人恋しき 秋の深まりに
      〜かぐわしきは 君の…

     



ここまで書いた今頃に何ですが。
実在する施設ではないけれど、
モデルにしたトコロはあった埠頭の○○○水族館を、
(ホンマ、今頃…)
やっとのことで後にした、
イエスとブッダ、最聖開祖様のお二人で。
すったもんだもありましたが、
つか、全般通じて随分とドタバタしていた見学行。
遅いお昼を駅そばで済ませ、
最後の乗り換え駅から地元までの普通列車へ乗り込めば、
少しほど茜色を滲ませ始めている陽が
やや斜めから差し込む車内は仄かに暖かく。

 かたたん・ごととんという単調な轍の音が
 いつもの“日常”を連れて来るように聞こえもして

どちらからともなく、肩を緩めると、
ほおという安堵の息も洩れるというもの。
空いてた車両だったので、遠慮することもなく並んで座り、
イエスがスマホを取り出すと、
結構写したあれこれを、一緒に覗き込んで眺めやる。
ちょっとした一軒家がすっぽり入りそうだった、
見上げるほどだった大水槽では、
海ガメがマイペースで可愛かったとか、
エイの泳ぎ方が優雅だったねとか。
ああ、クラゲはあんまり写ってないなぁ、暗かったものね、
私、撮ったけど?
え? あ・ホントだ、
そっか、モードを変えなきゃいけなかったのか、とか。
あのピラルクをご家庭で飼う人がいるんだねぇ、
でもブッダだって、ライオンさんを対でSPにつけてたんでしょ?
いやいや、天界と此処では住環境が違うじゃない、と。
途轍もなく大きなお父さんがいる身なのでか、
大きい生き物への感覚、
どうかするとブッダ以上に桁が違うのかも知れぬイエスへ、
もしもし?と物申すをしてみたのは…ちょこっとした脱線だったけど。(笑)
何枚も続いた画像が、だが、
ふっと思いがけない間合いで終わりとなったのへ、

 「…そっか、イルカさんはあんまり撮れなかったねぇ。」

あざらし館でアシカやトドは撮ったが、
イルカショーは結局、階段を降りながら ちらと観ただけに終わった彼ら。
スマホが濡れなかっただけ良かったとしましょうかと、
顔を見合わせ、肩をすくめ合ったものの、

 『今日のは私がおっちょこちょいだっただけ。』

ああまで とんでもないことをした小さな蝶々の魂へ、
イエスの取った対処が、
実を言うと、ブッダには ややもすると引っ掛かるものがなくもない。
そう、人の命を奪おうとしたのだから、
本来ならば あんな簡単に許されることではないからで。
相手が人ならぬイエスだったからとか、
ましてや無事だったからと言って見逃していいことじゃあない。
見合うだけの厳罰を課さねば、
それと気づかぬまま、最悪の場合 悪霊へ特化だってしかねないものを、
何の咎めも下さぬまま、しかも天界へ向かわせただなんて。
慈悲深さではブッダといい勝負…というのとも、まるきり次元の異なる
破格の対処を取ったイエスだったことになる。

 “でもまあ、彼は神の子だから…。”

スマホではなく、
もう一度見ようねと逆上る操作をするイエスをそっと覗き見て、
小さなモバイルに気持ちが逸れているお顔の端正さへ、
ブッダは感慨深げな瞬きを小さく一つ。

  許すことが前提の、神の眷属にしてアガペーの申し子。

かつて人の罪をすべて許し、すべて負って、
十字架へ架けられた彼だからこその
対処なのかも知れぬと、思えなくもなかったし。

 “それに…。”

許されて、それで終しまいでもないことだと、
ブッダも気づいてはいる。
あの子はあのまま天界へ上り、
元は素直なその心根へいろいろと積み重ねるうち
長じてから今日のこの罪をどう受け止めるのだろうか。
どれほどの誤りを犯したかを知って、
取り返しのつかないという格好で、
真摯な悲しみに苛まれることもまた、
イエスには把握済みなことなのだろう。
だとすれば、

