月夜見
“ルミナス・エルフ・メダリオン” A
  



          




 うららかな気候と穏やかな海が続く海域に、ポツンと浮かんでいたのは、それはそれは長閑
のどかな孤島。豊かな森のその奥に、由緒ありげな白亜の神殿を移築させたほどの、恐らくはかなりの資産家なのだろうオーナーに、島全体の管理人として雇われた何組かの家族が住まうだけの、穏やかでのんびりとしたその島へ、よろしかったなら休んで行かれませんか?とのお誘いを受けて。あふれる緑の梢の下、涼しい木陰でお昼寝したり、ルフィやウソップ、チョッパーあたりは、小さな子供たちと鬼ごっこをして遊んだり。それは伸び伸び、朗らかに過ごし。水平線に陽が落ちれば、
『大したものはない田舎料理でお恥ずかしいのですが。』
 奥様方が腕に縒りをかけて用意して下さった晩餐と、この島の地酒だという、香りも芳醇なワインを御馳走になり。和やかな集いの席はいつしか、海賊さんたちの冒険譚をお聞きしましょうという運びとなって。お話語りなら任〜かせてのウソップに任せておくと、後々の評判が心配だからと、
『誰が、口から生まれた桃太郎だっ!』
『そんなこと、誰も言ってねぇって…。』
『つか、モモタロウって何?』
(笑)
 そこで、話して差し支えのないお話をと、ナミが選んだ冒険譚というのが………。







          ◇◆◇



 あれはまださして日も経ってはいない、随分とのんびりやって来た先の春の、終わり辺りの頃のこと。その島もそれはそれは小さな島で、周辺の群島からも少しばかり離れていたので。てっきり無人島かと思って息抜きに上陸したらば、浜から続く木立が途切れた先の、なだらかな丘の上、妙な祭壇が設けられた広場に出た。何だこりゃと眺めているところで出食わした、近くの島の住人らしき老人が言うことによれば。その周辺海域の島々に、先日来から謎の怪物が出るようになったそうで。春から夏への例年の常の、風のやたら強い晩と限って出現しているそやつらに、家畜は襲われるわ、畑は荒らされるわ。そのうち人間も襲われるのではないかと皆して恐れていたところが。とある島の御大尽、村長の家の屋根へ白羽の矢が突き立っており、その家の娘を供物に差し出せという神憑りなお告げの矢文。まさかそんなことが出来る訳がないと、金貨やお宝、食料に酒などを指定のあったこの島へと運んで供え、生け贄云々のくだりだけは無視したところが、
「そりゃあもう恐ろしいことに。得体の知れない何物か、蹄のある怪物が大挙して押し寄せて。壁を蹴破り、柱を倒し、お屋敷を倉ごと踏み潰して大破させ。怪我人が山ほど出たとかで。」
 聞いて回ったところが他の島でも似たような騒ぎが起こっており、神様を怒らせた罪を贖うために、已を得ず、明日の晩にもお嬢様を生贄に差し出されるとのお話ですじゃと。恐ろしいやらお気の毒やら、やれやれと首を振りつつ立ち去ったご老人。突貫で作ったカカシみたいに、やせ細ってた長い手足と曲がった背中を見送りながら、
「…物騒なところだわねぇ。」
 うららかな青空と、何処かで囀
さえずる揚げヒバリ。潮風が萌え初めの草むらを揺らしていて、丘の上から木立のない側へ視線を投げれば、何の障害物もないまま一望の下に海が臨めて。その見晴らしの何とも素晴らしいことよと溜息が出そうなほどに、それは長閑な土地だのに。そういった自然の佇まいなど知ったことかと言わんばかり、そんなとんでもないことが起こっているなんてねと、ナミがぽつりと呟けば、

    「じゃあこれは差し詰め“呪われた祭壇”ってことかよ。」
    「そそそそ、そんなトコ、早く出て行こうようっ。」
    「え〜? なんで? 面白そーじゃんか♪」
    「女性を生贄に差し出せとは、なんて不埒ですけべえな化け物だ。」
    「大方、お前の知り合いなんじゃねぇの?」
    「んだと、このクソマリモがっ。」
    「あ〜っもうっっ! 静かにしなさいっ!」

