キミとの春、ひたひたと


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天気予報で告げられる
昼間の気温数値が 目に見えて上がって来たり、
降りそそぐ陽もほかほかと暖かいのを、
その身へ じかに受けて実感出来たりと。
ほんの半月前の豪雪騒動、
ところによってはまだまだ影響も大きい話じゃああるものの、
立川の下町では、次に訪のう春の気配のほうをこそ向き、
よう来たねぇとばかり、のほのほと感じ入っておいで。
玄関先へプランターを出しておいでのお宅では、
植わってた緑が いつの間にかビオラの柔らかな葉に入れ替わっていて。
ジョギング中にそれへ気づいたブッダ様、

 “ああ、咲くのが楽しみですねぇvv”

やわらかな土の色へ、ついついお顔もほころんでしまう。
ずんと早い時刻から結構明るくなったからだろうか、
早朝からジョギングする人もささやかながら増えたようで。
あら おはようございますと、
こんな時間にというのは意外なお人と
思いがけずお顔を合わせることもあるのがまた楽しい。

 “そういえば、こうして走っていても、
  ひところほど耳朶が冷たくなくなって来たよね。”

手で触れば相変わらずひんやりしてはいるけれど、
少なくとも“冷えきって痛いほど”ではなくなっている。
螺髪の襟足へ滴る汗に気がついて、
ジャージの下に着るのは
そろそろ半袖でもいいかもしれないかなぁと思いつつ。
辿り着いた松田ハイツの前でゆったりと深呼吸をし、
今日の朝のお務めは これにて終了と、
それは満足げに清々しく微笑う如来様だったが。

 “イエスは もう起きているのかな?”

見上げた我が家にその人を重ねて ふと思う。
暖かくなって来れば来たで、
明け方の冷え込みから逃げたくてのこと、
温かいお布団へますますともぐり込んでいたのは
昨年の今頃も同じ様相だったような気がするし、
そうなる気持ちも判らないではない。

 “何たってバカンス中なんだしねぇ。”

降臨が必要かもしれない悲劇や動乱の予感へ息を詰めたり、
そこまで厳しい事態じゃあないならないで、
通常事務に於ける中堅管理職として、
決済だ何だという仕事に追われてしまう尊なのはお互い様。
どちらにしても、人の一生に関わるほどもの重責で、
そこから解放されての“バカンス”なのだから、
それを思えば、好きにさせてやりたいところ。
愛しいお人の安寧を祈るよに、
やさしい目許をやんわりと伏せがちにし、
感慨深いお顔になったブッダ様、

 “うん。だからこそ、”

出来るだけ自然と起き出してくれるように、
美味しいお味噌汁作らなきゃと。
密やかに健闘を誓うこぶしを作りつつ、
軽快な足取りでおウチへお戻りの、
それは働き者な釈迦牟尼様だったりするのであった。




     ◇◇



二度寝は差し詰め、午睡やうたた寝に近い“微睡み”のようなもの。
疲れを取るために ぐっすり長くとかいうのは必要ではなくて、
意識の半分、いやさ四分の一ほどは起きていつつも、
眠りの中へ容易に転げ込める とろとろとした曖昧な心地のまま。
陽あたりのいい雲の上で 誰にも邪魔されず大の字になってるような、
やや自堕落な安らかさを堪能するのが 嬉しくも楽しいのであり。
さすがにもう陽も昇ってしまった頃合いらしく、
まぶたの裏が明るいのを毛布をかぶって加減して。