  今もなお、何と負うものの多い人なものか。

 「……。」

そこへまで理解が及ぶからこそ、
これ以上それへ触れるのはタブーとした上で。
背中を大きく延ばしつつ、
あぁあと言いたげなお声でブッダが告げたのは、

 「…ホントにもう、ライバルが一杯なんだから。」

こたびの やや過激だった顛末に、
肝を冷やしたと同時、
あらためて思い知らされもしたのがそちらへの憂慮。
ほんの昨日、ブッダを訪うて来た明王があった次第を聞いて、
もうもうもうと、
どれほど怖い恋敵がいるのーと震え上がった振りして、
どれほどシンパシィがいるかを自覚してよねと
駄々をこねかかったイエスだったが、

 「人のことは言えないよね、君も。」
 「う〜んっと…。///////」

随分と言いようを省略してくれたブッダだが、
それでもそこは…いつも一緒にいるのは伊達じゃないというもの。
言わんとしていることはイエスにもようよう伝わったようで、
スマホを操作していた手を止めると、

 「で、でもでも私のほうは可愛いもんじゃないの。」

そりゃあまあ、
やらかしたことは とんでもなかったけれどでも。
あんな小さな蝶々だったでしょ?、と、
他愛ない小さきものだったと言いたいらしく。

 「君を好いてるからって、
  わざわざ天界から追ってまで来た明王様とか。
  本気で辣腕を振るわれたなら、私では歯が立たないもの。」

格というか脅威というか、
規模や手ごわさが全然違うじゃないかと。
何を強調したいものか、
人差し指を立てて振り振り、そんな風に言い立てるイエスだが。
そんなややこしい鼓舞もどきには負けないし、
こればっかりは誤魔化される気もないブッダ様。
綺麗な深瑠璃の眸を半眼にし、すぱりと指摘したのが、

 「あんな可愛らしい子へこそ、
  無下にも出来ぬし、
  大人げないから嫉妬も出来ないじゃあないの。」

 「うう〜〜。/////////」

そっかぁ、どっちもどっちだねと。
隙なんてない、ぴしりとした言いようにあっさり言い負かされ、
がぁっくりと肩を落としたイエスだったものの。

 「…………。」

しばらくほどトレーニングウェアのお膝を
見下ろしたままでいてのそれから。

  ぽつりと呟いたのが、

 「…ブッダでも焼きもち焼くんだ。」

さすが、愛する人の唇より出づるものは
うっかりと取りこぼしたりなぞするものですかというところか。
嫉妬も出来ないというフレーズを
きっちりと取っ捕まえてるところが何とも卒がないイエスであり。
途端に、う"っと言葉に詰まったブッダ様だったが、


 「……ほんの、」
 「ほんの?」

ちょっぴりかなと小首を傾げておれば、

 「山ほどだけどもね。//////」
 「〜〜〜。//////」

お約束のお惚気、ややそっぽを向いて零して下さったのへと、
頬を押さえたイエスが“キャアvv”と萌えかけたところで、

 「お…っと。」

次の停車駅に着いたものか、
車体がキキィとなめらかに止まり、
吊り革たちが同じ間合いで斜めに揺れる。
ほとんど無人だった車内へと、
朗らかにはしゃいだりお喋りをしながら、
若いお顔が何人も乗り込んで来る。
夕方というには少し早い時間帯だが、
それでも学生さんたちの姿は結構多く。
立川へと近づくにつれ、見覚えのある制服もちらほらと。

 そういやそろそろ、学園祭とかいうのが始まるって。
 うん、言ってたね。

学業はちょっとお休みして、その準備にと奔走しておいでなのだろ
若人たちのはしゃぐオーラのお元気さに。
感慨深くなったせいか、ややテンションが下がっていたお二人も、
くすすとお顔を見合わせ合って。
色々あった特別な日だったけれど、
それももう終わろうとしており、
明日には“過日”になってしまって駆け去ってゆくもの。
次には何が訪のうものか、それをこそ楽しみにしようよと、
気持ちの切り替えも何とかついたご様子であり。
窓の外を流れる風景へ視線を乗せられるほどとなったところへと、
どこからともなく可愛らしいくしゃみが聞こえて。
ああそういえば、うがいも始めなきゃいけない頃合いだねぇと
ほんのり微笑んでしまったブッダ様だったのだけれども。
そこへ、