 神様にせよ怪物にせよ、人ならぬものへと平伏すために設らえられた祭壇前で。怖がるにせよ笑うにせよ、ワーワーと大騒ぎするのもどうかと思うのですけれど。(苦笑)今はあっけらかんと明るいだけだが、月光しか明かりがないよな真夜中に眺めれば、さぞかし禍々しいシルエットなんだろなと見つめていれば、
「生贄に女性を差し出せだなんて、随分と古典的な怪物には違いないわね。」
 ロビンがくすすと笑って、そんな事を言う。ああいつもの“人命よりも考古学的探求の方が大切なロマンvv”っていう感覚の発露かなと思ったところが、

  「でも、それにしては何だか話がおかしいわ。
   ここいらでは海の神様が山に火を点け、村を滅ぼすことにされている。」

 妙なことを言い出して。
「…それって?」
 訊き返すナミへ、綺麗な指先で指差して見せたのが、祭壇の礎になっている台座の壁部分。黒っぽい石に刻まれた、それらしい彫刻や絵文字をずっと読んでいた彼女であったらしく、
「そんな海神様が絶対にいないとは言わないけれど、津波の一つでいいものを、どうしてわざわざそんな手間をかけるのかしらね。」
 意味深な笑い方をしたロビンへ、ナミが“あっ”と何かしら閃いたような顔になって頷き、ゾロとサンジの双璧二人が“ほほぉ”と感心。そしてそして、他の面々は顔を見合わせるばかりだったそうだけれど…。





 その祭壇は、謎の怪物からの被害を受けていた周辺の島々の人たちが寄り合って、つい先日作ったばかりなものであるという。台座の周囲には、何がどうなって作ったものなのかという縁起が彫られており、
『へえ。ウチの島では丘の上の共同貯蔵庫から火が上がりましたので。海神様のお怒りの雷
いかづちが落ちたのではないかと。』
『ウチの島では牧場の柵が軒並み蹴倒され、皆で飼っております羊たちが怯えて逃げ回りましただ。道には深い蹄の跡が山ほど刻まれておりましたので、海神様のお使いの魔物が暴れたんではないかと。』
 その日の宵の夜陰に紛れ、小船を操って周辺の島々へと潜り込み、翌日の朝方からそれぞれに、普通の旅人や海軍派遣の公安関係者になりすまし、事情を聴き集めての情報収集をした結果によると。被害のほどは結構な数と規模であったらしく。そういった被害は“神様のお怒り”と解釈されたため、警察へは届けられず。神官様が絵文字で表したものを宮大工や職人たちが祭壇へ彫ったというから、威嚇するためのデタラメや神威の誇張ではなさそうだ。
「でも、海の神様にしては手際が変ではあるよな、確かに。」
 海の水やら潮風やら、嵐にして叩きつければ済むことだろうに、何でまた…天から雷を落としたり、人里の町並みを通り抜けた先、高台の牧場へまで、お使いを御足労させたりしていらっしゃるのか。しかも、人家と倉庫をちゃんと見分けてもおいでのご様子であり。これを指して胡亂
うろんと言ったとて、決して過言じゃあるまいて。
「で? 何でまた、頼まれてもないことへ首を突っ込もうってんだ?」
 生け贄にされる娘さんを助けて下さいとも、怪物を成敗してくれとも、誰にも言われちゃあいないのに。悪事を進んでやるよかは心持ちの良いことではあるが、お金の動かない労働には寄るな触るな関わるなが原則な筈の大蔵省さんが、ルフィあたりからつつかれてもないうちから自分から進んで動いているのが、ゾロには十分すぎるほど意外で不審だったらしい。
「何言ってんのよ。うら若き女性の大ピンチなのよ? 力も元気も有り余ってるあたしたちが、たまたま通りかかったのも何かの縁。助けてあげなくてどうするのよ。」
 胸元近くへぐうと拳を握った航海士さんの雄々しさへ、そうだそうだと尻馬に乗るフェミニストなコックさんはともかくも。微に入り細に入り並べられるとますます白々しいお言いようへ、こちらさんもますますと眉間のしわを深めた剣豪だったのだが、

