの話は、あることないことどころか、ないことないことでしょうがよ。」
    「そうだぞ? 後になって嘘つき海賊団だったねなんて言われてもつまらんしな。」
    「何をぅ?」



 宵になって催された歓迎の宴には、ささやかな田舎料理しかありませんがと言われはしたが、どうしてどうして。スパイスを効果的に使った山鳥や白身魚の揚げ物や、コクのあるソースが後を引く海鮮サラダ。キノコがたっぷり入った地鳥の炊き込みご飯に、アイナメの塩釜蒸しに、甘鯛の薄造りのカルパッチョなどなどと、手の込んだ物、土地の新鮮な食材を使ったものなど、美味しいお料理がこれでもかと並ぶ。
「不思議な話ねぇ。どんなに腕を尽くして料理を作っても作っても、ちっとも埋まらない恐怖のテーブルって話なら覚えがあるが。」
 地酒だと勧められた淡い淡い琥珀がきれいな白ワインを味わいながら、シェフ殿が冗談半分に言ったところが、
「え? サンジ、そんな“不思議テーブル”なんて、何処で見たんだ?」
 ウィスキーピークか? それともドラムか、アラバスタか? お呑気なことを訊く船長さんへ、
「ウチのキャビンのテーブルの話だよ、こんのクソ船長っ。」
 あ〜、成程。
(笑) お顔の半分を隠した金の髪の陰にて青筋を立てたコックさんのお怒りとは別な意味から、
「珍しい話と言われても、あたしたちがよほどにリアリストだからか、オチがあったりすぐにも見透かせるようなことしか、あんまり経験してはいないんですが。」
 ナミが慌てて話の舵を引ったくったのは、確かに山ほどの色々な体験を踏み越えて来た自分たちだが、その中にはあまり口外しない方が良い話もたんとあるからだ。何処にあるのかを知られちゃあいけない千年竜の巣や、何があったかを広めてはいけない某国の内乱。再生に忙しいだろう、極寒の国の桜の伝説。空の上の不思議な島には、永年“嘘つき”と呼ばれ続けて来た英雄の真実があったし、再戦を約束した大きなクジラは、今頃どうしているだろか。
「オチ…ですか?」
 意味が分かりかねてか、キョトンとしたガーゴルさんや村の人たちへ、ナミは“んんっ”と短く咳払いをすると、話しても差し支えが無さそうなお話というのを選び出し。それがちょっぴり滑稽な話でもあったため、語る前からちょっぴり苦笑を零しつつ。とある島での騒動記を、ゆっくりと語り始めたのであった。








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  *カウンター184184hit リクエスト
     叶月様 『麦わらメンバーたちのちょっとした非日常・不思議』


  *あああ、肝心なところに入れなかったですよう。
   続きはすぐに。しばし、お待ちを〜〜〜。