 「あ、ブッダ、寒気は?」

選りにも選って自分が訊かれ、
こんな不意打ちもないなと、
生真面目な彼には珍しくも かっくりと斜めにコケかかる。

 「え? いや何ともないけど。」

小首を傾げ、何でまた急に?と、訊いたお隣りさんを見やったれば。
そんな表情だけで意は通じたものか、

 「だってあんな、いきなり水なんかかぶっちゃったし。」
 「それは君もでしょ?」

寒気がするの?と逆に訊けば、
ううんと素のお顔でかぶりを振ったイエスだったものの、

 「私はほら、風邪とかインフルという病いには縁のない身だし。」

なので、手ごたえというか切っ掛けというのが判らなくてと、
困ったことよと言いたげに、
眉と口元のお髭とを お揃いのハの字に下げる彼だったりし。
かつて、病に苦しむ信者を片っ端から治癒した奇跡の神の子。
その力は伊達じゃなく、
多少の怪我やちょっとした病気などは、
罹患したと気づく間もなくの
あっと言う間に収まってしまう彼なのだそうで。

 “でも、車や船には酔うんだよね。”

まあ、あれは病気じゃありませんから、ブッダ様。(苦笑)
そんな自分とは違って、
一度たいそう重い風邪を引いた彼だったことが忘れ難いものか。
さっき聞こえたクシャミから、
イエスはイエスで…やや覚束ないながら、
案じてくれての、これでも気遣ってくれているらしく。
子犬がお母さんを案じていてのそれ、
きゅうんという甘い鼻声が聞こえて来そうな心配顔となり、
じいと見つめて来るものだから。

 「すぐに暖かいシャワー浴びたし、大丈夫だよ。」

そこまで弱くはないってばと、
現に悪寒も何もせぬのだしと言い返したものの。
人へ余計な心配をかけるのを嫌い、
ちょっとしたことならば抱え込むブッダだというのが
こういう方向へまでも拭えないものか。
唇までも、こちらはへの字にして、
う〜んと案じるようなお顔を続けるばかりで。

 “…思わぬ方向で信用がないんだなぁ、私って。”

他では有り余るほど信頼されてますのにねぇ。(う〜ん)
かたたんかたたん、車輪がレールの継ぎ目に弾む音。
さわさわと満ちるは、女子高生たちのお喋りという軽やかな喧噪。
カーブに差しかかって、差し入る西日がゆっくりと方向を変える。
何をか考え込むイエスのお顔にかかっている陰も、
ゆっくり角度を変えてゆき、
その表情を微妙に陰らせてしまったものだから。
あんまり深刻に構えないでと、手を延べかけたその矢先、

 「来月には流れ星の会だってあるかも知れないんだし。
  うん、今日から暖かくするのの強化週間だ。」

揺るぎないガッツを見せたいか、拳をぐうにしたポーズで決めて、
何だか妙に張り切るイエス様。
そういやいつぞや 試しにと本誌にも上がった構図、
選挙ポスターでしょうかという、
アレにたいそう似ていますが………。

  つか、何ですか、そりゃあ?





     ◇◇◇



ちょっぴり食事のリズムがずれちゃったので、
先にお風呂へ行ってしっかりと暖まって。
それから、いつぞや作った大豆の唐揚げに
キャベツとコーンのコールスロー。
キンピラゴボウと飛龍頭の煮付けと、かき玉汁という
充実の夕ごはんを食べて、さてと。
風邪には温かい飲み物といいますが、

 「しょうが湯とかホットワインとか?」
 「そうvv」

体を内側から温めるから、予防にもなるんだよと。
ふふーと笑ったイエスが立っているのは、
食後のお片付けを終えたキッチンスペース。
ちょっと前に関西地方のおいしいお水を
うっかりと転変させた赤ワインを冷蔵庫から取り出すと、
小さめの片手鍋へとあけて。
水を加え砂糖を足して、ゆっくりと過熱する彼で。
ちなみにホットワインは、
ドイツではグリューワインともいい、
クリスマスなどでお馴染みな飲み物なんだとか。
ただワインを暖めりゃあいいってもんじゃあなくて、
あの『銀○英雄伝説』にも出て来ましたが、
水で割った赤ワインにシナモンなどを入れ、鍋で煮て、
蜂蜜や砂糖、レモン汁、時にラム酒を加えて作ります。
今時だと、
赤ワインにシナモンパウダーを入れ、電子レンジで温めてから、
蜂蜜や砂糖を加えるというのがメジャーなようですが、

