雄々しき獅子と すばしっこいウサギ、
 一体どこで入れ替わるものなのか。

          〜追憶の中の内緒?篇

     9



結果として、前の週の大荒れ以上に雪が降りしきった日本列島であり。
しかも湿った雪だったため、
重みに耐え兼ねて
駅やバス停、体育館など大きな施設の庇や屋根が落ちたり潰れたり、
電線が切れるどころじゃあない、
立ち木が倒れ込んで電線を引っ張り電柱が折れたりと、
尋常ではない事故や事態の報告が多発。
平野部にここまでの雪が降ったのは正に記録的で、

 「甲府に1m以上降った雪は、120年のうちで一番だって。」
 「それって、今 住んでる人には覚えが無さ過ぎじゃない。」

急な都市化で拓けた土地だから、
新しい住人らが不慣れだったというよな話じゃあないだけに。
テレビのニュースで告げられる様々な惨状は
自然の猛威の恐ろしさを知ろ示している…はずが、

 「…まさか、父さんが癇癪起こしてるんじゃないだろうね。」

こちら、最聖人のお二人には
微妙な“心当たり”のご乱心のせいかもという恐れも呼んでおり。
殊に、神の子であるイエスの狼狽は大きくて、

 「だったら息子の私にも責任が…。」

コタツにあたっているというに、ぶるると大きく震えつつ、
今にも 被害に遭われた方々のところへ
謝りに回りかねないほどの青ざめようになったのへ。

 「いやいや いやいや、それは微妙に順番が違うから。」

雷ならまだしも、ここまでの天候操作を、
いちいちおじさんが手掛けちゃあいなかろうと、
聖痕が開きそうになほど悄然としている伴侶様へ、
ブッダが励ましをかねて丁寧に言い諭す。

 「前にも話題に上ったことだけど、」

天候担当の神様たちが、それぞれになさってることの、
咬み合わせというか巡り合わせというかが、
悪く重なってのこの大雪なのだろうから、

 「意見したりすれば、
  門外漢が生意気なことをと、怒られてしまうよ?」

だから落ち着いてと、
すぐお隣りから身を寄せて、慈愛の双腕を延べた如来様。
いつもとは逆の体勢、
触れれば骨がさぐれよう、イエスの薄い肩を
その胸元へ包み込むよに抱いて執り成せば。

 「ぶっだ…。///////」

まろやかな懐ろへ取り込まれたのみならず、
やわらかい頬をこちらの頬へすりすりと寄せられて。
大好きな人からの、
惜しみない温みと好意がじかに染みたせいだろう。
しょんもりと眉尻を下げていたものが、
口許をうにむにたわめつつという、
照れたような含羞み混じりのそれながら、
何とか笑顔を取り戻し。
それのみならず、

 「〜〜〜♪vv」
 「ありゃ。//////」

頼りなくもしおれてしまったのでと 甘やかしていただく一方で。
ブッダの優しいお背
(おせな)へ回した手では、
もっととねだるよに、
きゅうとしがみついて抱きついている調子のよさよ。

  明日は晴れたらいいねvv
  うん、そうだね。/////////

天気予報によれば、
寒波が引いたところから、気温も盛り返すそうだから。
雪で押し込められてた数日分を取り返すべく、
ぴっかぴかのいいお天気になったらいいねと、
現金なくらい、ご機嫌も復活していたヨシュア様だったりしたものだから。
間近になってた茨の冠に小さなばらが膨らむのを見やりつつ、

 “もうもうvv”

釈迦牟尼様もそれにつられてのこと
それは甘く頬笑まれ。
最愛の人の豊かな髪、
嫋やかな指に掬い上げては くすぐるように梳いている。
そんなほかほかな雰囲気がお外へも洩れたものか、
よその家々は雪がやんでも結構な積雪に取り巻かれていたにもかかわらず、
松田ハイツだけは、屋根から駐車場から犬走りのポーチから、
それは早急にからりと乾いてしまったそうだった。




