Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ

   迷子のトナカイとサンタさん B



          



 チョッパーの足元とソリの真下とには、足場としての一枚の大きくて頑丈な板が敷かれてあって。それを下から支えていたのはゾロとルフィの力自慢二人。ウソップサンタが手綱を繰り出したのを合図に、
「よし、行くぞっ♪ 足音は出来るだけ立てんなよ?」
「…お前よりは自信あるぞ?」
 ぶんっと思い切り加速をつけて、ルフィがゾロが、頭上に抱えた板ごと運んで屋根の上を駆け回り始める。それをこっそり見送って、
「よしっ、こっちもお仕事にかかりますか。」
 小さな台所では世界一腕の良いコックさんが、腕まくりをしながら小さく笑った。こっそり眠り薬を垂らされたお茶で眠ってしまったお母さんをベッドまで運んでから、二人のお姉さんたちとお料理作りに取り掛かる。
「こっちのお菓子はどうするの?」
「ああ、そうですね。ツリーの下に並べておきましょうや。」
「材料は足りそう?」
「まあ何とか。調味料はお借りしましょう。」
 ホントはお船でパーティーの予定だったが、緊急事態が持ち上がったからと、急遽、会場と催し内容が変更になった。ミス・ロビンがこっそりとチョッパーにくっつけた“サーチアイ”で、ちゃんが何処のどんな女の子かは既に承知。そこでと全員がかりでクリスマス・イブの奇跡に挑戦なのだ。
「何だかドキドキするわね。」
 みかん色の髪をした航海士さんが、小さなたまねぎ・エシャロットを刻みながらくすくすと笑う。
「昔、こんなサンタさんの奇跡のお話をよく読んだの。クリスマスのお話じゃなかったかな? “少公女”だったかしら。何だか羨ましかったなぁ。」
 ちょっとだけ豊かな何かに憧れて、そんな魔法みたいな奇跡が起こらないかなぁなんて思ってみた子供の頃。
「でも、温かなご家族に囲まれていたのでしょう?」
 年上のお姉様に訊かれて、しっかり頷く。
「ええ、とっても。だからね、ま・いっかって。お話に憧れてもしょうがないしねって、いつの間にか忘れたな。」
 雪の降らなかったココヤシ村。絵本のクリスマスを真似てみようって、ありったけのクッションをベッドに敷き詰めて、こんな風にふかふかなのかなってノジコと二人で想像したものだ。ベルメールさんは海軍に入ってた間だけ島の外に出てた人だから、ちょっと違うって知ってたらしいけど、ただ笑って見ててくれた。
「俺にはクリスマスはずっと、誰かよその奴らのお祝いでしかなかったな。」
 大きなボウルでかしゃかしゃと、ケーキの生地だろうか泡立て器で掻き混ぜている金髪のコックさんは、
「物心ついた頃にはもう客船の賄いでしたからね。クリスマスといやあ、船が主催するパーティーの準備と給仕で大忙し。気がついた頃にはクリスマスどころか年が明けてましてね。」
 苦笑して見せる彼へ、
「あの海上レストランでもでしょ?」
 航海士さんがくすくすと笑って言葉を挟む。
「あんなに有名そうなお店なら、さぞや名士やお金持ちの集まる大きなパーティーが開かれたんでしょうね。」
「どうですかね。肩書とか何とかがいくらご立派でも、気に入らない客は蹴り飛ばしてましたからね、あのクソじじぃは。」
 こういう有名で大きな催しや祭事の時期は、いつも知らない誰かのために忙しかった。それをいちいち拗ねるほど“がんぜないガキ”ではなかったし、
“…その代わりみたいに、誕生日には手ぇかけてくれたしな。”
 三月初めのとある一日。どんな名士からの予約も惜しげもなく蹴り飛ばし、大きなケーキとメインの料理は、あのゼフが直々に手をかけて作ってくれて。
『これも修行だ。しっかり味を覚えろよ』
 そんな言いようをしていたが、それでもたいそう嬉しかった。どんな豪華なパーティーも羨ましいと思わないくらい、美味しくて豪華なお祝いをしてくれたっけ。
「…さあ、そんなに時間もない。どうかお手伝いの方、よろしくお願い致しますよ?」





            