 「シナモンが苦手なら、
  摺り下ろしたしょうがをひとつまみ入れるもよし、だけど。」

 「私は別に苦手じゃあないけれど…。」

というか、
お酒自体にあまり親しみのない方なので、
ワイン自体もソーダで割って飲むほどだのにと。
それを供されるのだろうブッダ様としては、
イエスの気遣いは嬉しいけれど、
やや不安もなくはないというお顔になっておいで。
そうこうするうちにも、

 「よしよし出来たっと♪」

沸騰させる手前で火を落とし、
鍋ごと傾けるようにして、
マグカップ半分ほどを そろりとそそぐ。
ワインや他のお酒へも慣れのあるイエスには、
さして癖もない、馴染みある代物らしいが、
アルコールの類はどれも、
温めるとちょっと香りが立ち過ぎて、
慣れない人にはなかなか飲みにくくなるもの。
卓袱台までを運んで来たイエスから、
どうぞと渡されたカップだが、

 「……えっとぉ。」

縁から立ちのぼる湯気の匂いへ、
うっとためらうブッダなのを見て、

 「そっか。…じゃあね」

大きめのスプーンを持って来ると、
手を延べて、カップを返させて。
それを一匙掬って、ふうふうと吐息をかけ始めるイエスであり。
いやあの、冷ますくらいは自分でできると言いかかり、

 “あ…。//////”

ああと ブッダが気づいたのは、
猫舌なイエスへ、たまにこうやって
ドリアやグラタンを冷ましてやってる自分だということ。
どこか面映ゆいというお顔になって、でも、
じっとされるまま、あ〜んとお口を開けまでしていたイエスだったのは、
構われるのが嬉しかったからに違いなくて。
ああ、あれの見様見真似をしているのかなと思えば、
この一連の気遣い全てが一生懸命の塊みたくて くすぐったくて。

 「…ンまぁいvv」
 「イエス?」
 「あ、いけない。」

自分が飲んでどうするかだよねと、てへへと微笑ってから
またぞろスプーンに掬って、口元へ。
ふうふうと頑張って冷まして冷ましてのそれから、
くいぃっとそのまま、
触れさせていた唇へ向けてスプーンを傾けた彼だったのへ、
またぁと苦笑混じりに呆れておれば。
いつの間にか背後へ回されていた手が、ぐいと

  「…………え?」

かいがら骨の真ん中という、コツを得た場所をぐいと押す格好で、
傍へおいでとブッダの上体を引き寄せており。
間の取り方の絶妙さから、
抵抗するどころか気づきもせぬままのあっと言う間。
自分からも身を寄せ、少しほど腰を浮かせたイエスから、
次にはうなじを軽く支えられ、
お顔同士がくっつかんばかりに引き寄せられてゆき、


   …………………………ごくん、と。


ただ唇同士を合わせただけじゃあ、あふれて零れる恐れも大きい。
真上と真下となる角度で押し付けてから、
ややねじ込む格好で合わせ目に隙間を作り。
間髪入れずにそそぎ込んで…ごくりと飲むのを確認してから、
やっと唇を離したイエスであり。
甘い吐息はどちらが零したそれだったものか、
頬へまで届いたそれはほんのりと熱くて…。

 「これなら匂いも気にならないでしょ?」
 「あ…………うん、/////」
 「美味しかった?」
 「…………うん。/////」

あ、でもこれだと“ホットワイン”の意味がなくなるのかなぁ?と、
今頃気づいて あははーと屈託なく笑ったイエスだったのが、
さあっとほどけた髪の向こうへ隠れてしまい、


  「え? ブッダ?」


だってたったの一口なのに?
そんなにも弱かったっけ、キミ…と。
慌てたように肩を抱いてくれる、覗き込んでくれるイエスが、
傍にいるのに遠く感じて。
そんなのヤダと、ぎゅうと抱き着いて……


  後の記憶が飛んでしまった、ブッダ様だったそうでございます。





        お題 G “飲ませてあげる”



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  *待てないよ、どころじゃあなく
   難しいお題でしたが、何とかクリア、かな?
   そっか、ブッダへのホットワインは
   私へのリンゴと同じかぁなんて、
   イエス様から誤解されたりするかもですね。(う〜ん)


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