Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ

   迷子のトナカイとサンタさん @



          



「わぁ〜vv お母さん、、この子がほしい。」
 つんとした空気が薄氷みたいにつるつると張り詰めた12月の昼下がり。玩具屋さんも今日ばかりはドアを全開にして、朝から“大売り出し”に忙しい。だって今日はクリスマス・イブ。明日の朝…クリスマスの朝までに、ツリーの根元を埋めたり、吊された靴下の中に滑り込むプレゼントたちを、サンタクロースばりに準備万端整えて、さあさ いかがと売り出しにかからねばと、小太り店長さんは揉み手もにぎにぎしく大張り切りだ。赤いガラス玉や緑のリース。ちかちかキラキラ、お星様みたいに光って消えてきれいな電球の飾り。金色銀色、ふわふわのモールやリボン。一杯いっぱい並べて吊るして飾られた、そんなお店の軒先で。小さな女の子が抱えようとしたのは、自分よりもちょっとだけ小さいくらいの大きな大きな縫いぐるみ。投げ売りの玩具を乱雑に積んだワゴンの陰に、こそぉっと隠れるみたいに立っていた“その子”は。褐色のふかふかの毛並みに濃い緋色の山高帽。枝分かれした角はかわいく丸っこい、立った姿勢のおズボンをはいたトナカイさん。大はしゃぎのお嬢ちゃんだが、可愛い笑顔に振り返られたお母さんは困ったなぁというお顔。だって大きな縫いぐるみ。毛並みもこんなにふかふかだということは、きっとお高いに決まってる。そんなところへ、
「おおや、お嬢ちゃん、お目が高い。」
 店主がいそいそと寄って来て…一瞬、おややと眉を顰めたものの、すぐさまパッと笑顔に戻り、
「そのトナカイさんはね、有名なデザイナーの作品で、1点ものなんですよ?」
 にぎにぎと揉み手を擦り合わせ、いかに高級品なのかを言い立てた。それではやっぱり買うのは無理かも。すっかり気に入っている様子のかわいい女の子に何と言おうか。お母さんがそのお顔を曇らせたその時だ。
「あら。じゃあどうして値札がついていないのかしら。」
 不意にそんな声がすぐ間近から上がった。ええっ!と、驚いたように振り返って来た店主の鼻先へ、
「私は財務省の商品流通関係を調査している担当官です。」
 小さなバッジを上着のお裏に、襟をめくってちらりと見せて、
「この縫いぐるみ、値札がついていませんね。一体お幾らなのかしら? 幾らで何処から仕入れたのかしら? さあ、ちゃんと帳簿を見せていただきましょうかしらねぇ。」
「あ、ああ、いや、その…。」
 途端に店主のおじさんは、でっぷり太った三重あごをシャツのカラーに食い込ませつつ、おどおどとたじろいで見せる。
「それとも。素性の分からない商品を、怪しいルートから仕入れて売りさばいているのかしら。そうなると大問題よねぇ。」
 すらりとスタイルの良い、そのお姉さんは。着ていたハーフコートの懐ろから黒い表紙のメモ帳を取り出すと、
「えっと、店名は“ハッピー玩具店”ね。電話番号は何番なのかしら?」
 何やら書きつけ始めたので、
「あ、いやや、その縫いぐるみはっ!」
 店長さんはますます慌てた。
「なんなの?」
「いえあの…実は、ウチの売り物ではありませんで。」
「あら。」
 驚いたように眸を見張り、調査官のお姉さんは…そのきれいな手を女の子の髪にふわっと置いた。いきなり始まった大人たちのお話を、キョトンとしたまま見上げていた女の子。大事そうに縫いぐるみを抱き締めて、どんなお話なのかも分からないまま、でもでも何だかこのお人形へのお話みたいだなと、段々神妙なお顔になって来たところへ、きれいなお手々がふわっと撫でてくれて、
「じゃあ、この子が持っていっても文句はないわよね。少なくとも、あなたのものではないのだから。」
「あ…えと…。」
 まだどこか諦め切れないのか、往生際が悪いのか、はっきりしない声を出す店長さんへ成り代わり、
「誰かの落とし物かもしれない? こんな分かりにくいところに? 隠すみたいに?」
 すぱっと言い切ったお姉さんは、
「この子が真っ先に目を留めたくらいだから、この子へのサンタさんからの贈り物なのかもしれないでしょ?」
 そんなことまで言い出して。
「………。」
 脂汗をどっと垂らした店長さん。全くたじろがない、自信満々なお姉さんは………、
「もしかして、何かしら危ない取引の入れ物かも知れなくってよ?」
 ぼそっと。おじさんにしか聞こえないような声でそう言って。
「…すみません。好きにして下さい。」
 結局とうとう店長さんは根負けしてしまったようである。普段はあんな嘘はつきません、真っ当な商売してるんです、お願いです、どうか見逃して下さい…とすがるのへ、完全に無視(シカト)をくれてやり、キッパリ背中を向けてから。ひょいっと屈み込むと、
「良かったわね。そのまま持って行って良いって。」
 お姉さんはそれはやさしく笑ってそんな風に言ってくれたから。
「わあvv」
 とても嬉しそうに跳びはねてから、ちゃんはお人形にそぉっと頬擦り。優しく微笑ってくれたお姉さんは、そのまま手を振って見送ってくれたが………。






            


「おいおい、良いのか? ロビン。」
 お店の奥の方からお勘定を済ませて、両腕に一杯のモールだのオーナメントだの。クリスマスの飾り付けに必要なグッズを、大量に買い込んで出て来た狙撃手さんが声をかける。お勘定をしている間、店の外で待ってた二人。ところがチョッパーの方がこんな格好で女の子の目に留まってしまい、しかも店長が何やら妙なことを言い出した。それから始まった押し問答。話がついて、何度も恐縮そうに頭を下げるお母さんに手を引かれ、それは嬉しそうに…ちょっと重たい縫いぐるみくんを抱えて帰る女の子を見送った二人だったが、
「そうね。このままじゃあ、いけないわよね。」
 つやつやの黒髪がイルミネーションや点滅電飾に染まって、いつもの謎めいた微笑みが…ちょっと嬉しそうな、悪戯っぽいそれに見えた。相変わらずにマイペースなお姉さんである。








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