     ◇◇◇



都内でも2日ほど降りしきって、車も歩行者も酷い目に遭わされた
それはそれは困りものだった 今季二度目の豪雪だったが。
湿った気団つきの南岸低気圧が何とか去れば、
陽射しも戻って少しは暖かさも復活し。
小道の雪がなかなか溶けず、
ぐずぐずのシャーベットみたいになってたうちは
転んでは危険だからと已なく休んでいたそれ、
ブッダの毎朝の習慣であるジョギングも再開されて。

 「…それだけは、私つまんないんだけどもね。」
 「え? なんで?」

今朝はおかかとゆかりのおむすび2種と、
カブの甘酢漬けにホウレン草の卵とじ炒め、
大根の千六本のお味噌汁という朝ご飯をいただきつつ、
それを用意したブッダが ぎょっとするような一言を
ぷぷーと膨れつつ こぼしたイエス。
何なになんで? と、何か不手際でもあった?と訊くご本人様へ、

 「だってさ、
  ブッダが懐ろからさっさといなくなるから、
  何ぁんか寂しいったら。」

 「…っ。///////」

ここで少しでもこなれた古女房様だったなら、
何言ってますか、
どっちにしたって 眸も覚まさずに
くうくう呑気に寝たままのくせに…くらい
つけつけと言い返しているところだが。

 「いやあの、そ、そそそうだったの?////////」

でもネあのね、私もネ、////////
イエスから身を剥がさなきゃならないのは残念だし、
それはそれは名残り惜しいままに布団から出てるんだよ?と。
真っ赤になって言いつのり、
お箸の先で器用にも、
カブの薄切りをぱたくたと折って畳んで裏返し、
カブトを折り上げてしまったの、
お見せ出来ないのが残念で残念で。
(いいえ、嘘じゃないんですったら。)
大笑
相変わらずの惚気合いに終始し、
双方ともに真っ赤になりつつ、
それでも何とか朝ご飯をきっちり平らげると、

 「じゃあ私は、これを返しに。」
 「うんvv」

雪になることが見越されたのでと、
少し多めに借りていた本やDVDがあって。
思いがけないほど良く晴れたので、
よしそれじゃあ買い物のついでに一気に返しましょうと、
カバンを膨らませてお出掛けすることにした二人。
一緒に両方を回ってもいいが、
ブッダご贔屓の図書館分室とDVDレンタル店は
微妙ながら ちょっと離れた位置にあり。
それぞれで回った方が、
少しは早く片付くだろと意見も一致。
思い出したように吹いてくる風は まだちょっと冷たいが、
なんの、降りそそぐ陽の暖かさは春のそれと言ってもいいくらい。
他愛のない会話を交わしつつ、商店街まで辿り着き、
売り出しの商品と今夜の御馳走へのお買い物を済ませると、
ブッダは川へ洗濯に…じゃあなくて、(おいおい)
ブッダは図書館へ、イエスはレンタル店へ向かうこととなって。

 「今日は新しいのを借りちゃあダメだよ?」
 「はぁいvv」

新作リリースとかいうポスターの煽りに
ついつい釣られてしまうイエスなので、
実のところは…いっそ自分もついてくか、
図書館をイエスに任せたかったブッダだったのだが。
何の、最近は実に効果的な切り札がありもする。

 「借りて来ても、私は観ないで早く寝ちゃうからね。」
 「うう、判ってます。」

以前なら、ブッダが先に寝てしまっても、
そこはリズムが違うんだからと納得し
自分はネサフや夜更かしにいそしんでいたイエスだったのだけれども。

 そんなこんなも今や過去のお話。

コタツを仕舞っちゃうので
寒さのあまり夜更かし出来なくなったというよりも。
横になった身の懐ろに、愛する如来様を迎え入れての寝入りばなが
楽しみでしょうがなくなったが故の
健康的な早寝を続けているヨシュア様なので。
冬の寒夜の寝入りに於いて、
こうまで至近にいるというに、
両想いの、相思相愛という間柄の愛する人に
なんでそんなあなた、
置き去りにされにゃあなりませんか、と。
満場の聴衆を前に壇上へ上がり、
スポットライトを浴びつつ、
こぶしを振り振り 力説したいほどの酷な事態を招くよな、
孤独な夜更かしのネタなんて、絶対持ち帰りませんともさと。
誰でもない、自分自身へと言い聞かせ、
そんな伴侶様と、じゃあねとしばしのお別れと相成って。

