キミとの春、ひたひたと


     1



自然の猛威をあらためて知ろしめすかのように、
猛烈なまでの大雪や厳寒が毎週末のように訪れた、
何とも壮絶だった二月もそろそろ終盤。
まだ解け切らない雪の影が思わぬところなぞに居座っているものの、
それでも春の気配はしてくる今日このごろで。

 「…………………ん…。」

昼が一番短いとされる12月の冬至を過ぎても、
夜明けの訪のいは どんどん遅くなっていたはずが。

 “もうこんな明るいんだなぁ。”

立春間際のころは、
七時を回らねば天気さえ見透かせなかったものが、
ほんの半月ほどで、
五時台にはもう黎明の仄明るさが満ちるようになったし、
六時を回れば陽そのものが昇って来る。
今朝もそんな朝日が じきに昇り始める頃合いなようで、
それほど薄いカーテンではないのだが、
室内には朝を伝える明るみが滲み始めていて。
ぼんやり目覚めたそのまま、まずはと、
掛け布団の中からそんな部屋の様子を見回したブッダ様。

 空気はちょっと冷えてるかな、
 でも、お天気がよくなる日はしょうがないよね。
 放射冷却っていうんだっけ?
 それでなの?
 随分と布団の奥へもぐってない?
 耳の先だけ出てるけど、寒くない?

 “…ね、イエス。”

まろやかな温みの中で目が覚めて。
頬をつけていた胸板の主を見上げれば、
向かい合うようになって眠ったそのまま、
こちらへ やや俯いてる彼の寝顔が、そこには望めて。

 “キメ顔はちょっと苦手なのにね。”

何でかな、寝顔もそれと同じで、
あんまり表情はないままなのにネ。
薄い頬へと伏せられた瞼の縁のなめらかさも、
細い鼻梁も肉づきの薄い唇も どれもすっきり繊細で。
口許の髭も、目許の彫りの深さも、
男らしさより 清楚な静謐さばかりをたたえてて。

 “どうしてかなぁ。////////”

純真無垢な彼を表すかのような、
淡くて透き通った玻璃の双眸がとっても好きなのに。
それを伏せたままなこの寝顔も、
飽かず眺めていたくなるブッダだったりし。
胸元へ一房だけこぼれてた髪に触れ、
静かな寝息が規則正しいままなのを 幾刻か堪能してから、

 “……うん、キリがないもんね。////////”

愛しいお顔から視線を引き剥がすのは、
これでなかなか大変なことながら、
名残り惜しいが、ジョギングにも出ねばならぬと、
そこは譲れぬこととしているブッダ様。
さあ出掛けなきゃ、着替えなきゃと思いつつ、
その視線が向かい合うイエスの口許へと留まる。
眠っているからだろう、
さほど力まぬまま 軽く合わさった格好の唇は、
微かに下向きの弧を描いていて。
何の感情も気色も含んでなんかいないはず、
なのに ちょっぴり妖冶で意味深…に見えて。

 “〜〜〜〜。//////////”

微笑っている口許、歌っている口許。
ミルクティーを冷ます口許、
拗ねてるときの口許、大欠伸をする口許。
それからそれから、

 甘く囁きながら近づいて、
 ゆっくりと合わさる柔らかい口許…

ああどうしようか、思い出してしまった。
すっかり甘えていられるこの懐ろで、
うっとりと気持ちがよくなる口づけをくれる彼であり。
でもでも、こちらからなんて触れられは…。

 「〜〜〜〜〜。////////」

出来っこないないと思いつつ、でも視線が外せなくて。
何なら今、目を覚ましてくれればいいのに。
寝ぼけ眼で“おはよう”って、
くぐもった声で もしょりと言ってくれたなら。
いっそのこと諦めもつくのになんて、
彼のせいにしかかってみたけれど。

 “…それはないな。////////”

我に返って、ちょっぴり苦い笑みを一つ。
それから そおっと伸ばしたのは、
白い肌の先、うっすらと緋色の滲む指先で。
衆生を導く慈愛の手が、
やわらかな形のまま人差し指だけを伸ばし、
その先でやさしく、イエスの唇を撫ぜる。

