Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ

   迷子のトナカイとサンタさん A



          



 クリスマスのプレゼント。実は初めての“欲しかったもの”が貰えたプレゼント。枕元に吊るした靴下には、いつもキャンディやチョコレートが入っているだけ。ホントはお人形が欲しかったのに。去年はね、12色ので良いから色鉛筆が欲しかったのに。でもお菓子でも嬉しいから、小さなちゃんは、
『サンタさんがくれたんだ』
 いつも大事に少しずつ食べていた。きらきら銀紙、つるつるセロファン。いつものおやつはお母さんの手作りのお菓子だから。お店屋に並んでるみたいなきれいなお菓子は、お誕生日とクリスマスにしか食べられないから。お菓子でも十分嬉しかったの。それが今年はね、サンタさんから1日早く、こんな大きな縫いぐるみをもらってしまった。
「かわいいねぇvv」
 ふかふかの毛並み、頬擦りするとほのかに温かい。何がなんだか、お母さんにも良く分からない運びではあったが、こんなにお嬢ちゃんが喜んでいるのならまあ良いかと、半分くらいは腑に落ちないままながらも、一緒に笑ってくれている。
「良かったわね、。」
「うんvv」
 お父さんは港の荷役で今夜も遅い。クリスマスと年明けと。特別な船や荷物が多いから、遅くまで一杯働いている。もうとっぷりと陽は暮れて、温かいシチューとパンとチーズのご飯を食べて。ちゃんはお窓の傍のソファーに膝から乗り上がり、時々曇る冷たいガラスを小さなお手々で拭きながら、暗くなって来たお外ばかりを眺めていたが、やっぱり今夜もお父さんは遅くなりそうだ。
「お人形さんのこと、お話ししたかったな。」
「もう遅いわ。明日になさい。」
 お母さんはそう言って、パジャマに着替えたちゃんの傍ら、ベッドの中に縫いぐるみさんを抱え上げてくれた。ちょっと重たいお人形だけれど、暖かい温度を保つ何か仕掛けがあるせいだろうと、不審には思わない様子。
「今日はクリスマスイブだからね。もしかしたら一晩中かかるかも知れないって。」
「…ホントぉ?」
 つまんないなとお顔が曇ったちゃんだけど、
「でもね、明日はお昼からお休みになるよって。だから明日、一杯お話しすると良いわ。」
「うんっvv」
 にっこり笑って“おやすみなさい♪”のキス。ランプを消して、子供部屋のドアが閉まって。お母さんが台所へと戻ってってから。ほかほかのお布団の中、トナカイさんにも小さなキス。
「お父さんには明日会おうね? やさしくって大きな、の大好きなお父さんなんだよ?」
 きゅうっと抱きついて、ふかふかの毛並みに頬を埋めて。おやすみなさい……………。









   …………………………………………。



 どのくらいか、したかしら。こつんこつんと窓を叩く音。いつの間にか眠ってたちゃんは、目許をこしこし擦って、きょろきょろと回りを見回した。暗いお部屋の空気は冷たくなってて、ぬくぬくのお布団から出たくない。でもね、こつんっていう音はずっと聞こえてて、まるでちゃんを呼んでるみたいで。お布団から出てカーディガンを肩に羽織ると、大きなスリッパに足を入れて…そぉっとそっとお窓に近づく。カーテンを端っこからめくると、窓はほんのり曇っていたけど、そのすぐお外に誰かがいるの。キャッてびっくりしたけれど、でもね…、
“あれれ?”
 何かがおかしいの。だってね、ちゃんのおウチはアパートの3階にあるの。だから、このお窓も高い高いところにあるの。なのに、そのお外に誰か居るのは変。
「…???」
 小さく首を傾げていたが、その誰かは…何だか見たことのあるお洋服を着ていてね。それで…ちょっと“どうしようかな”って考えたけど、じっとこっちを見てるみたいだから、思い切って窓を開けてみたの。冷たい空気がひゅうって入って来て、ぶるぶるって寒くなったけど、
「おやおや、風邪を引いちゃうな。」
 そんな声がして、ふわって抱っこされて。窓がぱたんって閉まる音がした。背の高い誰かさん。ちゃんを抱っこして、お部屋の中に入って来た。窓を素早く閉めたから、もう冷たいお風は入って来ない。でもね、両手でちゃんを抱えてくれてる。手が塞がってるのに、どうやって窓を閉めたのかしら。
「あなたは? あ、もしかして…。」
「そう。私は“サンタクロース”っ。」
 何だかお芝居の台詞みたいな話し方をするサンタさんだった。痩せっぽっちだし、おひげは白かったけど髪の毛は真っ黒だし。
「……………。」
 何か変だなってお顔でいると、そのサンタさんはちゃんをベッドの上へそぉっと座らせて、
「実はお嬢さんにお願いをしに来たんですよ、うんうん。」
 そんなことを言い出した。
「お願い?」
「実はこのトナカイ、私のソリを引いてたトナカイ。ちょっと休憩していた隙に迷子になって、あの玩具屋さんの前で途方に暮れていたのだよ。」
「え? でも…。」
「それが証拠に、私はこの子の名前を知っている。…ほうらチョッパー、元の姿に戻りなさい。」
 ちょいちょいっと長い鼻先で指を振ったら、あら不思議。お人形さんだったトナカイさんがピョコって勝手に立ち上がり、ベッドから飛び降りて………普通の鹿さんみたいなトナカイさんに変身したよ?
「ごめんね、ちゃん。オレ…じゃない、ボクはサンタさんとはぐれちゃったんだ。」
「…でも。」
 かわいいトナカイさん。ふかふかなトナカイさん。お喋りも出来るトナカイさん。大好きになったのに。
「代わりにほうら、同じくらい大きな縫いぐるみをあげようね。」
 差し出されたのは、大きくてそっくりで、真っ赤なリボンのついたお人形のトナカイさん。でも、ちゃんはチョッパーって名前のトナカイさんの方が好きみたい。
「ごめんね。せっかくお友達になれたのにね。でも、ボク、世界中の良い子のところに行かなきゃならない。」
 長いお顔をすりすりと、ちゃんの頬に擦りつけながら、チョッパートナカイは残念そうにそう言って。何だかトナカイさんの方でもお別れし難い様子でいる。そんな二人へ、サンタさん、こんなことを言い出した。
「…そうだ。それじゃあ、ちゃん。これからお空を飛ばないかい?」
「お空?」