 “うん、今日はいいお天気だよなぁ♪”

何しろお店は商店街の中という近場だったので、
イエスの側はあっと言う間に片付いてしまい。
陽なたにいるとホカホカするほどの上天気な中、
落ち合う約束をした緑地公園へと向かう。
いつも待ち合わせにと決めている公園なので、
そこの“何処”と細かく言わずとも、
遊歩道沿いのスズカケの木立の樹下、
今時分だと葉も落ちて陽あたりのいいところに置かれた
木製のベンチだというのも大体決まっており。
やはり彼のほうが先に済んだようで、
まだブッダの姿はないのを見回して確認すると、
これもすっかりと乾いたベンチに腰掛けて。

 “日曜だからかな?”

雪にうんざりしていた鬱憤晴らし、
せっかくのいいお天気だしと、ちょっと遠出している皆さんなものか、
此処には誰の姿もないのがまた、
退屈だなぁと感じかかったところで ふと思い出したものがあり。
ジャケットのポッケをまさぐったイエスが、
その手に取り出したのが あのスノウドームだったりし。

 「……vv」

お部屋で覗いていると
ブッダがあまりいい顔をしないのに気がついて、
さりげなく持ち出してしまったヨシュア様。
これ自体には罪はないと、ブッダだって判ってはいるはず。
でも…と気になってしまうのなら、いっそ視野の中へ置かねばよしと、
双方ともに愛しいと思えばこその この対処。
子供の拳ほどという、結構大きめのドームの中、
しゃかしゃかっと揺さぶってから目許へ寄せて覗き見すれば、
雪を模した銀の断片が一際キラキラと目映く舞う。
部屋の外という明るさの中で覗くと、また違った風景のように見えて。
桜の花弁がひらはらと散るの、
何度も何度も飽かずに見やってたイエスだったのへ、

 「おや。こんなところにおいででしたか。」
 「え? ……あ。///////」

思いがけない間合いでお声を掛けられ、
丁度 銀粉が花弁へ転じたいいところだったので、
行儀は悪かったが目許へドームをあてがったまま、
そちらを向いたイエス様の視野に入ったは。
今日はいい陽気なのでか、脱いだコートを腕へと掛けておいでの

 「梵天さん♪」
 「こんにちは、イエス様。」

頭頂にきゅうと堅く結った残りを、
頼もしい肩口まで垂らした豊かな黒髪もつややかに。
大きく見張ったままの目許は、相変わらずの力みよう。
口元がほころんでいても、これが果たして“笑顔”なものかと、
慣れない人には却って取っ付きにくかったりもするらしいが。
これが見慣れてくると、
ほんの少しほど頬の側がたわんでいたりするのへ
おやと気づいたりも出来るのが、こそり嬉しかったりもし。
大きめのベンチとあって、
目礼を寄越してからすぐのお隣りへと腰掛ける彼を眺めつつ、

 「こんなところで どうしました?
  あ、そうだ、こないだは間に合ったのでしょか。」

一人で留守番していたイエスを放って置けなくてか、
御用があったらしいのに、
ブッダが戻るまでをお付き合いしてくれたらしい彼であり。
実は執筆依頼をしに行く相手があったらしいと知らされ、
あわわと慌てたことを思い出したメシアだったのへ、

 「ええ、間に合いましたよ。」

ご安心をと はきはき応じた天部様、
そのままイエスの手元へ視線を向ける。
そんな彼なのへ さすがに気がついて、

 「これ、気に入っちゃっててvv」

小さな子供がお気に入りを手放せないようかもと、
それを自覚したか、やや照れたように笑ってから、

 「でも、他の人には薦められないから残念で。」

どこで手に入るのかと訊かれても、おいそれとは言えない出自。
なので、きれいで楽しい仕掛けを他の人にも楽しんでほしいけれど…と、
皆まで言わずに口ごもってしまうイエスであったが。
そこへも含羞みの気配があるのを
微笑ましいなという和んだ眼差しで見やった梵天氏、