 “触れたら起きるかと思ったけど。/////“

実は結構ドキドキしたのにね。
意外と動きもしないままなので、
そおっとそっと、端から端へ。
まるで紅でも塗るように、
ちょっとだけ乾いてた下唇をなぞってから。

 「……。////////」

その指先を自分の口許へ ちょんちょんとくっつけて。
うん、これなら出来たぞと、
思わず洩れた笑みが大きくなる前に。
今度こそはと思いきり、
暖かな布団の中から もそごそ出てゆく如来様だった。




     ◇◇◇



何か物音がしたような、そんな気がして。
その次に、ああ朝かと思いつつ、目を覚ましたことを自覚する。

 「………。」

暖かな布団の中には甘いいい匂いもして。
でも、腕の中は空っぽで、
どんなに探しても手繰っても、
ただ毛布がぐしゃぐしゃになってくだけ。
それをそうと認める代わり、

 “あ〜あ。”

今朝も間に合わなかったかと、
詰まらなさそうに溜息を一つ。
まだ重たい瞼が、未練がましく降りかかるまま見回せば、
部屋の中が随分と見通せるほど明るいけれど。
この身へと寄り添う残り香や温みからして、
それほど寝坊はしてないはずで。
とはいえ、

 “間に合わないなら、
  それが2分でも15分でも遅刻は遅刻だよね。”

殊勝にもそんな言いようをし、
ぱふんと腕を降ろしたのが、
ほんの少し前まで大好きな人がいた空間へ。

 “今朝こそは…。”

あのね、いってらっしゃいと
言ってあげたかったのにな。
いやいやその前の、
おはようから始めたかったのにな。
ブッダが起きる気配にも、
布団から抜け出すごそごそにも
まったく気づけないままなイエスであり。
それが何とも切ないやら歯痒いやら。

 “どうしてだろね。
  それほど夜更かしもしちゃあいないのにな。”

コタツを仕舞っちゃうと寒くていられないから、
寝ないにしても布団にもぐり込むのは前の冬も同じだったけど。

 この冬からは違うんだのに。

恋い焦がれたあの人が、
おいでって手を延べれば来てくれる。
あの深瑠璃の双眸を間近に覗くことが出来る、
夢みたいなひとときを過ごせるようになって。
他愛ないことを話しつつ、そおと頬や耳元に触れれば、
くすぐったいと首をすくめるのが本当に可愛くて。
皆の前で説法を語るときの、
清廉繊細、でも威風堂々としている彼と
同じ人とは思えないくらい。
強く触ると跡が残るんじゃないかってほど、
きめの細かい肌は すべすべで柔らかで。
柔らかいといや、唇は上等な果物みたいで。
間近に見ながら話をしていると、ついつい目が離せなくなって。
頬っぺに触れてた親指の腹でつい撫でれば、
ハッとしたよに震えてから、でも怒ったり逃げたりはしないで。
目許の潤みをちょっぴり揺らめかせてから、
そおっと睫毛を伏せてくれる含羞み屋さんで。

 「〜〜〜〜〜っ。/////////」

うあぁあっ、
昨夜の寝しなを思い出しちゃったよぉ。////////
瑞々しくて柔らかい、
それは優しい感触のするブッダの唇とか。
うっとりしたまま こちらへぎゅうってしがみついて来て、
もっと、って 甘えてるのを感じちゃったこととか。
螺髪がさらさらの長い髪に戻って、
ぱさってほどけて広がったときの甘い香りとか…。///////

 “ああっ、もうもうもうっ。////////”

いつもいろんなお世話を焼いてもらっているから、
どこかで うんと甘やかしてあげたいのにね。
恥ずかしそうに、でも頑張って、
私の甘えんぼを全部受け止めてくれるブッダだから。
朝の早起きにちゃんと居合わせて、
おはようの声くらいかけてあげたかったのにね。
今日も全然ダメだったと、
不甲斐ないなぁなんて咬みしめた唇が、

