雄々しき獅子と すばしっこいウサギ、
 一体どこで入れ替わるものなのか。

       〜フォーチュンケーキは 甘甘でvv篇

     1



聖家の居室の壁に下がっているカレンダーは、
風景や人物の写真、絵画などが
ポスター代わりに大きく居座っているタイプじゃあなくて。
スケジュールを細かく書き込める、
日付主体のシンプルなもの。
しかも 1カ月めくりなので、

 『わあ、もう一月も終わりなんだねぇ。』

昨夜 布団を敷きつつ、何の気なしに見やったブッダが、
そんな一言を洩らし、
土曜日のコマにうっすら浮かび上がっている1の字へ、
この1カ月ずっとそこに見えていたにもかかわらず、
もう来たんだねぇ、二月が…と言いたげな顔をして見せていて。

  でも、実際の話、
  毎月あっと言う間に過ぎてってる印象が強い
  そんな“おばさん”世代になっても、
  一月は結構長い気がするから不思議だなぁ…。






二月、如月、更衣は、
一説には
“獅子のように猛然と襲い来て、
 ウサギのように一目散に去ってゆく”と言われている。
一年の内も最も寒い時期だから、
獅子のように荒らぶる到来をすると例えられ、
そのくせ、28日しかないので
あっと言う間に三月にバトンを渡してしまうからではなかろうか。

  現に今年も

大寒からこっちは、
全国的に随分な寒さに襲われた日々だったものの。
先週末や昨日からなぞ、結構ほかほかと暖かい日も訪のうていて。

 『うんうん、そういうもんなんだよ、この時期はサ。』

三寒四温って言ってね、寒い日が続いたかと思ったら、
いきなりもっと温ったかい日になっちゃったり。
このまま春めくのかと思わせて、次の日は大雪になったり。
そういう目まぐるしいお日和が巡るのがこの時期なんだよ、と

 “松田さんも言ってたもんなぁ。”

はっはっはっと、
規則正しい歩調に合わせて刻まれている吐息が
お顔へ白い靄になってまといつくのは変わらぬが。
それでも、陽が顔を見せる瞬間が一番冷えるはずが、
今朝はそれほどキツクはなかったから。

  ああ、今日は暖かくなる方の日みたいだ、と

そんなささやかなことが嬉しくて、
ついつい口許がほころんでしまう釈迦牟尼様。
ジョギングは もはや毎朝の習慣であり、
今朝も何事もなく自宅まで戻って来れた彼だったが。

 「…え?」

微妙なご機嫌がどう働いたものか、
いやまあ、いちいち奇跡が起きると思うのもどうかなのだが。
それでもでも、他でもないブッダ様ご本人がそうと感じてしまったのは、

 「やあ、おはようブッダ。」
 「…いえす?」

茨の冠に取り巻かれた濃色の長髪。
薄い肩にひょろりとした肢体だが、
上背はあって頼もしく。
彫がはっきりしていてやや鋭角な面差しだが、
恐持てなのではなく、
むしろナィーヴに端正な風貌で。(註;ブッダ様eyeでのみ)笑
他の誰とも見まちがえようのない同居人、
自身と同じ天界人で最聖のイエス様が、
こんな早朝だというにもう起き出しており、
しかも二階の通路まで出て来ておいでではないか。
いで立ちも、パジャマ代わりのスエットの上下ではなく、
今日のは“エデンの東”と刷られたセーターにジーンズ、
上着代わりのジャージという、
起きました仕様に着替えておいでだったのだが、

 「……。」
 「ど、どうかした?」

そんな彼を見るブッダの表情がやや硬い。
まさかまさか、二度あることは三度というし。
そして、だったなら

 “仏の顔も全機消滅ものの 事態なんだけれど。”

イエスに聞こえていたなら
その場で何センチか飛び上がっただろう
それは恐ろしい文言が(笑)
ついつい胸中へ浮かんでしまったのは、

 “まさか、またマーラが化けているというのでは…。”

…って、こんな早朝に襲来しますか、あの魔王様。
結構勤勉なんですね。
つか、まだメアド教えてないんですね。
何なら今、空メール送ってあげてみてはいかがでしょうか。

 「ブッダ? どうかした?」

さすが、幻覚のクオリティが半端ではない魔王なだけに、
これまでの二度とも、
ちょっとした隙を何とか拾えて見あらわせたのであり。
風貌だけでは見分けが難しかったほど、
そりゃあそっくりな転変ぶりだったのを思い出したけれど、

 「私はともかく、君、汗冷やしたら風邪引いちゃうでしょ、
  早く上がらないと…。」

 「あ、うん。そうだよねvv」

彼とてこんな時間帯の屋外は寒いのだろう、
行儀は悪いが、腕の延ばしようを緩め、
袖の中へと両手を引っ込めていて。
そのくせブッダを気遣う言い方をするのを聞いて、
ああ本物だ…と やっとホッとする。
魔王とはいえ仏門の存在だけに、
イエスが風邪を引かないこと、
引いても瞬く間に治ることまでは知らぬはずだからで。