 「ああ、他言なさっても構いませんよ?」

そうと言って差し上げて、
スーツの懐から名刺を取り出し、イエスへ渡す。

 「地上からの注文も受けられるよう、窓口も設けておりますので。」
 「ええっ?」

言われて見やれば、
全世連仏閣営業部という問い合わせ先のメアドと、
サイトもあるらしいURLが記載されており、

 「いいんですか? これってもしかして
  ちょっぴり咒も封入されてるみたいですのに…。」

 「このくらいは大丈夫ですよ。」

そう、寺社仏閣で販売している縁起物だって
法主や宮司が祈祷して念を込めているではありませんか、と。
お守りや破魔矢への祈祷のようなものだから、
特に問題はないと言い切るところが何とも豪気。

 「営業部…。」

どうやらこの名刺自体も、下界の人間相手にと作られたものであるらしく。
そっか、ブッダが“営業みたいなこともする”って言ってたのはこのことかと、
妙なところで辻褄が合ってしまい、イエス様への納得を招いていたりして。
…ブッダ様ご本人がいたならば、
奇遇もいいとこと 複雑なお顔になったと思う人 手を上げて。(笑)

 「でも、この玩具って
  ひょいと出来たものじゃあないのでしょうに。」

ずんと凝った仕様であり、
企画会議も開いて検討を重ねたに違いなく、

 「こういうの作ってるなんて話、
  ブッダも知らないでいたみたいですが。」

繊細な仕掛けなのへ素直に驚いていたほどだ、
前もって聞いていた訳ではなかったようであり。
だがだが、時々は弟子の皆さんと逢ってもいるのだ、
天界と完全に没交渉だったとも思えない。

 「極秘の企画だったとか?」
 「いえ、そこまで大層なプロジェクトではありませんが。」

重々しくも声を潜めて聞くイエスへ、
あっけらかんと応じた梵天は、そのままのトーンで、

 「シッダールタはあまり私の話を聞こうとしませんからね、
  アナンダ経由で伝わればいいかなと。」

ハッハッハッと快活に笑い飛ばしてしまわれる。
これまた、心から愉快愉快と思っておられるかどうかは、
素人目には判別が難しく。(何の素人?)

だが、それへと続いたのが、

 「何しろ負けず嫌いな彼ですから、
  私へ喧嘩腰というか
  挑発するなら受けて立ちますという構えなのは前々からですが。」

自社製品の説明のような単調さでそうと言ってから、
ふと、その目許が僅かほどたわめられ、

 「ああまで果敢に咬みついてくるとは、少々意外でしたね。」

てっきり、私を振り回そうったってその手には乗らぬと、
ツンと澄ましてスルーするかと思いましたのに。
あの程度のやり取りへ、ああまで敢然と返してくるなんて
滅多にないことだと天部様は苦笑をし、

 「それで良いのですか?
  梵天さんってブッダの守護神なのでしょうに。」

喧嘩腰もオーライとしている時点でアウトなんじゃあと、
あくまでも笑い飛ばした彼なのへ、
こちらは ややもすると呆れるイエスへは、

 「なんの、一人くらいは
  歯が立たぬ苦手な存在もいなければなりません。」

刺激がなければ成長も発展もありませんと、
自分も帰依までして支える教えの宗主を捕まえて、
しゃあしゃあと言ってのけるから凄まじい。

 「とはいえ、あのシッダールタが、嫉妬とはね。
  随分と心豊かになられたものだ。」

 「………おお。////////」

軽い言いようではあったが、
地団駄とか駄々でも通じたところ、
嫉妬という言い回しをわざわざ使ったのは、
暗に、彼ら二人の間の絆のカラーに気づいていると言いたいか。
そして、それへと
誤魔化しの素振りも曖昧な物言いも挟むことなく、
すんなり照れたような応じを返したイエスでもあり。
否定はしませんということか、
いやいや、回りくどい駆け引きを得意としない神の子だから、
天然なところが出たまでのことかなと。

