キミと一緒の秋を迎えに 
         〜キミに ××な10のお題より
 
 

 “僕の憂鬱”



さて、各地からは澄んだ青空の下に揺れるコスモスの話題が、
ご近所からも仄かに甘い金木犀の香りが届く頃合いとなり。
立川某所でも、
いよいよ商店街主催のバザーとフリマが 明日と明後日へとまで迫って来て。
駅前通りもそれなりの飾り付けがなされ、なかなかな賑わいの中、
イエスのバイト先である雑貨店も出店を設けるのか、
そちら用の品を特設会場へ運び入れてらして。
女手ばっかりだったので、お手伝いをと申し出たところ、
結果として いつもの帰宅時間より微妙に遅れてしまったヨシュア様。

 「あれ?」

帰り道にて“ごめんね”のメールを入れたのに、
どうしてだろうか、ブッダからの返信がいつまで経っても来ない。
どんなにささやかな、取るに足りないことへでも、
メールかもしくは電話でのお返事を律義にくれる彼だというに、
こうまで無反応だったのは初めてで。

 “え?え? どうしたんだろ。”

松田さんとかに呼ばれて、ちょっと外へ出てるだけ?
でも、だったらこんな小さいの、ひょいって持ってかないか?
ほんの短い間だったなら、せめてお電話くれてるはずなのにね。
もしかしてスマホに出られない状態なのかなと、
途端に心配になったが、

 「…うん。」

立ち止まっての念じて“伝心”を放るより走って帰った方が早いと、
そこはまだ判断力も働いて。
そろそろこの時間帯は上着が要る、
少なくとも半袖ではきついよねと言ってた、
心地のいい温度の風の中、
普段使いのバッグの肩紐をついつい堅く握りしめたまま、
背にかかる髪を浮き上がるほどになびかせる、たかたかという小走り、
途中からは駆け足で、松田ハイツを目指したイエスであり。

 “やだよ、どうしたの?”

正体の判らぬ見えない不安ほどおっかないものはない。
いつもああまで頼もしい人だからこそ、
すっかりと凭れている自分だとこんな風に気づかされる。
優しいブッダを自分こそが守るんじゃなかったの?
いい加減 学習しなきゃ、
ああでも今はそれどころじゃなくてと。
色んな想いが どっと絡まってそれも苦しい。
額の聖痕が開くかもというほどに、
深い心配から きゅきゅうと胸が詰まって苦しい。
いつもなら、通りすがりのお庭の様子とか、
ついつい眺めてはブッダへのお土産話にしてるのに。
今日ばかりはそれもお預け、それどころじゃないと駆けて駆けて。
やっと見えたアパート前で、
肩が上下するほど はあはあと乱れてた呼吸のまま、二階を見上げれば、

 「………あ、れ?」

ゴールに当たる自宅のドアが内から開いて、誰かが出て来る気配。
え?なに? まさかブッダに何かあって運び出されるとか?
でも救急車も来てないし、…って、まさかまさか 天界直行っ?!
(毎度のことながら、縁起でもねぇ〜)

 「ぶ…ブッダッ!」

愕然とし、それから大慌てでステップを駆け上がる。
途中で足がもつれかかったが、
はっしと手摺りを掴まえ、何のっと粘って体を支え。
そのまま上までを昇り切る。
大股になったれば数歩ほどもあるかなしかの
短い通廊を見やったところ、
今やドアも全部が開き、誰かの影が出てくるところ。

 「…っ。」

担架の端を抱え持つ、
ヘルメットかぶった救急隊員さんだったらどうしようと。
此処までは勇んでいたはずが、
その足も止まってしまってのドキドキしながら見守れば。

 「それじゃあ、本当にごめんなさいねぇ、ブッダさん。」
 「いえいえ。
  何とか頑張って、明日の朝一番にお持ちしますから。」
 「ああそんな、根を詰めてはいけませんて。」

半分後ずさるような態勢で出て来たのは、
白い上っ張りや黄色い制服の男性救急隊員ではなくて。
急遽引っ張り出したらしいカーディガンやらボレロやらを羽織った、
でも足元はストッキングタイプのショートソックスにサンダルという、
夏と秋の合体もはなはだしいいで立ちをした
いやに帰りがたそうな気配の、ご近所の奥様がたが二人ほどと。

 「あ、イエスお帰り。」

そんな二人を見送りに出て来たらしい、
ほんの数分ほど音信不通だったことでイエスを震え上がらせた、
ブッダ様こと、釈迦如来様、ご本人じゃあござんせんか。

 「“あ、イエス”じゃあないっ。」
 「え? う〜んと、じゃあ ヨシュアなのかな?」

でも確か、今朝まではイエスでよかったんじゃなかったっけと。
どこまで本気で言っているものか、
あごの先を人差し指でちょんちょんとつつきつつ言うものだから。
そのままお帰りの奥様がたまでが、
コントの練習とでも思ったか、
すれ違いざま くすすと罪なく笑っておいで。
その横を構わずにずんずんと進み来て、
そちらも昼に別れた時と変わらぬまんまの
ああ良かった、な様子のブッダの真ん前まで辿り着くと、

