月夜見
桜丘望景@
  


          




 日本には“桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿”という言葉があって、桜は無闇に切ると枯れやすい樹だが、梅は逆に切ったところから活性化するので、枝振りを丹精したかったり沢山の実を取りたいとするのならむしろ放ったらかしにしていてはいけない樹。よって、物事を正しく知らないことを揶揄する言い回しでもあるのだが、その他にも、日本では桜はそこいらに植えられているものなので、わざわざ仰々しくも剪定なんてするのは馬鹿げているという意味もあるらしい。人的植樹として有名なのは東京の各地に八代将軍・吉宗がこれでもかと植えまくった桜で、様々なものの事実上の“新しい始まり”を春と共に連れて来る花だからというのみならず、魂を奪うかのような美しさという魅惑をもって咲き誇り、凄艶壮絶な潔い散り方をする“さくら”が、日本人は本当に大好きみたいです。




 グランドラインに浮かぶ島々には大小様々あるけれど、補給のための港が発達している島の場合、その殆どが交易か観光のどちらかを主要な産業とし、やって来る者へのあしらいに長けていて概ね商売熱心だ。自分の島の“売りもの”を心得ていて、人懐っこく、宣伝という戦術を怠らない。殊に観光で成り立っているような島の場合は、バカンス向けであれ保養地であれ、まずは遠方から来てもらわねば話にならず。ログを辿っての航行の行き着く先として想定内にある島々は勿論のこと、少し遠めの大きな島へもエターナルポースを搭載した巡航船を出しているような観光地もあるとかで、
「まだまだ海賊は根絶されとらんってのに、豪気な話だな。」
 海の厳しさが判っとらんとばかり、半分呆れたように言うウソップへ、それこそ呆れてナミが言い返す。
「何言ってるの、海賊がバックについてるってとこだって結構あるのよ?」
「え? それってホントか?」
 チョッパーがびっくりしたのへは、ロビンがにっこりと笑って応じた。
「全部がそうだとまでは言わないけど、娯楽興業関係にそういう組織がつくのはよくある話よ。」
 形の無いもの、原価があって無いようなものを提供する商いが多いため、同業者同士、はたまた客とだって揉めることも多々あろう。そういう時に店へ有利に場を収めてやろうじゃないかと声をかけたり、もしくは自分の傘下に入っていれば横槍は入らないよと持ってゆき、売り上げの結構な取り分を持ってくってのはよくある話。
「全部が全部、無理強いや ぼったくりのためにそういう輩と手を組んでるトコばっかって訳じゃあないんだろうけれど、そうであった方がいっそ揉めごとが少ないってのも確かな話だからな。」
 眩しいくらいの陽射しの下、甲板に集まっていた皆へと冷たい飲み物を出しながら、サンジが付け足したのもまた道理で、腕っ節を誇る連中が商いの用心棒をする代わりにお駄賃を貰うという構図は、そうそう何でもかんでも“極道臭”がともなわれるというものではない。極端なことを言えば警備会社と契約するよなもんであり、仁義に厚く、道理を心得た組織だって少なからずあろうから、持ちつ持たれつ、いい方向へと噛み合って上手くいってる土地の方が、むしろ今時には多いのかも知れずで、

  「………で、次の島ってのが観光地として有名なトコなのか。」

 前の島の市場や宿にて、これでもかと配られていたのがこの島の宣伝用のパンフレット。流通も盛んで補給もバッチりな土地らしいが、本業は娯楽観光という色彩の強い島であるらしく、春島海域の真ん中に位置しているせいで気候も波もそりゃあ穏やかに過ごしやすく、
「しかも今やちょうど春・真っ盛りだから、本島の“オリエンタル・マザー”が見事に咲き誇るのを堪能出来ます、だって。」
 パンフレットの真ん中に、極彩色の絵が載っており。ラベンダーブルーの空を背景に、霞むような輪郭の、それはあでやかな緋色の衣をまとった大きな桜の樹が描かれてある。リゾート用の小島を周囲に従えた本島の、港を見下ろす高台の公園にずんと昔に植えられた、大きな大きな桜の樹があるのだそうで、
「公園全部を傘の下へと収めるほどの、それはそれは大きな桜です。息を呑むほどの荘厳な威容には、神秘の力で難病を治めた伝説も多数あり、一見の価値あり、ですってよ。」
 その桜が満開に咲き誇る季節が今丁度やって来ているから、それへと関連させたお祭りもあるとか何とか、様々な宣伝が謳い上げられているパンフレットであり、
「わっわっvv
 桜と言えば…この船のクルーたちには大きな思い出がある。あのアラバスタまでの航路の途中で、極寒のドラムという島に立ち寄った折、我がまま勝手な王との戦いの犠牲になった ヤブな名医のお話と、それにまつわる桜の伝説。不治の病を気力が抑える。人は心の底から感動すればどんな病だって追い出せる。そうと主張し、病んだ国を治したくって奔走した、ヤブではあったが名医がいたこと。残酷なほど悲しいことばかりが降り落ちて来た身の上の小さなトナカイさんに、それでも精一杯の幸いあれと、誠心誠意接してくれたその医者の熱意が、小さなトナカイさんに戦う勇気を与えたってこと。そして、そんな戦いの後、島から外へ、大海へと航海に出た彼を送り出してくれた、大きな大きな見事な“桜”を、クルーたちは今でも覚えているからね。船医さんは勿論のこと、他の面々も桜が大好き。だから、
「補給は前の島で住ませたばかりだし、ログも1日で溜められるけれど。そうね、ちょっとばかり羽を伸ばしましょうかね。」
 航海士さんがそう言って、船長以下クルーの全員が“おおvv”といい笑顔を見せたのでありました。