 「…。」

そのまま も少し後追いして良い話題かどうか、
ふっと考える間を取った梵天だったのへ、

 「…私、地上に降りて来てから、
  ブッダによく叱られているんですよね。」

話の継ぎ穂が途切れたとでも思うたか、
イエスがそんな話をし始めて。

 叱られる?
 ええ。

 「あ、天界でも時々叱られてましたけど頻度が違うというか。」

たははと照れたように笑うものだから、
その屈託のなさへ、おやおやとこちらも釣られて苦笑を向ければ、

 「ブッダの声って大好きなんですけれど、
  怒ったり叱ったり、あと説法モードに入ってしまうと、
  ちょっぴり声のトーンが変わるんですよね。」

知ってました?と、鹿爪らしくも人差し指を立て立て訊く彼であり。
極端に違うっていう訳じゃないんですが、
厳かさの映える響きというか低さというか。

 「そしたら、ブッダ本人から、
  自分はあちこち後づけされてる身なんだと聞いて、」

螺髪にしなさいと言われたのもそうだし、
そうしているときの髪が金色がかっているのもそう。
肉髷も、奥歯が増やされているのも、
他にもあちこちと聞かされて。

 「声もね、梵天さんと同じのも出せるんだよって、
  説法のときなどはそっちで語ってるんだって教えられて。
  それで“ああ”って、やっと気がついたんですよね。」

 「……気がついた?」

言い回しの微妙さへ、
そこはさすがに聞き漏らすことなく、
また、そうであることを伝えるように
繰り返して訊いた天部様なのへ、

 「ええ。」

イエスもくっきりと、
稚拙な言い間違いでもなければ、梵天の聞き間違いでもないと、
それは力強く頷いて見せて。

 「わたし、梵天さんの声のほうに覚えがあったんですよ。
  磔刑に課せられ、息を引き取って墓地へ埋葬されてから、
  天へと昇ってすぐの身へ、話しかけてくださったでしょう?」

 《 お帰りなさい、イエス様 》

それは憔悴し切り、心身共にぼろぼろに傷ついてもいて。
取るものもとりあえずと、
力天使らに導かれてぐんぐんと天を昇って辿り着いた雲上にては。
朦朧としている中、少なくはない気配が自分を取り巻くのが察知出来、
誰もがようこそと声掛けをしてくれていたのも聞こえはしたが、
消耗がひどく、倒れかかったその身を咄嗟に支えてくれた腕があり。

 『……っ。』

頼もしくも雄々しき感触が、だが、
自分に最後に触れた刑吏らの逞しい腕と重なって。
もう辛いのは御免だと、
反射的にいやいやと抗って、振り払おうとしてしまったというに。
コツを心得ておいでのその腕は、こちらが楽なようにと抱えてくれたその上で、

  ―― お帰りなさい、イエス様、と

それはそれは落ち着いた、良い響きのお声で、
初めて、お帰りと言ってくれた人でもあって。

 「それだけじゃあない。
  その声掛けを聞いたおり、
  私 その声に聞き覚えがあるって思ったんですよね。」

久し振りの暖かな陽光が、スノウドーム越しに七色に弾ける。
そんな反射を手のひらの中にくるみ込みつつ、和ませた表情で見下ろしながら、

 「私、地上に生み落とされる前に、あなたの声を聞いている。」

 私の父と何かしら言い争っていたでしょう?
 私に課せられたあれこれへ、酷すぎると怒っておられたのではありませんか?
 語彙まで詳細に拾えた訳ではありませんが、
 だからこそ、思い出すこともないままだったのでもありましょうが。

 「そのような非道をよくもまあと責めておられた、
  犠牲となる私を哀れと思ってくださっていた気配が、
  その声には一心に込められていて。」

それがまざまざと思い出されたものだから。
ああ私、この声に覚えがあると感じたそのまま、
やっとのこと、
雲上に“戻って来た”のだなという自覚をしもした訳で。

 「……それらが 一体何だというのですか?」

イエスの語りようを、そうですかと聞き終えるのでなく、
まだ何か続きそうだと受け止めたのは、
古代インドにて祀られし、賢き全能の創造主でもあるからか。
心なしか表情が硬いのは、
珍しくも真摯に警戒をしておいでのせいかも知れぬと、
そうと受け止めたイエスの側にも、
今更の躊躇や、はたまた畏敬から生じる恐縮はなさそうで。

  紛れもなく神をも恐れぬ言動で申し訳ないのですが。

 「私をダシにして、
  ブッダを徒に惑わすような言動は控えてもらいたいのです。」

先程の仰有りようといい、
私たちの情の質へも気がついていらっしゃるようで。
そこをつつけば、
あの聡明なブッダがぐうの音も出なくなるというのにも、
当然気づいてもおいでなのでしょう?