 ……う〜んと、あれれぇ?
 少し寝てちゃったかな?
 だってさっきはしなかった物音がするし。

かちゃん・ちゃん、ごとりというのは食器の触れ合う音。
くゎんという、弧を描く縁を撫でるような、
半分軽い金属系の響きは片手ナベの蓋を開けた音だな。
じゅんっていうちょっと大きめのは、えっとえっと、
あ、香ばしい いい匂いがして来たぞ。
ああそっか、出し巻き卵を焼く音だ。
ぴぴーぴぴーっていうのはもうお馴染み、
炊飯器の“炊けました”っていうお知らせのアラームで。
じゅわって音が小刻みに弾むごと、
卵焼きは四角い卵焼き器の上で小気味よくあおられながら、
くるんくるんって器用に巻かれ、大きく育ってるんだろうし。
昨夜のレンコンとゴボウのキンピラは まだあるのかな?
今朝のお味噌汁の具は何だろう。
モヤシだったら嬉しいな。あ、でも厚揚げも好きだけど。
そんなこんなと思っておれば、
とたとたと板の間をやってくる気配があって。
ほんの数歩のすぐ後、こちらの部屋の畳を踏んだか足音は消え、
ふわりと届いた気配の先触れがまた嬉しい。
でもね、あのね? 段取りがここまで来ちゃうと、
それが振りでも“寝てます”って態度を続けなきゃあ、
むしろ悪い気がするのは勝手かなぁ?

 …あ、肩に優しいゆさゆさが来た。
 あれれ? じゃあもう
 朝だよ起きて、ってお声は掛けられたあとなのかなぁ。

そんなこんな思いつつ、もう振りをする意味もないなと苦笑が零れる。
苦笑といっても ふにゃりと柔らかなそれを口許へ滲ませて、

 「…ぶっだ。おはよう。」

自分でちょこりとめくった毛布の陰からお顔を出すと、
すぐ傍らにお膝を揃えて座ってるお人へ、
まずはのご挨拶を投げかける。
窓にはまだカーテンが引かれてて、
いきなり明るいと きっと眩しいだろうと思ったブッダの心遣い。
ああ、でもね、

 「おはよう、イエス。」

にっこり微笑うブッダのお顔こそ、
一点の曇りもなく明るくて眩しいんだけど。
きっちりとまとめられてる螺髪に負けないほど、
その笑顔もすっきりとクリアに晴れており。
もうもうもう、さっそくにも幸せがやって来たものだから、
お顔だって自然と緩んでしまうじゃないの、と。
目許をたわめての“ふふーvv”という、
ご機嫌ですとの笑みを返して差し上げて。

 もう走って来たんだね。
 うん。
 いいお天気だった?
 陽は出てたけど、時々ちょっと風が強かったかな。
 花粉は? まだ大丈夫?
 うん、平気だったよ、と。

他愛ないことを話しつつ、
伸ばされた手が髪を梳いてくれるのがイエスには嬉しいし、
眉をやや下げて、花粉症を案じてくれるのがブッダには嬉しいことで。

 「そうそう、今朝はね、
  八百関さんが
  丁度市場から戻って来られたところに行き会わせてね。」

今日の売り出しだっていう、
黄大豆もやしを一足早くに売ってもらえちゃったんだと、
にこやかに微笑った釈迦牟尼様で。

 「なので、今朝のお味噌汁は、イエスの好きなもやしです。」
 「わぁあvv」

朝一番から縁起のいいことよと思ったからかどうか。
そのまま よいしょと身を起こすイエスなのへ、
ブッダの笑みがますますと濃くなって、
さぁさ、ご飯にしようねと、
時差のあった二人の朝が、ようやく足並み揃えたようでございます。




炊きたてご飯に出来たてのお味噌汁という、
これ以上はないタイミングの朝ご飯は最高で。

 「う〜ん、美味しいねぇvv」
 「でしょでしょう?」

身を乗り出すようにしてブッダが言うには、
出汁や味噌の割合がどうのこうのっていう“味付け”とは
次元が別のお話になるのだそうで。

 「温め直したのだと 香りが飛ぶからいけません。」
 「そうなんだ。」

出来立てが一番なのは、他の料理と同じく、
ご飯でもお味噌汁でも言えることなのですよ、と。
高尚な教義の説法に立つおりの、
それは玲瓏透徹なお顔に負けず劣らず。
朗らかな中にも一徹な芯の強さを感じさせる顔つきになって、
誇らしげに さもありなんと大きく頷くところが、