  「頼まれてないうち…じゃあないみたいよ?」

 この海域の神祗関連の参考文献をめくりながら、くすくすと笑ったロビンさんが言うには、
「ほら、最初にここで出会ったおじいさんがいたでしょう? あのおじいさんのいる島が一番被害が大きくて。村人たちは殆どが満身創痍。しかも、やっぱり生け贄を出せと言われていてね。かわいい孫娘をそんな恐ろしい貢ぎ物になど出来ません、退治して下されば、家に伝わる古代金貨を差し上げますからと、身なりの立派な大地主さんから持ちかけられたらしいのよ。」
 2、3人ずつに分かれての聞き込みをした際に、女性陣二人が出た先で得られた情報だそうで、
「そか、それで眸が時々“ベリー”のマークになっとったんだな。」
「何で俺らには言わなかったんだ?」
「それは、つまり…色々な意味から内緒にしておきたかったからだろな。」
「ある意味、化け物より恐ろしい奴なのかも。」
 こらこら。
(笑) そんな裏事情が明らかになってる一方で、
「やっぱり、どこかで怪しい騒動みたいよね。」
 情報を統合し終えた参謀長さんが、いかにもな感慨深いお顔になって、クールなデザインのカットソーがよくお似合いな、胸の前へと腕を組んで見せる。
「怪しい?」
「だから。誰かが畏れ多くも神様の名を騙ってしでかしてる、性分の悪い“悪戯”らしいってことよ。」
 娘を差し出す訳には行きませんと、その代わりに捧げられた供物は、どこのもきっちりと無くなっている。お怒りの天罰を降らせた神様が、そんなちゃっかりしていて良いものかしら。
「それに、ほら。今朝の新聞。」
 訓練された海鳥が運んで来る、世界のニュースを掲載した公式ペーパー。届いたのは今朝だが、発行日は少々ズレており、数日前の“最新ニュース”によると。近所というほどではないが、それでもここからは海域的にはお隣りさんのやっぱり群島で、ここのとよく似た“偽神様”の騒ぎが起きたという記事が載っており、
「一味の何人かだけを捕まえたけれど、大部分は取り逃がしたそうよ。」
「はは〜ん。」
 それらを統合してみて出た結論。此処での魔獣の大暴れ事件も、奇跡という名の超能力や神通力で、人の頭越しに起こった騒動なんかじゃなく、良からぬ企みを構えた人間の一味が、生身の手足で地道にやらかした悪事に違いない。そしてそして、

  「やっつけるんですね?」
  「当ったり前じゃないvv」

 義を見てせざるは勇なきなりって言うでしょうがと、いかにも正義の心が黙っていないからだと言いたげな航海士さんだが、

    「白々しい台詞でも臆面もなく言ってのけちゃうナミさんも素敵だ〜vv
    「なあなあ、強い奴なんかな? そいつらって♪」
    「…ま、船長も喜んでるみたいだし。」
    「あらあら、それが全てなの?」
    「ホホホ、ホントに神様からの罰は当たらないのか?」
    「大丈夫だっ、チョッパーっ。むしろ感謝されてご褒美が出るかもだぞっ!」

     「出ない出ない。」×@

 心意気や方向性はまちまちだったりするようながら、一応は全員が賛同参加ということで話もまとまって、さて。

  「………で。どうやってそれへの対処をするんだ?」

 どんなに大勢がかりの悪事であろうと動じずに。悪さの現場へ駆けつけて、現行犯で有無をも言わさず取っ捕まえるのが可能な、そりゃあもうもう凄腕揃いの陣営ではあるけれど。
「沢山ある島の内の、何処に何時出るのかは、島の人でさえ判んねぇんだぞ?」
 それこそ犯人たちの思うまま気ままな“行き当たりばったり”の出没なのなら、出てから駆けつけるという対処しか取れない。結構な数のある島々の、端から端までは相当な距離もあり、間に合うように駆けつけるなんて至難の技だ。新聞に出ていた記事でも、警察が大挙して出張ったにも関わらず、一味の大部分は取り逃がしている。だが、
「何を抜けたことを言ってるかしらね。」
 自信ありげに“ふふふん”と笑ったのは、さすがは麦わら海賊団が誇る“策士”のナミさんっ。何かしら腹黒同士で通じる考えがお有りなご様子で。
「…もーりんさんでも“ぐう”で叩くわよ?」
 すびばせん…。
「だ・か・ら。今夜、その生け贄を祭壇へ捧げることになっているんでしょうが。だったら、ここへ、その怪しい連中とやらが来るに違いないってことじゃない。」
 そうと言ったナミさんは、だが。