 「……。」

揶揄以上の悪気はないのでしょうが、
あなたは ただでさえ、
彼が素で困ったり焦ったりするだけの蓄積を余裕でお持ちで、
尚且つ、彼が逆らい切れぬ唯一のお人でもある。

 「その気になれば、
  彼をどこかへ押し込めることも、
  神通力を取り上げることもあなたには容易い。」

 「そんなことは…。」
 「ええ、実際になさるつもりなぞ
  欠片ほどもお持ちじゃないのでしょうが。」

でも、ブッダが最も恐れているのもそこですから、と。
イエスの言いようこそ容赦がなくて。
本人にも自覚はないかもですが、
彼からいろいろ取り上げて無力化するのと等しいそんな仕打ちを、
あっさりとこなせる存在で、と。
そうと紡いだイエスが続けたのが、

 「自分がそんな目に遭うことよりも、
  そんな非道をあなたにさせるような、
  罪深い身となることが、
  彼には最も恐ろしいことなのですよ。」

 「……っ。」

罰を受けるのは怖くないと、いつぞや彼は言っていた。
ただ、巻き添えになる人を作るのが怖いと。
それは例えば、
執着を持ってしまった対象のイエスのことであるとしていた彼だったが。
同じことがこの梵天へも言えるのではなかろうか。
限りない慈愛をその懐ろにたたえておいでの如来様。
誰かの苦しみを癒せるのなら、
どんな苦痛をも耐えようと その身を投げ出すのを厭わない。

 「これまでのところの口答えは、
  せいぜい童っぱの反抗程度かも知れませんが、」

それなり制御出来る範疇の咬みつきように
留めておれた彼だったろうけれど。

 「今のブッダには微妙な逆鱗が出来つつある。」

それへ触れられたら、
相手があなたでも自分が何を口走るか、
どんな抵抗、反逆をしでかすかも判らない。

 「そのような逆鱗を、
  何物にも執着してはならないと、
  煩悩は全て捨てなさいという教えを説く彼へ
  矛盾した想いとして持たせてしまった以上、
  私はそんな彼をこそ、何物からも守りたいのです。」

なので、と。
それは静かに語り続けるメシアであり。
その文言はどれも、
聞きようによって、はたまた聞いたものの立場によって、
非常に危険で恐ろしい意味合いを持つものへと
転化しかねぬものばかりでもあったれど。
イエスが淡々としているのと同じほど、

 「……。」

梵天の側もまた、
由々しい事態だという険しい御面相にもならず、
深刻な極秘事項だという堅固な警戒を持ち出しもせぬままに、
イエスの独白を黙然と聞いており。

 「私を持ち出すというやり方で、
  彼をあまり困らせないでほしいのです。」

 でないと、私、ブッダに話してしまいます。

 「あなたが私へ、
  それこそ 母の胎内への降臨をなした“始まり”からのずっと、
  何かと気に掛けてくれているのだということを。」

 「…っ。」

もしかせずとも、
あなたには相容れられぬ考え方を正さない 私の父への
反発からというものなのかも知れませんが。
それでも、
何かにつけ それは優しくしてくださったことには変わりない。

 「そんなあなただということを、
  あなたを詰るブッダへ 包み隠さず全部話してしまいます。」

 「…………。」

結構 大それたことも並べたイエスだった割に、
憎からず想うという以上の存在だと仄めかしたブッダを
彼なりのなりふり構わず守るための手段としては、
異様なくらいのささやかな抵抗にも思えたそれだが、