 “う〜ん、可愛いなぁvv////////”

イエスとしては、新しい蘊蓄や見識より、
そんな彼を見られたことが嬉しくて嬉しくてしょうがない。
まさかに“幼い”とか“いたいけない”とまでは言わないけれど。
でもね?
落ち着きがあってのこと、
謙虚で慎み深くて自分よりずっと大人なはずの彼が、
えっへんというお顔になるのは、
見ていて何とも微笑ましくってしょうがなく。
それでネ、豆腐の吉岡さんではオカラを分けてもらえてねと、
ジョギングの途中で立ち寄った他のお店の話も続けるのを、
うんうんと聞きつつのご飯は何とも楽しい。
瑞々しい出し巻き卵はそのままでも美味しいし、
醤油を垂らした大根おろしをちょんと乗っけて、
一緒に食べてもオツな味。
ああそういえば、かいわれ大根を載せても
ピリッとした辛さが利いて美味しいんだっけね。
それもブッダから教わったんだったっけ…。//////

 「…何だかすごくご機嫌じゃない?」

ややあって、ブッダが、
苦笑しつつも…案じるような訊き方をして来たのは、
余程のこと、笑顔のままで居過ぎたからか。

 「だって、
  どれもこれも美味しいんだもの、仕方がないじゃないvv」

だから 当たり前でしょ?という笑みを見せ、
どうしてそんなこと訊くの?と小首を傾げるイエスだったのへ、

 「だって…。」

褒められたのが面映ゆかったか、
ちょっとばかり鼻白らんだブッダだったものの。
それはお行儀のいい箸さばきで、
手にしたお茶椀からご飯を摘まみ上げつつ、
ちょっぴり遠慮気味に視線だけで示したは、
コタツの上、オカラのから煎りの傍に置かれた小さな小皿。
そこに盛られてあったのは、斜めにスライスされた…

 「イエス、まだセロリは苦手だったでしょうに。」
 「あ"、私 食べちゃってた?」

自分のことだのに意外そうに訊くイエスへ、
長い睫毛での瞬き付きで“うん”と頷いたブッダ様。
好き嫌いがなくなるのは
良いことではあるけれど、と続けてから、

 「昨日まで食べられなかったじゃない。
  スライスオニオンは食べられた、特製マヨネーズつけても。」

それが、今朝はいきなりパクパク食べてるなんて、
一体どんな奇跡が起きたやらと驚いたらしく。
だがだが、本人も気づかずにいたらしいと判った上は、

 「もしかして、気もそぞろで食べてない?」

だとして…と、やや眉を顰めた釈迦牟尼様だったものの。
せっかく頑張って作ったのにと怒っている訳ではないらしく、

 「そんなしてたら 噎(む)せちゃうんだからね。」

苦しいの嫌いでしょ?と、
あくまでもイエスの身を案じてだというところが、

 「ああもうvv 優しいなぁ、ブッダったらvv」

嬉しいなぁvvと やっぱりパァッと笑顔になったヨシュア様。
そのままお箸の先を咥えちゃったイエスを、
そこはさすがに行儀が悪いぞとの意を込めて、
軽く口元を引き締めて“メッ”と睨んだブッダではあったれど。

 「だって、
  こんな幸せ続きだなんて、
  私 ちゃんと目が覚めてるのかなって思えるほどでvv」

愛嬌を滲ませての“ごめんなさ〜い”ではなく、
わざわざそんな言いようをするイエスだったものだから、
おや?と、今度はブッダのほうが意外そうな顔になり
潤みの強い双眸をぱちりと見開く。
怪訝そうなお顔になっても
やっぱりキュートな伴侶様だなぁとの感慨を
じんわりとその胸へ温めながら、