            ◇



 そもそもが“春島海域”という温暖な気候の海域なのに加えての春の到来とあって、海上を渡る潮風も軽やかならば降りそそぐ陽光も人懐っこい暖かさ。いつもの指定席である舳先の羊頭に胡座をかいて乗っかって、船の向かう先をワクワクと眺めている小さな背中。古ぼけた麦ワラ帽子の端からはみ出した髪や、殆ど着たきりスズメなシャツの裾をはためかせ、まだかなまだかなと浮かれているのが何にも言わないうちから誰にだって判るほどに…どこか嬉しそうな船長さんであり、
「この船の船首像
フィギュアヘッドは、羊じゃなく船長さん本人みたいなものね。」
 普通は破浪神を飾るのが船首像だが、この言葉には“表看板”という意味もある。とはいえ、そんな揶揄を持って来たロビンなのではないってことくらい、他の面々にもあっさりと通じた。いつだってちょこりと船の先頭にいる小さな船長。一番最初に“素敵な冒険”を見つけて、一番最初にそこへとへ飛び込みたいからと言わんばかり、皆の先頭にいたがる困った頭目。慎重であるべき状況下でもお構いなしに飛び出してく、無防備で無頓着で無鉄砲な船長さんであり、先々でもっと大きな船団になったとして、本来だったら先駆け・先鋒に任せる“斥候”まで自分でやってしまいそうな予感が、
「そうよね、今からするわよね。」
「ホントっすね。」
 人を顎で使うのが苦手だからというよりも、人から説明されるより手っ取り早いからと、どんな場合でも先陣を切りたがりそうなタイプの船長さん。
“心意気はちゃんと理解するくせにネ。”
 これはこいつの喧嘩だから、こいつの信念で始めた勝負だから。外野は余計な手出しをしちゃあいけない。………そういうのに関しての機微は、ちゃんと肌身で理解出来るくせにネ。どんな無謀も黙って見届けてやれる、器のデカさだってちゃんと持ち合わせているくせにネ。いつまでもどこまでも子供でお馬鹿で、危ないことだと口を酸っぱくして言い聞かせても覚えてくれないことが どんだけあることか。
「目についた“美味そう”は、水でも食い物でも抵抗なく口に入れますしね。」
「いかにもな罠
トラップの仕掛けにも、あんたの義務なのかって訊きたくなるほど律義に触ってくれるしね。」
 そもそも、あの天然記念物野郎と同じランクの方向音痴なくせして、大威張りで先陣切るなんてのが間違いの元なんですのにね。そうよね、最初の航海では漂流してたっていうし、ゾロが加わっても同じようなことをしていたらしいからね。そんな奴らがよくもまあ、ナミさんのような素晴らしい航海士さんと巡り会えたもんですよね。きっと神様が見かねたんでしょうよ、こっちにはいい迷惑だったけど。
“………よくもまあ、あんなにも口が回るよなぁ。”
 次の島への上陸を前に、一応の消耗品や備品の点検を終えてのことだろう。口の達者なコックさんと航海士さんの、聞こえよがしな言いたい放題を、もう慣れたよんとばかりBGM代わりに大きな背中で聞き流しつつ、上甲板の柵に凭れて座っているのは緑頭の剣豪さんで。こちらさんもその視線は、いつもと変わらぬ一点へと据えられており。時折風が強まっては広げた手のひらで麦ワラ帽子の天辺を押さえるルフィの仕草に、それが見えたら次の間合いでは船体がゆったりと大きく跳ね上がることを覚えてしまった、ゴーイングメリー号という名の大きめの揺り籠に揺られつつ。分厚い胸板に高々と腕を組み、うつらうつらと うたた寝ゆきの舟を漕いでるお暢気さ。次の目的地はすぐそこで、一応骨休めをする予定。…まま、そうと言ってて騒動に巻き込まれたことの何とも多かりし彼らなので、剣豪さんの“眠れる時にはドコででも寝だめ”ってのも…あながち間違ってはいない備えなのかも知れません。
おいおい
“………。”
 軽やかな潮風とほかほかと降りそそぐ良い陽気、軽快な船足にて海原をゆく船の心地いい揺れ。そんなこんなに柔らかく包まれて、いつだって浅くしか眠らない剣豪さんは、食事時の話題に上がってた桜のことをぼんやりと考えつつ、いつにない熟睡の淵へとその意識を落とし込んでいたのであった。


  ――― ねぇ、桜って咲くまではあんなにワクワクと待ち遠しいのにね。
       いざ咲いてしまうと、散る時のことを思ってしまって。
       それでかな、いよいよ眸が離せなくってしまうよね…。







TOPNEXT→***


  *いつにもましてちょっとしたお話です。
   肩を張らずにお楽しみくださいませ。
   ところで。今更ながらの疑問を一つ。
   グランドラインでも“まりも”って天然記念物なんだろうか?