キミと一緒の 秋を迎えに 
         〜キミに ××な10のお題より
 
 

 “キミからのメール”



イエスのアルバイトは、九月いっぱいということだそうで。
4時間だけの勤務とはいえ、一応は水曜にお休みがもらえている。
お店の定休日だからかと思ったら、
九月中は 売り出しと月末の催しとの連動で、
実質お休みは無しなんだとか。

 “それで人手が要ったんだなぁ。”

月末の催しというのは毎年恒例のそれなのだとかで、
よそからも結構な人が来る にぎやかなものなだけに、
その準備にも、皆様、念を入れてあたっておいで。
ブッダもその辺りは知っており、
それもあってのこと、
イエスのバイト再開へも異を唱えたりはしなかった訳だけど。

 “…うん。何か、ちょっとね。”

暇を持て余すということはない。
今だって その器用な手はなかなかの手際で動いており、
彼も彼なりに忙しい身であり。
今 梵天が原稿の依頼なんて持って来たらば、
象でもガチョウでも投げて追い返す所存だったりするくらい。

 “そんな残酷なことはしませんよ、生き物に可哀想な。”

梵天さんは可哀想じゃないんだな…。
まあ それはともかく。(ともかくて・苦笑)
ついつい根を詰めるのはそういう性分だからだろうか。
いい風の入る、明るい窓のそば近く、
それは丁寧な手仕事に黙々とあたっていたブッダ様だったが、
ふとキリのいいところで手を止めて、
肩の上にて首を左右に倒し、ふうと一息。
細密な作業も苦手ではないし、
なかなかに会心の作となりつつあるのが楽しくもあって、
気がつけば数時間があっと言う間に経っていて。
はっと我に返り、
“あ、もう4時だっ”とイエスの帰宅を前に慌てる日もあるくらい。
とはいえ、根を詰め過ぎるのもよくないと、
時には意識して手を止め、時計を見やり、
気分転換をはかるようにしてもおいでで。
ずっと細い針を操っていて
ちょっぴり固まっていた手をふるふると宙で振りつつ、
ふと目に入ったのが卓袱台の上の、機種変更したばかりのスマホ。
こういうのを自分が扱うことになるとは思わなかったなと、
ふんわり苦笑し、
同じ卓袱台の上へ広げていた、針山や握りバサミを道具箱へ収める。
押し入れへ片付けまではしないまま、
それでもスマホを手に取ると、
浮かび上がって来たアイコンを何とはなく眺めてから、
ちょっぴり視線を泳がせてののち、とある一つをタップする。
いろいろな機能があると説明され、
通信として使うのでない、
料金が発生しない使いようにも関心を示しつつ、
とはいえ、結局は
あまり代わり映えのしない使い方しかしてはいないブッダだが。

 「……。」

液晶画面の中に、表になって居並ぶ内の1つを選択し、
それが展開されて最新のものからという順に整列した、
過去の受信メールを眺めやる。
ブッダ自身はどちらかといやあまりメールは打たぬ方で、
届いたメールへも、基本、電話で返事をすることにしておいで。
そのほうが確実だし、
直接のやり取りだと微調整もその場で済むので効率も良い。
有給でのバカンス中という身なので、
急を要するというよな、重要な案件での連絡は滅多に来ないとはいえ、
問われたことをいつまでも放っておくのは性分でなし。
実際の話、電話もメールも
単なる連絡用のツールに過ぎないと思っていたブッダだったので。
向こうは気を遣ってか、
見るのも返事もいつでもいいですよとメールで送って来るらしいのさえ、
何で電話にしないんだろと思うことが多々あったほどだったし、
メールそのものも、備忘録的なもの以外は、
来たものも送ったものも片っ端から削除して来た…のだが。

 “……うん、何か判らんでもないかな。”

カメラの代用として撮った写メと同じく、
ついつい遺しておきたいメールというのはあるもので。
ああそうそう、これってあの待ち合わせの折のだとか、
これは伝わらなくて結局電話を掛けたんだっけとか、
後から思い出すのが楽しいものも少なくないし。
あ、これきっと誤字だとか、この言い回しは直させないとねとか、
メール自体が楽しくて愛おしくてならない、
まるで内緒の恋文のようと勝手に思って、
大切にしているものもあるくらい。
何となれば、神通力の伝心での会話だって可能だというに、

  雨降って来たね、迎えに行こうか?