「きゃあ♪ 凄い凄いっ♪」
 屋根の上、高い煙突。ところどころ不安定で、おっととと危うく傾きそうになったりもして。お昼間だったら、足元がはっきり見えて怖かったかもしれない。でもね、サンタさんが一緒だもん。トナカイのチョッパーも一緒だもん。だからちゃん、全然怖くない。
「お月様があんなに近いの。大きいねぇ。」
 他のおウチや煙突が邪魔をして、お部屋の窓からは時々しか見えないお月様。それが今夜は、まるでちゃんのためにだけ出ているかのよう。ほんのり霜の降りたお屋根やお窓。真っ白い息を吐き出しながら見る、初めての夜の町。ビロウドの暗幕みたいな、深い深い奥行きのある冬の星空と真珠色のお月様。何だか何だか、夢の中にいるみたいで。でも、お耳が冷たいから夢じゃない。真っ赤になったちゃんのお耳に気づいて、
「おっと、いけない。」
 サンタさんはキョロキョロと辺りを見回してから、座席の後ろ、白い袋の中から、毛糸の帽子を取り出した。
「ごめんな、気がつかなかったよ。俺…じゃない、サンタの使い古しで悪いけど、これでお耳も冷たくないぞ。」
 ちゃんには大きな帽子は、小さな頭を全部くるんで、風を遮ってほかほかと温ったかい。ちゃんは嬉しくて、それはそれは嬉しくて。
「ありがとう、サンタさん♪」
 にっこり笑って見せたのだった。





            


 その足元では…二人の海賊が大奮闘中。信じられないほどの力持ちな二人。足場のなさそうな高みへは、
「(ゴムゴムの飛んでけ〜vv)」
 ルフィがびょ〜んとソリを板ごと夜空へ放り投げてはナイスキャッチをして。………そのたびに、
「(ぎょえぇ〜〜〜っ!)」
 ウソップサンタは真っ青になってもいたが。
(笑)
「おんもしれぇなぁ、これ♪」
 こっそりとした企み事にしては、大掛かりな力技。だからこそ、細かい打ち合わせの苦手なルフィが参加出来たようなものなのだが、そんな事情なんか蹴っ飛ばす勢いで、心から楽しそうに白い息を吐きつつ駆け回って見せている。
『小さな女の子を喜ばせたくはない?』
 自分たちが一方的に楽しむためのイベントでも持ち出すような言い方をしたロビンだったが、彼女が暗に言いたかったことはちゃんと伝わったし、
『俺もさ。サンタさん、信じてるからな。』
 ルフィはそう言って“ししし”っと笑うと、一も二もなく船長としての決定を下した。急ごしらえのソリを走らせる練習も進んでやって見せたし、窓の外での待機中もずっとワクワク嬉しそうに笑っていた。
「………。」
 サンタクロースは観念的な存在で。だから大人たちは子供から訊かれると、はっきりと“いない”とまでは言い切れなくて困ってしまう。自分たちも日頃から…何だか似たようなことに乗っかってないかと、そんな気がして。剣豪としては苦笑が浮かんでやまないでいる様子。

   『俺は海賊王になる男だっっ!』

 サンタクロースよりは現実的かもしれないが、それでもこちらもやはり“見果てぬ夢”のようなこと。聞いた人が呆れたり笑ったりしかねない夢物語で、いい大人はまずは大声で公言しないこと。それへと加担し、いつの間にやら…我がことのように胸を張っている自分たちがいる。子供のような無謀さで夢を語っている訳ではない。現実の延長上に見据えた夢だ。どれほどの苦難や試練が待ち受けているか、よくは知らないが怖くなんかない。どれほど遠くにある代物なのか、まだ判ってはないけれど…楽しみじゃないか、そういうの。それが“今時風”なのか、直接見えて触れるものにしか腰を上げられないジジ臭い連中にも会いはしたが、それがナンボのもんだとばかり、やっぱり彼らの熱意を冷ます効果はまるきりなくって。
“………ほんっと、俺たちもお目出度いよな、実際。”
 それを思ってさっきから、くつくつ笑いが止まらない。
「どした? ゾロ。」
「いいや、何でもねぇよ。」
 自分は筋金入りの口下手だし、どうせ話したって判るまいと、そんな風に誤魔化して、
「足場が危ないんだからな。気ぃつけろよ?」
「おうっ!」
 不思議ソリは夜中の町を駆け回り続けたのであった。






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