 「……………あれ?」

気のせいかな、ちょっぴり甘い気がするんだけど、と。
ぺろりと舌先を出して触れてみる。
まさか昨夜、ブッダとキスしたからかな、
そんなワケないよねと、
苦笑したのは……あのあの、実はネ。

 “だって、よく眠ってたし……。/////////”

いぃい?と目顔で訊いてのキスは、
受け止めてくれる側のブッダも少しは慣れて来たものか、
薄く唇を開いてくれるので。
触れたそのまま、深々と咬み合わさるよな格好で
食み合うようにし、互いの唇を感じ取る。
切れ切れに零れる甘やかな声に酔いながら、
間近になった肌の微熱や、相手の吐息を舌先に感じて。
唇だけじゃあ足りなくなって、
頬へと逸れたこちらの唇が、おとがいの線を越えれば、

 『…あ。///////』

その先を予感したものか、少しだけ腕を緩めてくれるけど。
そこはまだちょっと恥ずかしいのか、
首元へと侵略にかかるこちらから、
視線を逸らしたその上で、あらぬ声を懸命にこらえるのが、
何とも言えず可愛らしくて。

 “髭が当たるのだって、物凄くくすぐったいんだろうにね。”

でもね、何でだろうか、指先で触れるのでは もどかしくて。
ブッダがこちらの背中に回した手を思わずぎゅうと握り込むように、
もっと欲しいと思ってのこと、
唇での、そう、キスをいっぱい降らせたくなる。
其処も此処も好きだよって、一番強い表明をしたくなる。
柔らかいところ敏感なところだから、
ん〜っ/////て こらえてるのが届いても来て。
それがまた、
可哀想だけど、でも…愛しくてたまらなくて。///////
降りてった終わり、鎖骨の合わせのとこに ちゅってして、
頑張っててくれた如来様の、やわらかい身をぎゅうって抱きしめれば、
はあって つく息がまた、凄く凄く可愛いのvv
それからは、さしてかからずブッダが先に寝入ってしまって。
螺髪に戻せなかったままの、
さらさらと絹糸みたいな髪を撫でてみたり、
賢そうなおでこの白毫や、
睫の長い目許なんかを見下ろしてたんだけど。

 『………。/////////』

すうすうと健やかな寝息を刻む口許が、
どうしてだろか目に入って。
こちらの懐ろに収まってるブッダだし、
布団の中なんだから、そうそう見えないはずなのに。
恋してるときって、
自分に都合のいい能力が妙に発達しちゃうみたいで。
ちょっと薄く開いているのがまた、
おいでおいでしてるみたいに見えるのは、男心の身勝手さ。
ええもう、そこは重々判っております。
眠っているのを捕まえて“誘ったじゃないか”もないもんで。

  でも…なんか、そう“でも”なんだもん、と

よく判らない言い訳を、誰へともなく唱えつつ、
すんなりとした鼻梁の下、
ちょっとぽってりとした瑞々しい唇へ、
同じ唇でそろりと触れて…やっぱり気持ちいいのを実感し。
堪能しきってから、ごちそ…じゃないや、おやすみなさい、と
遅ればせながら眠りについたイエスだったので。

 “それでこんなに甘いのかなぁ?”

う〜んと考え込んでしまいつつ、
そのままもうちょっとの二度寝に入るイエス様であるようで。

  ……ということは

接吻泥棒は、どうやらお互い様であるらしく。
しかも、ヨシュア様のほうが上手だったようでございます。
今頃ジョギングコースでクシャミをしておいでじゃないかしら。
だとしたらブッダ様、それって花粉のせいじゃないから。
もっと大きな存在のせいだから、うん。
何なら Jr.か カンダタさんに訊いてごらん?(大笑)





       お題 B “恋愛専用のものさし”





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  *ちょっとネタがまとまってないままの見切り発車です。
   花粉の兆しもあったけど、
   さぼったツケが回って来た方が大きいかな?(こらこら)


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