 「…、ブッダったら心配させないでよぉ〜〜っ。」
 「え? あ、そういえば今日は遅かったよね、イエス。」

奥さんたちが帰るのへ、
途中まで一緒しようかと思ったくらいでと言いつつ。
伸ばされて来る長い腕、
するりと首っ玉へ巻きつける彼ごと懐ろに受け止めながら、
閉まってゆくドアの中、後ずさりして土間側へと戻る。
上がり框でかかとを擦りかけ、
つっかける程度に履いてた靴を脱ぎつつ、
イエス、君も靴脱がなきゃと
ぐいぐい押して来るのをどうどうと背中を撫でて宥めれば。
こちらの肩と首元へ、お顔を埋めてる神の御子様、
くぐもった声で駄々のように告げての曰く、

 「メール、さっき打ったのに。」
 「あ、ごめんごめん。」

必ずお返事くれるからこそ、ないと心配するのは成程の道理。
うう〜っと唸りつつ、案じた分のブッダを補給とでも言いたいか、
ぎゅうと抱き着いたまんまなイエスの背中を
満足するまでと、もっともっと撫でてやりつつ、

 「今から打つんじゃダメ?」

そんなことを言い出すブッダもブッダなら、

 「絵文字5個以上か、
  取っとき画像も入れてくれたら許す。」

 「え〜〜〜、そんなのどっちも無理だよぉ。」

何やってんだか、
とりあえず とっとと上がりなさい二人とも。(笑)





実はメールの文字入力はまだまだ初心者なブッダ様。
卓袱台前に腰を下ろし、
自分のスマホへぽちぽちゆっくりと入力しているのを
何でもこなせる彼には珍しい、覚束ぬ拙さが可愛いなぁと、
イエスも最初のうちはのんびりと眺めていたものの、

 「…………ブッダ、どんだけ長文打つ気なの。」

一応制限があるから送れないよそれと、5分経過したところで中断させ。
直接訊くことにしての向かい合い、聞き取りを構えたところが、

 「ほら、あの割烹着エプロンなんだけど。」

ブッダの受け持ちは昼のうちにも仕上がっており、
買い物のついでに
婦人会の代表のお宅まで持ってくつもりだったらしいのだが。
同じ部分を受け持ってた他の奥様たちが、
あと数枚ほどを残して間に合いそうにないと言って来たらしく。

 「私は当日の売り子とか免除されてるし、それで。」
 「…引き受けたんだね。」

先回りして聞いたのへ、うんと素直に頷いたものだから。
君らしいねぇと苦笑を洩らしたイエスだが、

 「売り子云々、まさか向こうさんが言って来たの?」
 「え? ううん、違うけど。」

かぶりを振りながら、変なこと聞くねと小首を傾げたブッダへ、

 「あのね、ブッダ。君は婦人会の人じゃないでしょ。」
 「………あっ。//////」

いや、これを機会に交ざっても恐らく皆さん反対しないと思う、
むしろ歓迎されちゃうかもしれないし、
お友達が増えるのはいいことだけど。

 「こんな風に、ちゃっかり便乗されるのが目に見えてるから。」

一応遠慮するようにねと。
今頃に気が付いたらしいお友達に
自分なりの心配を告げたイエスであったのは、
言うまでもなかったのであった。(う〜ん)


  …………………で。


任されたのは、何の装飾もないのが3枚。
右袖の二の腕のところのぐるりと、身ごろの裾の一周り、
それから右に1つついているポケットに、
愛らしいチロリアンテープをアクセントになるよに縫いつけて。
背中開きの うなじと腰の2カ所へ
ちょっと大きめのボタンをつけるのだが。

 「ううう、これは私 手伝えないねぇ。」
 「うん、それは構わないんだけれど。」

一旦広げたのを ささと畳んでしまい、
卓袱台の上を片付けて、

 「ただね、イエスにはごめんなんだけど、
  夕飯がちょっと早まってもいいかなぁ。」
 「え? あ・うん、構わないよ?」

というか、今夜くらいは
インスタントのカップめんでもいいのにと言いかけるのへ、

 「それはダメ、
  そこを蔑ろにしてまで請け負ったつもりはないから。」

毅然とした眸なのへ、遅ればせながらそうだったと思い出す。
ブッダが色々工夫して頑張ってるのは誰のため?
それを“〜〜でもいいよ”は ないだろう…と、

 「あ、はい。ごめんなさいです。」

こうまで素早く気がついて
肩をすぼめるほどの猛省の下、
素直に謝ってくれるほど優しいキミだから、

 “頑張り甲斐もあるんだよ?”

くすぐったげに ふふと口許ほころばせ、
キッチンスペースへ立ってゆくブッダ様である。




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