 「そもそも、
  二人きりのバカンスに来れただけでも
  夢みたいなことだったでしょ?」

それが もうもう嬉しくて嬉しくて。
でも、間近になったればこその、我慢もどんと増えちゃってと。
やれやれと肩をすくめるメシアなのへ、
何がどうというのはブッダにもすぐさま届いたらしく。

 「あ…。////////」

他でもない、ブッダ自身も翻弄されたこと。
好もしい以上の“好き”を自覚し、
あなたでないと、あなたこそがという特別の“好き”に搦め捕られてしまうと、
嬉しいはずな暖かい気持ちは、想いが深まるにつれ、
同時にきゅうきゅうと胸を締めつけもして。
もっともっと傍にいたい、いっそのこと独占したいと思ったり、
彼自身の想いが虜になるほどの大切な人が現れないか、
そんな誰かに奪られはしないかと不安になったり。
その一方で、本人に気づかれたら困らせはしないかと思うあまり、
絶対に明かせぬことだという強固な枷を意識もしたり。

 「えっとぉ。////////」

ついつい焼き餅を焼いてしまう性分なのが、
妙にあらわにされてる今日この頃なブッダにしてみれば、
微妙に耳の痛いことでもあったし、

 「うん。私の中にもマーラさんが居たみたい。」

今だからこそということか 冗談めかして言うイエスだが、
彼もまた、神の子という立場だからこそ
誰か一人だけへだなんて、あってはならない気持ちには変わりなくて。
ましてや…生真面目で献身的なブッダというご当人にだけは
絶対に知られちゃいけないと思ってのこと、
そりゃあ大変な想いをして押さえ込んでいたに違いなく。

 「飛び抜けていいことが来れば、
  それへ見合う困ったことが
  ちゃんと釣り合いよくやって来るもんだねぇ。」

たはは…と苦笑する彼なのもまた、
それらが“過去形”で語れる今だからこそ。
だってねというくすぐったげなお顔をし、

 「そしたら、
  何とか頑張ったご褒美みたいに、
  ブッダへ想いが通じちゃったでしょう?」

 「えっとぉ…。////////」

それがもうもう嬉しくてと言うイエスの喜びようを見つつ、
だがだが、
頑張ったで賞のご褒美扱いなのが、ブッダにはちょっぴり心苦しい。
いやいや、物扱いだと怒ってるんじゃあなくて。
随分な誉れとか、
まずは手が届かないはずの豪華なご褒美みたいに言われるのが、
何とも面映ゆいったら。

 「こっちこそ、
  イエスの素敵なところや、実は頼もしいところとか、
  いっぱい見えて来たのが嬉しいし。」

 「え? 頼もしいって?誰のこと?」

だからーと。
何度も言わせないでよvvと頬を染めた如来様、
さっきお行儀が悪いとイエスを咎めたくせに、
自分もまた お箸の先を前歯で噛み締めてしまい。
カリリという感触に、

 「…っ。」

あっと我に返って視線を上げれば、
目が合ったイエスが フフフvvと笑う。
それは朗らかに、楽しそうに微笑う彼なものだから。
決まりが悪いと感じる間もないままに、
同じように吹き出しているブッダであり。

  ああやっぱり敵わないなぁ
  そういうところが頼もしいというのにね、と

先程までのイエスを言えない、
自分もまた、

  キミといるから何でも嬉しいvv を

存分に噛みしめるのだった。





       お題 A“そんなコトでも”





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  *誰が見たいんだか、
   ラブラブ新婚家庭の朝ご飯の実況でした。

   ……う〜ん。

   お題のテーマへなかなか寄って来てくれません。(笑)
   ウチのお二人さん、
   歪みなく真っ直ぐに、安定して来たってことでしょかね。
   目も当てられぬ“だだ甘”カップルとして。(大笑)


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