 「脅しですか?」

最強の天部様が、本気も本気、
それは硬い表情となったのが何を意味するかは明白で。
とはいえ、
イエスの側も 特にしてやったりという態度は示さぬままでおり、

 「そんなじゃありませんて。
  でも、梵天さんってば、
  ブッダから“いい人だ”と思われるのが苦手なような気がしまして。」

目の上のタンコブでいたいなんて仰有るその上、
今だって“脅しか?”なんて訊くんですもの、
これは間違いないかなと。

 「それと。」

んんんっと空気を改めるかのようにわざとらしい咳払いをし、

 「私としては、二人には仲よくしてほしいのですよ。」

いやまあ、度が過ぎる“仲良し”だと、
今度は私が焼きもちを焼いてしまいますが ////////と、
それもまた素なのだろう、かわいらしい脱線をし、

 「煙たがってという形であれ、あなたを意識するのも、
  実はちょっぴり面白くないのではありますが、
  そんな我がことはどうでも良い。」

そうと言って、その顔容をすうと冴えさせたイエスであり。

  心乱され、思い詰めてのこと、
  険しいお顔になる彼を見るのが忍びないのです、と

それがための、畏れ多くも天部に向かっての譲歩案だと、
いやさ、譲歩としつつ これ以上は譲れぬという構えを見せているのは、
他でもないその表情の鋭さが物語っており。

 「良いのですか?
  あなたのようなお立場の人が、そんなことを言っても。」

ここまでは素知らぬ振りで黙していた彼が、
今になって 念を押すよにそれを訊く。
イエスだとて、アガペーという普遍の愛をしか持たぬ身の筈。
なのに…と、何をわざわざ訊きたい彼かも引き取ってのことだろう、

 「だって、今の私は ブッダが何よりも大切なんですもの。」

これこそ、どうとも解釈されかねぬことだけに、
彼の立場であまり口にして良いような言いようではなかろうに。
揺るぎない眼差しのまま、そうまではっきりと明言されては

 “……逆手に取る訳にも行かぬではないですか。”

強引な強制はしていないと、
交換条件であるかのように持ってゆくところは、ちょっぴり狡猾。
でも、そうやって、自分が狡い持ちかけようをしたのだとし、
そんな流れだったから呑むしかなかったのだと、
こちらの立場を、逃げる隙のようなものを、
さりげなく設けてくれるところが、小癪でさすがだとも言えて。

  ああやはりこの彼には敵わぬなとの苦笑を咬みしめ、

 「気をつけなさい。そういうところ、君の父上と似ているから。」
 「え"?」

せめてもの厭味を頑張って言い放ったところ、
両の手で頬を押さえ、それは困るなぁという苦笑を見せたイエスだが。


 「…聞いていましたか? シッダールタせんせえ。
  あなたの想い人は、これでなかなか強かだ。」


 「……………………はい?」


彼が何を言い出したのか、
いやさ、唐突に誰へと向けてそんな声をかけたのか。
咄嗟に理解出来なくて、
その表情が止まってしまったイエスだったが。
振り向きもしないままな梵天さんのやや後方、
花壇のように縁石で縁取りされたところへ植えられた、
スズカケの木立の向こうから。
それまでは誰の姿もなかった空間へ
ふわり滲み出したのが見覚えのあるPコート姿の

 「ぶ、ぶっだ?//////////」
 「〜〜〜〜。/////////」

どひゃあと驚いているのはお互い様。
梵天氏へのとある交渉、内緒で運ぼうとしていたイエスと、
何を語らっているものか、こそり聞き耳立てていたらしいブッダと。
どっちも内緒でいたものが、
行動と存在を見顕
(みあらわ)された恥ずかしさ。
揃って赤くなってしまった睦まじさへこそ、
おやまあと、何とも言えぬ温かな苦笑をこぼした、
最強天部様だったそうでございます。





       お題 H“何も言わないで”






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 *スノウドームの素材は
  『
youの素材room』様 よりお借りしました


  *いやはや、
   ちょっと久々に、実は強かなイエス様の降臨でございましたが。
   何の何の、梵天さんの方がやっぱり上手だったようでございますvv


ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

bbs ですvv 掲示板&拍手レス


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