  ――― 本当に女性の生け贄が欲しいのかどうかは謎だけど。

 そんな呟きも付け足した。
「??? だって、差し出さなかったから怒ったんだろ?」
「どうかしらね。確かに相手を苦しめるためって効果は絶大でしょうけれど、魂を食べちゃうとか、天上の神殿で働かせるつもりの、本物の神様じゃあないなら、人間を捧げられてもはっきり言って対処に困る筈よ。」
 そう。例えば…若くて美しい女性をも“物”扱いしたとして。宝石や骨董品と違い、人身売買にはそれなりの組織が必要。扱うのが生きた人間なのだから、売買するまでの管理には、最低限の食事や何やの世話がいるし。それに、露見したら間違いなく重罪であるところの大犯罪を手掛けようというのだから、極秘中の極秘という分厚い壁を保持してなお、大きなお金が即金で動く、そんな市場を成立させなきゃ話にならない。
「所詮は、隣りの海域での逮捕劇から逃れたメンツがやらかしてることでしょう? だってのに、そこまでの大きな組織が出張ってる騒動とも思えないのよねぇ。」
「でも、白羽の矢が立ったっていうそのお嬢さん。それは綺麗で器量よしというお話だったじゃない。」
 もしかして別口の、例えば…見初めたはいいが既に妻もある身の金満家のおじさんが、本妻に内緒で側室に迎えたいから攫って来て…なんていう依頼をしたのかも。
「そっか。それだったら組織は関係ないか。」
 それなら有りかも…なんてことで、人道無視の卑劣な大犯罪が一気に、間口の狭い下世話な話へと落ち着いた、女性陣の交わすクールなやりとりへ。豪腕剣士殿が眉間をぎゅうぅっと絞り上げて、何とも言い難い渋面を作ってしまったほど。
「…つか。よくもまあ、そうそう、色んな犯罪の“例えば”を思いつけるよな。」
 いたって長閑な昼下がり。人の気配も今はない、それは静かな孤島の森の一角にて。やわらかなビロウドの絨毯を思わせる芝草の上、シェフ殿が腕を振るったお弁当を広げながら…なんつー夢の無い殺伐とした会話を繰り広げているやら。少し厚く切ったハムに溶き玉子を何度もからませては両面を炙ってを繰り返し、ふっくらとした衣の代わりに仕上げるピカタや、キュウリにうずら玉子やソーセージをピックでミニトーストへ刺したカナッペ。ミナミノタラのポアレには、タルタルソースかオーロラソースを。ポテトサラダをたっぷり挟んだサンドイッチは、グリーンレタスを受け皿代わりに巻けば中身が飛び出しませんよと。見かけだけなら めっきりピクニック気分の作戦会議は、
「ともあれ、ここで張ってて強硬突入ってのが、手っ取り早いし後腐れもないみたいだから。」
 周辺の島へと渡ってまでして情報を集め、様々に知恵を絞って洞察し、時間と手をかけた割に…やることは“いつものそれ”なのね。
(笑) この島だけは極端に小さくて、誰かが寝起きまでしていては、気配を拾われてすぐに尻尾が出てしまう。だからきっと、他の島の村への奇襲も含めて、船での行動を取ってる輩に違いないとあたりをつけて。
「…となると。」
 作戦参謀、すべてのプランを煮詰めたらしく、皆のおでこを輪の真ん中へ寄せ集めると、ぼそぼそひそひそ、作戦の全貌を説明し、本番での配置の指示を出したのであった。







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