 「〜〜〜〜ごめんなさい。////」
 「え? 何が?」

そうと判ってしまえば、
次に訪れるのが、疑ってしまったことへの罪悪感。
事情がまるきり通じていないイエスが
キョトンとしてしまうのも無理はなく。
だが、深く追及されてはなお気まずいから、
曖昧は嫌いなブッダではあれ、こればっかりは…と、
そそくさと逃れるよにして、
誤魔化し半分さっさと家へ入ってしまい。

 「??」

何だったんだろ?と
様子のおかしかった伴侶様の後ろ姿を
見届けようとしてか首を伸ばしたのも束の間のこと。
そやってブッダの動きを伺いつつ、
戻って来ないのを見透かすと、

 「……。」

そおっとそおっと通路の奥向きまで向かったイエス様。
そこに置かれてあった洗濯機の蓋をこそりと持ち上げ、
中を覗いて はあと安堵の吐息を零すこと一つ。

 “そうなんだよね、
  ブッダって、朝ご飯の支度の前に洗濯機回してた。”

危ない危ないと、大きめな手のひらを胸板に広げて伏せ、
文字通り胸を撫で下ろしてから……
おもむろに長い両腕を中へと突っ込んだ彼だった。


  「? いえす?」


微妙な間合いを開けてから、部屋へと戻って来たイエスであり。
マーラの転変、幻覚じゃないというのは判ったとはいえ、
日頃と違う行動ばかり見せるものだから、
何とも落ち着けないには違いなく。
それでも着替えはしたらしい、
イエスと同じような普段着姿になっているブッダの立つ居室まで。
さりげなくも両手を後ろ手にしたまんま、
とてとてとてと、そこはいつも通りのフットワークで上がって来た彼で。

 「お腹が空いて目が覚めちゃったのかな?」

くどいようだが、いつもなら、
ジョギングから戻ったブッダが朝ご飯の支度をし、
お味噌汁やおかずのいい香りが漂い始めてさえ、
微動だにしないで眠り続けているような彼なのに。
それがこうまではっきり目を覚ましているなんて、
しかも、布団から抜け出てあちこち立ち回っているだなんて、
何かあってのことででもなけりゃあ有り得ぬ話。
お腹空いた? それとも何か気配でもしたの?と
ついつい案じてしまうブッダ様なのへ、
心配症だなぁとの苦笑をくすぐったく頬張りつつ、

 「ちがうの。」

ふふーと無邪気に微笑ったヨシュア様。
カーテンこそ開けてあったが、まだ布団はそのままになっていた、
明るい六畳間の上がり際に立つブッダの手前で立ち止まると、

 「あのね? はい、これ。」

さっと、両手をおもむろに前へと出せば、
そこには春色も可憐なチューリップの花束が
小さなお花畑のようになってほころんでおり。

 「? え?」

愛らしい存在への“わあ”とほぼ並列で、
一体どこから出したの? いつもならバラだよね?
可愛くて綺麗だけど、あのあの、何でなんで?と。
イエスの手から“はい”と差し出されたまま、素直に受け取りつつも、
日頃の聡明さはどこへやら、
???マークだらけの覚束ぬお顔になってる伴侶様。
そんな隙だらけな様子の稚さもまた可愛いなぁと、
イエスは玻璃色の目許を弧に細めつつ、

 「今日はネ、愛妻の日なんだって。」
 「あ、あいさいの日?」

たどたどしく繰り返すブッダへ うんと頷き、

 「ホントはね?
  晩の8時までに帰って来て、この花束を渡すんだけど。
  私は働いてないから、朝一番にが良いかと思って。」

 「あ…。///////」

此処に至って あいさいが愛妻だとやっと通じたようで。
その甘やかな語呂の響きへだろう、
ブッダの白いお顔や
螺髪の下へ剥き出しになっている福耳の耳朶が、
サァッと鮮やかに真っ赤に染まる。
あ、や、あの、でもあのと、しどもどと焦ってから、

 「………あれ? でも、確か十二月にもなかったっけ?」

はたと思い出した瞬間、
イエス、勘違いしてない?と正したかったか、
真顔に戻った如来様なのへ。
そんな表情の豊かさまで愛おしいか、
うんうんと幼子相手の先生のように良い笑顔で頷いて見せ。

 「うん。
  あっちはね“ワイフ・サンキュー”って日で。
  奥さんに“いつもありがとう”ってねぎらいの言葉をかける日で。」

そいでねと、かすかに間を取ってから、

 「今日はネ、愛してるよ〜って言わなきゃいけない日vv」
 「…っ☆」

そうと語りつつ、長身を前へと倒しかけ、
すいと近づいたまろやかそうな頬へ、素早くちゅっとキスをする。

 「……あ。///////////」

大好きなイエスからの、
伸びやかな声での唐突な“愛してるよ”に
ドキン☆と胸が躍ったと並行して、
ふわっと迫って来た温もりと存在感と。
繊細だけれど男臭い、そんなお顔が悪戯っぽく笑ってて。
ほのかなバラの匂いと一緒に、
ほわり温かな彼の頬が、こちらの頬に掠めるほど近づいて来て。
そこから放たれる熱を意識してのこと、
こちらの頬も熱を帯びたのとほぼ同時。
お髭のくすぐったい感触つき、
軽やかなキスが不意打ちで贈られたものだから、