  あのね、○○ってどういう意味だっけ?

  今どこ? 駅前? 荷物多い?

  何か人が来たよ。
  居ない振りしたけど、また来るのかな?

  お腹空いちゃった、カップめん食べていい?

他愛ないものから、あらまあと出先からの帰宅を急がされたものまで、
このフラットから発信されたものは微笑ましいのが多くて。

  ごめんね、何か帰るのちょっと遅れそう。

  あのね、もしかしてもう寝てた? 鍵 開けといてね。

お留守番していたときに届いたものは、
ちょっぴり辛かったのを思い出すから切ないけれど、
でもやっぱり消せなくて。

 「………。」

これらがもしも電話だったら、
じゃあねと切られてそれっきりの、
書き留められることもない会話だったら。
こんな風に、後から何度もなぞることなんて出来なかったわけで。
勿論、イエスにはそんな意図なぞなかっただろうし、
そんなまでの深い意味があるよな内容のものもないのだけれど。

 “そうと思えば、君自身みたいじゃああるよね。”

無邪気で天真爛漫で、子供みたいにその場限りを惜しまない。
ブッダが何事も余韻を残さずに整理してゆく、
いわゆる“断捨離”とも違い、
あ〜あ取っとけば良かったぁなんて後から言い出すこともあるような、
後先を考えないそれなのが、
本人以上にこちらにも ずっと酷なそれだったりするような。

 “でも…。”

そう、でも。
そんな彼の言動が
子供っぽい軽さ薄さのいい加減な代物ではないとも知っている。
いつもいつも、汲めども尽きぬふんだんさでそそがれる
言葉や声や眼差しの、温かさや豊かさを知っている。

 大好きだよ、可愛いんだから、
 ごめんねごめんね、ああ良かったぁ、
 ねえブッダ、あのねブッダ、わぁんブッダぁ〜、
 だって好きなんだもの…

 「……っ。/////////」

そんな文面はないというに、
メールの一つ一つに並行して起きたことまで思い出されて。
胸の中、ふっと浮かんで来たいろいろに、
和んでいた眼差しがゆらり躍って、
それからふと口許が震え。
唇を咬みしめたかと思えば、そのまま苦笑がこぼれて。
小さなスマホの液晶画面を、
愛おしむように指先でなぞってしまう。
一番新しいのは昨日ので、

  あのね、今 手隙なんだけど、
  何でだかブッダのこと思い出しちゃった。
  それだけ。じゃあね。

その内容へ 女子高生ですかと苦笑して、でも。
今と同じように此処でこれを受け取って、
何でだろうか、ちょっぴり泣きそうになったなぁと。
ほんの一日前の自分の心情、ちょっぴり切なく思い出しておれば、

  ♪♪♪♪♪〜♪♪♪…、と

その手の中で不意に、着メロが流れ出したものだから。
うあっと驚いて取り落としかけ、
何とかお手玉でつないで頬にあてる。

 「……はい。」

焦りつつも声には出さずに頑張れば、

 【 ブッダ?】

何とはなく思い出してた愛しい人の声が、
そりゃあ呆気なく聞こえて来て。

  あ…………。//////////

何でだろ、
嬉しいのに切なくて。
胸の此処がきゅうんと痛くて。
おかしいね、
どんなことへでも敢然と向かい合えるよになったはずなのに。
選りにも選って、キミからの優しい気遣いに、
しおしおと萎えるなんて変だよね。


 まだ夕映えには早いのに、
 窓から差す陽は仄かに茜の気配を亳いていて。
 小さな端末を相手に
 うんうんと頷き、聞き入るこちらの
 足元回りの畳に落ちるは、
 はさりと、音もなくほどけた深色の長い髪。
 膝をおおうだけの丈が、なのに
 君に届かぬのがもどかしい…




   〜Fine〜  13.09.20.


  *ちょっぴりアンニュイ…というか
   寂しかったらしいブッダ様でした。
   お留守番が苦手なことではイエス様を揶揄できません。
   いや、そんなこと するつもりもないのでしょうが。
   そしてイエス様からのメールは全部保護しています、当然です。
   こうやって時々読み返しては浸っておられます。
   実はイエス様も……vv////////(言うまでもないですかね・笑)





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