            


 これには…チョッパーもぎょっとした。
“おおおーーーっっ! 無理だよ、ウソップーっ!”
 いくら“悪魔の実の能力者”でも、出来ることと出来ないことが。だが、焦るチョッパーに構わず、ウソップサンタは入って来た窓へと足を運び、窓の外からふわさっと小さなコートを掴み出す。そこにどうやらソリが“接舷”されているらしく、
“???”
 どういう手品だろうかとまじまじ見やっていると、
「(………チョッパー。)」
 小さな小さな声がした。………一方で、



            



「お外は寒いからね。まずは、これを着なさい。」
 サンタさんが差し出したのは、内側に柔らかな毛皮のついた、温かそうな真っ赤なコート。
「わあvv」
 前の合わせの一番上、大きな襟の下に毛皮のぼんぼりさんがついた可愛いコート。足元まであって、裾にもファーがぐるりとついてる。小さなちゃんにとってもよく似合う可愛いコート。それから、ミトンのてぶくろとお揃いの真っ赤なブーツも。
「お姫様みたいvv」
 はしゃいでいるちゃんをひょいっと抱えて、ウソップサンタはソリに乗った。その前にはチョッパートナカイ。
「チョッパーだけなの?」
 1頭では…一人ででは大変なのではなかろうか。心配して訊いてみると、
「大丈夫。チョッパー優秀なトナカイだから、一人で頑張ってソリを引いて見せるさ。」
 ウソップサンタは胸を張り、
「いいかい? サンタに会うのもこのソリに乗るのも、ホントはね、出来ないことなんだよ? だって、僕もわたしもって、皆が羨ましがることだからね? 判るよね?」
 そんな風に説明する。ちゃんは“うんうん”って頷いた。だって、じゃない子がそんなお話していたら、きっと羨ましくってしょうがなくなるって思ったの。
「だから、良いかい? このことはあんまりお話ししちゃあいけないよ? お母さんやお父さん、内緒の約束を守ってくれるお友達。それ以外の人にはあんまり話しちゃいけないよ? でないと、サンタも来年からお仕事が大変になる。皆が寝ないで見張ってたらば、プレゼントを届けに行けなくなる。」
 実(まこと)しやかに言い置くサンタさんだったけど、
「あら? でも、お話では、サンタさんは“おやすみなさい”の粉を蒔くから、どんなに頑張って起きていようとしても寝ちゃうって。」
 ちゃんがおばあちゃまから貰った絵本には、確かそんな風に書いてあったのに。あれれぇ?って声で訊くと、
「げほん、がほんっ。いやいや、まま、そういう魔法も使いはするけれどもね。」
 ウソップサンタさん、お風邪でしょうか? 何度も咳払いをして見せてから、
「良いね? ちゃんとサンタさんとチョッパーの、ひ・み・つ。」
 お顔を寄せてそんな風に囁くのへ、ちゃんもにっこり笑った。
「うんっvv ひ・み・つ♪」
 だってこんなに楽しい“秘密”、は初めてだったから。頑張って内緒を守ろうって思ったの。ふかふかのクッションの上に座って、お椅子と背もたれについてたベルトで“落ちないおまじない”をして、


   「さあ、出発だっ。星空の彼方までっ。」
   「うんっ!」









←BACKTOPNEXT→***