 「あ…、わ、あの、うと、えっと……。///////////」

真っ赤っ赤になってしまった釈迦牟尼様。
随分と可愛らしい頬へのキスだったにもかかわらず、
ぱさり、螺髪がほどけてしまったのは、
思わぬ不意打ちだったからだろか。
あわわとしながら、そのままチューリップの花束で口許を隠す。
ひんやりなめらかな感触が優しくて、
ちらりと上げた視線の先では、
イエスの宝石みたいな玻璃の目が、
やんわりと瞬きつつ見つめてくれていて。
顔を伏せ、
蚊の鳴くようなか細い声で、

 「あ…ありがと。/////////」

愛らしいお礼を言った、如来様だったのでありましたvv







  ● おまけ ●


思いがけない贈り物と
甘い“愛してる”&キスに舞い上がってしまったブッダ様。
いやぁんvvと真っ赤になったのを何とか静めつつ、
手元へと見下ろしたのが何とも可憐なチューリップの花束で。

 「でも……このお花って、一体どうしたの?」

寝ぼすけなイエスだからどうこうという以前の問題として、
バラでもないのに一体どっから出したんだろうか。
そこが判らず、小首を傾げ、素直に訊いたブッダ様だったのへ。
手が塞がってるからというだけでなく、
態度にも拒む気色がなかったからこそではあったが、
ちゃっかりと間近に寄り添ったまま、
降ろした腕の輪っかの中へ愛しい肢体を取り込んで、
イエスには彼こそが花束みたいな如来様、
視線でもうっとりと愛でつつ応じたのが、

 「うん、昨日のうちに、お花屋さんで買っといたんだvv」

昼間の内にこれこれこういうのがいいとお花屋さんに注文しておき、
お風呂屋さんに行った帰りに、巧妙な方法で受け取ったのだとか。

 「あ…そういえば。」

帰り道でスマホが突然鳴り出して、
ガブリエルかい? え? でもそれって私の一存では…なんて
込み入った話を交わし出し、
ブッダへ“先に帰ってて”なんて言って、
自分はコンビニへ寄り道した格好になったイエスだったのだが、

 「そっか、あの時に。」
 「そーそーvv」

そやって受け取ってから、
アパートに遅れて戻ったのをいいことに、

 「洗濯機に入れといたの。」
 「…っ☆」

ただ外へ出しとくだけじゃあ、今時分だと猫に悪戯されかねないし、
第一、寒かったら凍っちゃうし。

 「でもね、
  ブッダはジョギングから戻ったらまずは洗濯するって思い出して。」
 「…うん。」

今朝だって、この花束贈呈がなければ、
着替えたトレーニングウェアを加えたカゴを抱えて表へゆき、
ろくに中も見ないで どさどさどさと投入すると、
そのまま洗剤と柔軟剤をセットして、スイッチを入れていたに違いなく。

 「だからもうもう焦っちゃったの何のvv」

ブッダが戻ってくる直前に間に合って、どんだけホッとしたったらと、
ホッとしつつも作戦成功とばかり、ほくほく微笑っているイエスであるが。

 「いや…あの、」

寝ぼすけイエス、どうやって早起き出来たのだろうか。
そこが一番に気になったブッダ様らしかったので、
ついつい重ねて訊いてみたところ、

 「そっちは簡単だよぉ。」

満面の笑みとはこういうお顔のことをいうのかと思ったほど、
目許はたわめたまま、口許も弧にし、
頬に それは朗らかな微笑を目いっぱい頬張ったヨシュア様 曰く、

 「スマホでアラームかけて、パソコンもタイマーセットして。」

目覚まし時計も仕掛けたしィと指折り数えたそのラスト、
取って置きの秘密のように囁いたのが、

 「ウリエルにね、起こしに来てって頼んでおいたの。」
 「……ラファエルさんでも、ミカエルさんでもなくて?」
 「うんっvv」

いやぁ、ウリエルなら容赦なく揺さぶり起こしてくれるからねぇと、
やっぱり朗らかなヨシュア様だったけれど、

 “…素直に起きなかったら一体どんな最終兵器が飛び出したやら。”

何せ“セコム発動”は何度も目の当たりにして来たブッダ様なだけに。
怖いもの知らずにも程があるよぉと、
震え上がったのは言うまでもなかったりするのであった。





       お題 A“キスしていい?”





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  *インフルで高熱出しての復帰がこれって……。(笑)


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